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ルモン大帝国編
85.依頼主は?
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「これの詳細を頼む」
びくりと肩を振るわせた職員は、差し出された依頼書と冒険者ギルドの認定証を確認すると、急いで詳細の書かれた依頼書を取り出す。
「あ、これですね。内容は掲示されていた依頼書に記載されている通りで、それ以上はありません」
「依頼主は?」
「申し訳ありません、守秘義務がありますので」
「そう」
ノムルは横目で雪乃を見た。まだ依頼書を見ることに夢中で、こちらには気付いていないようだ。
右手に持つ杖を、軽く人差し指で叩く。
「あいつ……」
小さな呟きを、耳に留めるものはいない。
怯えているギルド職員から認定証を受け取り、その場を離れようとして、ユキノと視線が合ってしまった。
ぽてぽてと歩いてくる雪乃に、へらりと笑って手を振りながら、職員に向き直る。
「それで? グレーム森林へはどう行けば良いのかな?」
「え? あ、はい。まずはルービスまで向かってから、国境を越えます。そこからは、えーっと……」
と、資料を探すために席を立とうとしたが、すぐに他の職員が割り込んできた。
白いちょび髭を生やした高齢の職員だが、その年齢に似合わず筋骨はしっかりしている。かつては名のある冒険者として活躍していたのかもしれない。
「ドューワ国に入りますと、乗合馬車が出ていますから、スノホワ行きを選んで乗ってください。あとは……えっと、冒険者ギルドのスノホワ支部があるので……ええっと……」
地図を広げて説明していた職員の言葉が、尻すぼみになって目が泳ぎ出す。さすがに他国の交通網までは、把握していないのだろう。
むしろよく国境からスノホワ行きの馬車が出ていると知っていたと、ノムルは感心したのだが、その心を青ざめた職員が知るはずもない。
「速達を出して、情報を求めることもできますが?」
「いや、そこまでしなくていいから。これで充分だよ」
そもそも、雪乃に先ほどの依頼書の内容を気付かれないようにと、とっさに振った話題なのだ。
情報が返って来ただけで御の字だったのだが。
「おお! ノムルさんが情報収集を!」
「……。ユキノちゃん? 君は俺をどういう人間だと思っているのかな?」
葉を輝かせて見上げている小さな樹人に、ノムルは引き攣った笑みを浮かべる。
「今更だが、お前ら自由すぎだろう? とりあえず俺の執務室まで来てくれ」
ギルド崩壊の後始末を終えたルッツが、頭を抑えながらノムルの後ろに立つ。その後ろには、困ったように半笑いのナルツ達も並んでいた。
「えー、めんどー」
「ノムルさん、ちゃんと謝りにいきましょう」
「あとでご褒美に頬擦りしてもいいー?」
「セクハラ禁止です」
「えー」
ギルド内に、目撃者たちの大きな溜め息が溢れた。
「今日は臨時休業にして、帰っちゃだめですか?」
ぽつりと、誰かが零した。
一人掛けのソファに座るルッツは、静かに瞼を落としていた。
ルッツの前には長方形の机を挟んで、三人掛けのソファが二脚あった。右手のソファにはギルドの職員が、左手には雪乃とノムル、それにフレックが座っている。その後ろには木製の長椅子が置かれ、ナルツたちが腰掛けていた。
ギルドマスターの執務室に呼ばれた冒険者は、七割方は緊張で身を強張らせる。残りの者達も、緊張を感じさせる気配はまとっていた。
それなのに、と、ルッツは頭を抱えたくなる。
「お茶菓子おかわり貰えるー?」
「あ、はい……」
(くつろぎ過ぎだろう?!)
ソファにゆったりと座ったノムルは、自分のお茶請けを食べ終えると、お代わりを要求していた。
「ノムルさん、私のあげますから」
「んー? 大丈夫だよ? それも食べるから、ゆっくり見てなよ」
「了解です」
(((それも食うのかよ?!)))
