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魔王の遺跡編

229.木だから浮いていたわけでは

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 雪乃はノムルを凝視した後、黒い海を覗き込んだ。木だから浮いていたわけではないらしい。うっかり同調していたら、とんでもないことになっていたようだ。
 自分の置かれていた状況を知り、雪乃はふるふると震えた。
 それからふと、雪乃はノムルを見る。

「ノムルさんは平気なんですか?」

 浮かぶどころか、まったく沈むことなく歩いているのだ。

「ああ、この程度、俺にとっては慣れたもんだし? 俺はユキノちゃんさえいれば良いの」

 ノムルの過去を思い出した雪乃は、彼が歩んできた道程に思いを馳せる。
 暗殺者として育てられ、多くの命を奪った幼少時代。そして、国一つを滅ぼすほどの、暴走を引き起こしてからの人生。
 彼に向けられた怨嗟は、雪乃の想像などでは到底及びも付かないのだろう。

 ぎゅっと、雪乃はノムルを抱きしめるように枝を広げた。短い枝ではノムルの背中には届かないが、それでも気持ちは通じたようだ。
 ノムルは雪乃に顔を摺り寄せ、優しく幹を撫でる。

「ねえ、ユキノちゃん?」
「にゃんでじょう?」

 涙声になっている雪乃に苦笑をこぼすと、ノムルは前を見据える。

「早く帰るために、協力してくれないかな?」
「わだしにできるごどなら、なんでも」
「うん」

 ノムルは一度、優しく雪乃の頭を撫でる。そして、

「『おとーさん、世界で一番大好き! ずっと一緒だよ!』って言って」

 満面の笑顔で、言ってきた。
 雪乃はふるふると震える。元から流れていないはずの涙が、引くのが分かった。
 どんな時でも、ノムルはノムルのようだ。

「なぜでしょう?」
「えー? 何でもしてくれるんでしょう?」

 言質を取られしまったようだと、雪乃はくっと葉噛みする。しかし約束を違えることは、雪乃の矜持に反する。
 嵌められたことに苦々しく思いながらも、雪乃は抑揚も無い低い声で、ノムルの願いを叶えた。

「おとーさん、世界で一番大好きです。ずっと一緒です」
「ユキノちゃんっ!」

 ぱああーっと、ノムルが輝いた。例えではなく、本当に輝きだした。
 雪乃は眩しさに目を細めながらも、どんな異常現象だと目を瞬いてノムルを見る。
 更には何か妙な振動と波の音が聞こえてきた。
 進行方向を見れば、黒いタールの海が割けて道ができているではないか。まるでモーセのようだ。

「これはいったい?」

 魔王ノムルは、実は聖人だったのだろうかと、雪乃の思考は混乱を極めた。
 現れた海底の道を、ノムルはためらうことなく進んで行く。
 よく見ると、両脇に分かれた黒いタールは、ノムルの光が近付くと怯えるように震えていた。時折、

『いやあー! 私は許さないのー……いえ、もう良いわ』

 とか、

『止めろ! 俺は報復を……ほーふくって何だっけ?』

 などと、怨嗟の言葉が悲鳴を上げては、浄化されていった。

「もしや、ノムルさんの機嫌を良くすると、ここに囚われている方々が解放されるのでしょうか?」

 そう答えを導き出した雪乃の葉が、きらりーんと光る。思い立ったら即行動とばかりに、雪乃は台詞を選ぶ。

「ノムルさん」
「なーにー?」
「大好きです!」

 ノムルを包む光が、更に威力を増した。

『うああっ! 俺はやつを……どうしたかったんだっけ?』

 思ったとおりのようだ。
 雪乃はニヤリと笑む。

「おとーさん、いつもありがとうございます」

 きらきらーっと、光の威力は増し、更に怨嗟が消えていく。

「おとーさんと会えて、雪乃は幸運です」

 きらきらりーんっと、ノムルは輝きを増した。表情もでれでれだ。

「おとーさんは雪乃の自慢です!」

 きんきらきーんっと、ノムルはナイター照明にも増す輝きだ。
 表情は眩しくて見えない。というか、雪乃の視界がやられそうだ。

「おとーさんほど優しくて、強くて、格好いいおとーさんはいません!」

 半ば自棄気味に叫ぶと、雪乃の視界は光に満ち溢れ、何も見えなくなった。遠くで怨嗟たちの悲鳴と、負の感情を失ってぼんやりとした声が聞こえる。
 もう一声と、雪乃は言葉を探す。

「おとーさんの娘になれた雪乃は、世界一の幸せものですね」

 世界は真っ白に輝き、そして、

『もう出て行ってください』

 と、半泣き状態の天の声に追い出された。



 真っ白な世界は黒い世界へと変わり、雪乃は視界を開く。

「雪乃!」

 寝起きのような、ぼうっとした思考の中に、カイの声が飛び込んできた。
 雪乃はふるふると幹を振って意識を目覚めさせると、辺りを見回した。
 なぜか雪乃の視点よりも低い位置に、カイの姿が見える。その隣で何かが動いている気がして視線を動かした雪乃は、びくりと跳ねるように震えた。
 人間の顔らしきものが浮いているではないか。
 よく見れば、紅い毛氈に同化して透明人間になっていた、ムダイだったが。

 雪乃はほっとして胸を撫で下ろす。
 さすがに顔だけ浮いている相手というのは、ちょっと怖い。

「雪乃、玉座に付いている青い魔法石を壊すんだ!」
「玉座?」

 カイに言われて、雪乃はぽてりと幹を傾げる。ぐるりと幹を回した雪乃は、自分が壇上にいて、豪華な椅子に座っていることに気付いた。

「おお?! なぜ私は玉座に? 畏れ多い」

 雪乃は驚いて飛び降りる。それから振り返って、玉座の背もたれの上に付いている、青い石を見つけた。金の枠の中に、透明な青色をした、ダイヤ形の石がはめ込まれている。
 どうやらそれを壊す必要があるらしいと理解した雪乃は、玉座に上が――

「ふんにゅーっ!」

 上がろうとしたのだが、どんなに枝に力を入れても、根が玉座に届かない。

「うにゅにゅにゅにゅーっ!」

 頑張る小さな樹人を、男二人は見守ることしかできなかった。

「なぜ私は、玉座から下りてしまったのでしょう?」

 肩で息をしながら、ほんの少し前に取った自分の行動を、深く反省する。
 しかし雪乃は諦めない。ローブを脱ぎ捨てると、

「出でよ、ランタ!」

 と、バロメッツ・ランタを呼び出した。

「んめ゛え゛え゛え゛え゛ええええーーーーーっっ!!」
「うわっ?!」

 ランタの雄たけびに、ムダイは耳を塞ぐ。
 その隣では、獣人カイが、折った耳を押さえて蹲っていた。狼獣人には高ダメージだったようだ。

「だ、大丈夫?」
「め、目までチカチカする」

 ムダイは何とも言えない微妙な顔を、雪乃とランタに向けたのだった。
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