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ラジン国編

181.葉っぱを振り回さない

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「さ、そろそろエキスは充分、出ましたね。もう上がってもいいですよ」
「わー」
「わー」
「わー」

 雪乃はマンドラゴラたちが湯冷めしないよう、一匹ずつ丁寧に拭いてやる。

「わー」
「葉っぱを振り回さないでくださーい」
「わー」
「こらそこ、走り回らない。ちゃんと拭くまでおとなしくしてなさい」
「……」

 調合室は保育所と化していた。
 ノムルは明後日の方向を見上げる。
 何かが間違っている気がするが、間違っている部分を指摘しようにも、正すべき箇所が見つからない。
 もやもやとする気持ちのやり場に困って、身悶えた。

「ノムルさん、マンドラゴラエキスって、どのくらいの価格で流通しているのでしょうか?」
「そうだねえ、品質にも寄るけど、一回分が百バルから三百バルかな? ユキノちゃんの薬草はマンドラゴラジュース以上の効果が有ると思うから、千バルでも大丈夫だと思うよ?」
「おお!」

 予想以上の金額に、雪乃は思わず声を上げる。
 一バルは日本円に換算すると、大体十円ほどになると、ここまでの旅で学んでいた。ずいぶん荒稼ぎできそうだ。

「……売るつもりだったんだね」
「もちろんです。いつもいつも、ノムルさんに負んぶに抱っこされているわけにはいきませんから」

 道中で稼いできたお金はあるのだが、依頼の多くはノムルの功績が大きい。雪乃はただ、同伴しているだけに過ぎない気がしてしまう。
 だからヤナの町で得たお金以外は、自分のために使うことは避けていた。

「気にしなくて良いのにー。というか、負んぶも抱っこも、いつでもしてあげるよー?」
「……」

 両手を広げて、期待のこもる輝く目を向けてくるノムルに、雪乃は凍った視線をプレゼントしておく。

「さ、マンドラゴラたち、戻ってください」
「わー」
「わー」
「わー」

 雪乃の合図で、マンドラゴラたちは雪乃によじ登ると、枝葉の間に入り込み、吸収されていった。

「ではこれをラウンジに持って行きましょう。ぴー助、お願いできますか?」
「ぴー」

 冷めた鍋をぴー助に担がせて、雪乃は部屋を出て行く。

「ユキノちゃんが冷たい。抱っこでも負んぶでも、好きなほうをしてあげるのに」

 さめざめと涙を流しながら、ノムルも雪乃の後を付いて行く。なんとも胡散臭い涙に、雪乃は同情の欠片も浮かばない。
 廊下の向こうの十字路を、魔法使いが走り抜ける。その後ろから、大きな芋虫のような魔植物が追いかけていった。
 ラウンジに到着した雪乃は、事前の打ち合わせどおり、カウンターに一番近いテーブルに鍋を置く。

「はーい、マンドラゴラエキスですよー。ラウンジで特性ジュースを購入した方限定、百バルでお売りしまーす」

 通常ならば、場所代を支払ったり、コップを用意しなければならない。
 そのどちらも面倒だと思った雪乃は、朝食の時に、ラウンジの責任者に取引を持ちかけておいたのだ。
 魔法使いたちが、マンドラゴラエキスをこぞって求めることは、目に見えている。
 ラウンジ側はジュースの売上げで場所代を賄え、雪乃はそのジュースにマンドラゴラエキスを注ぎ足すことで、コップを用意せずとも良い。
 用意されているジュースは、マンドラゴラエキスを加えることを前提にした、果実系のジュースである。
 この短時間でよく用意できたものだと、雪乃は感心した。
 だが実態は、不味い薬湯などを飲みやすくするために備蓄していた物を、持ち出してきただけだった。
 マンドラゴラエキスと聞いた魔法使いたちは、次々と集まってきた。

「特性ジュース、一つ!」
「俺も!」
「私にも!」

 さり気無く、いつもの倍の価格になっていたようだが、仕方ないと皆、文句は言わずに払っていた。
 ラウンジの責任者は、商売も上手いようである。
 カウンターでジュースを購入した魔法使いたちは、そのまま雪乃の前に流れていく。
 こちらもマンドラゴラエキスとしては、ぼったくり価格である。
 しかし魔法使いたちは、雪乃の隣に座っているノムルに恐縮したり、ほほを赤らめたりしながら、代金を払いジュースの入ったコップを差し出した。
 雪乃は小さなお玉のような調理器具で、マンドラゴラエキスを鍋からすくっては、コップに注ぐ。

「え? 一気に回復した?」
「これって、マンドラゴラエキスだよね? マンドラゴラジュースじゃないの?」
「凄い」

 雪乃のマンドラゴラエキスを飲んだ魔法使いたちは、その効果に目を瞠っている。
 ちなみにマンドラゴラジュースは、マンドラゴラ本体をフレッシュジュースの要領で作る。もしくは粉末状の全草を、水に溶かして一時間ほど置いておく。
 どちらにせよ、さよならだ。

「わー!」
「出てきちゃ駄目です」

 褒められていることに気付いたらしいマンドラゴラが顔を出そうとしたが、雪乃は押し返して小声で注意する。

「わー……」

 残念そうな声を残して、戻っていった。

「あのう」

 あくせく働いている雪乃に、飲み終えた魔法使いの数人が近寄ってきた。
 ノムルの眉が、ぴくりと動く。そっと杖を手元に引き寄せ、注意を払う。

「これは、あなたが作ったんですか?」
「そうですよ」
「ノムル様ではなくて?」
「そうですね。ノムルさんは見物していました」

 話しながらも、雪乃は手を止めない。
 魔法使いたちは顔を見合わせている。
 どうしたのかと雪乃が幹を傾げているうちにも、マンドラゴラエキスは次々と求められていく。
 もう残りも少ない。

「もう少しで売り切れまーす!」

 特性ジュースだけ売られてしまっては詐欺になってしまうと、雪乃は早めに声をかけておいた。

「「「ええー?!」」」

 まだ飲めていない魔法使いたちが、嘆きの悲鳴と絶叫を上げる。
 びくりと震えた雪乃は、そうっとラウンジの入り口から外の様子をうかがってみた。
 作業に必死になっていて気付かなかったが、廊下には長い列ができていた。時折、魔植物達が突撃してきて、全員で倒している。
 マンドラゴラエキスで回復したばかりの魔法使いが巻き込まれて、再び列に並びなおしている姿もあった。

「困りましたね」

 ふむうと、雪乃は呻く。

「もう材料は無いのですか?」

 先程話しかけてきた魔法使いの一人が、再び声をかけてきた。

「有りますよ。ですが私は一人しかいないので、ここで配りながらエキスも抽出するという、器用なことはできないのです」

 ここで作りながら売れば良いのでは? とつっ込まれそうだが、それはできない。
 なぜならマンドラゴラを生やすところは、人間に見せるわけにはいかないのだ。
 そしてあのマンドラゴラたちは、あまり人間と関わらせてはいけない気がする。
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