『種族:樹人』を選んでみたら 異世界に放り出されたけれど何とかやってます

しろ卯

文字の大きさ
54 / 385
ドューワ国編

106.今にも突進しようと

しおりを挟む
 木々の間を抜けて、声が発せられた場所に辿り着いた雪乃たちの視界の先では、大きな猪のような姿をした魔物と、少女三人が向き合っていた。
 猪の口には大きくするどい牙が、左右二本ずつ生えている。興奮して前足で土を掻き、今にも突進しようとしていた。
 それに対して、二人の少女は逃げることなく、立ちふさがるように立っている。彼女たちの後ろには、赤髪の少女が動けずにいた。どうやら怪我をしているようだ。

「二人とも、早く逃げなさい!」

 剣を支えに立ち上がろうとしているが、痛めた足が言うことを聞かないのだろう。よろめいて膝を付く。
 それでも何とか仲間を逃がそうと、大きな声で叫んだ。

「私が囮になるから、あんた達は生きて帰るの!」
「ふざけるな! 仲間を見捨てて逃げれるものか!」
「そうです。一緒に帰りましょう」

 互いを思い遣る少女たちに、無常にも猪の魔物が突進を始める。

「駄目よ、逃げて!」

 赤髪の少女が悲鳴のような声を振り絞った、その直後、

「「「え?」」」

 彼女たちは呆然として、情けない声を発した。
 なぜか猪の魔物が、一目散に森の奥へと逃げ去っていったのだ。

「え? 何が起こったの?」
「分からない」
「でも、助かったのね」

 目の前で起こった光景に理解が及ばず、困惑を顔に浮かべた少女達。しかし次第に緊張が緩み、その場にへたり込んでしまった。

「は、はは」

 三人の少女の口から、乾いた笑い声がもれ出す。けれどすぐに、笑い声は咳へと変わった。

「なんか、鼻と目が痛いんだけど?」
「口に何かが、ギャー!」
「き、傷が、痛いー!」

 慌てて赤毛の少女に肩を貸し、少女達はその場から逃げ出す。
 その様子を茂みの陰から見ていた雪乃は、ぽつりと呟いた。

「あ。ちょっと失敗したようです」
「わー?」

 猪に似た魔物が逃げたカラクリは、雪乃が調合した薬草の効果だった。
 ニクニクの根、カラカラの実、ビーサの根など、臭いと刺激の強い成分が含まれる薬草を、フワンポという小さな綿毛がふわふわと飛ぶ、まあタンポポの綿毛みたいな植物に組み込んだのだ。
 それをマンドラゴラに融合させ、蕪に似た葉の変わりに生やす。
 マンドラゴラは草むらの中を魔物の風上に移動してから、風に乗せて放出した。
 猪は嗅覚が優れているため、呼気と共に入ってきた臭いと刺激にやられて逃げていったのだが、助けようとした少女達にも被害が出てしまったようだ。

「これは、謝りに行かないと」

 雪乃はぽてぽてと、少女達を追いかける。シスター・ユキノは、いつものローブ姿に戻っていた。
 少女達には、すぐに追いついた。
 一人は自力で歩けないほどの怪我を負い、残る二人も雪乃の劇薬でダメージを負っていたため、魔物から充分に離れた場所で休んでいる。

「あのう」

 木陰から、雪乃はそっと声をかけた。
 すぐに身構えた少女達は、雪乃の隠れる木陰を注意深く睨む。

「すみません、勝手なことをして。とりあえず、これを使ってください」

 しっかりとフードを深く被った雪乃は、木陰から出ると緩和用に調合した葉っぱを差し出す。
 作った薬草は実在する薬草とは少し形を変え、ついでに元となる葉も、この辺りには自生していない植物を選んでおいた。これで樹人薬草の秘密は守られるだろう。
 深緑色の長い袖で器用に握られた、見慣れぬ薬草らしき葉っぱに、少女達は顔を見合わせる。

