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北国編
153.お前は医者なのだろう?
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「脈を取りますので、腕を出していただいても?」
「うむ」
「ちょっと待って!」
雪乃とマーク王子は、ゆっくりと首を回す。
思わず止めに入ったノムルは、人差し指と中指で眉間を押さえていた。
「何で普通に医者として診察してるのさ? ていうか、王子様もなんで素直に受けているのさ?」
雪乃とマーク王子は、じいっとノムルを見つめる。それから、揃って首を傾げた。
「え? 俺がおかしいの?」
ノムルのほうが混乱してきた。
小さな雪乃が医者として現れたら、警戒するのが普通ではないだろうか? というノムルの疑問は、二人には通じていないようだ。
「お前は医者なのだろう?」
「薬師です」
「……」
見詰め合う、雪乃とマーク王子。
「だからさあ、こんな小さな子供が薬師や医者って、違和感は覚えなかったの?」
言葉に出して確認してみる。
「ドューワ国には小人がいるからな。小人族ならば大人や老人でも、私よりも小さくて当然だろう?」
「あー、なるほど」
「おお! 小人さん!」
どうやら特殊なお国事情があったようだ。
それはさておき、
「とりあえず、脈は俺が診るねー。ユキノちゃん、迂闊なことはしちゃ駄目だよ?」
と、額を指で突かれた雪乃は、枝で額を押さえながら『?』マークを頭上に浮かべる。
「ん?」
「ぴぃ?」
ノムルを見上げて数度瞬いた雪乃は、ぴー助に視線を移した。それから、ようやく気付いた。
「おお! すっかり忘れていました」
マーク王子の手を取りながら、ノムルは苦笑を浮かべる。
雪乃は樹人。手に触れれば、人ではないことが一発でばれてしまう。うっかり自ら正体をばらすところだった。
自分の失態に気付き、雪乃はふるふると震えた。
「ああ、大丈夫そうだねー。筋肉が少ないのと、血行が悪いのと、腹の中が空っぽなくらいだね」
マーク王子の掌に杖を当て、体内に流れ込ませた魔力から情報を読み取ったノムルは、雪乃に報告した。
雪乃もノムルも、脈を診たところで病状は分からない。体内に魔力を流して情報を得るための方便として、脈を取るふりをしただけだ。
結果としてノムルが杖を使ったので、バレバレであるが。
「それは良かったです。筋肉と血行は、少しずつ散歩などを日課にすれば改善するでしょう。若いから回復は早いと思いますよ。胃袋のほうは、まずは白湯から始めて、少しずつ慣らしていきましょうね」
事前に用意してもらっていた白湯を、侍女に頼んでマーク王子に飲ませながら、雪乃は薬草図鑑を開く。
氷の国アイス国では、薬草を採取することは難しい。しかしマーク王子が王族であること、閉鎖的な国であることを考慮に入れれば、雪乃自身の薬草を使っても問題ないだろう。
さっそく雪乃は薬草図鑑をめくり、使えそうな薬草を探す。
「とりあえず、今日はこのまま様子をみて、落ち着いたら薬草の煎じ汁を、固形物を受けれ入れられる状態になったら、特性アエロ草を食べさせれば大丈夫でしょう」
段取りを付け終えた雪乃は、マーク王子へと視線を戻した。
ゆっくりと少しずつ、白湯を飲んでいるようだ。その向こうでは、未だに母娘の言い争いが続いている。
白湯を飲み終えたマーク王子は、ふうっと息を吐いて侍女にカップを返した。
「それで、何が起こったのか、聞いてもいいか?」
「私よりも、リリアンヌ王女殿下に説明をお願いしたほうが良いのですが……」
と視線を向けるが、母娘論争はまだまだ終わりそうにない。というより、床や天井が凍り、立派な氷柱が生えてきている。
視線をマーク王子に戻せば、マーク王子も雪乃に視線を戻す。二人は無言のまま、こくりと頷きあった。
見なかったことにしようと、心が通じ合った瞬間だった。
「私が聞いた話によりますと……」
と、雪乃はマーク王子が眠り病を患い、眠りに就いたことを話した。
その後、リリアンヌ王女殿下が彼を助けようと、ドューワ国に留まり氷の魔法を掛け続けていたこと、それからすでに十年が経過していることなども伝えた。
「……というわけでして、今回、リリアンヌ王女殿下の尽力により、病を克服するに至りました」
