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ゴリン国編2

243.残されている時間は

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「ですから、私に残されている時間は、後二年ほどなのです。その間に薬草を集めきれなければ、私は自由には生きられなくなるかもしれないのです」

 魔王への進化を勧める天からのカードの中に、『三年以内にコンプリートしなければ魔王に進化します』というものが、一度だけ混じっていたのだ。
 その三年のスタートポイントが、この世界に来た瞬間からなのか、そのカードを受け取った時なのか、それとも『無題』にログインしてしまった時からなのかは、よく分からないが。

「ちょっと待って、どういうこと? 二年が過ぎたら、どうなるの?」

 聞かれるかもしれないと予想していた質問だが、雪乃の幹に冷たいものが走る。
 魔王になるとは答えられない。それは変わらない。
 けれど今の雪乃は、その未来がどういうものか、以前よりも理解していた。

 雪乃は視界を閉じる。
 魔王の遺跡に赴いた際に、自分の身に降りかかった出来事。あれはノムルが助けてくれた。だが実際に魔王となるときは、あの程度では済まないのだろうと、雪乃は予測する。
 遺跡ということは、過去の魔王に使われた後だ。雪乃を取り込んだ力は、完全ではなかっただろう。
 それでも雪乃は、一人で脱出することができなかった。

「おそらく、もう会えなくなると思います」

 事情を話せば、ノムルは共に来てくれるかもしれない。けれど、巻き込みたくはなかった。
 あの悪意の海に浸かるのは、自分だけで良い。
 そう思い、咽につかえそうになる言葉を、無理矢理に押し出した。

 カイは息を飲んで雪乃を見つめる。
 からかうような笑みを浮かべていたノムルの表情が、凍りついた。真顔になり、双眸は雪乃を捉えたまま動くことはない。
 ひうっと、太い咽が鳴る。怒りにノムルの頭が焼ききれそうになった。

「って、ノムルさん?! 落ち着いてください! 薬草をコンプリートすれば、避けられますから!」

 雪乃はバネ仕掛けのように飛び上がると、ノムルにしがみ付いた。
 まだ昼前だったはずなのに、辺りは真っ暗だ。竜巻の中にいるかのように周囲は吹き荒れ、暗雲立ち込める空には雷光が輝いては闇に食われている。

「あ、ああ。ごめん。大丈夫」

 まだ意識は虚ろなようだが、ノムルが正気に戻ると共に、晴れ渡った朝に戻った。周囲の景色は一変しているが。
 荒れ果てた死の森を呆然と見つめながら、雪乃は彼と出会ってから何度も思ったことを、改めて思う。

(私が魔王になる必要は、あるのでしょうか?)

 顔の向きが直角になりそうなほど、雪乃は幹を傾げてしまった。
 カイもがく然として周囲を見回した後、ノムルを警戒するように見つめている。

「じゃあ、薬草を全て集めたら?」

 すがるような目を雪乃に向けて、ノムルは問うた。

「えーっと、お爺ちゃんによりますと、薬草を集めきった場合は、樹人の女王に進化するそうです」

 直前に引き起こされたノムルの暴走と、彼らしからぬ真剣な目に、雪乃は気圧されていた。
 だから雪乃の口から、隠しておきたかったことが、ぽろりとこぼれてしまった。

「あ」

 気付いてがく然としたが、出ていった言葉は戻っては来ない。しっかりノムルとカイの耳へと到達していた。
 一拍の静寂の後、ノムルがまとっていた重く息苦しい空気は霧散する。

「じょ、女王様になるんだ。お姫様だもんね」

 顔を逸らしたノムルは、ぷるぷると震えていた。笑いを堪えているのは、一目瞭然である。

「ふぐうー」

 真っ赤に紅葉した雪乃は、なんとも情け無い声を上げたのだった。

「そっかそっかー、ユキノちゃんが薬草を探して旅をしていたのは、女王様になるためだったんだねえ。旅する樹人なんて聞いたことなかったけど、そういうことだったんだー」

 にやにやと笑っているノムルに対して、雪乃は顔を伏せてふるふると震えながら、恥辱に耐える。
 決して雪乃は、女王様になりたくて薬草コンプを目指しているわけではない。魔王になりたくなくて、薬草を集めているのだ。
 女王への道は、その副産物として付いてきたのである。

「か、過酷な世界です」

 こてりと、項垂れた。

「雪乃……」

 傷心する雪乃に、カイが手を伸ばしてなぐさめようとするが、ノムルにガードされて届かなかった。


「分かった。ヒイヅルに行ってみよう」

 苦悶の表情で考え込んでいたノムルだが、カイの提案を受け入れるようだ。

「ありがとうございます」

 疲れきったように、雪乃はだらりと幹を曲げてお辞儀した。
 なんだか可哀そうなものを見るような視線をカイから感じたが、雪乃は見て見ぬ振りを決め込む。

「まあ、ヒイヅルは俺も一度行ってみたいと思ってたからね。余計なのが付いて来るのが気に入らないだけで」

 くっと睨みつけられたカイは、もう慣れたのか、涼しい顔で流している。

「しかしそうなると、どういう経路になるんだ? ヒイヅルって、どうやって入るんだ?」

 地図を広げて、ノムルはカイに問う。

「ルモン大帝国の南方か、サテルト国からシーマー国へ渡る。それから船を乗り継ぎ、ルグ国へ」
「それ、来た道戻るじゃないか」

 地図を睨みながら、ノムルは顔をしかめる。
 だがそれは、当然の成り行きだろう。
 カイたちが帰国の船に乗るために向かったタバンの港で、雪乃とノムルは出会ったのだから。

「近いのは、ドューワ国を突き抜ける道だな。ラジンで転移装置で短縮する手もあるけど」

 ノムルが示した道筋は、東に向かって少し北上しながらルモン大帝国を目指す道と、南方に迂回してラジン国を通過する道の二種類だった。
 その後はどちらもルモン大帝国に入り、機関車に乗って帝都ネーデルに向かう。

「それから機関車でルモンの東まで行ってから馬車で南下するのと、機関車で南下してシーマー国を進む道かー。どっちが早いんだ?」

 陸路対海路で、ノムルは悩んでいるようだ。

「普通は陸路を優先したほうが早い。船旅は風向きや海の状態で日数が読めないからな。ただ」

 と、カイの視線がノムルへと向かう。
 風を操るなど、ノムルには朝飯前だ。海が荒れていても、彼が進む航路だけは、穏やかになるだろう。
 船が走る速度も、モーターボートが白旗を上げることは目に見えている。

「魔法を使えば海路のほうが早いか」
「あ、ああ」

 戸惑いがちに、カイは相槌を打つ。
 理屈としては分かっていても、簡単にできることではない。だがノムルならば、やってのけるだろう。魔力が切れることもなく。
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