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ドューワ国編

96.低音ボイスの筋肉ムキムキの髭もじゃ

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「どうした?」

 低音ボイスの筋肉ムキムキの髭もじゃがやってくると、兵士達が道を譲った。どうやらこの人が、ここの責任者のようだ。
 筋肉ムキムキの髭もじゃは、ノムルと雪乃をちらりと見るなり、顔をしかめた。

「ルモン大帝国側で、騒動を起こしたやつがいたと聞いたが、お前らだな」
「だったら何?」
「ノムルさん」

 悠然と答えるノムルに対し、雪乃は眉間に指を添える。やはり今回も全く反省していないようだ。
 心強い同伴者ではあるが、こうもトラブルばかり引き起こされるのは辛い。

「向こうの兵士がどういう意図で通したか知らんが、危険人物を入国させるわけにはいかない」

 ノムルの目が険しくなる。

「駄目ですよ、ノムルさん。抑えてください」
「だって俺、何にもしてないのにさー」
「充分してます。それはともかく、短気は損気とも言うのですよ。何事も平和が一番です」
「えー……」

 不満を口にするノムルは置いといて、雪乃は筋肉ムキムキの髭もじゃに向き直る。

「お尋ねしますが、ルモン大帝国での騒動とは、何を示しているのでしょうか?」

 小さな子供の大人ぶった言葉遣いに、少しばかり目を丸くした筋肉ムキムキの髭もじゃだったが、ふっと鼻で笑ったかと思うと、目を鋭く細めた。

「門の外で竜巻を発生させ、騒動を引き起こした魔法使いの親子がいると、何人も口にしていたぞ? 実際に、ルモン大帝国側の門が閉まる直前に、民衆が悲鳴を上げて逃げ惑っている姿を見た兵士もいる」

 雪乃は内心で安堵した。
 パーパスやオーレンの騒ぎまで伝え聞いていたら、流石に言い訳する気力が出なかっただろう。

「それに関してでしたら、ノムルさんの外見を見て冤罪を吹っ掛けようと絡んできた上に、私に暴力を振るおうとした人間がいたので、ノムルさんが追い払っただけです。その際に、魔法を見たことのなかった人達が取り乱し、さらにその様子を見た人たちがパニックを起こして、混乱が起きました。けれど一部始終を目撃していたルモン大帝国側の兵士さんたちは、私達に問題は無かったと判断してくださいましたよ」

 嘘は吐いていない。具体的な魔法の説明を省いただけだ。
 筋肉ムキムキの髭もじゃは、真偽を図りかねているのか雪乃をじっと見つめ、それからノムルを見る。
 もう一押しと、雪乃は声を大きくする。

「それともルモン大帝国の国境を守る兵士さんたちは、いつも危険人物を見逃してしまうような、いい加減なお仕事をされていると仰るのでしょうか?」

 取り囲んでいた兵士達が、ぎょっと目を見開いた。焦った様子でルモン大帝国側の国境を窺う者もいる。
 国力はルモン大帝国のほうが圧倒的に強く、国境で両国の兵士が小さな諍いを起こしたたとなれば、不利な立場に立つのはドューワ国のほうだ。
 そんなことになれば、問題を起こした兵士達は処罰の対象となるだろう。
 ドューワ国の兵士達に緊張が走り、目配せを交わす。筋肉ムキムキの髭もじゃも、わずかに顔色を悪くした。

「……ドューワ国には何をしに?」

 言いたいことを飲み込んで、彼は聞く。

「グレーム森林に、薬草を採りに行きます」
「薬草?」
「はい」

 そこへ最初に対応した兵士が近付き、筋肉ムキムキの髭もじゃの耳元で、何かを囁いた。筋肉ムキムキの髭もじゃは眉根を寄せて、疑るような目を兵士に向けた後、雪乃をじろりと一瞥する。
 そして、

「少し待っていろ」

 と言い残し、門脇の小屋の中に入っていった。

「なんか面倒なやつばっかりだよねー」
「……。普通にしていれば、そういうことはないと思いますけど」

 ノムルのぼやきに、雪乃は深いため息を吐き出した。
 しばらくすると、小屋から筋肉ムキムキの髭もじゃが出てくる。その表情は強張っているようだ。

「冒険者ギルドの認定証の内容を確認した。確かに薬師として特殊ランクBとなっているな。ルモン大帝国にも有名な薬草の産地があるはずだが、なぜわざわざドューワ国へ?」
「グレーム森林にしか生息していない薬草があるからです」

 迷いなく答える雪乃を見つめていた筋肉ムキムキの髭もじゃは、静かに息を落とした。

「薬師としての才能だけでBランク登録なんて、聞いたことがない。……出来れば眠り病の薬も作ってほしいところだな」
「眠り病?」

 呟くように漏れ出た声を拾うが、筋肉ムキムキの髭もじゃは、それ以上は触れなかった。雪乃に認定証を返すと、今度はノムルに向き合う。

「そちらの身分証も見せてもらおう」
「はいどーぞ」

 さも面倒くさそうに差し出された、ノムルの冒険者ギルドの認定書を受け取った筋肉ムキムキの髭もじゃの顔が、驚愕に染まっていく。目を見開き、口を鯉のようにぱくぱくと動かし、ノムルの認定証から目を離せずにいる。
 呼吸ができているのかと心配になるころ、

「し、失礼しました! どうぞお通りください!」

 と、綺麗に腰を直角に曲げ、恭しく両手で小さな認定証を捧げ持つ。
 雪乃は驚いてから、幹をぽてんと傾げるが、当のノムルは気だるげに「うん」と頷いて、認定証を受け取った。

「お気をつけて」

 筋肉ムキムキの髭もじゃに倣うように、他の兵士達も戸惑いながらも腰を直角に折り曲げ、ノムルを見送る。

「あ、ありがとうございます」

 躊躇いながらお礼を述べた雪乃は、ノムルと共に門を抜けた。少し歩いたところで振り返ると、まだ頭を下げている。
 雪乃はもう一度お辞儀をしてから歩きだした。

「ユキノちゃんは甘いよねー」
「私は普通です。ノムルさんが短気すぎるんです。というより、もしかして以前にドューワ国でも何かしたんですか?」
「何もしてないよ? 濡れ衣だよ、ひどいなあー」

 大げさに肩を落としたノムルは、文句を言いながら先を歩く。その言葉を信じる根拠はどこにも見当たらないが、まあ、いっかと、雪乃はノムルと並んで歩いていく。
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