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北国編

137.初めから心配していない

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 ノムルは彼の魔法で無事であろうと分かっていたので、初めから心配していない。雪乃自身に関しても、ノムルがどうにかしてくれるだろうと考えていたので、それほど心配はしていなかった。
 もしも助けてもらえなかったとしても、それは自業自得なので仕方ないと考えていたのだが。
 しかしぴー助は、竜種とはいえ生まれたばかりの雛だ。まだ自分の身を守るだけの力を持たない。そしてノムルがぴー助を守るべき対象と見なしているかは、正直微妙なところだと雪乃は思っていた。
 雪乃がつれていれば、ついでに守ってくれるだろう。だが先ほどの状況では、どちらに転ぶか分からない。
 必死に雪乃はぴー助の姿を探した。
 がっくりと肩を落としていたノムルは、杖を揺らす。

「無事だよ。不本意だけど、見捨てると後でユキノちゃんに泣かれちゃいそうだからねー」

 雪の中から、水晶玉のような丸い空間に閉じ込められたぴー助が、姿を現した。

「ぴー助!」

 目を丸くして固まっていたぴー助は、雪乃の声を聞いて、抱きつこうと立ち上がる。けれどすぐに結界にぶつかって、尻餅をついた。
 それでも立ち上がり、結界越しに雪乃を見つめる。

「ぴー、ぴー」

 雪乃とノムルを守る結界に、ぴー助を包む結界が触れ、一人と一匹を隔てる障壁が消えた。
 その瞬間、ぴー助は雪乃に飛びついた。

「ぴー」
「ぴー助、無事でよかった」

 しがみ付いてくるぴー助を、雪乃もぎゅっと抱きしめ頬を摺り寄せる。なぜか反対側の頬に、ひげ面が摺り寄せられているが、今は気にしたら駄目だ。

「ノムルさん、ありがとうございました」
「いえいえー。ユキノちゃんのためなら、ノムルおとーさんは頑張っちゃうよー?」
「……」

 半目になりつつも、雪乃は今だけは、枝で押しのけることを我慢した。

 そんな騒動もあったので、雪乃はぴー助の不安を取り除こうと、今夜は添い寝をすることにした。
 植木鉢に根を張ると、幹を曲げて座り、ぴー助を包むようにして眠りに就く。

「おやすみなさい、ぴー助」
「ぴー」
「ノムルさんも、今日は助けていただいてありがとうございました。おやすみなさい」
「うん、おやすみ」

 新しく作った鎌倉の中で、二人と一匹(一人と二匹?)は眠りについたのだった。
 そして雪面に反射する光に、視界を潰されそうなほどに眩しい朝がやって来る。
 旅立とうとした時に、その呪いは発動した。

「ユキノちゃーん、もう少し待ってー」
「置いていきますよー?」
「うー、コタツから出たくなーいー」
「だから、炬燵で寝ないで布団で寝るように言ったんです!」
「だってえー」

 ノムルは見事なコタツムリへと進化を遂げていた。

「あー、コタツの魔力に負けたかもー」
「先に行きますねー」
「ぴー」
「えー?」

 ツクヨ国に向けて、雪乃は今日も旅を続ける。

「ふにゃあああああーーーーーっっ!!」
「あははははははー」
「ぴー!」

 ジェットコースター並みの速度で、ソリは山を下っていった。

「な、何故に二日連続で……」

 四つん這いになっている雪乃の顔に、生気はない。
 一面が銀世界だったマロン山の景色は、所々に岩が露出するようになっている。
 これ以上はソリでは進めないと、ようやく長距離ジェットコースターから開放されたのだった。

「ぴー?」

 ぴー助が心配そうに覗き込んでくるが、相手をしてあげるだけの気力も残っていなかった。

「だって歩くより速いじゃん。しかも楽しいし?」
「ぴー!」
「……」

 雪山を歩く煩わしさから、ソリを提案した雪乃の失態であった。
 チートな魔法使いと、魔物の頂点に位置する竜種。そんな相手を、普通の基準で考えてはいけない。

「ほら、いつまでもそんな格好していないで、行くよー?」
「ふわっ?!」

 目を回して立ち上がれない雪乃を、ひょいっと抱えると、ノムルは歩きだした。

「ぴー」

 ぴー助もノムルの山高帽にしがみ付く。
 サクサクと音を立てる、わずかに残っていた雪も、一時間も歩けば岩陰に少し残る程度になってきた。
 濃淡様々な灰色の岩に覆われた色彩のない世界を、ノムルは進んで行く。

「ノムルさん、もう大丈夫です。歩けます」
「無理しなくていいよー? この辺は足場も悪いし、ユキノちゃんの体だと大変だよ?」

 そう言いつつも、ノムルは逆らわずに雪乃を地面に下ろした。
 岩肌の地面に下りた雪乃は、ノムルを追いかける。
 大きな岩の上を進み、隣の岩に飛び移り、ときには雪乃の樹高よりも高い段差を飛び降りる。

「えいっ!」
「ぴいっ!」
「おおー」

 見事な着地を決め、両枝を上げてポーズを取る雪乃を真似て、ぴー助も前足を上げた。足を止めて振り返ったノムルは、ぱちぱちと拍手をする。
 ふんすっと鼻息も荒く胸を張ったユキノだが、次の岩に飛び降りようとして、ぺしゃりとこけた。ぴー助も真似をして、ぺしゃりと雪乃の隣にうつぶせる。

「うう。油断しました」
「ぴー」

 起き上がった雪乃は、ぴー助に怪我がないことを確認してから、先へと進む。
 ノムルに抱きかかえられていた時よりも、歩く速度は遅くなっていた。けれどノムルは、機嫌を悪くすることもなく雪乃を見守っている。
 うん、見守っていた。

「ノムルさん、そんなところでお茶をしていたら、置いていきますよー?」
「ええー? ひどーい」

 言葉とは裏腹に、ノムルは笑顔で雪乃たちを眺めている。
 先を歩いていたノムルは、適当な岩に腰掛けて、お茶と団子でくつろいでいた。
 のんびりと三色の団子を味わい、お茶をすすってから、追い抜いていった雪乃の後を追う。
 時折、死霊や鬼人の類が近付いてくるが、雪乃に気付かれる前に全て始末している。
 一生懸命に岩山を下りている雪乃を、邪魔させるつもりはない。もちろん、目の前で始末して、悲しませる必要もない。

「わっ?!」

 雪乃に追いついたノムルは、さっと小さな樹人の体を抱き上げた。

「はーい、よく頑張りましたー。ここからはノムルおとーさんにお任せあれー」
「まだ歩けます」
「分かってるよー。でももうすぐ日が暮れそうだから、少しだけ急ごうね」
「うぐ。申し訳ないです」
「気にしなーい、気にしない」

 押し黙る雪乃の頭をぽんぽんと撫でると、ノムルは身体強化の魔法を使い、残りの道程を、一気に駆け下りた。
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