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旅路編

260.パピパラ車には

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「速度も速いですよ。とは言っても、ドューワ国のパピパラ車には負けますけど」

 ルモン大帝国を拠点とするムダイが、どこか遠い目をしながら説明する。きっと彼も、愛らしくもスピード狂のパピパラさんに、お世話になったのだろう。
 定刻となり、機関車は発車する。相変わらず助走もなしにトップスピードだ。
 窓の外を見つめていたカイの目が、きらきらと輝いている。大人びているが、彼もまだ十代の少年というところか。
 一両丸々貸し切りのため、雪乃もカイもフードを取り、くつろぎはじめた。

 それぞれの前には、緑茶とウィーローが置かれている。白や紫、青、黒といった色がランダムに一人一切れずつ、小皿に乗っていた。
 以前、ノムルと雪乃の二人で一等車輌に乗ったときには、なかったサービスだ。
 今回は執事もどきも丁寧で親切だった。
 ルモン大帝国が誇るSランク冒険者、竜殺しのムダイの威光だろうか。もしくはノムルが侮られていたか、執事もどきによって違うのかもしれない。

「ところで雪乃ちゃん、このウィーローに使われている色の材料って分かる?」

 ムダイは自分の前に置かれた皿を指差し、雪乃に問うた。
 真っ黒なウィーローが、一切れ乗っている。

「クラーケンの墨ですね」

 以前ノムルが食べた時に述べていた食レポを、雪乃は自信満々で答える。
 カイとローズマリナの手が止まったが、残る三人は気にしない。
 海に棲む巨大生物クラーケンは、普通の人にとっては脅威である。トップクラスの冒険者二人には、然して恐れる存在ではないが。

「残念。クロッカスっていう、木の実を使ったお酒の酒粕らしいよ」

 今度は雪乃が静止した。
 説明を聞く限り、どうやら花の名前ではなく、『黒っ粕』らしい。
 ちなみに青と紫はビナスという野菜の皮から抽出するらしい。そのままだと紫だが、柑橘系の果汁を加えると青くなるそうだ。

 機関車の旅は順調に進んでいった。
 昼食にチラスーシーという、ちらし寿司らしきものを食べたり、気になる駅弁を取り寄せてもらい、名物料理も堪能する。
 そして日が暮れる前に、機関車を下りた。

「ルモン大帝国にも、こんな所があったんですね」

 幹をぐるりと百八十度回してみるが、民家も宿も料理屋も見当たらない。高い山に囲まれ、がけ下には沢があった。
 雪乃たちの他に降りた乗客はいないようだ。駅舎はあるが、無人だった。

「切符はまとめて買ってあるから、問題ないよ」

 念のためとばかりに、無人の駅舎を見ながらムダイが言った。

「なぜここに駅を造ったのでしょうか? 何かあるのでしょうか?」

 疑問を述べた雪乃の耳に、ぱらりと紙のすれる音が聞こえる。

「どうやらこの先に、魔王を倒した勇者が振るったという、聖剣があるらしい」

 機関車の中でもらったパンフレットを読むカイの言葉に、雪乃とムダイが固まった。
 雪乃の視線がムダイに向かえば、ムダイはすうっと顔をそむける。

「行きましょう、ムダイさん」

 きりりと、表情を引き締めて雪乃は言う。

「嫌だ。というか雪乃ちゃん、君はやめたほうがいいんじゃないの? 勇者だよ?」

 虚を突かれたように瞬いた雪乃だが、はっと気付いて同意する。

「ソウデスネ。やめておきましょう」

 勇者ムダイの復活を間近で見れるかと意気込んでしまった雪乃だが、彼女に押し付けられようとしている役目は、魔王である。
 勇者に倒される予定であり、千年前に聖剣で倒されたという、その人だ。
 魔王の遺跡で強制的に魔王にされかけたことを考慮すれば、どんな仕掛けが待っているか分からない。
 二人は深く頷き合った。

「ちょっと、なんで二人だけで理解しあってるのさ? ユキノちゃん、おとーさんにも教えてよ。おとーさんはユキノちゃんの考え方を理解できるように、頑張るよ?」

 捨てられた子犬のような、潤んだ瞳で訴えるおっさん魔法使い。しかしその本性は、かわいい子犬なんていうものではない。

「今回の戦いは、人類が不利だと思うよ? というか、僕には無理だからね?」
「和平交渉に応じます」

 天然大魔王様を前に、勇者候補と魔王候補は手を組んだ。

 沢に下りて獲った魚を、拾って洗った枝に刺して、熾した火で塩焼きにする。
 釣ってはいない。ノムルが雷撃を落として気を失わせた魚を、食べる量だけ集めた。残った魚たちは、しばらくして驚いたように泳いで逃げていった。

「ムダイさん、大丈夫ですか?」

 ローズマリナのアドバイスを受けたムダイは、一人離れて火熾しに挑戦中だ。煙がもくもくと立ち込めるばかりで、一向に火の気は見えないが。

「なんで着かないんだ? しっかり吹いてるのに?」

 火を着けては、必死に頬を膨らませて息を吹き込んでいる。
 見かねたカイが、ムダイのほうに寄っていった。

「枝の組み方が悪い。風が抜ける隙間がなければ、火は回らない」

 余分な枝を取り除くと、油分の多い針葉樹の細い枝葉を逆さにして、小さな火を着ける。
 少しずつ燃えていく枝を、ムダイに差し出した。

「ありがとう」

 受け取ったムダイは、カイが組みなおしてくれた枝の中に、火の着いた枝を突っ込んだ。しばらくして、再びもくもくと煙が上がる。
 赤い揺らめきは、消えている。
 遠目に見物していた雪乃とローズマリナは、掛ける言葉も無い。慰めるのも皮肉になりそうで、何も言えない。
 遠慮の無いノムルは、腹を抱えて地面を叩いていた。

「そんなに奥に入れたら、火が消えるに決まっている。もっと手前で良いんだ」

 カイも呆れたようにムダイを見ている。
 ムダイは当分、夕食にありつけそうにない。その間に、ノムルとぴー助により、釣った魚はどんどん食べられていく。
 用意していた魚がなくなると、雪乃がお茶を入れた。
 
「実は良いものを買ってきたのです」

 きらりーんと、雪乃は目元を輝かせる。

「何々ー?」
「ぴー?」

 すっかり調子を取り戻したノムルは、ムダイとカイは放っておいて、雪乃の言葉に目尻をでれりと下げている。
 雪乃はポシェットから、紙袋を取り出した。中にはピンポン玉サイズの、白くてふわふわした物が詰まっている。

「あら? 何かしら? お化粧をするの?」

 ローズマリナは、不思議そうに見ている。パフを連想したのだろうか。
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