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二章
55.足止め
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空を駆けて岩山に近付くと、下に降りるよう、バンが促す。
「どうした?」
「この辺りの岩は、奇石が多くて、石力の制御ができなくなるんです」
飛べば五分と掛からない距離だが、岩壁に沿って歩いて行くとなると、それなりに距離はあるだろう。
ゼノは苛立ちを隠せないが、ライもバンに従うように勧めたため、歩いて行くことに決まった。
「どのくらい掛かる?」
「まあ、日が暮れるまでには」
苛立つゼノに代わって問うたライにバンは答えたが、主従は一瞬、動きを止めた。
「山を二つ、越えないと行けないんですよ。高い上に険しい」
ゼノは空を見上げた。考えていることは、他の二人にも察しは付く。
「駄目ですよ。途中で落ちたら、串刺しですから」
バンの言う通り、岩肌は無数の刃のように鋭く尖った岩が突き出している。
落ちて刺されば一溜まりもないだろう。
「よくこんな場所を見付けたな」
「地元の人間に聞いたんだよ」
「ではなくて」
ライが言いたいのは、シャルのほうだ。肩から先を失う程の傷を受けながら、こんな岩山を移動できたとは思えない。
ああと頷いたバンは、クルールが管理することになるまでの経緯を語る。
「最初は『外』の荒野に生えていたそうですよ」
怪我をした旅人が通りかかり、荒野に一本だけ生えていた木の影で休んでいた。木には実が生っていたが、まだ青い。
しかし疲労と怪我で空腹に抗えなかった旅人は、未熟な青い実をもぎ取ると、口に入れた。
すると驚くことに、傷がみるみる癒えた。
それを聞いたクルールの王女が従者を連れて実を採りに行き、先の戦で負傷し臥せていたクルール国王に献上した。
実を食べた国王の傷はあっと言う間に快癒し、その感謝を表すために、この岩山深くに移植し、木を護ると誓った。
「この辺りは能力も使えないから、大変だったみたいですよ。その分、木に害をなす者も防ぎやすいんですが」
ちらりとゼノを見る。これから木を奪おうとする王子だが、何の反応もなかった。
「おい、あれは?」
ライの指差す先は、道が少し開けており、役人の姿もあった。
「悪意のある者が通らないように、関所が有るんですよ。嘘を見抜く能力者がいますから、気を付けてくださいね」
そう言うなり、バンは主従から離れ、岩陰へと消える。
「どうした?」
眉をひそめるゼノに、ライは気にしないよう、手を振った。
「商人ってのは、嘘の塊ですからね。離れたってことは、ここから先は案内無しでも辿り着けるってことですよ」
「なるほど」
ゼノは深く詮索することはない。素直なのか、そもそも興味がないのか、ライには判別しかねた。
「何をしに行く?」
槍を突き出し問う役人に、ゼノは答える。
「木に会いに」
役人達は視線を交わす。
「『会う』だけか?」
「さて、会ってみぬことには答え兼ねる」
「身許は?」
「セントーン国第二王子、ゼノ・セントーン」
その場にどよめきが湧く。
真偽を判別していた役人に視線が集まるが、目を見開き、口を開けたまま、ゼノを見ていた。他の役人に腕を引っ張られ、慌てて片膝を付く。その様子に、他の役人達も慌てて続いた。
「ご無礼を致しました。連絡を受けていなかったもので。しかしながら失礼を重ねて恐縮ですが、クルール国側からの従者は、派遣されなかったのでしょうか」
ゼノとライは、この中年の役人に好感を抱いた。
有能な役人は王宮やその付近に集まる。このような所を任されているならば、それほど高い官職ではないはずだ。
だが不測の事態において、適切な対応が取れている。
同じ役職を生業とする主従だけに、それが誰にでもできることではないと知っていた。
「一応、国境を警備しているものには名乗ったのだがな。信じてはもらえなかったので、一旅行者として勝手に動かせてもらっている」
中年の役人はさりげなく、真偽を判別する役人を見た。嘘ではないと確認し、更に頭を垂れる。
