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ルモン大帝国編
81.なんてことはなかった
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ノムルが食事を終えた頃、汽笛が鳴り、機関車が動き出す。
ゆっくりと走り出した機関車は、徐々に速度を上げて……なんてことはなかった。
スタートと同時に、全力疾走だ。「助走? なにそれ美味しいの?」とでも言いそうなほど、あっと言う間にオーレンの駅は視界から消え去った。
雪乃は思わず窓にへばりついて、後方を確認してしまう。
「驚いてるねえ」
呆然と窓の外を覗いている雪乃に、ノムルは満足気に笑った。
「機関車を見ても驚かなかったから、ちょっと落ち込んでたんだけど、オーレンまで足を伸ばしてよかったよー」
何か言っているが、雪乃はそれどころではない。いきなり最高時速に乗せるという動力の仕組みが、気になって仕方がない。
思いつくのは一つ。
「……磁力ですね」
「なにそれ?」
即座につっこまれて、雪乃はノムルに振り向いたまま固まる。
磁力という単語が翻訳されなかったのか、それとも他の可能性があるのか、雪乃は思考を巡らせた。
しかし聞いたほうが早いという結論に達し、思考を手放す。
「どうやって動いているのでしょう?」
「あははー。やっぱり気になるよねえ? 不思議でしょう?」
ドヤ顔のノムルに苛立ちつつ、雪乃は答えを待つ。
雪乃の感情に気付いているはずのノムルは、更に笑みを深める。早く知りたい雪乃の葉が、逆立っていく。
「ノムルさん」
底冷えのする声が、雪乃から発せられた。
「いやー、ユキノちゃんが怒るのって、レアだよねー」
「いいから教えてください! 動力はなんですか? 何で最初から最高速度なんですか?」
「え? そこ? むしろ速度を変えるほうが難しいと思うよ?」
幹を傾げる雪乃に、ノムルは機関車の説明を始めた。
「機関車はね、魔術式と魔法石を使って、駅から駅まで進むという魔法を組み込んであるんだ。魔力さえ注げば、誰でも動かせる仕組みだね。速度を変えるには、魔術式を組み替える必要があるから、燃料用の魔法使いには難しいんじゃないかな?」
「燃料用の魔法使い、ですか?」
不穏な言葉が飛び出してきて、雪乃は顔をしかめた。
機関部分に魔法使いが閉じ込められて、苦しそうに呻きながら、魔力を吸い出されている姿が目に浮かぶ。
ふるりと雪乃は震えた。
「魔力はあっても、魔法を使う技術や知識がない人間は多いからね。俺には理解できないけど、術式を組もうとすると頭痛がするとかいう人間もいるみたいだよ。そういった魔法使いが、運転士として雇われてるんだよ」
「なるほど」
使われた単語は不穏だが、実態は単に勉強嫌いな魔力持ちの人が、機関車を動かしているという話だった。
基礎魔法はそれほど難しくはないが、高位の魔法になると、その現象をどうすれば引き起こせるのか、理解していなければならない。
さらに魔術式などになると、基本式を記憶したり、計算したりと、数学や化学に近い作業が必要となる。
魔力が多くても、そこで挫折してしまう魔法使いも多くいるそうだ。
ルモン大帝国では、そういった魔法使い達が、機関車を始めとした、すでに魔術式などを組み込み、魔力のみを必要とする仕事に付くことが多いらしい。
危惧したような、魔力を吸い取られ続けるといった、怪しい構造ではなかった。
雪乃はそっと胸をなで下ろす。
「他国で職に就けなかった魔法使いが、流れてくることも多いね。ルモン大帝国は、そういった魔法使いを手厚く保護している。だから魔力の供給に困ることなく、これだけの発展を成し遂げたわけだね」
ルモン大帝国の発展を目にした各国が、慌てて追従しようとしているそうだが、肝心の魔力提供をする魔法使いが集まらないらしい。
冷遇してきた国と、厚遇してきた国。とつぜん方向転換を図ったとしても、魔法使い達はどちらで暮らしたいと考えるだろうか。
しかしと、雪乃は機関車に思考を戻す。
「わざわざ走らせなくても、転移魔法を使えば良いのではないですか?」
オーレンの冒険者達が、飛竜から逃れるために使った魔術式を利用すれば、もっと早く移動できるのではないだろうか?