思わず心の声が重なったのは、悪くないだろう。ルッツもナルツたちも、全員揃って心の中で叫んだのだった。
自由にお茶を飲み、お茶請けを味わうノムルの横で、雪乃は皿を持ち上げて観賞している。
小皿の上には、幅五センチ、高さ三センチほど長方体の黒く艶やかな塊が、一センチほどの厚さに切られ、二つ並んでいた。
その姿は日本でお馴染みの、羊羹に似ている。
「……ユキノちゃん、そんなに面白いものじゃないと思うんだけど?」
色々な角度から観察している雪乃に、思わずフレックは声をかける。
その声に振り向いた雪乃は固まり、すうっと机に戻した。フードの下は、ほんのり紅葉している。
「何のことでしょう?」
雪乃は姿勢を正し、無かったことにした。
フレック達は小さな子供の照れ隠しを、笑いを堪えながら愛でる。
「ユキノちゃんは食べ物に貪欲だからねえ。あ、ちなみにこれは、カンヨーっていうんだよ」
「カンヨーですか。予想通りですと、そのままでも美味しいですが、後半は塩を付けても美味しいはずです」
「了解」
「「「えっ?!」」」
突然の珍発言に、一同は素っ頓狂な声を上げて、雪乃に顔を向ける。
カンヨーに塩を付けて食べるなど、聞いたこともない。余程の物好きか、味覚音痴だろう。
しかしノムルは疑うことなく、空間魔法から塩を取り出し、小皿の隅に添えた。
「ノムル様、止めたほうが良いと思いますよ?」
思わずマグレーンは制止する。ノムルは振り向き、片方の眉を跳ねた。
だがそこに、雪乃の言葉が追撃する。
「個人的に、水羊羹は粗塩を振って食べるのが好きなんですよねー。水分少なめの周りがシャリシャリ羊羹や、粒が残っている羊羹は、そのままが良いと思います」
「ヨーカン? カンヨーじゃなくて?」
「……。カンヨーでしたね」
うっかり発言だが似た名前なので、適応に誤魔化しておけば大丈夫だろう。
「なるほど。こうなるわけね」
塩付けカンヨーを口にしたノムルは、一人頷く。美味いとは言わない。だが二口目にも塩を付けたところを見ると、どうやらいけるらしいと、冒険者達は気付く。
(気になる)
しかしお茶請けを出されたのはノムルとユキノだけで、ルッツの前にはもちろん、ナルツ達の前にも無い。
食べることができないからこそ、気になる。しかも感想を口にしてくれれば良いのに、一人頷くだけで、どんな味か言わないから、余計に気になる。
(これが終わったら、カンヨー買いに行こう)
昼前で腹も減っていたのだろう。口中はカンヨーを食べる準備を始めていた。
びくりと肩を振るわせた職員は、差し出された依頼書と冒険者ギルドの認定証を確認すると、急いで詳細の書かれた依頼書を取り出す。
「あ、これですね。内容は掲示されていた依頼書に記載されている通りで、それ以上はありません」
「依頼主は?」
「申し訳ありません、守秘義務がありますので」
「そう」
ノムルは横目で雪乃を見た。まだ依頼書を見ることに夢中で、こちらには気付いていないようだ。
右手に持つ杖を、軽く人差し指で叩く。
「あいつ……」
小さな呟きを、耳に留めるものはいない。
怯えているギルド職員から認定証を受け取り、その場を離れようとして、ユキノと視線が合ってしまった。
ぽてぽてと歩いてくる雪乃に、へらりと笑って手を振りながら、職員に向き直る。
「それで? グレーム森林へはどう行けば良いのかな?」
「え? あ、はい。まずはルービスまで向かってから、国境を越えます。そこからは、えーっと……」
と、資料を探すために席を立とうとしたが、すぐに他の職員が割り込んできた。
白いちょび髭を生やした高齢の職員だが、その年齢に似合わず筋骨はしっかりしている。かつては名のある冒険者として活躍していたのかもしれない。
「ドューワ国に入りますと、乗合馬車が出ていますから、スノホワ行きを選んで乗ってください。あとは……えっと、冒険者ギルドのスノホワ支部があるので……ええっと……」
地図を広げて説明していた職員の言葉が、尻すぼみになって目が泳ぎ出す。さすがに他国の交通網までは、把握していないのだろう。
むしろよく国境からスノホワ行きの馬車が出ていると知っていたと、ノムルは感心したのだが、その心を青ざめた職員が知るはずもない。
「速達を出して、情報を求めることもできますが?」
「いや、そこまでしなくていいから。これで充分だよ」
