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ゴリン国編
214.彼女の幸福を
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朝食を終えた一同は、ギルドの建物に入り、受付でナルツからの手紙を受け取った。
ムダイは受け取った手紙を開いて読むと、内容を説明した。
「ナルツも恋人のその後については知らなかったようだ」
ナルツは自分が国外追放とされた後、ローズマリナは公爵家に相応しい相手に嫁ぎ、幸せに暮らしていると思っていたそうだ。
けれど公爵家から出奔し、一人で平民として働きながら暮らしていることを知り、今まで力になれたかった自分が腹立たしいと書かれていた。
そして未だに自分を想ってくれていたことに対しては、やはり嬉しく思っているとのことだ。
しかし彼女の幸福を考えると、公爵家に戻るべきだと思うので、彼女にもそう伝えてほしい。本来ならば自分が赴いて彼女に会い、話し合うべきだとはわかっているが、国外追放の身ではゴリン国に入ることも許されないため、どうか彼女のことを頼むと結んであった。
手紙を読み終えた一同は、深刻な表情で、それぞれ物思いにふける。一人は除くが。
「やっぱり身分の壁は大きいのかな? 庶民が皇族になる大変さは、何となく分かるけど」
身分制度の廃止された国で生きてきたムダイには、愛し合いながらも爵位にこだわるナルツの気持ちが、いまいち分からないようだ。
それまで周囲に世話を任せて生きてきた令嬢が、全ての身の回りの世話を一人で行わなければならなくなれば、戸惑いが生じるだろう。
さらに生活資金を得るために、仕事もしなくてはならないのだから。
「でもローズマリナさんは、すでに家を捨てて、一人で生きています。こだわる必要はないと思うのですが」
一人で店を立ち上げ、軌道に乗せているローズマリナだ。
貴族の身分を捨て、身一つでナルツの元へ嫁いでも、やっていけるだろう。
「お互いの幸せを願うあまり、自分の本心に蓋をしようとしているのではないでしょうか? 一緒にいたい、だけど自分が側にいたら、再び傷付けてしまうんじゃないかって」
「なるほど」
雪乃の言葉に、ムダイは頷いた。
小さな樹人の上では、不毛な戦いが繰り広げられているのだが、雪乃もムダイも見て見ぬふりをしている。
「いい加減、ユキノちゃんを解放しろ!」
「雪乃は嫌がっていない。共に旅をしていた時も、こうだった」
「何?! どういうこと? ……おとーさんのお膝の上に乗るのは嫌がるのに……。はっ! 勘違いするなよ?! きっと照れてるだけなんだからな! お前なんて、その辺の石ころと同じだ。意識する必要も無い!」
「だったら気にせず放っておけば良いだろう?」
「くっ! なんて可愛げのない。ユキノちゃん、我慢しなくていいんだよ? おとーさんのところに戻っておいで?」
両手を伸ばしてくるが、雪乃はスルーだ。
そもそも、ここまで変態でなければ、そして頬をすり寄せてこようとしなければ、雪乃だってあそこまであからさまには、拒絶することはなかっただろう。
「そういえば雪乃ちゃん。カイ君の膝に座ったり手をつないだり、自然にしてるけど、どういう関係なの? ずいぶんと心を許しているよね?」
「「「ん?」」」
さり気無く発せられたムダイの言葉に、雪乃もカイもノムルも、思わず停止した。それから雪乃へと視線が集まる。
「言われてみれば、そうですね」
「あっちでもそんなに甘えん坊だったの? ノムルさんには甘えてないみたいだけど」
「一言多いぞ。ストーカー」
ムダイの追求に、ノムルの叱責が入る。
「いいえ。それはなかったですね。どうしてでしょう?」
幹を傾げる雪乃の頭を、カイはぽんぽんと優しく撫でる。
恥ずかしさも不快感もない。ただ温かくて気持ち良いと、雪乃は感じる。
「きっと……」
ノムルとムダイが、雪乃の言葉の先に集中する。特にノムルは、獲物を狙う猛禽類のように、目が鋭く光っていた。
「ノムルさんのような、下心や欲望が無いからではないでしょうか?」
「ああー、それは分かる気がする」
