上 下
50 / 402
ルモン大帝国編

85.依頼主は?

しおりを挟む
「これの詳細を頼む」

 びくりと肩を振るわせた職員は、差し出された依頼書と冒険者ギルドの認定証を確認すると、急いで詳細の書かれた依頼書を取り出す。

「あ、これですね。内容は掲示されていた依頼書に記載されている通りで、それ以上はありません」
「依頼主は?」
「申し訳ありません、守秘義務がありますので」
「そう」

 ノムルは横目で雪乃を見た。まだ依頼書を見ることに夢中で、こちらには気付いていないようだ。
 右手に持つ杖を、軽く人差し指で叩く。

「あいつ……」

 小さな呟きを、耳に留めるものはいない。
 怯えているギルド職員から認定証を受け取り、その場を離れようとして、ユキノと視線が合ってしまった。
 ぽてぽてと歩いてくる雪乃に、へらりと笑って手を振りながら、職員に向き直る。

「それで? グレーム森林へはどう行けば良いのかな?」
「え? あ、はい。まずはルービスまで向かってから、国境を越えます。そこからは、えーっと……」

 と、資料を探すために席を立とうとしたが、すぐに他の職員が割り込んできた。
 白いちょび髭を生やした高齢の職員だが、その年齢に似合わず筋骨はしっかりしている。かつては名のある冒険者として活躍していたのかもしれない。

「ドューワ国に入りますと、乗合馬車が出ていますから、スノホワ行きを選んで乗ってください。あとは……えっと、冒険者ギルドのスノホワ支部があるので……ええっと……」

 地図を広げて説明していた職員の言葉が、尻すぼみになって目が泳ぎ出す。さすがに他国の交通網までは、把握していないのだろう。
 むしろよく国境からスノホワ行きの馬車が出ていると知っていたと、ノムルは感心したのだが、その心を青ざめた職員が知るはずもない。

「速達を出して、情報を求めることもできますが?」
「いや、そこまでしなくていいから。これで充分だよ」

 そもそも、雪乃に先ほどの依頼書の内容を気付かれないようにと、とっさに振った話題なのだ。
 情報が返って来ただけで御の字だったのだが。

「おお! ノムルさんが情報収集を!」
「……。ユキノちゃん? 君は俺をどういう人間だと思っているのかな?」

 葉を輝かせて見上げている小さな樹人に、ノムルは引き攣った笑みを浮かべる。

「今更だが、お前ら自由すぎだろう? とりあえず俺の執務室まで来てくれ」

 ギルド崩壊の後始末を終えたルッツが、頭を抑えながらノムルの後ろに立つ。その後ろには、困ったように半笑いのナルツ達も並んでいた。

「えー、めんどー」
「ノムルさん、ちゃんと謝りにいきましょう」
「あとでご褒美に頬擦りしてもいいー?」
「セクハラ禁止です」
「えー」

 ギルド内に、目撃者たちの大きな溜め息が溢れた。

「今日は臨時休業にして、帰っちゃだめですか?」

 ぽつりと、誰かが零した。




 一人掛けのソファに座るルッツは、静かに瞼を落としていた。
 ルッツの前には長方形の机を挟んで、三人掛けのソファが二脚あった。右手のソファにはギルドの職員が、左手には雪乃とノムル、それにフレックが座っている。その後ろには木製の長椅子が置かれ、ナルツたちが腰掛けていた。
 ギルドマスターの執務室に呼ばれた冒険者は、七割方は緊張で身を強張らせる。残りの者達も、緊張を感じさせる気配はまとっていた。
 それなのに、と、ルッツは頭を抱えたくなる。

「お茶菓子おかわり貰えるー?」
「あ、はい……」

(くつろぎ過ぎだろう?!)

 ソファにゆったりと座ったノムルは、自分のお茶請けを食べ終えると、お代わりを要求していた。

「ノムルさん、私のあげますから」
「んー? 大丈夫だよ? それも食べるから、ゆっくり見てなよ」
「了解です」

(((それも食うのかよ?!)))

 思わず心の声が重なったのは、悪くないだろう。ルッツもナルツたちも、全員揃って心の中で叫んだのだった。
 自由にお茶を飲み、お茶請けを味わうノムルの横で、雪乃は皿を持ち上げて観賞している。
 小皿の上には、幅五センチ、高さ三センチほど長方体の黒く艶やかな塊が、一センチほどの厚さに切られ、二つ並んでいた。
 その姿は日本でお馴染みの、羊羹に似ている。

「……ユキノちゃん、そんなに面白いものじゃないと思うんだけど?」

 色々な角度から観察している雪乃に、思わずフレックは声をかける。
 その声に振り向いた雪乃は固まり、すうっと机に戻した。フードの下は、ほんのり紅葉している。

「何のことでしょう?」

 雪乃は姿勢を正し、無かったことにした。
 フレック達は小さな子供の照れ隠しを、笑いを堪えながら愛でる。

「ユキノちゃんは食べ物に貪欲だからねえ。あ、ちなみにこれは、カンヨーっていうんだよ」
「カンヨーですか。予想通りですと、そのままでも美味しいですが、後半は塩を付けても美味しいはずです」
「了解」
「「「えっ?!」」」

 突然の珍発言に、一同は素っ頓狂な声を上げて、雪乃に顔を向ける。
 カンヨーに塩を付けて食べるなど、聞いたこともない。余程の物好きか、味覚音痴だろう。
 しかしノムルは疑うことなく、空間魔法から塩を取り出し、小皿の隅に添えた。

「ノムル様、止めたほうが良いと思いますよ?」

 思わずマグレーンは制止する。ノムルは振り向き、片方の眉を跳ねた。
 だがそこに、雪乃の言葉が追撃する。

「個人的に、水羊羹は粗塩を振って食べるのが好きなんですよねー。水分少なめの周りがシャリシャリ羊羹や、粒が残っている羊羹は、そのままが良いと思います」
「ヨーカン? カンヨーじゃなくて?」
「……。カンヨーでしたね」

 うっかり発言だが似た名前なので、適応に誤魔化しておけば大丈夫だろう。

「なるほど。こうなるわけね」

 塩付けカンヨーを口にしたノムルは、一人頷く。美味いとは言わない。だが二口目にも塩を付けたところを見ると、どうやらいけるらしいと、冒険者達は気付く。
 
(気になる)

 しかしお茶請けを出されたのはノムルとユキノだけで、ルッツの前にはもちろん、ナルツ達の前にも無い。
 食べることができないからこそ、気になる。しかも感想を口にしてくれれば良いのに、一人頷くだけで、どんな味か言わないから、余計に気になる。

(これが終わったら、カンヨー買いに行こう)

 昼前で腹も減っていたのだろう。口中はカンヨーを食べる準備を始めていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

天才になるはずだった幼女は最強パパに溺愛される

雪野ゆきの
ファンタジー
記憶を失った少女は森に倒れていたところをを拾われ、特殊部隊の隊長ブレイクの娘になった。 スペックは高いけどポンコツ気味の幼女と、娘を溺愛するチートパパの話。 ※誤字報告、感想などありがとうございます! 書籍はレジーナブックス様より2021年12月1日に発売されました! 電子書籍も出ました。 文庫版が2024年7月5日に発売されました!

最強の男ギルドから引退勧告を受ける

たぬまる
ファンタジー
 ハンターギルド最強の男ブラウンが突如の引退勧告を受け  あっさり辞めてしまう  最強の男を失ったギルドは?切欠を作った者は?  結末は?  

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。