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北国編

152.いちゃもんを付けているだけ

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「ユキノちゃんは本当に、食べ物に貪欲だよね」
「シュークリームはクリームが命です。こだわりのミルクと卵を使った品は、最高です! 嗚呼、パスチャライズ」
「ぱすちゃら……なにそれ?」

 ちなみにアイス国に牛はいない。ヤートンという、毛刈りを忘れた羊のような、もこもこした生き物のミルクを使う。
 この気候で卵が手に入るのは謎だったが、長期保存できる魔物の卵があるそうで、たとえ冬でも使えるそうだ。
 もっとも、魔物の卵だけに、一部の富裕層の手にしか渡らないが。
 たとえシュークリームがこの世界にあろうとも、アイス国でしか手に入らないヤートンのミルクと、ポポポの実を使ったクリームを使えば、充分アイス国の名物料理に成りえるだろう。

「さて、一通りの試食が済みましたら、次の料理に取り掛かりましょう」
「聞いて! ねえ、ユキノちゃん?!」

 試食係のノムルが騒いでいるが、雪乃は次の料理へと取り掛かった。
 といっても、実は雪乃がすることは、特になかったりする。
 基本的にはアイス国の料理で持て成すべきだと思っているので、料理人達が作る料理を見ながら、適当に意見を出していた。
 もちろん、試食人はノムルが担当する。

「それは冷やさず、そのままで良いと思います」
「うん、これなら問題ないねー」
「味付けをもう少し薄くしたほうが」
「あー、確かに濃いねー。もう少し薄くしてー」

 単にいちゃもんを付けているだけに見えるが、冷めた料理に慣れ過ぎて、温かい料理の美味しさがいまいち分からない料理人達は、素直に受け入れていた。
 そんな日々を過ごしているうちに、二週間は過ぎていった。

 今日は赤ランゴ酒をマーク王子に飲ませる日である。レシピを提供した責任者として、雪乃も立ち会う予定だ。
 もちろん、飲ませる瞬間は、席を外すが。
 マーク王子の寝室には、リリアンヌ王女はもちろん、女王や従者達もいた。
 透明だった鏡の泉から汲んできた清酒は、真っ赤に染まっている。樹人センサーも、薬種作りは成功したと告げていた。

「うまく薬酒になっているようです。ではリリアンヌ王女殿下、私達は一旦、退席しますので、事前にお伝えしたとおりにお願いします」
「分かりましたわ」

 リリアンヌ王女は顔を真っ赤に染めて俯いている。それでも強い意志を示すように、赤ランゴ酒の入ったガラスのカップを、ぎゅっと握った。
 雪乃とノムルが退室すると、従者達も後に続く。
 侍女のキャシーは残ると言い張ったが、女王まで退室するのに、侍女が残るわけにもいかない。
 渋々出てきたのだが、その際、雪乃を睨みつけた。当然のように、ノムルに睨み返され、卒倒してしまったが。
 女王がちらりとキャシーを一瞥したが、特に何も言わなかった。

「とりあえず、どこかの部屋で休ませてあげてください」

 雪乃が騎士の一人にキャシーをお願いすると、女王が目礼を返したので、雪乃も幹を曲げてお辞儀をしておく。
 ノムルに関しては、睨み付けるだけで済ませたのだから、怒る必要はないだろうと判断した雪乃は、色々と毒されているようだ。
 そうしているうちに、部屋の中に変化が訪れた。
 扉越しに、男の子の声が聞こえる。

「殿下、どうなさいました? 入ってもよろしいでしょうか?」
「ええ、入ってきてちょうだい」

 騎士が声を掛けると、しばらくの間を置いて、リリアンヌ王女のくぐもった声が返ってきた。それを確認して騎士が扉を開けると、女王が一番に部屋へと踏み込んだ。

「アイス国の女王様?! 女王様、この女が、リリアンヌだと騙るのです!」

 寝台の上では、マーク王子殿下が騒いでいる。その脇では、床に座り込んでしまったリリアンヌ王女が、顔を両手で覆って泣いていた。
 女王のまぶたと口角が、ひくひくと揺れている。

「マーク王子、その言い様は如何なものでしょう? リリアンヌは十年もの間、我がアイス国から離れドューワ国に一人残って、あなた様をお支えしていたのですよ? それを泣かすなど」
「十年?! どういうことです?」

 女王は笑みを貼り付けているものの、射殺さんばかりの視線をマーク王子に注いでいた。
 困惑している様子のマーク王子は、女王とリリアンヌ王女を交互に見ている。

「お母様、違うのです。私はただ、嬉しくて、涙を抑えられなかっただけなのです」

 リリアンヌ王女は何度も目元を拭い、嗚咽の隙間を縫って言葉を紡ぎ出した。

「どういうことですか? まさか、本当にこの女性がリリアンヌなのですか? あんなに愛らしかったリリアンヌが、こんなに美しい令嬢に?」

 ふむ、と雪乃は冷静にこの場を観察していた。
 十年も眠り続けていれば、マーク王子の反応は当然だろう。むしろ瞬時に全てを受け入れるほうが怖い。
 けれど女王の怒りは治まりそうになかった。
 なにせ十年間、本人の希望とはいえ、愛しい一人娘を手元に置くこともできず、他国に取られていたのだ。その結果が、「この娘、誰?」なのだから。

「ご自分の婚約者の顔さえ分からぬとは。このような愚かな王子を、我が娘の婿にするなど」
「お母様、お許しください。マークは目を覚ましたばかりなのです。落ち着けば私のことも思い出してくれます」
「おお、なんと健気な! リリアンヌ、無理をするのではありませんよ? 他にもっと良い縁談はあるのですから。これまでのお前の献身を考えれば、ドューワ国とて文句は言えません」
「お待ちください、お母様! 私はマーク以外の殿方との縁談など」

 と、母娘の言い争いが続いている。
 雪乃はそうっと、リリアンヌ王女達とは反対側の、ベッド脇に移動する。

「マーク王子殿下、よろしいでしょうか?」
「うむ? お前は誰だ?」

 小声で話しかけてくる雪乃を、マーク王子は不思議そうに見つめる。

「薬師の雪乃と申します。どこか御加減に問題はございませんか?」
「む?」

 マーク王子は少し自分の体を動かして、確認を始めた。

「なんだか体が重い気がする」
「長いこと眠っていたから、筋肉が衰えているのでしょうね。他には? 痛いところなどありませんか?」
「肩や腰、膝などが痛いな」
「同じ姿勢でしたから、血流が滞っているのですね。皮膚や筋肉にも負担が掛かっていたのでしょう」

 寝たきりの場合、寝返りを打たせて姿勢を変えたり、マッサージをするなどしないと、不具合がでてくる。
 それらをしていたとしても、十年も寝たきりだと、色々と痛くなっているだろう。
 アイス国母娘の言い争いは、まだまだ終わりを見せない。
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