それに転移魔法ならば、レールを敷く手間も土地も不要だ。ずっと簡単に、手軽になる。
けれどノムルの答えは否だった。
「あれは飛ぶ距離や人数が多くなるほど、必要な魔力量が乗算されていくからねえ。俺もこの機関車に乗っている人間全員を帝都に運ぶのは、やりたくないなあ」
「なるほど」
やはり魔法があるからといって、何でもできるわけではないようだ。いや、「やりたくない」と言うことは、できるという事かもしれないが。
「帝都に着いたら、もっと色々と見れるよ」
ノムルは楽しそうに笑う。
雪乃は似たような仕組みの乗り物として、車を思い浮かべる。この世界で見た乗り物は、馬車と船、そして機関車だが、車も存在するのだろうか?
化石燃料を使わずに魔力で走る車ならば、環境への負荷も少ないだろうと、雪乃は帝都に到着するのを心待ちにした。
窓から景色を眺めていた雪乃は、扉を叩く音で視線を外す。
「失礼します。切符の確認をさせていただきます」
「はい、どうぞ」
ノムルは一枚の切符を車掌に手渡す。
二等車輌と三等車輌は、部屋ごとに切符が宛がわれているため、雪乃は切符を持っていない。
「帝都ネーデルに到着するのは、明日の午前中となります。本日の最終駅はルービルとなっており、それ以降は翌朝に到着予定のカーテルまで停車しませんので、ご注意ください」
「了解」
「ありがとうございます」
雪乃がぺこりとお辞儀をすると、車掌もにこりと笑みを零し、一礼してから次の個室へ向かった。
「さってと、これで小窓を閉めてもいいね」
と、ノムルは座席に立てかけていた杖に触れる。
雪乃は扉に付いた小窓を見るが、変化は見られない。不思議に思いながらノムルに視線を移すと、口許に笑みが浮かんでいた。
「小窓をふさぐことは禁止されているんだ。だから小窓から覗いたら、オーレンを出てからこれまでの映像が流れ続けるように、魔法をかけたんだよ。もちろん、車窓から見える景色だけは、そのままだけどね」
さらりと言ってのけるが、たぶん面倒な魔法なのだろうと雪乃は察する。
防犯対策などを考えると問題ありだが、ここのところ常に人目があったので、久しぶりに緊張を解いて、のんびりさせてもらうことにした。
「はい、ユキノちゃん」
ノムルが空間魔法から、青緑色の布を取り出す。
「おお! すっかり忘れていました」
「……。ユキノちゃん」
若干の呆れを浮かべながらも、ローブを脱ぐ雪乃を手伝い、抱っこ紐に飛竜の卵を包んで幹に下げてくれた。
それから再びローブを纏う。
「早く生まれませんかね」
「まあ、そればかりはねえ」
ノムルは苦笑する。
孵化直前の卵ではなく、産み立てに近い卵を貰ったのだから、しばらくは抱き続けなければならないだろう。
「辛くなったら変わるから、ちゃんと言うんだよ」
「ありがとうございます」
大人の男にとっては軽い卵だが、小さな雪乃には長く抱いていることは負担だろう。
そう思って言っているのだが、預かってから今まで、一度も雪乃は卵を放そうとはしない。
樹人だけに、人間の子供とは違うのかもしれないと、ノムルは密かに観察していた。
「こんなものも用意したよ」
と、次いでノムルが取り出したのは、大きな植木鉢だった。中にはしっかり土も入っている。
「いつの間に」
驚く雪乃の足元に置くと、水も掛けてくれた。
雪乃は遠慮なく、植木鉢に根を張る。
「極楽ですなあ」
「ふふ。良かった」
満足そうに頷くと、ノムルも窓の外へと視線を移す。
「……」
「……」
「今、何か見えませんでした?」
「うん? 気のせいだろう?」
表情も変えずに答えたノムルに、雪乃も気のせいだったのだろうと、思い込む。
前後の部屋から悲鳴だか奇声だかが聞こえているが、きっと気のせいだ。
「私は何も見ていません。並走するカマーフラワーなんて、いませんでした」
機関車は森を抜け、次の駅へと向かってレールの上をひた走る。