説明を聞き終えたマーク王子は、がく然としている。何度も視線を彷徨わせ、思考の整理を試みているようだ。
「そうか、リリアンヌが助けてくれたのか。しかし十年も、彼女の時間を奪ってしまった……」
ようやく絞り出したのは、リリアンヌ王女への、感謝と懺悔を含む言葉だった。
噛みしめた唇が、赤く染まっていく。
「僭越ながら、リリアンヌ王女殿下のことは、どの様にお思いですか?」
「リリアンヌは私の妻となるべき人だ。誰よりも愛しく、幸せになってほしいと願っている」
マークは一片の迷いも無く、断言した。
その姿を見て、雪乃はほほ笑む。
「でしたら、今までの分も幸せにして差し上げればいいのですよ。結婚式は春だそうですから、それまでに元気になりましょう。とりあえず、今はしっかりと休んで、体力を取り戻してください」
「分かった」
はっきりと頷いたマーク王子に頷き返すと、雪乃はノムルを見た。それからアイス国の母娘へと顔を向ける。
ノムルの魔法で雪乃とマーク王子の周りは小春日和だが、病人の部屋をこれ以上凍らせることは適切ではない。城自体が氷ではあるのだが。
「りょーかい」
ノムルの杖が動き、母娘の姿が消える。
マーク王子を含む室内にいた者たちが、ぎょっとして辺りを見回しているが、雪乃もノムルも澄ました顔だ。
「とりあえず、謁見の間に飛ばしといたからー」
呑気な声に、弾かれたように何人かの騎士や従者達が部屋から飛び出していく。
「何かありましたら、すぐに呼んでください。わずかな変化でも、お知らせくださいますようお願いいたします」
「うむ。よろしく頼む」
少し戸惑いながらも、マーク王子は動揺を隠して首肯した。
雪乃は後を侍女に任せて、ノムルとぴー助をつれて部屋を出た。
「それで、これからどうするの?」
廊下を進みながら、ノムルは雪乃に問いかける。
さり気無く防音魔法で自分たちを包むことを忘れないのは、さすがというべきか。
「ノムルさんには申し訳無いのですが、当初の予定通り、春まで滞在しようと思います」
「ふーん。まあ俺のことは良いけど、そんなに王子様が心配? もう彼女いるんだよー? しかも結婚間近」
「浮気も不倫もお断りします!」
雪乃ははっきりと否定した。
「うむ」
「ちょっと待って!」
雪乃とマーク王子は、ゆっくりと首を回す。
思わず止めに入ったノムルは、人差し指と中指で眉間を押さえていた。
「何で普通に医者として診察してるのさ? ていうか、王子様もなんで素直に受けているのさ?」
雪乃とマーク王子は、じいっとノムルを見つめる。それから、揃って首を傾げた。
「え? 俺がおかしいの?」
ノムルのほうが混乱してきた。
小さな雪乃が医者として現れたら、警戒するのが普通ではないだろうか? というノムルの疑問は、二人には通じていないようだ。
「お前は医者なのだろう?」
「薬師です」
「……」
見詰め合う、雪乃とマーク王子。
「だからさあ、こんな小さな子供が薬師や医者って、違和感は覚えなかったの?」
言葉に出して確認してみる。
「ドューワ国には小人がいるからな。小人族ならば大人や老人でも、私よりも小さくて当然だろう?」
「あー、なるほど」
「おお! 小人さん!」
どうやら特殊なお国事情があったようだ。
それはさておき、
「とりあえず、脈は俺が診るねー。ユキノちゃん、迂闊なことはしちゃ駄目だよ?」
と、額を指で突かれた雪乃は、枝で額を押さえながら『?』マークを頭上に浮かべる。
「ん?」
「ぴぃ?」
ノムルを見上げて数度瞬いた雪乃は、ぴー助に視線を移した。それから、ようやく気付いた。
「おお! すっかり忘れていました」
マーク王子の手を取りながら、ノムルは苦笑を浮かべる。
雪乃は樹人。手に触れれば、人ではないことが一発でばれてしまう。うっかり自ら正体をばらすところだった。
自分の失態に気付き、雪乃はふるふると震えた。
「ああ、大丈夫そうだねー。筋肉が少ないのと、血行が悪いのと、腹の中が空っぽなくらいだね」
マーク王子の掌に杖を当て、体内に流れ込ませた魔力から情報を読み取ったノムルは、雪乃に報告した。
雪乃もノムルも、脈を診たところで病状は分からない。体内に魔力を流して情報を得るための方便として、脈を取るふりをしただけだ。
