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ルモン大帝国編

66.一切他言無用

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「飛竜如きで騒ぐなよ。こっちは他の依頼の途中で、ふざけた冒険者を見つけて尻拭いに来ただけなんだ。これ以上遅くなってペナルティ食らうなんて、ごめんなんだよ」

 顔をしかめるノムルに、冒険者達は顔を見合わせる。歩きながら話そうと提案するが、即座に却下された。
 ここからラツクの待つ馬車まで、歩いていては半日以上も掛かる。

「こっちの提言は二つ。一つ、君たちの治療に使ったアイテムについては、一切他言無用。二つ、飛竜の卵は俺達が貰うけど、これも言いふらさないこと。以上。俺達が来なければ、討伐失敗どころか全滅してたんだから、これくらい文句無いでしょう?」

 自分たちの惨状を考えれば、冒険者達は意見できる立場に無い。気になる点はあるが、頷いた。

「さ、話は終わった。戻ろうか?」

 ひょいっと抱き上げられた雪乃は、ふと幹を傾げる。

「ノムルさん?」
「何?」
「彼らも連れて帰ったほうが良いのでは?」
「え? なんで? 面倒」
「……」

 心の底から言っていると思われる言葉に、頭痛を覚えた雪乃だったが、何とか押さえ込む。

「フレックさんの体のことも心配なんですけど、このままラツクさんの所に戻ると、面倒なことが残っているような」
「あー……。まあ、谷底に落とせば終わりだよ」
「何で力技で解決しようとするんですか?!」

 雪乃は葉を逆立てて声を張るが、ノムルはへらりと笑ってかわす。

「何の話だ? さっき言ってた『ふざけた冒険者』ってのと、関係あるのか?」

 フレックを背負っていたために、遅れてやってきたナルツが眉根を寄せた。
 声に目を向けたノムルは、魔植物でも見たかのように、顔を歪める。ヤガルとパトも、すっとナルツから視線を逸らした。
 そんな三人の反応を見たマグレーンの顔が、耳まで赤く染まる。

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 何か勘違いしてるから! 違うから!」

 ナルツは懸命に抗議するが、必死になればなるほど疑惑を深めることに繋がると、彼は知らなかった。
 意識が朦朧としていて見ていなかったフレックとタッセは、ナルツたちの様子を不思議そうに眺めている。

「うわっ、黒歴史だ。でもまあ、後悔はしてないけど」

 がっくりと肩を落とすナルツの背中で、フレックの顔が苦虫を噛み潰したように歪んだ。

「あいつら、あんた達にも何かしたのか?」

 その言葉に、冒険者達の意識はナルツから『ふざけた冒険者』へと戻る。

「まあね。飛竜をパーパス側に送り込むつもりだったみたいだよ? パーパスから来た俺たちの馬車が邪魔だったみたいで、攻撃してきたんだよねえ」
「あいつら」

 吐き棄てるようにこぼれた声は、彼ら全員の一致した思いだったのだろう。揃って顔をしかめていた。
 それを見ていたノムルの目が、鋭く細まる。

「君たちは、彼らの仲間だったんじゃないの?」

 その質問に、冒険者達は揃って首を横に振った。

「いいや。あいつらはオーレンのギルドで合流した。俺達は帝都で活動しているんだが、オーレンの冒険者だけじゃ手に負えないからって、帝都のギルドに応援要請が来たんだ」
「全て帝都に任してくれれば、もっとちゃんとしたパーティを組んできたんだけどな。地元の冒険者との合同って依頼だったから、飛竜討伐には力不足だが、この面子で来たんだ。それをあいつら……」

 土壇場で逃げ出され、残された彼らの惨状は、ここまでに述べたとおりだ。

「完全にアウトだねえ。しっかしルモン大帝国の冒険者ギルドは、腐ってるねえ」
「ですねえ」
「ちょっと待て! 今の発言は聞き捨てならんぞ!」

 パーパスに続き、オーレンの冒険者ギルドにも問題があるようだと知ったノムルと雪乃は、頷きあった。しかし帝都・ネーデルを拠点とする冒険者達は、異議を申し立てる。
 でもまあ、ノムルと雪乃の知るルモン大帝国の冒険者ギルドの評価は、だだ下がりであった。