ゆっくりと走り出した機関車は、徐々に速度を上げて……なんてことはなかった。
スタートと同時に、全力疾走だ。「助走? なにそれ美味しいの?」とでも言いそうなほど、あっと言う間にオーレンの駅は視界から消え去った。
雪乃は思わず窓にへばりついて、後方を確認してしまう。
「驚いてるねえ」
呆然と窓の外を覗いている雪乃に、ノムルは満足気に笑った。
「機関車を見ても驚かなかったから、ちょっと落ち込んでたんだけど、オーレンまで足を伸ばしてよかったよー」
何か言っているが、雪乃はそれどころではない。いきなり最高時速に乗せるという動力の仕組みが、気になって仕方がない。
思いつくのは一つ。
「……磁力ですね」
「なにそれ?」
即座につっこまれて、雪乃はノムルに振り向いたまま固まる。
磁力という単語が翻訳されなかったのか、それとも他の可能性があるのか、雪乃は思考を巡らせた。
しかし聞いたほうが早いという結論に達し、思考を手放す。
「どうやって動いているのでしょう?」
「あははー。やっぱり気になるよねえ? 不思議でしょう?」
ドヤ顔のノムルに苛立ちつつ、雪乃は答えを待つ。
雪乃の感情に気付いているはずのノムルは、更に笑みを深める。早く知りたい雪乃の葉が、逆立っていく。
「ノムルさん」
底冷えのする声が、雪乃から発せられた。
「いやー、ユキノちゃんが怒るのって、レアだよねー」
「いいから教えてください! 動力はなんですか? 何で最初から最高速度なんですか?」
「え? そこ? むしろ速度を変えるほうが難しいと思うよ?」
幹を傾げる雪乃に、ノムルは機関車の説明を始めた。
「機関車はね、魔術式と魔法石を使って、駅から駅まで進むという魔法を組み込んであるんだ。魔力さえ注げば、誰でも動かせる仕組みだね。速度を変えるには、魔術式を組み替える必要があるから、燃料用の魔法使いには難しいんじゃないかな?」
「燃料用の魔法使い、ですか?」
不穏な言葉が飛び出してきて、雪乃は顔をしかめた。
機関部分に魔法使いが閉じ込められて、苦しそうに呻きながら、魔力を吸い出されている姿が目に浮かぶ。
ふるりと雪乃は震えた。
「魔力はあっても、魔法を使う技術や知識がない人間は多いからね。俺には理解できないけど、術式を組もうとすると頭痛がするとかいう人間もいるみたいだよ。そういった魔法使いが、運転士として雇われてるんだよ」
「なるほど」
使われた単語は不穏だが、実態は単に勉強嫌いな魔力持ちの人が、機関車を動かしているという話だった。
基礎魔法はそれほど難しくはないが、高位の魔法になると、その現象をどうすれば引き起こせるのか、理解していなければならない。
さらに魔術式などになると、基本式を記憶したり、計算したりと、数学や化学に近い作業が必要となる。
魔力が多くても、そこで挫折してしまう魔法使いも多くいるそうだ。
ルモン大帝国では、そういった魔法使い達が、機関車を始めとした、すでに魔術式などを組み込み、魔力のみを必要とする仕事に付くことが多いらしい。
危惧したような、魔力を吸い取られ続けるといった、怪しい構造ではなかった。
雪乃はそっと胸をなで下ろす。
「他国で職に就けなかった魔法使いが、流れてくることも多いね。ルモン大帝国は、そういった魔法使いを手厚く保護している。だから魔力の供給に困ることなく、これだけの発展を成し遂げたわけだね」
ルモン大帝国の発展を目にした各国が、慌てて追従しようとしているそうだが、肝心の魔力提供をする魔法使いが集まらないらしい。
冷遇してきた国と、厚遇してきた国。とつぜん方向転換を図ったとしても、魔法使い達はどちらで暮らしたいと考えるだろうか。
しかしと、雪乃は機関車に思考を戻す。
「わざわざ走らせなくても、転移魔法を使えば良いのではないですか?」
オーレンの冒険者達が、飛竜から逃れるために使った魔術式を利用すれば、もっと早く移動できるのではないだろうか?
