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ゴリン国編

207.棺桶か?

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 ドインとムダイ、カイの視線が樽に向かった。

「棺桶か? まさか中身入りじゃないだろうな?」
「風呂桶じゃないですか?」
「漬物?」

 それぞれに正体を推察する。
 物騒な想像をしたのはドインだ。

「カイさんの故郷には、漬物があるのですか?」
「ああ、色々あるぞ。サワアンとメウ干しは、どの家でも作っているな」
「「おおー!」」

 雪乃とカイは首を回し、横を見る。
 聞き留めたムダイも、歓声を上げていたのだ。やはり日本人には、この二種は欠かせないようだ。

「とりあえず、一樽開けてみろ」

 ドインの指示に、どこからか執事らしき男が現れて、無地の樽の封を切った。甘い中にも清涼感が含まれる香りが、部屋に広がる。
 雪乃はカイの膝から飛び降りて、樽の中を確認に行く。といっても背が足らなくて、すぐにカイに抱き上げられたのだが。
 一緒に覗き込んだカイは、

「デーコンの万枚漬か? ずいぶんと太いな。使われている香草も変わっている」

 と、故郷の漬物を連想したようだ。
 雪乃は振り返る。

「デーコン?」
「ああ。我が国で人気の野菜だ。これほど太いものは見たことないが、デーコンではないのか?」

 ふむう? と首を捻った雪乃だが、思い返してみれば町で小ぶりのデンゴラコンに似た──というより大根らしき野菜を、何度か見掛けた気がする。
 おそらくあれがデーコンなのだろう。

「珍しいな。お前がまともな土産を持ってくるなんて。本当に顔だけ似た別人じゃないのか?」
「おっさん?! 俺を何だと思ってるのさ?!」

 二人のおっさんは、仲良く喧嘩しているようだ。

「これはデンゴラコンという薬草を漬けたのです。食べることもできますけど、お薬なんですよ」
「何に効くんだ?」

 カイは興味深そうに片眉を上げる。
 樹人の雪乃が特別な薬草を生やせることも、薬草に詳しいことも、カイは知っている。

「融筋病です」

 その答えを聞いた途端、ドインの周囲を覆う空気が変わった。

「ノムル、俺はお前の実験に付き合う気はないぞ?」
「はあ? 誰が実験なんて……いや、データは欲しいけど。特にあっち……」

 反射的に言い返そうとしたノムルだが、その口が怪しくなっていく。視線はカマーフラワー印の樽に向かっている。

「融筋病の治療薬は長年研究されているが、未だ見つからん。完治した例があるというが、それは薬以外に別の要因があったか、本当は完治ではなく延命だったってことで結論付いている」
「おいおい、諦めてんのかよ? おっさんらしくない」

 険悪な空気が部屋を満たしていく。
 ぴりぴりと痛いほどの空気に、常人であれば息の吸い方さえ忘れてしまったかもしれない。当てられて気を失う者もいただろう。
 事実この瞬間、ドインの執務室付近の廊下や部屋にいた不運な職員や冒険者達が、白目を剥いて気絶していた。

 だがしかし、Sランク冒険者のムダイはもちろん、カイもこの空気に耐えることができた。
 そして雪乃は、びくりと肩を震わせはしたが、それだけだ。彼女はノムルで慣れていた。
 ある意味、気の毒な樹人の子供である。

「えーっと、たぶん、大丈夫だと思います。一応、こちらが本来の材料で漬けた樽で、あちらの三樽が魔植物で漬けました。効果はおそらく、魔植物のほうが高いです」

 説明しながら、雪乃の視線は次第に遠くを見つめだす。
 魔法ギルドで行われた魔植物実験の結果、デンゴラコンは床と天井を突き破り、三階建て相当の大きさまで成長したのだ。
 巨大化するだけで動き回ったりしないことが救いではあったが。

 ノムルが魔力を注入すれば、更なる巨大化が予想されたため、融筋病の薬に使うデンゴラコンには、広い空き地で魔力付与を行った。
 結果は予想を超え、高層ビル並の、巨大デンゴラコンへと進化した。

 充分に距離を取っていたにもかかわらず、雪乃とノムルは迫るデンゴラコンに飲まれ、内部に取り残されてしまう。
 ノムルが瞬時に結界を張ったため、潰されることはなかったが、なんとも微妙な体験をしたのだった。
 一部を切り取って樽に詰めたが、三樽漬けたところで雪乃が触れて、通常のデンゴラコンに戻した。

 なんでもありのラジン国でも、住民を大いに驚かせる出来事となってしまった。
 まあ魔法ギルドの職員は、それどころではなかったのだが。

「たしかノムルの推薦で、闇死病の治療薬を開発した冒険者を、特殊Bに認定したな」
「闇死病だけじゃないぜ? 眠り病の治療薬も、ドューワ国の王子で効果は確認済みだ」

 考え込むように黙り込んだドインの目が、鋭く細まる。
 だがそれよりも、

「ノムルさんが、真面目な口調で話しています」

 こちらの方が、雪乃には気になって仕方がなかった。
 沈黙が、部屋を通り抜ける。

「正直に吐け! お前、本当は誰だ? 本物のノムルはどこ行った?!」
「だから、俺がノムルだっての! おっさんこそ大丈夫か?!」

 二人のおっさんによる、ノムルの真偽を掛けた仁義なきバトル第二ラウンドが始まったようだ。

「これ一応食べれますけど、食べてみますか? 味は悪くないと思いますよ?」
「漬物は好物だ。雪乃が漬けたのなら、せっかくだし頂こう」
「僕も食べたいかな。たまに食べたくなるんだよね、漬物。できればコンメも欲しい」
「では、試食もかねて準備させていただきます。少々お待ちください」
「「「お願いします」」」

 日本人二名とカイは、執事の好意に甘えさせてもらう。とはいえ、樹人の雪乃は食べられないのだが。
 おむすび代わりの軽く塩を振ったコンメと、食べやすい大きさに切ったデンゴラコンの漬物をつまみがら、三人はおっさん二人の喧嘩が終わるまで、漬物談義に花を咲かせる。

「やはりメイ干しは外せませんよね?」
「「もちろんだ!」」
「炊いたコンメに入れてもいいが、病み上がりのときは煮込んだコンメに入れるな」
「「必須ですね!」」
「僕はメイ酒のメイも好きなんだけど」
「「分かります!」」

 すっかり意気投合した三人の話に、執事は真剣に耳を傾けていた。
 彼もまた、漬物好きなのか、あるいは食を愛する人なのかもしれない。
 一通り漬物談義を終えても、おっさん二人の喧嘩は終わっていなかった。

「ノムルさんと副会長さんは、仲が良いんですね」

 雪乃は執事を見上げて問うた。

「ノムル・クラウ様が幼い頃からの付き合いだと伺っております。当時の副会長は、亡国アラージで兵士をしておられました。その後アラージが滅び、ラジン国となりましてから、しばらく行動を共になさっていたそうです」
「何?! ノムルさんとパーティーを組んでいたのか? 羨ましい」

 執事の説明に、ムダイは悔しげに歯軋りをしてドインを睨む。
 雪乃はムダイに半目を向けた。この真っ赤な戦闘狂も、立派な変人である。
 それはともかく、雪乃は記憶を手繰る。

「アラージ国……ドインさん……」

 以前、ラジン国でノムルが話してくれた過去に、その名が出てきたことを思い出す。
 奴隷として人殺しを命じられ、ひどい扱いを受けていた、幼いノムル。彼を人として扱い、お菓子を差し入れてくれた兵士の名が、ドインだった。
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