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ルモン大帝国編

72.退いて退いてー

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 ノムルは雪乃と手をつないで、カウンターに向かう。帝都の冒険者達も、その後ろを付いて来る。

「はーい、退いて退いてー」

 混雑する人ごみの中をすり抜けて、ノムルは進む。
 不思議なことに、誰も小さな雪乃にぶつかってくることはなかった。後ろを歩いている帝都の冒険者達も、悠然と歩いてくる。
 ぽてんと幹を傾げてよく見れば、集っている冒険者達は、ノムルや帝都の冒険者に気付くなり、道を譲っていた。

「Aランクがいるって分かってるからねえ。当然の対応だよ」

 雪乃の疑問を素早く察したノムルが教える。

「冒険者ギルドは実力主義だからね。基本的には強さがものを言う。物理的にもね」

 にっこりと微笑まれたが、その笑みは決して優しい笑みでないことを、雪乃は知っていた。
 奥に入ると、一ヶ所だけ列のない受付がある。高ランク冒険者専用の受付カウンターだ。

「とりあえず、依頼達成の報告ね」

 と、ノムルは認定証と依頼書を差し出す。雪乃も自分の認定証を、カウンターに乗せた。

「パーパスからオーレンへの護衛依頼ですか? よく受けましたね。それと、え? 飛竜討伐ですか? これはオーレンからすでに受注者が出発しているのですが」

 受付の若い女性の声が低くなっていく。二重での発注は、信用問題に関わる。

「よく見てよ。条件付になってるでしょ? 討伐はしてないから、それで処理して」
「あ、はい。無条件キャンセルで対応しておきますね」

 眉間に皺を寄せていた女性職員は、ほっとしたように表情を緩め、それぞれの書類に必要事項を記入していく。それから雪乃とノムルの認定証をA4ほどの大きさの金属板に乗せ、情報を更新した。
 雪乃とノムルは返却された認定証をしまい、後ろで待っている帝都の冒険者たちに順番を譲る。
 その姿を見た受付嬢の表情が、曇った。正確には、フレックの姿を見て、と言ったほうが良いだろうか。
 両腕と左足を失い、仲間に背負われているのだから、その身に起ったことは冒険者ギルドの職員ならば、すぐに察せられる。

「飛竜の討伐依頼、失敗だ。ただし、追い払うことは成功した。数日したら確認をしてくれ」
「わかりました」

 重苦しい空気が流れる。
 周囲を見れば、いつの間にか喧騒は止み、他の職員や冒険者達も、彼等の言動に注目していた。

「この討伐依頼には、オーレン支部からも八人の冒険者が参加していたはずですが、彼等はどこでしょうか?」

 受付嬢の目が厳しくなる。
 その言葉を耳にした他の職員や冒険者達も、蔑むような目を帝都の冒険者達に向け始めた。
 服はぼろぼろで、手足を失っている者もいるが、他に大きな傷は見えない。手足を失っている者も、血止めをしていないところを見ると、以前から失っていたようにも見える。
 彼等には、オーレン支部から参加した冒険者達は戻ってこず、余所者の冒険者達だけが、ほぼ無傷で生還したように見えたのだろう。
 一触即発といった、張り詰めた空気が流れる。
 そんな空気に慣れていない雪乃は、ノムルのローブを無意識に握り締め、体を寄せた。

「もー、ユキノちゃんってば、可愛いなー」

 そして、激しく後悔した。
 空気を読まない男は、全てをぶち壊す惚気た声を上げたのだった。

「ノムルさん、空気が和らいだのは嬉しいんですけど、ほんの少しで良いので、空気を読むことも覚えてください」
「え? 嫌。面倒くさい」
「……」

 無謀なお願いだったと、雪乃は遠くの壁を眺める。
 帝都の冒険者達も、脱力して天井のしみを見つめた。
 何も知らないギルド職員や冒険者達は、帝都の冒険者達に向けていた視線を、ノムルへと移す。
 殺意さえ含む軽蔑の眼差しに、雪乃はすくみ上がるが、ノムルが気にする様子は当然だが無い。

「何、勘違いしてるの? 喧嘩売ってるの? まさかの二ギルド連続かなあ?」

 言っている意味が理解できないのだろう。職員も冒険者達も、眉をひそめる。

「駄目ですよ、ノムルさん! 平和的に! 友好的に!」
「えー? ユキノちゃんは優し過ぎだよ」
「ノムルさんがはっちゃけ過ぎなんです!」
「えー?」

 不満気な声を漏らすノムルだが、どこか楽しそうだ。
 ユキノの慌てぶりを見た帝都の冒険者達は、これから起こる出来事が録でもないことだけは想像でき、頭を抱えた。
 正直、彼等は逃げ出したかった。いや、当事者でなければ、逃げ出したかもしれない。

「ええっと、ノムル様。どうか落ち着いてください。ちゃんと説明すれば、彼等もどちらに非があるか、理解してくれるはずですから」

 何とか声を絞り出したのは、マグレーンだった。

「そ、そうっすよ。ここは俺達に任せてください」

 フレックもナルツの背に負われたまま、必死の形相を浮かべている。
 残りのメンバーも、真剣な表情で首をぶんぶんと上下に振った。

「えー? つまんなーい」
「つまんなくていいんです! 平穏が一番です!」
「えー?」

 まだ文句を言っているが、雪乃が押さえている間に説明を終わらせようと、帝都の冒険者達は心を一つにして、受付に向き直った。

「状況を報告する。とりあえず、オーレン支部で合流した八人は、無事だ。……無事だよな?」
「大丈夫だ、息はあった」

 受付嬢だけでなく、ギルド全体に聞こえるよう、マグレーンは声を張り上げた。その後で、小さく確認するように呟いてしまったのは、仕方なかったのだろう。
 耳に留めた受付嬢は顔をしかめたが、マグレーンは無理矢理にも報告を続ける。

「町の入り口に居た兵士達に任せたから、そのうち運ばれてくると思う」
「……。それは、自力で歩けない状態であると判断しても、よろしいでしょうか?」

 受付嬢の声は、冷たく射るようだ。

「あー、その時は歩ける状態ではなかった。けどたぶん、そろそろ……いや明日になれば、歩けるんじゃないのか?」

 マグレーンも答えに窮した。だいたいにして、竜巻に巻き込まれた経験など無い。ノムルの魔法により、空を飛ばされて川に墜落させられたが、竜巻のような回転はなかった。
 しかも竜巻の中で数時間も過ごすなど、あの八人以外に経験者はいないだろう。
 それゆえに、どの程度で回復するかなど、正確に予想などできなかった。
 職員達と地元冒険者達の視線は、変わらず厳しい。なぜか剣の柄に手を掛けている者までいる。

「ネーデルに帰りたい」
「もう少しの辛抱だ」

 思わず呟きが漏れたのは、悪くないはずだ。
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