それに転移魔法ならば、レールを敷く手間も土地も不要だ。ずっと簡単に、手軽になる。
けれどノムルの答えは否だった。
「あれは飛ぶ距離や人数が多くなるほど、必要な魔力量が乗算されていくからねえ。俺もこの機関車に乗っている人間全員を帝都に運ぶのは、やりたくないなあ」
「なるほど」
やはり魔法があるからといって、何でもできるわけではないようだ。いや、「やりたくない」と言うことは、できるという事かもしれないが。
「帝都に着いたら、もっと色々と見れるよ」
ノムルは楽しそうに笑う。
雪乃は似たような仕組みの乗り物として、車を思い浮かべる。この世界で見た乗り物は、馬車と船、そして機関車だが、車も存在するのだろうか?
化石燃料を使わずに魔力で走る車ならば、環境への負荷も少ないだろうと、雪乃は帝都に到着するのを心待ちにした。
窓から景色を眺めていた雪乃は、扉を叩く音で視線を外す。
「失礼します。切符の確認をさせていただきます」
「はい、どうぞ」
ノムルは一枚の切符を車掌に手渡す。
二等車輌と三等車輌は、部屋ごとに切符が宛がわれているため、雪乃は切符を持っていない。
「帝都ネーデルに到着するのは、明日の午前中となります。本日の最終駅はルービルとなっており、それ以降は翌朝に到着予定のカーテルまで停車しませんので、ご注意ください」
「了解」
「ありがとうございます」
雪乃がぺこりとお辞儀をすると、車掌もにこりと笑みを零し、一礼してから次の個室へ向かった。
「さってと、これで小窓を閉めてもいいね」
と、ノムルは座席に立てかけていた杖に触れる。
雪乃は扉に付いた小窓を見るが、変化は見られない。不思議に思いながらノムルに視線を移すと、口許に笑みが浮かんでいた。
「小窓をふさぐことは禁止されているんだ。だから小窓から覗いたら、オーレンを出てからこれまでの映像が流れ続けるように、魔法をかけたんだよ。もちろん、車窓から見える景色だけは、そのままだけどね」
さらりと言ってのけるが、たぶん面倒な魔法なのだろうと雪乃は察する。
防犯対策などを考えると問題ありだが、ここのところ常に人目があったので、久しぶりに緊張を解いて、のんびりさせてもらうことにした。
「はい、ユキノちゃん」
ノムルが空間魔法から、青緑色の布を取り出す。
「おお! すっかり忘れていました」
「……。ユキノちゃん」
若干の呆れを浮かべながらも、ローブを脱ぐ雪乃を手伝い、抱っこ紐に飛竜の卵を包んで幹に下げてくれた。
それから再びローブを纏う。
「早く生まれませんかね」
「まあ、そればかりはねえ」
ノムルは苦笑する。
孵化直前の卵ではなく、産み立てに近い卵を貰ったのだから、しばらくは抱き続けなければならないだろう。
「辛くなったら変わるから、ちゃんと言うんだよ」
「ありがとうございます」
大人の男にとっては軽い卵だが、小さな雪乃には長く抱いていることは負担だろう。
そう思って言っているのだが、預かってから今まで、一度も雪乃は卵を放そうとはしない。
樹人だけに、人間の子供とは違うのかもしれないと、ノムルは密かに観察していた。
「こんなものも用意したよ」
と、次いでノムルが取り出したのは、大きな植木鉢だった。中にはしっかり土も入っている。
「いつの間に」
驚く雪乃の足元に置くと、水も掛けてくれた。
雪乃は遠慮なく、植木鉢に根を張る。
「極楽ですなあ」
「ふふ。良かった」
満足そうに頷くと、ノムルも窓の外へと視線を移す。
「……」
「……」
「今、何か見えませんでした?」
「うん? 気のせいだろう?」
表情も変えずに答えたノムルに、雪乃も気のせいだったのだろうと、思い込む。
前後の部屋から悲鳴だか奇声だかが聞こえているが、きっと気のせいだ。
「私は何も見ていません。並走するカマーフラワーなんて、いませんでした」
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