上 下
55 / 83
二章

55.足止め

しおりを挟む
 空を駆けて岩山に近付くと、下に降りるよう、バンが促す。

「どうした?」
「この辺りの岩は、奇石が多くて、石力の制御ができなくなるんです」

 飛べば五分と掛からない距離だが、岩壁に沿って歩いて行くとなると、それなりに距離はあるだろう。
 ゼノは苛立ちを隠せないが、ライもバンに従うように勧めたため、歩いて行くことに決まった。

「どのくらい掛かる?」
「まあ、日が暮れるまでには」

 苛立つゼノに代わって問うたライにバンは答えたが、主従は一瞬、動きを止めた。

「山を二つ、越えないと行けないんですよ。高い上に険しい」

 ゼノは空を見上げた。考えていることは、他の二人にも察しは付く。

「駄目ですよ。途中で落ちたら、串刺しですから」

 バンの言う通り、岩肌は無数の刃のように鋭く尖った岩が突き出している。
 落ちて刺されば一溜まりもないだろう。

「よくこんな場所を見付けたな」
「地元の人間に聞いたんだよ」
「ではなくて」

 ライが言いたいのは、シャルのほうだ。肩から先を失う程の傷を受けながら、こんな岩山を移動できたとは思えない。
 ああと頷いたバンは、クルールが管理することになるまでの経緯を語る。

「最初は『外』の荒野に生えていたそうですよ」

 怪我をした旅人が通りかかり、荒野に一本だけ生えていた木の影で休んでいた。木には実が生っていたが、まだ青い。
 しかし疲労と怪我で空腹に抗えなかった旅人は、未熟な青い実をもぎ取ると、口に入れた。
 すると驚くことに、傷がみるみる癒えた。
 それを聞いたクルールの王女が従者を連れて実を採りに行き、先の戦で負傷し臥せていたクルール国王に献上した。
 実を食べた国王の傷はあっと言う間に快癒し、その感謝を表すために、この岩山深くに移植し、木を護ると誓った。

「この辺りは能力も使えないから、大変だったみたいですよ。その分、木に害をなす者も防ぎやすいんですが」

 ちらりとゼノを見る。これから木を奪おうとする王子だが、何の反応もなかった。

「おい、あれは?」

 ライの指差す先は、道が少し開けており、役人の姿もあった。

「悪意のある者が通らないように、関所が有るんですよ。嘘を見抜く能力者がいますから、気を付けてくださいね」

 そう言うなり、バンは主従から離れ、岩陰へと消える。

「どうした?」

 眉をひそめるゼノに、ライは気にしないよう、手を振った。

「商人ってのは、嘘の塊ですからね。離れたってことは、ここから先は案内無しでも辿り着けるってことですよ」
「なるほど」

 ゼノは深く詮索することはない。素直なのか、そもそも興味がないのか、ライには判別しかねた。

「何をしに行く?」

 槍を突き出し問う役人に、ゼノは答える。

「木に会いに」

 役人達は視線を交わす。

「『会う』だけか?」
「さて、会ってみぬことには答え兼ねる」
「身許は?」
「セントーン国第二王子、ゼノ・セントーン」

 その場にどよめきが湧く。
 真偽を判別していた役人に視線が集まるが、目を見開き、口を開けたまま、ゼノを見ていた。他の役人に腕を引っ張られ、慌てて片膝を付く。その様子に、他の役人達も慌てて続いた。

「ご無礼を致しました。連絡を受けていなかったもので。しかしながら失礼を重ねて恐縮ですが、クルール国側からの従者は、派遣されなかったのでしょうか」

 ゼノとライは、この中年の役人に好感を抱いた。
 有能な役人は王宮やその付近に集まる。このような所を任されているならば、それほど高い官職ではないはずだ。
 だが不測の事態において、適切な対応が取れている。
 同じ役職を生業とする主従だけに、それが誰にでもできることではないと知っていた。

