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北国編

155.優しい世界限定だった

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「うう……。樹人なのに、目眩と吐き気が……。三半規管があったのでしょうか? そもそも何を吐くと? これはどういう仕組みなのでしょう?」
「ユキノちゃーん、大丈夫? 言っていることが意味わかんないよ?」
「ぴー」
「うう……」

 朝から日暮れ近くまで、休み無くジェットコースターに乗るなど、正気の沙汰ではない。酔いに強いと自負していた雪乃だが、優しい世界限定だったと思い知らされていた。

「あんまり辛いようなら、ピースケを巨大化しようか?」
「は?」
「ぴ?」

 見かねたノムルの言葉に、雪乃もぴー助もあ然として振り向く。
 何を言い出したんだ? この魔法使いは? と、口には出さずとも目が語っていた。

「いやー、鏡の泉の水って凄いねー。魔力を込めてピースケに飲ませたら、一気に大きくなったよ。思いっきり込めれば、ユキノちゃんと俺を乗せられるくらいには、すぐになると思うよ?」
「……」

 何を言われたのか、雪乃は理解が追いつかない。
 呆然とノムルを見つめ続け、それからおもむろにぴー助へと視線を移した。
 ツクヨ国に行き、とつぜん成長したぴー助に驚いたが、竜種とはそういう成長過程なのだろうというノムルの言葉に、異世界の不思議と納得したのだ。
 しかし事実は違ったようだ。

「つまり、ノムルさんは最初から、ぴー助が急に大きくなった理由を知っていたわけですね?」

 雪乃はふるふると震えた。
 燃えるような真っ赤なオーラが揺らめいているのは、気のせいだろうか。

「もしもぴー助の身に何かあったら、どうするつもりだったんですか?!」
「え? ちゃんと食べるよ?」
「ぴっ?!」

 燃えていたオーラは、一気に鎮火した。身の危険を感じたぴー助は、雪乃の背中にしがみ付き、体を隠そうとしているが、雪乃より大きくなっているため、隠せていない。

「ノムルさん? ぴー助は私たちの仲間ですよね?」

 雪乃はゆっくりと、一言一句はっきりと尋ねる。

「まさかー。それは非常食でしょう?」

 ぷつんっと、何かが音を立てて切れた。

「ノムルさんっ! ぴー助は私の大切な家族です! 食べたらいけません! 危害を加えるのなら、絶交します!」
「ええー?! 俺よりそんな飛竜が大切なの? もし食べても、もっと従順な飛竜を捕まえてきてあげるよ?」
「そういう問題じゃありません! 私はぴー助が家族だと言っているんです! 飛竜ならどれでも良いなんて言ってません!」
「ええー?!」

 怒鳴りつけた雪乃は、肩で息をしている。
 大声で振動した雪が、雪崩となって襲ってきたが、そんなことを気にする余裕さえない。それもノムルがいるからこそ可能なことだが。

「飛竜なんて、どれも同じでしょう? 色?」

 本気でわかっていないノムルは、何度も首を傾げて考え込んでいる。
 雪乃は頭を抑えた。

「だったらノムルさんは、私がいなくなったら、他の樹人を連れて旅をするのですか?」
「まさか! 他の樹人なんていらないよ。俺はユキノちゃんがいいの」
「それと同じですよ。私はぴー助がいいんです」
「えー? ユキノちゃんとピースケは違うよー?」

 雪乃は大きく息を吐き出した。
 このおっさんは、どうしてこうもずれているのだろう。

「桁外れの魔力を持ったが故の、弊害でしょうか?」
「ぴー?」

 遠くを見つめる雪乃の視界には、地平線に沈んでいく、綺麗な夕日が映っていた。


 何とか雪と岩の山を降り、土のある土地に辿り着くと、雪乃はふらふらと木立の中へ入った。
 しっかりと根を張ると、

「はふうー」

 と、大きく息を吐く。
 ノムルが大きな植木鉢や、綺麗な湧き水を用意してくれていたが、やはり天然の土は最高である。
 ほっこりと温泉に浸かるように、雪乃は豊かな土を満喫した。

「今日はもう動きません。私はしばらく根を張ります」

 太陽の光をしっかり浴びて、雪乃は疲れを癒していく。
 雪乃の真似をするように、ぴー助も隣に座り込んで日向ぼっこを始めた。

「ずっと植木鉢生活だったもんね。お疲れさま」
「ありがとうございます。ノムルさんにもお世話になりました」

 ぴー助とは反対側に腰を下ろしたノムルも、空を見上げた。三秒後には横になっていびきを掻いていたが。
 気持ち良さそうに眠るノムルを、雪乃は柔らかく見守る。

「どうして忘れていたんでしょうね?」
「ぴ?」

 不思議そうに小首を傾げるぴー助の咽元を撫でながら、雪乃はほほ笑んだ。

「まさか、あのときの『ユキノちゃん』が、私だったとは……」

 と、雪乃は空を見上げる。
 鏡の泉で見た、あの日の思い出。

「……私は、とても幸運です」

 羨ましいと思った『おとーさん』に出会えたこと。そして――

「この世界に来れたこと。……まあ、あの選択肢だけは、断固として拒否させていただきますが」

 雪乃はぷくりと頬葉を膨らませた。
 ノムルには隠しているが、ぴー助が生まれた卵の中にも、例のカードが入っていたのだ。

『魔王になりますか?』

 ぐしゃりと握り締めると同時に煙へと消えたあれは、今後も出てくるのだろうかと、雪乃は遠くを眺める。
 五秒経って、はっとしてぴー助を見つめる。

「ぴ?」

 雪乃よりも大きくなったとはいえ、あどけない表情を浮かべる子竜。考えてみれば、なぜ卵の中にカードが入っていたのか。

「まさか、ぴー助は運営の手先?」
「ぴ?」

 つぶらな瞳をきらきら輝かせて、小首を傾げる子竜は、純粋そうに見える。

「疑ってはいけませんね。こんなあどけない子供を」
「ぴー」

 枝を伸ばして撫でてやると、嬉しそうに擦り寄ってきた。
 地中の養分をしっかり吸って、生気を取り戻した雪乃は、朝陽と共に、ブレメに向けて再び歩きだしたのだった。



「……で、どうしてこうなった?」
「ぴ?」

 雪乃とぴー助の頭上では、激しい火花が飛び散っていた。
 どちらも笑顔を浮かべているのに、その目は笑っていない。いや、真っ赤な青年は、瞳をきらきら輝かせて楽しそうではあるのだが。
 それなのに、決して気を許すことはできそうにない。
 竜虎対決というか、なんだか凄まじい緊張がピリピリと空気を震わせ、雪乃の葉もぷるぷると揺れている。
 居合わせた冒険者や職員達も、こちらを注意深く窺っていた。
 いつ何が起きても対応できるように、全員が緊張している。
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