結果としてノムルが杖を使ったので、バレバレであるが。
「それは良かったです。筋肉と血行は、少しずつ散歩などを日課にすれば改善するでしょう。若いから回復は早いと思いますよ。胃袋のほうは、まずは白湯から始めて、少しずつ慣らしていきましょうね」
事前に用意してもらっていた白湯を、侍女に頼んでマーク王子に飲ませながら、雪乃は薬草図鑑を開く。
氷の国アイス国では、薬草を採取することは難しい。しかしマーク王子が王族であること、閉鎖的な国であることを考慮に入れれば、雪乃自身の薬草を使っても問題ないだろう。
さっそく雪乃は薬草図鑑をめくり、使えそうな薬草を探す。
「とりあえず、今日はこのまま様子をみて、落ち着いたら薬草の煎じ汁を、固形物を受けれ入れられる状態になったら、特性アエロ草を食べさせれば大丈夫でしょう」
段取りを付け終えた雪乃は、マーク王子へと視線を戻した。
ゆっくりと少しずつ、白湯を飲んでいるようだ。その向こうでは、未だに母娘の言い争いが続いている。
白湯を飲み終えたマーク王子は、ふうっと息を吐いて侍女にカップを返した。
「それで、何が起こったのか、聞いてもいいか?」
「私よりも、リリアンヌ王女殿下に説明をお願いしたほうが良いのですが……」
と視線を向けるが、母娘論争はまだまだ終わりそうにない。というより、床や天井が凍り、立派な氷柱が生えてきている。
視線をマーク王子に戻せば、マーク王子も雪乃に視線を戻す。二人は無言のまま、こくりと頷きあった。
見なかったことにしようと、心が通じ合った瞬間だった。
「私が聞いた話によりますと……」
と、雪乃はマーク王子が眠り病を患い、眠りに就いたことを話した。
その後、リリアンヌ王女殿下が彼を助けようと、ドューワ国に留まり氷の魔法を掛け続けていたこと、それからすでに十年が経過していることなども伝えた。
「……というわけでして、今回、リリアンヌ王女殿下の尽力により、病を克服するに至りました」
説明を聞き終えたマーク王子は、がく然としている。何度も視線を彷徨わせ、思考の整理を試みているようだ。
「そうか、リリアンヌが助けてくれたのか。しかし十年も、彼女の時間を奪ってしまった……」
ようやく絞り出したのは、リリアンヌ王女への、感謝と懺悔を含む言葉だった。
噛みしめた唇が、赤く染まっていく。
「僭越ながら、リリアンヌ王女殿下のことは、どの様にお思いですか?」
「リリアンヌは私の妻となるべき人だ。誰よりも愛しく、幸せになってほしいと願っている」
マークは一片の迷いも無く、断言した。
その姿を見て、雪乃はほほ笑む。
「でしたら、今までの分も幸せにして差し上げればいいのですよ。結婚式は春だそうですから、それまでに元気になりましょう。とりあえず、今はしっかりと休んで、体力を取り戻してください」
「分かった」
はっきりと頷いたマーク王子に頷き返すと、雪乃はノムルを見た。それからアイス国の母娘へと顔を向ける。
ノムルの魔法で雪乃とマーク王子の周りは小春日和だが、病人の部屋をこれ以上凍らせることは適切ではない。城自体が氷ではあるのだが。
「りょーかい」
ノムルの杖が動き、母娘の姿が消える。
マーク王子を含む室内にいた者たちが、ぎょっとして辺りを見回しているが、雪乃もノムルも澄ました顔だ。
「とりあえず、謁見の間に飛ばしといたからー」
呑気な声に、弾かれたように何人かの騎士や従者達が部屋から飛び出していく。
「何かありましたら、すぐに呼んでください。わずかな変化でも、お知らせくださいますようお願いいたします」
「うむ。よろしく頼む」
少し戸惑いながらも、マーク王子は動揺を隠して首肯した。
雪乃は後を侍女に任せて、ノムルとぴー助をつれて部屋を出た。
「それで、これからどうするの?」
廊下を進みながら、ノムルは雪乃に問いかける。
さり気無く防音魔法で自分たちを包むことを忘れないのは、さすがというべきか。
「ノムルさんには申し訳無いのですが、当初の予定通り、春まで滞在しようと思います」
「ふーん。まあ俺のことは良いけど、そんなに王子様が心配? もう彼女いるんだよー? しかも結婚間近」
「浮気も不倫もお断りします!」
雪乃ははっきりと否定した。
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