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コダイ国編

190.虫人の住居で虫けら発言は ※

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「そんなの決まってるじゃん! おとーさんだよ? 娘に手を出そうとする虫けらは、蹴散らすに決まってるでしょう?!」
「……」

 樹人の雪乃が嫁ぐのかはさておき、度を越えた親ばかは娘を不幸にしかねないと、雪乃はぼんやり思った。
 それはともかく、虫人の住居で虫けら発言はどうなんだろう? という疑問も湧いてくる。
 周囲を窺うように見てみると、特に気分を害した様子はないようなので、ほっと安堵した。

「……?」

 いや、何か違和感がある。
 雪乃はもう一度、周囲に群がる蟻人のお嬢さん方を、注意深く観察した。

「男よ」
「男ね」
「久しぶりの男だわ」

 打ち寄せる波のような音に耳を澄ませば、気付かれないように小さく囁き交わす声が聞き取れた。

「……」

 女性だらけの町に、男がやってきたのだ。ざわめくのも仕方がないというところか。

「雄よ」
「雄ね」
「竜種だなんて、激レアね」

 雪乃は白目を剥きかけた。
 どうやら蟻人たちは、相手が人でなくても良いようだ。しかしぴー助は、まだ赤ちゃん竜なのだ。

「ま、守らねば!」

 小枝を握り締め、雪乃は決意を固める。
 おっさん魔法使いのほうは、もちろん放置だ。彼は大人だし、自力でどうにでもできる。しかしそれ以上に、雪乃は本能的に関わりたくなかった。

「ユキノちゃん、きのこ採りに行く。一緒に来る?」
「はい、ぜひ!」

 誘ってくれたリアに、雪乃は二つ返事で頷く。
 アトランテ草原にしか生えない薬草の中には、きのこが含まれていたのだ。
 それは蟻人でなければ作りだせないきのこだと聞いたときは、雪乃はリアとの出会いに心の底から感謝したのだった。

 雪乃はリアと手をつなぎ、坂道を登っていく。
 所々で扉が開き、リアの帰還を祝う声が上がる。小さな雪乃に目を細め、お菓子をくれる女性もいた。
 それらは全て、ノムルのお腹と空間魔法に収まっていったが。
 天井に開いた穴の中へと伸びる階段を上ると、幻想的な光景が広がっていた。

「ここ。ヒカリアリダケ」
「おお!」

 壁一面にびっしりと生えるきのこは、柔らかく発光している。軽く開いた傘の下ほど明るく、開ききったきのこは光を失っていた。
 どうやら胞子が発光源のようだ。
 蛍が舞うように、きのこの傘からこぼれた胞子が、淡い光をまとって浮遊している。
 そっと雪乃が枝を差し出すと、触れた胞子がわずかに光を強め、雪乃の中に消えていった。
 リアの目が、大きく見開く。その直後、

「じゃあ、貰っていくねー」

 と、ノムルの呑気な声が穴の中に響いたかと思うと、壁の一角に生える二メートル四方ほどのきのこが、一瞬で消滅する。

「「「……」」」

 蟻人たちはフリーズした。
 好きなだけ持って帰っても良いと、事前に約束はしていた。だから蟻人側に文句はないのだ。ないのだがしかし、

「ノムルさん、遠慮ということを覚えましょう」
「えー? だって滅多に手に入らないんだよー? 希少なチャンスは活かさないと」

 二人連れが食べれるきのこの量など、知れている。大量に採取しても、食べる前に痛んでしまう。
 だから、好きなだけ持って帰って良いと言ったのだ。それがまさか、光の消えた一角が出現するほどにごっそり持っていかれるとは、思うまい。
 しかも採取することなく、一瞬で消えるとは。

「魔法使い、常識通じない」

 蟻人たちは魔法使いの親子を、なんとも言えない表情で眺めた。

「ええっと、すみません」

 空気を読んだ雪乃は、ぺこりと幹を曲げる。

「だいじょうぶ。人間、全部持っていく。町も壊す。このくらい、問題ない」
「……」

 比較対象が大問題だった。
 慣れているのか、悟ったような表情で話す蟻人たちに、雪乃は人間の魂を持つ者として、心の中で謝罪した。
 蟻人たちもヒカリアリダケを採取して、袋に入れていく。
 その隙に、雪乃はノムルやぴー助の陰に隠れて、ヒカリアリダケを吸収した。
 それから今度は坂を下り、地下へと向かう。

「こ、これは……」

 その光景を見て、雪乃は絶句した。
 地球で言うところの、冬虫夏草が群を成していたのだ。
 白い体に赤い目をした、大きな芋虫のような生物。その大きさは、寝そべる牛ほどもあろうか。彼らのお尻からは、きのこがにょっきり生えていた。
 雪乃は思わずたじろぎ後退る。

「あー、ユキノちゃんは苦手だもんねー。あれも必要なの?」

 察したノムルが、雪乃の耳元に口を寄せた。
 雪乃は慌てて薬草図鑑を開き、確認する。しかし、

「……必要ないみたいです」

 どこにも掲載されていなかった。

「そっかー。良かったねー」

 ノムルはそう言いおくと、きのこ部分を風魔法で一気に刈り取って、適当に空間魔法に放り込んでいく。
 ヒカリアリダケにはあまり興味を示さなかったぴー助も、冬虫夏草を食べ始めた。

「ハルクサアキムシ。秋に捕まえる。春に伸びる。まだ未熟」

 いつの間にか隣に立っていたリアが、教えてくれた。
 改めてハルクサアキムシを観察した雪乃は、ぽてんと幹を傾げる。
 地球の知識がある雪乃には、ハルクサアキムシは有用な生薬に見えてしまう。
 もしかすると、薬草図鑑には記載されていないが、吸収すれば役に立つのではないかと、おそるおそる近付いてみる。
 けれどきのこの下が気になって、どうしても一定以上、近付くことができない。

「どこが欲しいの?」

 寄ってきたノムルが雪乃を抱き上げた。

「ノムルさん」
「なーにー?」
「これは薬にならないのですか?」

 こう見えてノムルは博識だ。医薬の心得もある。

「なるよー? 結構有名だねー」

 やはり、薬としても使われているようだと再認識した雪乃は、うーんと唸る。
 なぜ薬草図鑑に載っていないのだろう? その疑問は、すぐに分かった。

「ユキノちゃんの知識は本当に、薬草に偏ってるんだねー」

 ん? っとノムルを見れば、

「虫や獣、魔物を素材とする薬もあるんだよ」

 と言いながら、にへらと笑う。
 日本でもガマの油や馬油は有名だ。動物の臓物から作る薬もある。
 そういったものを指しているとは分かるのだが、ここでその話をする意味が分からず、雪乃は返答につまずいた。
 ノムルは困ったように笑うと、ハルクサアキムシへと視線を移す。

「あれはきのこに見えるけど、虫なんだよ。幼虫が脱皮した殻が、きのこの形に見えるだけ」
「……」
「抜け殻は煮込めばとろーり、焼けばサクサクで美味しいんだよ」
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