「えっと、噛んだら辛み成分を緩和できます。目や傷口は、揉み潰してから広げて乗せておけば、和らぎますので」

 少女たちは警戒を緩めると同時に、驚愕の表情を浮かべた。

「君があの森猪を退けてくれたのかい?」
「すみません。余計なことかとも思ったのですけど」

 怪我人がいて追い詰められていたとはいえ、彼女たちの目的があの猪に似た魔物を捕獲することだったなら、雪乃は横槍を入れてしまったことになる。
 そう思って謝罪の言葉を口にしたのだが、少女達は笑みを浮かべて首を振った。

「いいや、助かったよ。これ、貰うね」
「どうぞ」

 背の高い少女が歩いてきて、雪乃の手から薬草を受け取る。
 瑠璃色の髪を後ろで一つに括った彼女は、中性的な整った顔立ちをしていた。男性よりも、同姓である女性から人気を得そうな剣士だ。
 膝を突いて目線を下げた少女は、さり気無く子供の顔を伺い見ようと試みる。しかしその気配を察したのか、子供はすっと俯いてしまい、顔を見ることはできなかった。
 仲間の下に戻った少女は、それぞれに薬草を渡し、一枚を口に含み、揉み潰した葉はそれぞれ目や傷口にあてた。

「あ、本当だ。辛いのが無くなったよ」
「これなら目を開けられそうね」
「あ、傷の痛みが少しましになった。痛いけど」
「「「おー」」」

 揃って感嘆の声を上げる。

「いやあ、楽になったよ。森猪を追い払ったことといい、小さいのに凄いね」

 目から薬草を外した背の高い少女が、礼を言いながら雪乃に笑いかける。
 雪乃は考えるように首を捻った。
 怪我を治してあげたいが、特性ツワキフを使うにはリスクが伴う。そしてそのリスクを冒さなければならないほど、怪我はひどくない。
 回復に時間は掛かるだろうが、一般的な手当てで治るだろう。そう見当を付けてから、視線を移す。
 背の高い少女と怪我をしている少女は、剣士のようだ。残るもう一人、亜麻色のツインテールを揺らす少女は、魔法少女だった。
 うん、魔法少女だった。
 フリルだらけの桃色のコスチュームという、アニメや漫画に出てくる、ロリロリの魔法少女だ。
 そんな格好で森に入ったら、虫に刺されますよ! 枝に引っかかって危ないですよ! と注意せずにはいられないような、ロリータ系ドレスである。
 ノムルが用意していた衣装に含まれていなかったことを、雪乃は心から感謝した。ちなみに昨日はメイドだった。
 それはさておき、雪乃は少女達に視線を戻す。
 長身の少女が赤髪の少女の脇に膝を突き、荷袋から取り出した包帯を、怪我をした足にきつく巻いていく。その様子を、魔法少女は心配そうに見つめていた。

「あのう、魔法で治さないのですか?」

 余計なこととは思いつつも、気になってしまったので聞いてみる。
 途端に空気が凍りついた。魔法少女はそうっと視線をそらせた。

「あー、ミレイは火属性を中心とした、攻撃魔法の使い手なんだ」

 長身の少女は、困ったように微笑む。
 魔法少女の名前は、ミレイというらしい。
 そういえば、使う魔法には合う合わないがあったなと、雪乃は思い出す。治癒魔法以外は使うことがなく、興味もなかったので、すっかり忘れていた。

「えっと、すみません」

 ぺこりと、幹を折って謝罪する。

「気にしてないわ」

 ミレイはふわりと笑い、人差し指を顎の辺りに当てて小首を傾げた。

「あなたも魔法使いなのかしら?」

 問われて雪乃は考える。
 薬師を自称していたが、ノムルに教えてもらって魔法も使えるようになっている。とはいえ、使える魔法は治癒に特化したものばかりなのだが。
しおりを挟む
感想 933

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます

なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。 だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。 ……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。 これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。

最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした

新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。 「もうオマエはいらん」 勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。 ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。 転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。 勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)

処理中です...