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ルモン大帝国編

94.国境を守る兵士として

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「とりあえず、一度拘束させてもらう」
「は? 何で俺が?」
「やりすぎだと言っただろう? 娘を守るために暴漢を返り討ちにしたまでは、まあ良い。いや、すでにやりすぎだが……。しかし、国境を騒がせたこと、駅の方にも被害が出ている可能性がある。これは国境を守る兵士として、放置できない」
「はあ? 騒いだのは俺のせいじゃないだろう? 元凶に言いなよ」

 ノムルは不満を顕わにするが、隊長は一歩も引く気は無いようだ。

「人のいる場所で竜巻を起こせば、混乱が起きることは予想できるだろう?」
「知らないよ。第一、この竜巻は俺が起こしたんだから、無関係の人間を巻き込むわけないだろう?」

 隊長は耐え切れずに目元を覆い、兵士達は遠くを見つめる。どう説明すれば理解してくれるのか、さっぱり分からない。
 だからといって無理矢理に拘束しようにも、軽い気持ちで竜巻を発生させるような魔法使いを、ここにいる兵士たちだけで拘束できるとは思えない。
 いざとなれば、命を張ってでも取り押さえる覚悟はできているが、なるべく穏やかに収めたかった。
 どうしたものかと悩んでいれば、子供のほうが隊長のマントを引っ張った。

「魔法かどうか、普通の人は分かるものなのですか?」
「いいや。魔法使いなら分かるかもしれないけれど、魔力の少ない者はもちろん、魔法について学んでいない者は、分からないだろうね」

 助け舟とばかりに、隊長は飛び乗った。

「では、並んでいた人達や、駅にいる人達にまで迷惑をかけたのは、ノムルさんに原因があると思います。きちんと謝って、怪我をした人がいたら治療してあげてください」
「えー。ひどいよユキノちゃん。俺はユキノちゃんを守ろうとしただけだよ?」
「わかっています。それは本当に感謝しているに決まっているじゃないですか。ありがとうございます。でもだからといって、他の関係のない人まで巻き込んだら駄目ですよ」
「えー? 俺はユキノちゃんが無事ならそれでいいけど?」

 雪乃は頭痛を覚えて視界を閉じる。
 悪い人ではないのだ。そして本当に雪乃を大切にしてくれている。けれど、

「どうしてそこまで常識が吹っ飛んでいるんですか?!」

 の、一言に尽きる。

「いいですか? さっきも言ったとおり、ちゃんと謝ること、手当てをすること。この二点ができるまで、私はノムルさんと口を利きませんからね!」
「ちょっと、ユキノちゃん?!」
「ふんっです」
「嘘でしょう?!」

 頭を抱えて天を仰いだノムルは、絶叫した。
 なぜここまで雪乃にこだわるのか、雪乃自身もさっぱり分からないが、利用できるものは自分でも利用する。そうしなければ、この魔法使いの暴走は止められないのだから。

「ユキノちゃん、機嫌を直してよー?」
「ふんっです」

 完全に相手をしてもらえなくなり、ノムルはがく然となる。顔色を青ざめ、俯き、膝を突き、

「あんまりだ」

 ぽつりと呟いた。
 絶望したような感情の消えた声に、雪乃も心配になり、ノムルの顔を覗く。

「えーっと、ノムルさん?」

 やり過ぎたかと心配して声を掛けてみるが、返事はない。

「ノムルさん、言い過ぎました。ごめんなさい。元気を出してください」

 必死に謝り慰めるも、ノムルはどんよりとした空気をまとったまま、顔を上げようとしない。

「ノムル、さん?」

 雪乃はノムルの前に、ちょこんと座り込む。
 山高帽のつばに隠れた顔は、影になって見えない。

「……たら、いいよ?」
「え? もう一度お願いします」
「『おとーさん大好き』って言って、ぎゅっとハグしてくれたら、いいよ?」
「……」

 雪乃は沈黙した。
 成り行きを見守っていた兵士達も、頬を引き攣らせ、可哀そうなものを見るような視線を落とす。

「ノムルさん?」
「うん」
「元気じゃないですかああーっ!」

 雪乃の拳が、ノムルの顎をえぐった。

「ひどいよユキノちゃん! 傷心の俺を慰めるどころか、殴るなんて!」
「何がハグですか?! セクハラは禁止です!」
「えー?」
「『えー?』じゃありません!」

 へらりと笑顔を見せるノムルに、雪乃は魂からのシャウトを浴びせる。

「もー、照れ屋さんだなー。それにしてもユキノちゃん」
「なんですか?」

 フード越しに、ノムルは雪乃の頬を指でつついてくる。雪乃は葉を逆立てて、憤りを示すが、全く効果は無いようだ。

「ユキノちゃんのパンチって、猫パンチより軽いね」
「……」

 渾身の雪乃の拳は、音をつけるなら「ぽふ」が精々だった。

「筋肉ムキムキマッチョになってみせます!」
「えー? ならなくて良いよー? ユキノちゃんは今のまま、可愛くて良いからね」

 ぽんぽんと頭を撫でられるが、雪乃は両枝を握り締め、胸元に拳を作って意気込んだ。

「すまん、話を進めていいか?」

 置き去りにされたままの隊長は、申し訳なさそうに声をかける。
 一気に頭の冷えた雪乃は、ゆっくりと幹を回して、隊長を見る。それからきちんと向き直り、おもむろに幹を曲げた。

「お仕事のお邪魔をして申し訳ありません」
「いや、邪魔しているのはお父さんのほうだから。君はむしろ、協力してくれていると思うよ? たぶん」
「お父さんかあ。良い響きだねえ」
「……」

 雪乃とノムルの関係を知らない隊長が発した単語で、ノムルはすっかりご機嫌になったようだ。
 立ち上がって杖を振るい、それから人々が逃げ込んだ駅舎に向かって頭を下げる。

「ごめん」

 拡声器のように、大きくなった声がルービス駅を中心に響く。そして駅にいた人々が負っていた傷も、一瞬にして回復していた。
 ルービス駅はしんと静まり返る。それから先ほどまでとは違う意味で、駅舎が揺れるほどの歓声が沸き起こったのだった。

「これでいい?」
「何か釈然としませんが、良いと思います」

 承諾した雪乃にへらりと笑むと、ノムルはがっしりと雪乃を抱きしめて頬擦りを始めた。

「ぬにゃああーっ?! セクハラ禁止です! 離してください、ノムルさん!」
「えー? 俺、傷付いたんだよ? 慰めてよ」
「うにゃああーーっ!」

 兵士達は駅の様子を確認し、それから虚ろな眼差しで魔法使いの親子? を見た。
 経験豊富なはずの隊長も、どう対応すればいいのか、さっぱり分からない。

「隊長、これ、捕まえるんですか?」
「あー……、とりあえず、冒険者ギルドにでも問い合わせてみるか。犯罪歴があれば捕縛、冒険者ギルドが保証するなら、もう通そう」
「……。ソウデスネ」

 いつもは仕事熱心な兵士達だが、今日はなんだかとても疲れていた。早く仕事を終えて帰りたい。
 揃ってがくりと首を垂れた。
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