上 下
85 / 402
ドューワ国編

120.こういう仕事は

しおりを挟む
「アイス国に着いてからの行動に制限は?」

 依頼を受けるべきか見極めるため、ノムルは質問を続けた。

「依頼はドューワ国からアイス国へ向かう道中のみ。アイス国での滞在におきましては、特に依頼は受けておりません」
「了解」

 確認を終えたノムルは、こちら側の条件を伝える。
 まず第一に、こちら側の事情は追求しないこと。そして――

「ねえ、ユキノちゃん?」
「なんでしょう?」

 ノムルの口調になんだか嫌な予感を覚えて、雪乃は警戒する。

「俺の経験から、こういう仕事は制服を支給される場合も多いんだ」
「……。お断りします」

 雪乃は樹人。姿を晒すことはできない。
 人間用の制服など、着れるはずがないのだ。それはノムルも良く知っているはずだった。
 だがしかし、

「ええー? ユキノちゃんのメイドさんが見たいなー」
「断固、お断りします! そもそも、グレーム森林でやったじゃないですか。あれで充分です!」

 コスプレに目覚めてしまったのか、あるいは元からなのか、ノムルは雪乃に対してメイド役を強く希望した。

「あれは偽者じゃないか。今度は本物だよ? それにドューワ国の服はデザインが良いって、女性に人気なんだよ?」
「どこ情報ですか? それに同行するのはアイス国です」

 怒った様子の雪乃と、へらへらと笑う変態を前に、置いてけぼりのロック・バーバーは、静かに紅茶を嗜む。
 本日は南方から取寄せた香り豊かな渋みのある紅茶に、ミルクをたっぷり入れた、スパイシーでありながらマイルドなお茶だった。

「それでは冒険者の事情に踏み込まないこと、制服の強要はしないこと、この二点を確認後に、改めてご返事を頂くということでよろしいでしょうか?」

 華麗なスルーで、できるギルドマスター、ロック・バーバーは話をまとめた。

「えー? 後半は要らないのにー」
「よろしくお願いします」

 不満そうなノムルは置いておき、雪乃は丁寧に幹を曲げる。
 思わずといった様子で苦笑をこぼしたロックは、さらに話を進め、アイス国についても説明してくれた。

「アイス国は氷の国で、食べ物も全て凍っています。滞在中の食料は、ドューワ国で用意していったほうがよろしいでしょう。護衛中は依頼主のほうで準備はしてくださりますが、到着後は、その恩恵には預かれないと考えておいてください」

 北欧のあの山をイメージしていた雪乃だが、どうやら北極や南極のような環境らしい。
 雪乃はおもむろにノムルを見る。
 冬山の移動は危ないと言われて納得したが、春までの数ヶ月、氷の国で暮らせるのだろうかと、不安になってきた。
 視線を感じたノムルが、へらりと笑う。

「大丈夫だよ。ユキノちゃんの周りはちゃんと、暖かい空気で包んでおくから」
「……」

 心強い言葉だが、これはノムルの側を離れたとたんに、うっかり冬眠しかねない。つまり、雪乃はノムルの側から離れられないということだ。
 まだ寒くはないのに、雪乃はふるりと震えた。

「では話を通して見ますので、明日、また来てください」
「了解」
「よろしくお願いします」

 ぺこりと幹を曲げる雪乃にほほ笑み、ロックは二人を見送る。
 冒険者ギルドを後にした雪乃とノムルは、必要なものを揃えるために、町へと繰り出した。

「土はグレーム森林で確保しておいたけど、水も欲しいよね?」
「そうですね。凍りそうですけど」
「解かすから大丈夫だよー。まあ、空間魔法に入れておけば、凍ることはないけど」

 必要なものが少々おかしいが、気にしてはいけない。なにせ雪乃は樹人。人間とは必要とするものが違うのだから。

「ノムルさんの準備もちゃんとしてくださいね」
「俺のことを心配してくれてるの? ユキノちゃん、優しー」

 雪乃の物ばかり気を回しているノムルに、感謝しながらも釘を刺したのだが、なぜか抱きつかれて頬擦りされた。

(解せません。最近のノムルさんは、別のネジも吹っ飛んでいる気がします)

 枝でノムルの頬を押し返しながら、雪乃は眉間に葉を寄せた。
 ローブ越しとはいえ、細い枝が突き刺さって頬がくぼんでいるが、ノムルに気にする様子はない。

「恥ずかしがりやだなー。ユキノちゃんは。もっとお父さんに甘えても良いんだよー?」

 トチ狂った台詞が脳ミソを震わせ、雪乃の幹がゆっくりと回る。

「……。いつからノムルさんが、私のお父さんになったのでしょうか?」

 確かに時折、そんな設定を提示されることはあるが、雪乃はその度に断わっていたはずだ。
 納得のいかない雪乃に、ノムルはきょとんと目を見張る。それから、

「えー? グレーム森林でー、樹人と会わないって決めた後に、言ったじゃん。『おとーさん』って。恥ずかしそうに可愛い声でさー」

 デレデレと両手を頬に当てて、軟体動物のように揺れた。
 雪乃はおもむろに空を見上げると、自分の記憶を引っ張り出す。
 樹人に会わないと決めて、女性冒険者と別れて、森の外へと向かって進み出して……。

「言ってないと思いますよ?」
「恥ずかしがらなくていいんだよー。ノムルさんは、いつでも雪乃ちゃんのお父さんになってあげるからさー」
「いえ、本当に」
「……」

 デレ親父は沈黙した。
 じいっと注意深く観察してみても、雪乃に言葉を偽っている気配はない。
 ぽてんっと幹を傾げた雪乃は、本気で憶えていないようだ。

「どういうこと?」

 ノムルは顎に手を当て、眉間に皺を寄せる。今までに見せたことのない、真剣な表情だった。

「そもそも、そんなことを言うような状況じゃなかったですよね? 同胞たちのテンションの高さに、正直、ドン引きでしたから」
「……あ。まさか……」

 ノムルに衝撃が走る。
 あの異常なハイテンション、繰り返されるドサドサバッサーの訳の分からなさ。
 直前にあったことなど、普通の人間ならば、記憶から吹っ飛ぶほどの衝撃だった。

「樹人どもめ!」
「ちょっ?! ノムルさん? どうしていきなり魔王が降臨するんですか?!」

 慌てふためき諌める雪乃の前で、魔王ノムルは怒りの炎に包まれていた。
 
「お、落ち着いてください。今度は何で怒っているんですか?!」

 こんな街中で魔法をぶっ放されたら、洒落にならない被害を出しかねない。どうにかして抑えなければと、雪乃はノムルのローブを掴み、怒りの原因を尋ねる。
しおりを挟む
感想 933

あなたにおすすめの小説

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

私のお父様とパパ様

ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。 婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。 大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。 ※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。 追記(2021/10/7) お茶会の後を追加します。 更に追記(2022/3/9) 連載として再開します。

卒業パーティーで魅了されている連中がいたから、助けてやった。えっ、どうやって?帝国真拳奥義を使ってな

しげむろ ゆうき
恋愛
 卒業パーティーに呼ばれた俺はピンク頭に魅了された連中に気づく  しかも、魅了された連中は令嬢に向かって婚約破棄をするだの色々と暴言を吐いたのだ  おそらく本意ではないのだろうと思った俺はそいつらを助けることにしたのだ

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。