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ルモン大帝国編

83.マグレーンを後押しした

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「の、ノムル様、どうか抑えてください」

 真っ青を通り越して、真っ白になっていたマグレーンは、乾ききった咽から掠れた声を絞り出す。
 メンバー達も遠退きそうになる意識をつなぎとめ、頭を上下に揺らしてマグレーンを後押しした。

「そうですよ、ノムルさん。流石に三連続は、お約束になってしまう危険が有りますから」

 フレック達は視線を雪乃へと移す。
 彼女の発した単語が、頭の中で拡声されて再生を繰り返す。

(三・連・続・?)

 そんなはずは無い、と、彼等は自分の耳から脳へと届いた単語を、否定する。
 あのあり得ない光景が、オーレン以外でも発生したなどと、信じたくもない。否、信じてたまるものかと、彼等は心の中で叫んだ。

「ちょっと、聞いてるの? フレックに謝りなさい!」

 またしても、少女の声で現実に引き戻される。決して、引き戻されたくない現実に。

「頼む、やめてくれ、ルイーズ!」
「フレックは気にしなくて良いのよ」」
「そうよ。私達に任せて」

 半泣き状態のフレックが懇願するも、興奮しているのか何かに酔っているのか、少女たちは聞き入れない。
 潤んだ瞳でフレックに労わるような言葉をかけ、次の瞬間には険悪な表情を作り出してノムルに喚き続ける少女たち。
 その変わり身の早さに、雪乃はむしろ感心して「おおー!」と、歓声まで上げてしまった。

「何こいつら。お前の女? なんで俺が責められてるの? 躾くらいしとけよ」
「本当にすみません!」

 いつもの胡散臭い笑顔も消えて、剣呑な眼差しと冷え切った声を投げつけるノムルに、腰を九十度に折ったフレックは、声を張り上げた。
 ナルツたちもフレックに倣い、腰を曲げる。

「フレックが謝ることないわよ! 悪いのはこいつでしょ?」
「そうよ! フレックに謝りなさい! あんたもフードくらい取りなさいよ」

 と、魔法少女の手が雪乃のフードに伸びた。
 刹那、空気が凍る。比喩と同時に、物理的に。
 殺気を含んだブリザードが吹き荒れ、少女たちの体が氷の塊に囚われた。

「手を出したのはこの二人だけど、全員、似たような感情を向けてたよね? んじゃあ、連帯責任ってことで。情状酌量の余地は……無いよね?」

 静かな声が、吹雪きに乗って耳を掠める。

「お、お待ちください、ノムル様!」

 マグレーンが膝を折って許しを請う。

「皆、俺のことを心配してくれただけなんです! どうか見逃してやってください!」

 フレックも懸命に懇願する。

「心配? お前等を助けてやったユキノちゃんに、敵意を向けた挙句、手まで出そうとしたことが?」
「事情を知らなかったんです! 俺達から説明して、きちんと謝らせますから!」
「謝って済むなら、法律も軍もいらないよねえ?」

 にいーっこりと笑ったノムルの顔は、完全に魔王と化していた。
 最後の頼みの綱だと小さな子供を見てみれば、流石の彼女も魔王のオーラに当てられたのか、固まっていた。

(ああ、終わった)

 ナルツたちは全てを諦め、遠くを見つめる。
 現実は、悲劇の物語よりも無情なり。
 帝都ネーデルの冒険者ギルドは、パーパス、オーレンに続いて、消失したのだった。いや、今回は四階建ての建物だったためか、被害は壁だけで済んだ。
 外壁も内壁も、綺麗に消えていたが。

「って、ユキノちゃん?! しっかりして!」

 阿鼻叫喚の悲鳴や怒声が響き渡る中、ノムルの声まで響く。
 あっちの世界から現実に戻ってきたナルツたちは、その声の主を見ても状況が理解できなかった。
 騒ぎを起こした張本人であるはずのノムルが、今までになく動揺し、切迫した声を上げているではないか。
 うっかり巻き込まれて雪乃が怪我を負ったのかと凝視するも、そんな様子は見られない。
 頭に幾つもの「?」マークが浮かぶ。

「……ね、眠いです……」
「機関車の中で充分に寝たでしょう? どうしたの? あの女たちに何かされた?!」

 肩を揺さぶられる小さな子供は、どうやら意識が朦朧としているようだ。

(不味い!)

 と、ナルツたちは瞬時に理解し、目で言葉を交わす。
 魔王はこの小さな子供を寵愛している。わずかに物が当たっただけでも、ギルドの建物を吹き飛ばすという暴挙に出るのだ。
 それが、意識を失いかけるほどの状態に追い込まれたとしたら、どの様な惨事が引き起こされるのか。想像するのも恐ろしい。
 一刻も早く避難させなければ、死人が出かねない事態だ。
 見知った顔に目配せし、この場にいる者たちを逃がす算段を付ける。
 経験を積んでいる冒険者達は、自分たちが置かれている状況を素早く察知し、ナルツ達に頷き返して行動に移った。
 その一方で、魔王と子供の様子を注視することも忘れない。

「ユキノちゃん?! どうしたの?」

 魔王は相変わらず、パニック状態だ。

「……寒いです。……冬眠します。おやすみなさい……」
「え?」
「「「はい?」」」

 小さな子供の口から出てきた言葉は、ナルツたちにとって予想外な、謎の言葉だった。

「はっ! ごめんよ、ユキノちゃん! ほら、春が来たよ!」

 理解したらしい魔王の台詞も、訳が分からない。
 少しは慣れたつもりだったナルツたちでも、この二人の関係も会話も、さっぱり理解の範囲を超えている。

「あー、温かくなってきました。お花を咲かせなければ……」

 寝ぼけているのだろうか? 小さな子供は、そんなことを言い始めた。そして――

「「「えええーーーっ?!」」」

 フードの下から、白い花が溢れる。

「ユキノちゃん、そんな魔法は使わなくていいから。さ、起きて」

 ほっとしたような、疲れたような、そんな声が、肩を落とした魔王の口から吐き出されたのだった。
 思いがけない現象だったが、魔法だと言われて、冒険者たちもほっと胸をなで下ろす。違和感はあるが、突き止めようなんて考えたら駄目だ。
 これ以上、訳の分からない現象には巻き込まれたくない。
 それが彼等の心の底からの叫びだった。
 お蔭で雪乃の奇行は、彼等の記憶から遠くへと投げ飛ばされた。

「はう、吃驚しました」
「ごめんよ、ユキノちゃん。寒いのは苦手だったんだねえ」

 顔に咲いた花を引っこ抜き、雪乃は一息つく。
 徐々に精神も樹人に侵されている気がしなくもないが、とりあえずその疑いは適当にどこかに置いておく。
 ノムルもなんだか疲れた様子だ。意気消沈するノムルを見るのは、ムツゴロー湿原以来だろうか。
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