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ゴリン国編2

237.薬草園の入り口で

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「しかし魔法ギルドのほうが、薬草栽培は盛んなはず。あちらにも寄ったのだろう? ここに目ぼしい薬草があると良いのだが」

 雪乃ははっとしてナイオネルを凝視すると、しょぼーんと葉を萎らせた。
 あの国では色々ありすぎて、薬草採取まで頭が回らなかったのだ。

 男たちに注目されていることに気付いた雪乃は、幹を伸ばし、膝の上で綺麗に枝先を重ね、つんと澄まして窓の外を見る。
 ぷっとムダイが吹き出し、カイには憐憫を込めた手で、頭を撫でられてしまう。
 ほんのり紅葉しながらも、雪乃は気付かないふりをして到着を待つ。

 薬草園の入り口で、馬車は一度停車した。
 ナイオネルに促がされて下車した雪乃は、その広さに瞠目する。
 東京ドーム何個分と言われてもよく分からないが、とりあえず、ドーム球場に似たものが二つ、その周辺にも広大な森が広がっていた。
 薬草の栽培地に似せた、湿原や池、川などもあるらしい。

 入り口の脇にある建物から出てきた職員に、声を掛けたナイオネルが、雪乃を手招く。

「さあ、ドクター・ユキノ。探している薬草の名前を言うと良い」

 ナイオネルに促がされるまま、雪乃は未採取の薬草名を挙げていく。

「ササランフラワー、モケモケ草、ゲイノショウコウ、オウジヨン、オクブリ、ヒョウノシタ、アオハダ、ツチペン……」

 と、どんどん続けた。
 ムダイが困惑に顔をしかめているが、お構いなしだ。脳内に浮かぶ薬草図鑑に書かれている植物を、次々に列挙していく。

「……ボケボケの花、モロモロイヤ、アムロの実、ザマアミの根です」

 告げ終えると、職員は黙々と書類に何かを書いている。ナイオネルは目をぎらつかせ、ムダイはなんだか変な顔をしていた。
 カイはいつもどおり、雪乃を撫でている。

「どっかで聞いたような名前だけど、何かが間違っている。とりあえず、オクブリは飲みたくないかな」

 一人呟いているムダイに、雪乃も同意した。
 名前も見た目も、どこか似ているのだ。けれど微妙に違っている。大抵の場合、おかしな方向に。

「きっと十万倍苦いのだと思います」
「だよね」

 舌の先にほんの少しつけただけで、ひどい目に遭いそうだ。雪乃から発生させたら、それこそショック死させかねないレベルで。
 想像してふるふると震えた雪乃は、決して生やさないよう、心に誓った。

「管理されている薬草については、栽培場所を書いておきましたので。書かれていない植物に関しては、ここにはありませんね」

 容赦なく羅列したにも関わらず、きちんと聞き止めてくれていたようだ。

「ありがとうございます」

 雪乃は考えるより先に、ぺこりと幹を折っていた。
 さすが冒険者ギルド本部。優秀な職員が揃っているようだ。

「では行こう」

 一行は、再び馬車に乗り込んだ。
 生息環境に合わせて幾つかの区画に分かれており、それぞれの入り口で馬車は停まる。そこからは歩いて移動だ。
 綺麗に整えられた薬草園の中を、目的の薬草が栽培されている場所まで、ナイオネルに案内してもらう。
 まずはオウジヨンの花が咲く畑に辿り着いた。ユキノの背丈ほどの細い茎の先に、白や桃色をした小菊のような花が、数輪咲いている。

「頂いてもよろしいのでしょうか?」
「構わないさ」

 念のために確認してから、雪乃はオウジヨンを引っこ抜いた。しかし何の変化も起こらない。
 しばらくオウジヨンと見つめ合っていた雪乃だが、おもむろに地面に戻して、優しく根を埋めなおす。

「いらないのかね?」

 戸惑い気味のナイオネルに、心苦しく思いながらも頷く。

「どうやらこのオウジヨンは、使えないようです」

 しょぼんと萎れる雪乃の頭を、カイが撫でる。彼のフードに隠れていたマンドラゴラも、しょぼんと葉を萎れさせた。
 心配そうに雪乃を見つめていたマンドラゴラは、きょろきょろと辺りを見回す。それから、

「わー」

 と、何かに気付いたように声を上げるなり、カイから飛び降りて薬草園の中を駆けていく。
 マンドラゴラの動きを、目で追いかけるカイとムダイ。二人の視線の動きに気付き、その先を追うナイオネル。

「わー!」

 ぴょんぴょんと跳ねるマンドラゴラの姿に、ナイオネルの眉間に皺が寄った。顎を前のめりに突き出し、目を見開いて凝視する。
 雪乃は顔を上げて、マンドラゴラの元へ歩み寄る。

「このオウジヨンは吸収できるのですか?」
「わー」

 マンドラゴラが示したのは、手入れのされた薬草畑から少し離れた所に、抜け出してきたかのように生えたオウジヨンだった。
 おそらく種が飛んで、勝手に生えたのだろう。
 雪乃はマンドラゴラの葉を撫でてから、オウジヨンを引っこ抜いた。すると、いつものように淡く光りだし、雪乃の中へと吸い込まれていった。

「へえ? こうやって吸収されるんだ」

 初めて見たムダイが、興味深そうに覗き込む。雪乃に視線を落としたまま、空から舞い降りてきたカードを人差し指と中指でつかんだ。
 カードを取り返そうと、雪乃がぴょんこぴょんこと跳ねているが、全く届きそうにない。

「なるほどねえ。ノムルさんが百枚以上も見たって言ってたけど、薬草を採取するたびに降ってくるなら、それも納得だね」
「一株目と、必要数に達したときだけですけどね」

 雪乃は補足する。
 カードに目を走らせたムダイは、雪乃に渡した。オウジヨンの必要数を確認した雪乃は、いつもどおり、ぺしりとカードを地面に叩きつける。
 カードは煙となって消えた。
 粗雑な雪乃の対処に、ムダイは額に手を当ててぷるぷると震える。

「もうちょっと丁寧に扱おうよ?」
「不要です。採取するたびに降ってきますし、なにより」

 と言いかけた雪乃は、カイとナイオネルがいることを思い出し、言葉を切った。
 何となく察したムダイは納得したようで、苦く笑んだ。
 異世界に飛ばされた上に、勝手に役割を押し付けようとしてくるのだ。好ましい相手ではない。

 二人のやり取りに耳を傾けながらも、カイは栽培されている薬草と、雪乃が吸収した薬草が生えていた場所を、交互に見る。

「人為的に栽培した薬草は、吸収できないということか。しかし種が飛ぶなどして、自力で育ったものに関しては、自生地以外の薬草も吸収できるようだな」
「わー」

 冷静に分析したカイに、マンドラゴラは「正解」とばかりに頷いた。
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