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コダイ国編

188.何が食べたいですか? ※

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 道の両端には店が立ち並び、賑わっていた。
 店が途切れ、その分広くなった場所で、馬車は端に寄せて停車した。ここで休憩がてら昼食を取り、再び馬車に乗って次の町に向かうのだ。
 雪乃たちも馬車から下り、店を覗きながら歩く。

「リアちゃんは何が食べたいですか?」

 雪乃は、はぐれないように手をつないだリアに問うた。
 リアは困ったように視線をさ迷わせる。それから悲しそうにうつむいた。

「わ、私は、お腹、空いてない」

 そう答えはしたが、馬車に乗っている間、食べ物を売っている店を熱心に見ていた姿を、雪乃はちゃんと見ている。

「遠慮はいりませんよ。お友達になった記念です。好きな物を食べてください」

 にこにこと笑う雪乃だが、リアはやはり遠慮気味だ。けれどその視線が、ちらりちらりと向かう先を、雪乃は見逃さなかった。

「では、あれにしましょう」

 そう言って、雪乃はリアの手を引いて店に向かう。

「くうっ! おとーさんとは滅多に手をつないでくれないのに。酷いよ、ユキノちゃん! これが娘を持つ父親の気持ちというやつか?」
「……」

 後ろで何か騒いでいる人がいるが、気にしてはいけない。
 無きものとして雪乃は振舞う。

「お一つください」
「はいよっ!」

 財布を取り出し代金を支払った雪乃は、それを受け取った。
 じいっと見つめた後、リアに顔を向ける。

「リアちゃんは、これがお好きですか?」

 雪乃の問いかけに、リアは恥ずかしそうにこくりと頷いた。

「ソウデスカ。では、どうぞ遠慮なくお食べください」

 差し出された包みを手に取ると、リアはきょとんと雪乃を見つめる。

「ユキノちゃんは?」
「私は食物は必要としませんから」

 リアを適当な場所に座らせて、買った物を食べさせる。
 躊躇っていたリアだが、包みを開いて食べ始めると、好物だからか空腹だったからなのか、よそ見することなく頬張り続けた。

 雪乃は山に挟まれた、細い空を見上げる。
 樹高一メートルほどの樹人には、屋台の棚の上に置かれた食べ物の姿は、見えなかったのだ。
 けれどリアが何度も見つめていたから、きっと彼女の好物なのだろうと、それを買い求めた。
 そしてリアは、夢中でそれを食べている。
 だから、間違ってはいない。正しい行動だったはずだ。
 ノムルの姿がいつの間にか消えているが、彼が迷子になるということは考えられない。放っておいて問題はないだろう。
 なぜかぴー助の姿も見えないが、きっとノムルに付いていって、美味しい食べ物をねだっているのだろう。
 
(うん、大丈夫)

 雪乃は空を見上げていた顔を下げ、周囲の店を見回す。
 店で売られている料理は、焼いたり炒めたりといった調理法が多い。ここまで見てきた景色から、水が貴重なのだろうと察しは付く。
 そして料理の素材に野菜は少ない。肉もあるが、昆虫らしきものが多くあった。

 昆虫は栄養があって優秀な食材だ。地球でも多くの国で好まれている。
 日本で見かけることは少なくなっているが、昔は普通に食べられていたというし、今でも好んで食べている地域もある。
 蜂の子は甘くてクリーミーだと評判だし、イナゴは小エビのようなサクサクとした食感が美味しい。
 何が言いたいかといえば、

「美味しかった。ありがとう、ユキノちゃん。でも、本当に良かった? 一人で全部食べた、ポポテプ」

 リアのために買った包みの中に入っていたのは、あのポポテプだったのだ。目玉が幾つもあり、腹は白い何かが集まっていて、うん、まあ、イナゴの化け物のような存在だ。

「お構いなく。私は土から栄養を摂取しますので、問題ありません」
「ユキノちゃん、ミミズの虫人? でも、体硬い」
「……」

 何とか現実に戻ってきた雪乃だったが、ミミズ人もいるのかと、再び遠い世界に行きかけた。

「ねえ、ユキノちゃん」

 低く深刻なトーンになったリアの声に、雪乃は呼び戻される。

「どうしましたか?」

 雪乃はなるべく優しい口調を心がけて問うた。
 差別されている上に、奴隷に落とされ暴力まで振るわれたのだ。リアの心には、大きな傷が刻まれてしまっているかもしれない。
 リアは雪乃を見つめて、問いかける。

「子供、生めるように、できる?」

 雪乃の頭の中は、真っ白になった。
 薬師だと名乗りはしたが、できることとできないことがある。
 リアはまだ子供だ。子供を生むような年齢ではない。そして雪乃も、人間だった頃を含めても、まだそんな年齢ではないのだ。

「す、すみません。私ではお力になれそうにありません」

 雪乃は仄かに紅葉しながら答える。

「そう」

 あまり期待していなかったのか、リアはあっさりと受け入れた。

「お待たせー。色々と買って来たよー」

 戸惑っていた視界を声のするほうに向けた雪乃は、固まった。
 ポポテプがなくなるのを見計らったように帰ってきたノムルの手にあったのは、アイスキャンディーのように棒の先に刺さった大きなクモ。そしてぴー助が咥えていたのは、地球のアレよりとても大きな黒くて艶やかな……<以下略>。

「もっと選択肢はあったはずでは? なぜそれを? ノムルさん、ポポテプは否定していましたよね? 理解しかねます」

 雪乃は今度こそ、意識を遠くの世界に手放した。そして気付いた時には、知らない町に辿り着いていた。
 どうやら放心した雪乃を、ノムルが勝手に運んだらしい。

「恐るべし、異世界」

 雪乃はふるふると震えた。

 宿は二部屋取り、リアだけ別部屋となった。
 まだ恐怖の抜けきらないリアを一人にすることは気掛かりだったが、雪乃は普通に眠ることができない。
 ぴー助はおとなしいが、竜種である。雪乃と離れている間に、リアに万が一のことがあってもいけない。
 そしてノムルに関しては、

「ん? どーしたの? そんな冷たい眼差しで見つめてー。寒いのかなー?」

 笑顔で両手を広げ、雪乃が飛び込んでくるのを待っている。
 ふいっと雪乃は顔を逸らした。
 こんな変態と可憐な少女を、二人きりにはできない。
 そんなわけで一晩目は、リアに一人部屋で寝てもらうことにしたのだった。

「ねー、ユキノちゃん」
「なんでしょう?」

 宿の部屋に入ると、ノムルは真面目な顔付きで雪乃の対面に座る。

「数日とはいえ、一緒に行動するってことの意味、分かってる? ユキノちゃんの正体に気付かれる危険があるのは、ちゃんと理解している?」
「それは……」

 雪乃は口ごもる。
 共に旅をするということは、夜も共に過ごすということだ。今夜は宿を取り、別の部屋に泊まることができたが、野宿することもある。
 日が落ちれば、雪乃の正体は誤魔化せないだろう。

「虫人は半魔物として扱われている。つまり、半分は人なんだ。もしあの子がユキノちゃんの正体を知り、騒いだら、危険な目に合うのはユキノちゃんのほうなんだよ?」

 ここまでの旅路で、あまり危険な目にあっていなかったから、理解はしていたはずなのに注意は疎かになっていた。

「ぴー助に二人で乗っていったときもそう。あの虫人がユキノちゃんを仲間だと誤解してくれたから良かったけど、下手をすれば樹人だとばれて、人間たちに酷い目に遭わされていたかもしれないんだよ?」
「うっ」

 全面的にノムルが正しいと、雪乃は認めざるを得なかった。
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