「一応、国境を警備しているものには名乗ったのだがな。信じてはもらえなかったので、一旅行者として勝手に動かせてもらっている」

 中年の役人はさりげなく、真偽を判別する役人を見た。嘘ではないと確認し、更に頭を垂れる。

「それは大変なご無礼を致しました。しかしながら、重ねて恐縮ではありますが、しばらくここでお待ち頂けないでしょうか? 王宮に取り次ぎますので」
「否とは言えぬのであろう?」
「はっ、ご理解頂き、感謝申し上げます」

 ゼノとライは案内されるままに岩影の洞窟に入った。王族を招くには御世辞にも相応しい場所ではなかったが、仮宿にしては充分な広さと設備が揃っている。
 差し出された茶は紅茶よりも赤く、鼻腔を刺すような刺激的な香りがした。決して質の良い物ではなく、素人が作った物だとわかる。おそらくここに詰めている役人の家族が作っただろう。

 一口飲んで、ライは咳き込みそうになるのを押さえた。咽がひりりと痛い。
 横目でゼノを見ると、日頃の高級茶と同様に、悠然と口に運んでいる。半ば呆れてゼノの姿を見ながら、ライはゼノの味覚は壊れているのではと疑心を持つ。

「これは、この辺りので採れる茶葉か?」
「ええ、はい。クルールに生える薬草で、体を暖め疲れを取ります」
「中々面白い味だ。後で少し別けてもらえるか?」
「はっ、喜んで」

 他国の王族に誉められて、茶を運んで来た役人は頬を紅潮させながら最敬礼をした。
 呆れるライの視線に気付くと、ゼノは首を傾げた。

「どうかしたか?」
「いえ、持って帰ってどうする気なんだろうかと」

 ゼノは訝しそうにライを見た。

「私の近くに誰がいるか、忘れたか?」
「ああ」

 言われて納得する。
 そうだ、この人の傍には、抜群の腕を持つ料理人がいたのだ。ライは風の民の里を去る日のことを思い出す。
 誰もがハンスに、もう一日だけでもと懇願し、引き留めた。その日の朝にハンスが焼いた菓子に、皆、骨抜きにされていたのだ。口に入れた者は誰もが顔を弛ませ、中にはその美味しさに涙する者までいた。
 あのハンスにかかれば、どんな食材も美食へと姿を変えるのだろう。

「しかし、焦れったいな」

 ゼノは洞窟の外を疎ましげに睨む。目前まで来ているのに、足止めを食らったのだ、無理もない。
 王宮への連絡は呪具を用いれば短時間で済むが、王宮から従者を寄越すとなると、時間が掛かる。それでもこのまま木に向かえれば幸いだろう。
 最悪の場合、王宮に足を運ぶように強いられかねない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

【完結】どうして殺されたのですか?貴方達の愛はもう要りません  

たろ
恋愛
処刑されたエリーゼ。 何もしていないのに冤罪で…… 死んだと思ったら6歳に戻った。 さっき処刑されたばかりなので、悔しさも怖さも痛さも残ったまま巻き戻った。 絶対に許さない! 今更わたしに優しくしても遅い! 恨みしかない、父親と殿下! 絶対に復讐してやる! ★設定はかなりゆるめです ★あまりシリアスではありません ★よくある話を書いてみたかったんです!!

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

七年間の婚約は今日で終わりを迎えます

hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

浮気くらいで騒ぐなとおっしゃるなら、そのとおり従ってあげましょう。

Hibah
恋愛
私の夫エルキュールは、王位継承権がある王子ではないものの、その勇敢さと知性で知られた高貴な男性でした。貴族社会では珍しいことに、私たちは婚約の段階で互いに恋に落ち、幸せな結婚生活へと進みました。しかし、ある日を境に、夫は私以外の女性を部屋に連れ込むようになります。そして「男なら誰でもやっている」と、浮気を肯定し、開き直ってしまいます。私は夫のその態度に心から苦しみました。夫を愛していないわけではなく、愛し続けているからこそ、辛いのです。しかし、夫は変わってしまいました。もうどうしようもないので、私も変わることにします。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

処理中です...