上 下
208 / 402
ゴリン国編2

243.残されている時間は

しおりを挟む
「ですから、私に残されている時間は、後二年ほどなのです。その間に薬草を集めきれなければ、私は自由には生きられなくなるかもしれないのです」

 魔王への進化を勧める天からのカードの中に、『三年以内にコンプリートしなければ魔王に進化します』というものが、一度だけ混じっていたのだ。
 その三年のスタートポイントが、この世界に来た瞬間からなのか、そのカードを受け取った時なのか、それとも『無題』にログインしてしまった時からなのかは、よく分からないが。

「ちょっと待って、どういうこと? 二年が過ぎたら、どうなるの?」

 聞かれるかもしれないと予想していた質問だが、雪乃の幹に冷たいものが走る。
 魔王になるとは答えられない。それは変わらない。
 けれど今の雪乃は、その未来がどういうものか、以前よりも理解していた。

 雪乃は視界を閉じる。
 魔王の遺跡に赴いた際に、自分の身に降りかかった出来事。あれはノムルが助けてくれた。だが実際に魔王となるときは、あの程度では済まないのだろうと、雪乃は予測する。
 遺跡ということは、過去の魔王に使われた後だ。雪乃を取り込んだ力は、完全ではなかっただろう。
 それでも雪乃は、一人で脱出することができなかった。

「おそらく、もう会えなくなると思います」

 事情を話せば、ノムルは共に来てくれるかもしれない。けれど、巻き込みたくはなかった。
 あの悪意の海に浸かるのは、自分だけで良い。
 そう思い、咽につかえそうになる言葉を、無理矢理に押し出した。

 カイは息を飲んで雪乃を見つめる。
 からかうような笑みを浮かべていたノムルの表情が、凍りついた。真顔になり、双眸は雪乃を捉えたまま動くことはない。
 ひうっと、太い咽が鳴る。怒りにノムルの頭が焼ききれそうになった。

「って、ノムルさん?! 落ち着いてください! 薬草をコンプリートすれば、避けられますから!」

 雪乃はバネ仕掛けのように飛び上がると、ノムルにしがみ付いた。
 まだ昼前だったはずなのに、辺りは真っ暗だ。竜巻の中にいるかのように周囲は吹き荒れ、暗雲立ち込める空には雷光が輝いては闇に食われている。

「あ、ああ。ごめん。大丈夫」

 まだ意識は虚ろなようだが、ノムルが正気に戻ると共に、晴れ渡った朝に戻った。周囲の景色は一変しているが。
 荒れ果てた死の森を呆然と見つめながら、雪乃は彼と出会ってから何度も思ったことを、改めて思う。

(私が魔王になる必要は、あるのでしょうか?)

 顔の向きが直角になりそうなほど、雪乃は幹を傾げてしまった。
 カイもがく然として周囲を見回した後、ノムルを警戒するように見つめている。

「じゃあ、薬草を全て集めたら?」

 すがるような目を雪乃に向けて、ノムルは問うた。

「えーっと、お爺ちゃんによりますと、薬草を集めきった場合は、樹人の女王に進化するそうです」

 直前に引き起こされたノムルの暴走と、彼らしからぬ真剣な目に、雪乃は気圧されていた。
 だから雪乃の口から、隠しておきたかったことが、ぽろりとこぼれてしまった。

「あ」

 気付いてがく然としたが、出ていった言葉は戻っては来ない。しっかりノムルとカイの耳へと到達していた。
 一拍の静寂の後、ノムルがまとっていた重く息苦しい空気は霧散する。

「じょ、女王様になるんだ。お姫様だもんね」

 顔を逸らしたノムルは、ぷるぷると震えていた。笑いを堪えているのは、一目瞭然である。

「ふぐうー」

 真っ赤に紅葉した雪乃は、なんとも情け無い声を上げたのだった。

「そっかそっかー、ユキノちゃんが薬草を探して旅をしていたのは、女王様になるためだったんだねえ。旅する樹人なんて聞いたことなかったけど、そういうことだったんだー」

 にやにやと笑っているノムルに対して、雪乃は顔を伏せてふるふると震えながら、恥辱に耐える。
 決して雪乃は、女王様になりたくて薬草コンプを目指しているわけではない。魔王になりたくなくて、薬草を集めているのだ。
 女王への道は、その副産物として付いてきたのである。

「か、過酷な世界です」

 こてりと、項垂れた。

「雪乃……」

 傷心する雪乃に、カイが手を伸ばしてなぐさめようとするが、ノムルにガードされて届かなかった。


「分かった。ヒイヅルに行ってみよう」

 苦悶の表情で考え込んでいたノムルだが、カイの提案を受け入れるようだ。

「ありがとうございます」

 疲れきったように、雪乃はだらりと幹を曲げてお辞儀した。
 なんだか可哀そうなものを見るような視線をカイから感じたが、雪乃は見て見ぬ振りを決め込む。

「まあ、ヒイヅルは俺も一度行ってみたいと思ってたからね。余計なのが付いて来るのが気に入らないだけで」

 くっと睨みつけられたカイは、もう慣れたのか、涼しい顔で流している。

「しかしそうなると、どういう経路になるんだ? ヒイヅルって、どうやって入るんだ?」

 地図を広げて、ノムルはカイに問う。

「ルモン大帝国の南方か、サテルト国からシーマー国へ渡る。それから船を乗り継ぎ、ルグ国へ」
「それ、来た道戻るじゃないか」

 地図を睨みながら、ノムルは顔をしかめる。
 だがそれは、当然の成り行きだろう。
 カイたちが帰国の船に乗るために向かったタバンの港で、雪乃とノムルは出会ったのだから。

「近いのは、ドューワ国を突き抜ける道だな。ラジンで転移装置で短縮する手もあるけど」

 ノムルが示した道筋は、東に向かって少し北上しながらルモン大帝国を目指す道と、南方に迂回してラジン国を通過する道の二種類だった。
 その後はどちらもルモン大帝国に入り、機関車に乗って帝都ネーデルに向かう。

「それから機関車でルモンの東まで行ってから馬車で南下するのと、機関車で南下してシーマー国を進む道かー。どっちが早いんだ?」

 陸路対海路で、ノムルは悩んでいるようだ。

「普通は陸路を優先したほうが早い。船旅は風向きや海の状態で日数が読めないからな。ただ」

 と、カイの視線がノムルへと向かう。
 風を操るなど、ノムルには朝飯前だ。海が荒れていても、彼が進む航路だけは、穏やかになるだろう。
 船が走る速度も、モーターボートが白旗を上げることは目に見えている。

「魔法を使えば海路のほうが早いか」
「あ、ああ」

 戸惑いがちに、カイは相槌を打つ。
 理屈としては分かっていても、簡単にできることではない。だがノムルならば、やってのけるだろう。魔力が切れることもなく。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

天才になるはずだった幼女は最強パパに溺愛される

雪野ゆきの
ファンタジー
記憶を失った少女は森に倒れていたところをを拾われ、特殊部隊の隊長ブレイクの娘になった。 スペックは高いけどポンコツ気味の幼女と、娘を溺愛するチートパパの話。 ※誤字報告、感想などありがとうございます! 書籍はレジーナブックス様より2021年12月1日に発売されました! 電子書籍も出ました。 文庫版が2024年7月5日に発売されました!

異世界召喚に巻き込まれたおばあちゃん

夏本ゆのす(香柚)
ファンタジー
高校生たちの異世界召喚にまきこまれましたが、関係ないので森に引きこもります。 のんびり余生をすごすつもりでしたが、何故か魔法が使えるようなので少しだけ頑張って生きてみようと思います。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。