そもそも、雪乃に先ほどの依頼書の内容を気付かれないようにと、とっさに振った話題なのだ。
情報が返って来ただけで御の字だったのだが。
「おお! ノムルさんが情報収集を!」
「……。ユキノちゃん? 君は俺をどういう人間だと思っているのかな?」
葉を輝かせて見上げている小さな樹人に、ノムルは引き攣った笑みを浮かべる。
「今更だが、お前ら自由すぎだろう? とりあえず俺の執務室まで来てくれ」
ギルド崩壊の後始末を終えたルッツが、頭を抑えながらノムルの後ろに立つ。その後ろには、困ったように半笑いのナルツ達も並んでいた。
「えー、めんどー」
「ノムルさん、ちゃんと謝りにいきましょう」
「あとでご褒美に頬擦りしてもいいー?」
「セクハラ禁止です」
「えー」
ギルド内に、目撃者たちの大きな溜め息が溢れた。
「今日は臨時休業にして、帰っちゃだめですか?」
ぽつりと、誰かが零した。
一人掛けのソファに座るルッツは、静かに瞼を落としていた。
ルッツの前には長方形の机を挟んで、三人掛けのソファが二脚あった。右手のソファにはギルドの職員が、左手には雪乃とノムル、それにフレックが座っている。その後ろには木製の長椅子が置かれ、ナルツたちが腰掛けていた。
ギルドマスターの執務室に呼ばれた冒険者は、七割方は緊張で身を強張らせる。残りの者達も、緊張を感じさせる気配はまとっていた。
それなのに、と、ルッツは頭を抱えたくなる。
「お茶菓子おかわり貰えるー?」
「あ、はい……」
(くつろぎ過ぎだろう?!)
ソファにゆったりと座ったノムルは、自分のお茶請けを食べ終えると、お代わりを要求していた。
「ノムルさん、私のあげますから」
「んー? 大丈夫だよ? それも食べるから、ゆっくり見てなよ」
「了解です」
(((それも食うのかよ?!)))
思わず心の声が重なったのは、悪くないだろう。ルッツもナルツたちも、全員揃って心の中で叫んだのだった。
自由にお茶を飲み、お茶請けを味わうノムルの横で、雪乃は皿を持ち上げて観賞している。
小皿の上には、幅五センチ、高さ三センチほど長方体の黒く艶やかな塊が、一センチほどの厚さに切られ、二つ並んでいた。
その姿は日本でお馴染みの、羊羹に似ている。
「……ユキノちゃん、そんなに面白いものじゃないと思うんだけど?」
色々な角度から観察している雪乃に、思わずフレックは声をかける。
その声に振り向いた雪乃は固まり、すうっと机に戻した。フードの下は、ほんのり紅葉している。
「何のことでしょう?」
雪乃は姿勢を正し、無かったことにした。
フレック達は小さな子供の照れ隠しを、笑いを堪えながら愛でる。
「ユキノちゃんは食べ物に貪欲だからねえ。あ、ちなみにこれは、カンヨーっていうんだよ」
「カンヨーですか。予想通りですと、そのままでも美味しいですが、後半は塩を付けても美味しいはずです」
「了解」
「「「えっ?!」」」
突然の珍発言に、一同は素っ頓狂な声を上げて、雪乃に顔を向ける。
カンヨーに塩を付けて食べるなど、聞いたこともない。余程の物好きか、味覚音痴だろう。
しかしノムルは疑うことなく、空間魔法から塩を取り出し、小皿の隅に添えた。
「ノムル様、止めたほうが良いと思いますよ?」
思わずマグレーンは制止する。ノムルは振り向き、片方の眉を跳ねた。
だがそこに、雪乃の言葉が追撃する。
「個人的に、水羊羹は粗塩を振って食べるのが好きなんですよねー。水分少なめの周りがシャリシャリ羊羹や、粒が残っている羊羹は、そのままが良いと思います」
「ヨーカン? カンヨーじゃなくて?」
「……。カンヨーでしたね」
うっかり発言だが似た名前なので、適応に誤魔化しておけば大丈夫だろう。
「なるほど。こうなるわけね」
塩付けカンヨーを口にしたノムルは、一人頷く。美味いとは言わない。だが二口目にも塩を付けたところを見ると、どうやらいけるらしいと、冒険者達は気付く。
(気になる)
しかしお茶請けを出されたのはノムルとユキノだけで、ルッツの前にはもちろん、ナルツ達の前にも無い。
食べることができないからこそ、気になる。しかも感想を口にしてくれれば良いのに、一人頷くだけで、どんな味か言わないから、余計に気になる。
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