「それは大変なご無礼を致しました。しかしながら、重ねて恐縮ではありますが、しばらくここでお待ち頂けないでしょうか? 王宮に取り次ぎますので」
「否とは言えぬのであろう?」
「はっ、ご理解頂き、感謝申し上げます」
ゼノとライは案内されるままに岩影の洞窟に入った。王族を招くには御世辞にも相応しい場所ではなかったが、仮宿にしては充分な広さと設備が揃っている。
差し出された茶は紅茶よりも赤く、鼻腔を刺すような刺激的な香りがした。決して質の良い物ではなく、素人が作った物だとわかる。おそらくここに詰めている役人の家族が作っただろう。
一口飲んで、ライは咳き込みそうになるのを押さえた。咽がひりりと痛い。
横目でゼノを見ると、日頃の高級茶と同様に、悠然と口に運んでいる。半ば呆れてゼノの姿を見ながら、ライはゼノの味覚は壊れているのではと疑心を持つ。
「これは、この辺りので採れる茶葉か?」
「ええ、はい。クルールに生える薬草で、体を暖め疲れを取ります」
「中々面白い味だ。後で少し別けてもらえるか?」
「はっ、喜んで」
他国の王族に誉められて、茶を運んで来た役人は頬を紅潮させながら最敬礼をした。
呆れるライの視線に気付くと、ゼノは首を傾げた。
「どうかしたか?」
「いえ、持って帰ってどうする気なんだろうかと」
ゼノは訝しそうにライを見た。
「私の近くに誰がいるか、忘れたか?」
「ああ」
言われて納得する。
そうだ、この人の傍には、抜群の腕を持つ料理人がいたのだ。ライは風の民の里を去る日のことを思い出す。
誰もがハンスに、もう一日だけでもと懇願し、引き留めた。その日の朝にハンスが焼いた菓子に、皆、骨抜きにされていたのだ。口に入れた者は誰もが顔を弛ませ、中にはその美味しさに涙する者までいた。
あのハンスにかかれば、どんな食材も美食へと姿を変えるのだろう。
「しかし、焦れったいな」
ゼノは洞窟の外を疎ましげに睨む。目前まで来ているのに、足止めを食らったのだ、無理もない。
王宮への連絡は呪具を用いれば短時間で済むが、王宮から従者を寄越すとなると、時間が掛かる。それでもこのまま木に向かえれば幸いだろう。
最悪の場合、王宮に足を運ぶように強いられかねない。
「どうした?」
「この辺りの岩は、奇石が多くて、石力の制御ができなくなるんです」
飛べば五分と掛からない距離だが、岩壁に沿って歩いて行くとなると、それなりに距離はあるだろう。
ゼノは苛立ちを隠せないが、ライもバンに従うように勧めたため、歩いて行くことに決まった。
「どのくらい掛かる?」
「まあ、日が暮れるまでには」
苛立つゼノに代わって問うたライにバンは答えたが、主従は一瞬、動きを止めた。
「山を二つ、越えないと行けないんですよ。高い上に険しい」
ゼノは空を見上げた。考えていることは、他の二人にも察しは付く。
「駄目ですよ。途中で落ちたら、串刺しですから」
バンの言う通り、岩肌は無数の刃のように鋭く尖った岩が突き出している。
落ちて刺されば一溜まりもないだろう。
「よくこんな場所を見付けたな」
「地元の人間に聞いたんだよ」
「ではなくて」
ライが言いたいのは、シャルのほうだ。肩から先を失う程の傷を受けながら、こんな岩山を移動できたとは思えない。
ああと頷いたバンは、クルールが管理することになるまでの経緯を語る。
「最初は『外』の荒野に生えていたそうですよ」
怪我をした旅人が通りかかり、荒野に一本だけ生えていた木の影で休んでいた。木には実が生っていたが、まだ青い。
しかし疲労と怪我で空腹に抗えなかった旅人は、未熟な青い実をもぎ取ると、口に入れた。
すると驚くことに、傷がみるみる癒えた。
それを聞いたクルールの王女が従者を連れて実を採りに行き、先の戦で負傷し臥せていたクルール国王に献上した。
実を食べた国王の傷はあっと言う間に快癒し、その感謝を表すために、この岩山深くに移植し、木を護ると誓った。
「この辺りは能力も使えないから、大変だったみたいですよ。その分、木に害をなす者も防ぎやすいんですが」
ちらりとゼノを見る。これから木を奪おうとする王子だが、何の反応もなかった。
「おい、あれは?」
ライの指差す先は、道が少し開けており、役人の姿もあった。