「ところでノムルさん、千切れた手足をくっつけられますか?」

 ギャーギャー騒いでいる冒険者達は放っておき、雪乃は規格外魔法使いのノムルを見上げる。
 ぴたりと、冒険者達の声が止まった。
 雪乃の薬草によって傷は全てふさがり、疲労も消えたが、フレックの両腕と左足は失われたままだ。

「今の技術じゃあ、難しいかなあ」
「みょんっと生やしたりは?」
「……。もっと難しいと思うよ?」

 しゅんっと萎れる雪乃に、ノムルも眉尻を落とす。
 わずかな希望にすがろうとした冒険者達も、何とも言えない顔を見合わせた。

「気にすること無いって。そもそも全員死んでたはずなのに、全員生きてるんだよ? 背負われてるやつなんて、死んでたじゃん。むしろ何で生きてるの?」

 ノムルに真顔で見つめられて、フレックはきょとんと瞬く。真実を知るナルツとマグレーンは、視線を斜め下へと逸らしたが。

「あ、いや。確かに死んだと思ったし、この怪我だもんな。いやあ、悪運が強いの?」

 フレックは笑ってみせるが、それが強がりであることは、誰の目にも明らかだった。重苦しい空気に、笑い声は小さくなり、居心地悪そうに視線を彷徨わせる。
 背中で元気を無くしていく親友を感じ取り、ナルツは瞼を伏せた。それでも瞼を上げて、雪乃を正面から見つめる。

「ユキノちゃんで良いのかな? フレックを生き返らせて貰っただけで、俺は感謝してる。だから、そんな風に落ち込まないでくれ」
「え? この子が俺を助けてくれたの? ていうか俺、本当に死んでたの?」

 フレックは目を白黒させる。雪乃の活躍を知らないタッセも、驚いた目で雪乃を凝視した。
 なにせ、見た目は身長一メートルほどの子供なのだから。

「どうやって死者蘇生なんてしたの? 黒魔術? もしかしてフレックって……」

 好奇心に溢れていたタッセの瞳が、凍りつく。魔法が存在する世界ならではの誤解が生じ始めたようだ。
 おそらく死体が何らかの魔法によって動いていると、思ったのだろう。

「え? あ、だから痛みが無いのか?」

 フレックの言葉に、冒険者達はざっと身を引いた。

「痛みが無いのは傷を癒したからです。それと、心音を確認していただければ分かると思いますけど、普通に生きています。魔法ではなく、物理的な手段を使いました。主な処置をしたのはナルツさんですし」

 誤解を解こうと雪乃が言葉を添えると、一斉にナルツに視線が集まった。その関心はといえば、

「本当か? ナルツ」
「え? どうやったの?」

 と、何も知らないフレックとタッセは、ナルツに方法を聞こうと食いつく。その一方で、察しの良いノムルはその方法に気付いたようだ。

「ああ、あれはそういうことだったんだね。俺はてっきり、そういう関係なのかと」
「あれか。あれは衝撃的だったな」
「俺は何も見ていない」

 何も知らずに目撃してしまったヤガルとパトは、遠くを見ながら何かを消化していた。
 その明らかに見てはいけないものを見てしまったという雰囲気に、ナルツとマグレーンは、顔を真っ赤に上気させて俯く。
 熱気を帯びていたタッセも、聞いてはいけないことのような気がしてきたのか、口をつぐむ。
 当事者でありながら事情の分からないフレックは、困惑に表情を彩り、聞きたいような、聞きたくないような、相対する感情に身悶えた。

「俺の身に、何が起ったの?」

 手足を失った失意よりも、今はそっちのほうが気になっている。
 そんなことをしているうちに、辺りはすっかり暗くなっていた。
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