雪乃の言葉に、ムダイは納得したように頷いた。
「何?! おとーさんは純粋に、ユキノちゃんを好きなんだよ?」
納得できない変態魔法使いには、三人の冷たい眼差しが注がれた。
そんなおばかなやり取りを切り上げた四人は、ぴー助の様子を見てから、ローズマリナの店へと向かったのだった。
ローズマリナの店には、ハートマークに『本日休業』と書かれた札が掛かっていた。耳を澄ませば、中からすすり泣く声が聞こえてくる。
顔を見合わせた雪乃たちは、頷きあう。代表して雪乃が声をかけようと
「おーい、開けろー。ユキノちゃんとユキノちゃんのおとーさんが来たぞー」
する前に、我が道を突き進むノムルが無遠慮に声をかけた。
雪乃もムダイもカイまでも、思わず額に手を添えて俯いた。
そんな不躾なおっさんの来訪にも関わらず、扉を開けたララクールは不快感を見せることなく出迎える。
店を突っ切り奥へと入ると、予想通りローズマリナが涙に暮れた目をハンカチで押さえていた。
「ごめんなさいね。こんなところを見せてしまって」
目元をハンカチで隠しながらも、ローズマリナは雪乃たちを快く迎え、席を勧める。
ローズマリナの元へ向かった雪乃は、スカートの裾を引いた。
「どうしたの?」
赤く腫らした目を柔らかく細めながら、雪乃の目線に合わせるために膝を折る。
雪乃はローブマリナの目に治癒魔法を施そうと枝を伸ばしたが、すぐに引っ込めて、代わりにローブの下から薬草を出した。
腫れたまぶたは血流を操作すれば治るだろうとイメージはできるが、正確に対処できる自信はなかった。
まぶたや目は繊細な部位であるし、もし失敗して何かあったら、申し訳ない。
樹人の薬草はあまり使わないようにしているが、ローズマリナもララクールも、他言するような人物ではないだろう。
ぺとりと薬草をローズマリナのまぶたに貼った。
「あ、それ、ユキノちゃんがおとーさんに、初めてくれた薬草だよねー」
言われて雪乃は思い出す。
雪乃が樹人だと知ったノムルは懺悔を繰り返し、涙に腫れた目を雪乃の薬草で癒したのだった。
薬草など使わずとも、このおっさん魔法使いならば瞬時に治癒魔法で治せたのだろうが、当時の雪乃はノムルの能力など知らなかったのだ。
ムダイは受け取った手紙を開いて読むと、内容を説明した。
「ナルツも恋人のその後については知らなかったようだ」
ナルツは自分が国外追放とされた後、ローズマリナは公爵家に相応しい相手に嫁ぎ、幸せに暮らしていると思っていたそうだ。
けれど公爵家から出奔し、一人で平民として働きながら暮らしていることを知り、今まで力になれたかった自分が腹立たしいと書かれていた。
そして未だに自分を想ってくれていたことに対しては、やはり嬉しく思っているとのことだ。
しかし彼女の幸福を考えると、公爵家に戻るべきだと思うので、彼女にもそう伝えてほしい。本来ならば自分が赴いて彼女に会い、話し合うべきだとはわかっているが、国外追放の身ではゴリン国に入ることも許されないため、どうか彼女のことを頼むと結んであった。
手紙を読み終えた一同は、深刻な表情で、それぞれ物思いにふける。一人は除くが。
「やっぱり身分の壁は大きいのかな? 庶民が皇族になる大変さは、何となく分かるけど」
身分制度の廃止された国で生きてきたムダイには、愛し合いながらも爵位にこだわるナルツの気持ちが、いまいち分からないようだ。
それまで周囲に世話を任せて生きてきた令嬢が、全ての身の回りの世話を一人で行わなければならなくなれば、戸惑いが生じるだろう。
さらに生活資金を得るために、仕事もしなくてはならないのだから。
「でもローズマリナさんは、すでに家を捨てて、一人で生きています。こだわる必要はないと思うのですが」
一人で店を立ち上げ、軌道に乗せているローズマリナだ。
貴族の身分を捨て、身一つでナルツの元へ嫁いでも、やっていけるだろう。
「お互いの幸せを願うあまり、自分の本心に蓋をしようとしているのではないでしょうか? 一緒にいたい、だけど自分が側にいたら、再び傷付けてしまうんじゃないかって」
「なるほど」
雪乃の言葉に、ムダイは頷いた。
