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ゴリン国編2

241.遠慮せず、食え食え

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「凄いですね。ドイン副会長に、こんな才能があったとは」

 居合わせた冒険者たちも、豪華で美味しそうな料理に、目が釘付けになっている。食堂に入ろうとして、すぐに踵を返して逃げ去った冒険者もいたが。
 いつもならば大勢いるはずのギルド職員が、なぜか一人も姿が見えないが。
 多少の違和感を覚えつつも、ムダイはカラトリーに手を伸ばす。

「お前らも食べていいぞ」

 ドインは気さくに、居合わせた冒険者たちに声を掛けた。
 とたんにわっと歓声が上がり、料理の並ぶテーブルに集まってくる。それぞれが目当ての料理を手に取り、口へと運ぶ。

 ムダイもナイフで一口サイズに切ったステーキを、フォークで口の中へ入れた。洗練された所作は、さながら貴族のようだ。
 微笑を浮かべ、ムダイはステーキを噛みしめる。笑顔が固まった。
 無意識に目を閉じて、そのまま動けなくなっていた。

「なんだ、そんなに美味いか? 遠慮せず、食え食え」

 愉快そうに、ドインは満面に笑顔を浮かべている。
 ムダイのみならず、他の冒険者たちも、口に入れた順番に固まっていく。そして次に気付いた時は、朝だったという。



「それで、そろそろ説明してくれないでしょうか?」

 魔デンゴラコンもずいぶんと遠ざかって、小さくなったところで、雪乃はノムルに改めて問うた。

「ドインのおっさんが作る料理は、食い物じゃない」

 深刻な表情だが、内容はシンプルだ。

「つまり、料理がお下手。激不味なのですね?」

 それだけのことで逃げ出すのかと、雪乃は幹を傾げる。

「そんな言葉で言い表せるものじゃないんだよ。あれは毒以上だ。見た目に騙されて口に入れようものなら……」

 と、ノムルはぶるぶると震えだした。顔は真っ青だ。
 雪乃はふと思い出す。
 初めてカレーを作った際に、ノムルが口にした言葉を。

「もしや、『心を蝕まれてしまうこともある』ほどに不味い食べ物というのは……」

 そっと顔を上げると、無表情のノムルがこくりと頷いた。
 どうやら当たっていたようだ。
 いったいどんな料理かと気にはなったが、食べることのできない雪乃が、ノムルやカイに強要することは罪悪感を伴う。
 巨大な魔デンゴラコンがどんどん遠ざかっていくのを、雪乃はノムルの背中越しに、じいっと眺め続けた。

(きっと残ったマンドラゴラが、ムダイさんの感想を伝えてくれるでしょう)

「わー」

 心を読んだように、マンドラゴラが声を上げる。
 猛スピードで走っているのに、振り落とされることなくノムルのローブにしがみ付き続けていたマンドラゴラを、雪乃は思わず凝視した。
 手も無いのに、驚くべき耐久力である。
 その夜は適当な森で、雪乃たちは夜を越した。


「で、なんでお前がまだいるのさ?」

 空がすっかり明るくなってから目覚めたノムルは、雪乃と仲良く話しているカイを目に映すなり、指を突きつけて怒鳴った。
 鼻先に浮かぶ指をちらりと見たカイは、視線をノムルの顔へ移す。

「しばらく共に行動しようと思っている」
「断わる! そしてユキノちゃんを放せ!」

 地団駄を踏むノムルを、雪乃は呆れた目で眺める。胡坐を組んだカイの膝の上で。

「ノムルさん、落ち着いてください」

 雪乃は宥めるが、ノムルは苛立ちを隠さず、ローブの裾を食いちぎる勢いだ。
 ノムルの奇行を見物していたカイだったが、顔を上げて空を見上げた。

「ぴー」

 パタパタと羽を動かす、小さな飛竜が飛んでくる。

「ぴー」
「わー」
「わー」
「わー」

 着地もそこそこに、ぴー助はひしっと雪乃に抱きついた。その背中には、回収できなかったマンドラゴラたちが乗っている。 

「ぴー助、残してきてごめんなさい。戻ってきてくれてありがとう」
「ぴー!」

 雪乃が抱きしめ返すと、ぴー助も顔を摺り寄せた。

「ピースケまで? くうっ! ユキノちゃんはおとーさんのなのにいーっ!」

 食いしばられて引っ張られているノムルのローブは、今だ頑張っているようだ。
 いったいどれだけの強化魔法が掛けられているのだろうと、雪乃とカイは無意識に凝視する。
 そんな騒ぎの中、カイはぴー助の背中に括りつけられている荷物を、さり気無く解く。
 風呂敷のような布に包まれていたのは、木箱と手紙だった。

「ノムル殿」
「何だ?!」

 ノムルは怒り眼でカイを睨みつける。びりびりと、電気なのか威圧なのかが、雪乃の葉を揺らした。

「ドイン副会長からだ」
「ん? おっさんから?」

 受け取ったノムルは木箱の蓋を開けて、固まった。見事に石化している。
 いったい何が入っていたのかと、雪乃はノムルに近付く。
 ノムルの手にある木箱を覗きこもうと根を伸ばすと、カイが抱き上げてくれた。

「ありがとうございます」

 覗き込んだ雪乃とカイは、その木箱の中身を目に映す。

「お見事です」
「ああ、ドイン副会長に、こんな才能がおありだったとは」

 木箱の中には、豪華なお弁当が詰まっていた。
 脂の乗った謎の肉が、キラキラと輝いている。飾包丁の入った色鮮やかな野菜のつけ合わせも、目を楽しませてくれる。
 見た目も美しくありながら、男の胃袋を掴む、肉多めのがっつり弁当だった。

「はて? ノムルさんはドインさんの料理を酷評していましたが、これはどう見ても、素晴らしい腕前だと思うのですが?」

 ぽてりと、雪乃は不思議そうに幹を傾げた。

「ぴー?」

 雪乃とカイの行動に興味を抱いたぴー助も、ノムルの持つ弁当を覗き込む。それが食べ物だと気付いたぴー助は、目を輝かせて、ぱくりと謎の肉を咥えた。

「ぴー!」
「あ、駄目ですよ、ぴー助! ノムルさんに許可を貰ってから……え?」

 慌てて雪乃は止めようとしたが、間に合わなかった。
 ノムルが弁当の代わりに、ぴー助を食べようとするのではないかと心配した雪乃だったが、それは杞憂に終わる。
 なぜなら目を輝かせたまま、ぴー助は固まっている。そして数秒後、肉を咥えた姿勢のまま、ぱたりと地面に落ちて倒れたのだった。

「ええ?!」

 雪乃は目を剥いて驚いた。目はないのだが、視界が広がった。

「な、何があったのでしょう?」

 ぴー助とノムルの持つ弁当を交互に見るが、まったく理解できない。
 お弁当は、どう見ても美味しそうだ。

「美味しすぎて気絶したのでしょうか?」

 幹を捻って考えている間に、ノムルの意識が戻ったようだ。

「はっ?!」

 と、息を吹き返したように声を上げて動き出したのだが、その目は焦点が合っていない。
 見開かれた目と口は、幽霊と対面してしまったかのような、驚愕と恐怖に染まっている。
 数分経って、ようやく落ち着いてきたと思ったノムルは、今度は口角を吊り上げて口元に弧を描いた。
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