「悪意のある者が通らないように、関所が有るんですよ。嘘を見抜く能力者がいますから、気を付けてくださいね」
そう言うなり、バンは主従から離れ、岩陰へと消える。
「どうした?」
眉をひそめるゼノに、ライは気にしないよう、手を振った。
「商人ってのは、嘘の塊ですからね。離れたってことは、ここから先は案内無しでも辿り着けるってことですよ」
「なるほど」
ゼノは深く詮索することはない。素直なのか、そもそも興味がないのか、ライには判別しかねた。
「何をしに行く?」
槍を突き出し問う役人に、ゼノは答える。
「木に会いに」
役人達は視線を交わす。
「『会う』だけか?」
「さて、会ってみぬことには答え兼ねる」
「身許は?」
「セントーン国第二王子、ゼノ・セントーン」
その場にどよめきが湧く。
真偽を判別していた役人に視線が集まるが、目を見開き、口を開けたまま、ゼノを見ていた。他の役人に腕を引っ張られ、慌てて片膝を付く。その様子に、他の役人達も慌てて続いた。
「ご無礼を致しました。連絡を受けていなかったもので。しかしながら失礼を重ねて恐縮ですが、クルール国側からの従者は、派遣されなかったのでしょうか」
ゼノとライは、この中年の役人に好感を抱いた。
有能な役人は王宮やその付近に集まる。このような所を任されているならば、それほど高い官職ではないはずだ。
だが不測の事態において、適切な対応が取れている。
同じ役職を生業とする主従だけに、それが誰にでもできることではないと知っていた。
「一応、国境を警備しているものには名乗ったのだがな。信じてはもらえなかったので、一旅行者として勝手に動かせてもらっている」
中年の役人はさりげなく、真偽を判別する役人を見た。嘘ではないと確認し、更に頭を垂れる。
「それは大変なご無礼を致しました。しかしながら、重ねて恐縮ではありますが、しばらくここでお待ち頂けないでしょうか? 王宮に取り次ぎますので」
「否とは言えぬのであろう?」
「はっ、ご理解頂き、感謝申し上げます」
ゼノとライは案内されるままに岩影の洞窟に入った。王族を招くには御世辞にも相応しい場所ではなかったが、仮宿にしては充分な広さと設備が揃っている。
差し出された茶は紅茶よりも赤く、鼻腔を刺すような刺激的な香りがした。決して質の良い物ではなく、素人が作った物だとわかる。おそらくここに詰めている役人の家族が作っただろう。
一口飲んで、ライは咳き込みそうになるのを押さえた。咽がひりりと痛い。
横目でゼノを見ると、日頃の高級茶と同様に、悠然と口に運んでいる。半ば呆れてゼノの姿を見ながら、ライはゼノの味覚は壊れているのではと疑心を持つ。
「これは、この辺りので採れる茶葉か?」
「ええ、はい。クルールに生える薬草で、体を暖め疲れを取ります」
「中々面白い味だ。後で少し別けてもらえるか?」
「はっ、喜んで」
他国の王族に誉められて、茶を運んで来た役人は頬を紅潮させながら最敬礼をした。
呆れるライの視線に気付くと、ゼノは首を傾げた。
「どうかしたか?」
「いえ、持って帰ってどうする気なんだろうかと」
ゼノは訝しそうにライを見た。
「私の近くに誰がいるか、忘れたか?」
「ああ」
言われて納得する。
そうだ、この人の傍には、抜群の腕を持つ料理人がいたのだ。ライは風の民の里を去る日のことを思い出す。
誰もがハンスに、もう一日だけでもと懇願し、引き留めた。その日の朝にハンスが焼いた菓子に、皆、骨抜きにされていたのだ。口に入れた者は誰もが顔を弛ませ、中にはその美味しさに涙する者までいた。
あのハンスにかかれば、どんな食材も美食へと姿を変えるのだろう。
「しかし、焦れったいな」
ゼノは洞窟の外を疎ましげに睨む。目前まで来ているのに、足止めを食らったのだ、無理もない。
王宮への連絡は呪具を用いれば短時間で済むが、王宮から従者を寄越すとなると、時間が掛かる。それでもこのまま木に向かえれば幸いだろう。
最悪の場合、王宮に足を運ぶように強いられかねない。
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