小さな樹人の上では、不毛な戦いが繰り広げられているのだが、雪乃もムダイも見て見ぬふりをしている。
「いい加減、ユキノちゃんを解放しろ!」
「雪乃は嫌がっていない。共に旅をしていた時も、こうだった」
「何?! どういうこと? ……おとーさんのお膝の上に乗るのは嫌がるのに……。はっ! 勘違いするなよ?! きっと照れてるだけなんだからな! お前なんて、その辺の石ころと同じだ。意識する必要も無い!」
「だったら気にせず放っておけば良いだろう?」
「くっ! なんて可愛げのない。ユキノちゃん、我慢しなくていいんだよ? おとーさんのところに戻っておいで?」
両手を伸ばしてくるが、雪乃はスルーだ。
そもそも、ここまで変態でなければ、そして頬をすり寄せてこようとしなければ、雪乃だってあそこまであからさまには、拒絶することはなかっただろう。
「そういえば雪乃ちゃん。カイ君の膝に座ったり手をつないだり、自然にしてるけど、どういう関係なの? ずいぶんと心を許しているよね?」
「「「ん?」」」
さり気無く発せられたムダイの言葉に、雪乃もカイもノムルも、思わず停止した。それから雪乃へと視線が集まる。
「言われてみれば、そうですね」
「あっちでもそんなに甘えん坊だったの? ノムルさんには甘えてないみたいだけど」
「一言多いぞ。ストーカー」
ムダイの追求に、ノムルの叱責が入る。
「いいえ。それはなかったですね。どうしてでしょう?」
幹を傾げる雪乃の頭を、カイはぽんぽんと優しく撫でる。
恥ずかしさも不快感もない。ただ温かくて気持ち良いと、雪乃は感じる。
「きっと……」
ノムルとムダイが、雪乃の言葉の先に集中する。特にノムルは、獲物を狙う猛禽類のように、目が鋭く光っていた。
「ノムルさんのような、下心や欲望が無いからではないでしょうか?」
「ああー、それは分かる気がする」
雪乃の言葉に、ムダイは納得したように頷いた。
「何?! おとーさんは純粋に、ユキノちゃんを好きなんだよ?」
納得できない変態魔法使いには、三人の冷たい眼差しが注がれた。
そんなおばかなやり取りを切り上げた四人は、ぴー助の様子を見てから、ローズマリナの店へと向かったのだった。
ローズマリナの店には、ハートマークに『本日休業』と書かれた札が掛かっていた。耳を澄ませば、中からすすり泣く声が聞こえてくる。
顔を見合わせた雪乃たちは、頷きあう。代表して雪乃が声をかけようと
「おーい、開けろー。ユキノちゃんとユキノちゃんのおとーさんが来たぞー」
する前に、我が道を突き進むノムルが無遠慮に声をかけた。
雪乃もムダイもカイまでも、思わず額に手を添えて俯いた。
そんな不躾なおっさんの来訪にも関わらず、扉を開けたララクールは不快感を見せることなく出迎える。
店を突っ切り奥へと入ると、予想通りローズマリナが涙に暮れた目をハンカチで押さえていた。
「ごめんなさいね。こんなところを見せてしまって」
目元をハンカチで隠しながらも、ローズマリナは雪乃たちを快く迎え、席を勧める。
ローズマリナの元へ向かった雪乃は、スカートの裾を引いた。
「どうしたの?」
赤く腫らした目を柔らかく細めながら、雪乃の目線に合わせるために膝を折る。
雪乃はローブマリナの目に治癒魔法を施そうと枝を伸ばしたが、すぐに引っ込めて、代わりにローブの下から薬草を出した。
腫れたまぶたは血流を操作すれば治るだろうとイメージはできるが、正確に対処できる自信はなかった。
まぶたや目は繊細な部位であるし、もし失敗して何かあったら、申し訳ない。
樹人の薬草はあまり使わないようにしているが、ローズマリナもララクールも、他言するような人物ではないだろう。
ぺとりと薬草をローズマリナのまぶたに貼った。
「あ、それ、ユキノちゃんがおとーさんに、初めてくれた薬草だよねー」
言われて雪乃は思い出す。
雪乃が樹人だと知ったノムルは懺悔を繰り返し、涙に腫れた目を雪乃の薬草で癒したのだった。
薬草など使わずとも、このおっさん魔法使いならば瞬時に治癒魔法で治せたのだろうが、当時の雪乃はノムルの能力など知らなかったのだ。
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