聖玉を継ぐ者 〜孤独な王子は柘榴を愛する〜

しろ卯

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二章

49.いつかきっと

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「だっせえ」

 涙が止まると、少年は呟いた。シャルは微笑んだ。

「そんなことないわ」
「俺、男だし」
「男の子だからって、辛いことがないわけないもの」
「名前、何ていうの?」
「シャル」
「ふうん。俺はヨハンっていうんだ」
「そう、良い名前ね、ヨハン」
「うん。シャルはさ、『中』に残してきた人、いないの?」

 シャルは少し躊躇ったが、正直に答えた。

「私、子供の時からずっと、一人だったから」
「ごめん」
「ううん。でも、大切な人はいるの」
「恋人?」

 シャルは苦笑する。
 そうでありたいと、何度も願った。そうはなれないと、何度も諦めた。

「そうではないけど、とても大切な人なの」
「会いたい?」
「とても」
「俺も、母さんに会いたい」

 言って二人は、しんみりと沈黙する。少しして、どちらからともなく笑いだした。

「だったら、生きないと」

 シャルの言葉を聞き、ヨハンはシャルを見つめ、頷いた。

「いつかきっと、救いの日が来るわ」

 そう、この状況を、ゼノが放っておくはずがない。不当な判決で王国を追放された者達を、救ってくれるはずだ。

「シャルは強いね」
「そうかしら?」
「うん。だって、こんな目にあってるのに、全然諦めてない」

 言われてシャルは答える。

「信じているから」
「その人を?」

 シャルは微笑みを返した。

「皆のことも、あなたのこともよ」

 翌朝、ヨハンの縄は解かれ、皆と共に朝食を食べていた。

「男って、単純よね」

 メアリがささやいた。
 彼女は半年以上、仲間に加わることを承知せず、鉄格子のはまる部屋に居続けたという記録を持っていた。


     ※


 暗闇の中に、悲鳴と怒声が響いた。
 目を覚ましたシャルは、二人の少女と共に、子供達を部屋の奥の隠し通路へ連れていった。
 怯える子供達を励まして、通路の中に一人ずつ進ませる。悲鳴と衝撃音は近付いてくる。

「怖いよ」
「大丈夫、さ、行って」

 シャルは怯えて抱き付いてきた子供を抱き締めると、隠し通路へと促した。
 足音が迫ってくる。
 扉が開き、見知らぬ男が入ってきた。

「先に行って」

 シャルはそう言うと、男の前に進み出た。壁に手を添えると、手の中にあった木の実に石力を込め、子供達との間に壁を作った。

「へえ、岩石使いか。そういうことされると、困るんだよね」

 舌打ちをする男の目が、怪しく光っていた。

「国王軍、ですか?」

 シャルはたずねる。

「ああ、そうさ。光栄に思いなよ。国王軍ギール大将の力になれるのだから」
「王子様も、いらしているのですか?」

 シャルの問いに、ギールの顔から笑みが消えた。

「僕があんなお飾りの、腰巾着になるとでも?」

 強い殺意と共に、ギールの指先から光る糸が走った。左半身に衝撃が走り、よろめく。
 ギールの口元が緩む。
 一瞬で、肩から先を切断され、奪われた。シャルは残った右手を胸にあてる。

「ゼノ」

 心の中で叫んだ。
 きつと顔を上げたシャルは、ギールを見据える。

「ここで暮らしている人たちは、外道ではありません。人を殺したりなんかしない。ただ精一杯、生きているだけなんです」
「黙れ。誰に向かって口を聞いている」

 ギールは五指の先をシャルに向けた。指先がきらりと光り、あの攻撃が来る。
 思わずシャルは目を閉じた。
 崩れ落ちる鈍い音が、部屋に響く。
 驚くことに、シャルはまだ立っていた。何が起きたのか確認するために、そっと開いたシャルの目に映ったのは、倒れて動かなくなっているギールと、見知らぬ黒髪の少年だった。

「あの」

 戸惑いながら、少年に声を掛ける。

「逃げ道は、あるのか?」

 逆に問われて、シャルは正直に頷いた。しかし、この場にいる者は、外道達か、外道を討伐に来た国王軍の兵のどちらかだ。
 少年の顔に見覚えはなかった。ならば、彼は国王軍、つまりギールの仲間だろう。逃げた者がいると知れば、後を追って殺すかもしれない。
 シャルは慌てて首を横に振った。
 少年はそれ以上は問いたださず、シャルを攻撃する気配も見せなかった。

「こいつらは異常だ。ここは適当に誤魔化すから、ガキ共を逃がせ」

 シャルは驚き、少年を凝視した。子供達の存在に気付かれていたことにも驚いたが、逃亡を促されるとは思わなかった。
 戸惑いを浮かべるシャルに、少年は言葉を続ける。

「いるんだろう? 声が聞こえた」

 少年の瞳は、心からシャルと子供達を気の毒がり、気遣っているように見えた。

「ありがとう」

 シャルは少年の心使いに謝意を述べた。彼が助けてくれなければ、シャルはギールに殺されていただろう。シャルだけではなく、先に逃がした子供達にも追っ手が掛かり、命を奪われたかもしれない。

「よせ、礼を言わなければならないのは、俺のほうだ」

 シャルは首を傾げた。
 少年に感謝される理由など、シャルにはない。

「あんただろ? ゼノ様の、大切な人」

 少年の口から出た名前に、シャルは目を見開く。

「あの対玉石、ゼノ様も持ってた」

 少年は地面に転がるシャルの腕に、視線を向けた。
 シャルの体から力が抜け、崩れ落ちそうになるが、何とか耐えた。

 なぜこの少年は、自分とゼノの関係を知っているのだろうか? ここに来ているのだろうか?
 聞きたいことは山ほどあるが、口に出すことはできなかった。
 ゼノが今もシャルを忘れず、対玉石を持っていてくれているという事実が、胸を満たし、言葉を紡ぐ空間さえも奪ってしまった。
 シャルの目からは、大粒の涙が溢れていた。

「この奥に、道が有るんだな?」

 シャルは頷いた。

「行け。ここは俺が誤魔化しておく。ゼノ様のために、生き延びてくれ」

 シャルはただ頷くことしかできなかった。
 ゼノは元気だろうか、幸せに笑っているだろうか。私はあなたのお陰で幸せだと、伝えてはくれないだろうか。
 様々な言葉が浮かぶが、何一つとして声にはならなかった。もっと、伝えなければならないことがある。

「あの」

 シャルは思いきって、口に出した。

「ここにいる人達は、『外道』ではありません。人を食べたりしないし、殺してもいないのです」

 少年は驚いてシャルを見たが、直ぐに視線を逸らした。

「ごめん。俺の力じゃ、助けられない」

 その言葉を聞き、シャルは外へ歩き出した。

「よせ」

 残った右腕をつかまれる。

「頼む、逃げてくれ。ゼノ様のために」

 ゼノの名前を出され、シャルはそれ以上、足を動かすことができなくなった。
 そう、死ぬわけにはいかない。ゼノにもう一度、会えるまでは。
 少年が放した手を、胸の石心にあてた。

「あの」

 言おうとしたが、声が出なかった。少年の姿も、霞に覆われていた。

「急げ」

 少年に促されるまま奥へ向かって歩き、自身が作った壁まで辿り着くと、少年を振り返った。 
 シャルは深く頭を下げた。

「ありがとう。助けてくれて、ありがとう。ゼノのことを教えてくれて、ありがとう」

 その思いを、口に出すことはできなかった。
 顔を上げると、少年の姿は霧の中に消えていた。強い目眩が襲う。
 シャルは壁に向き直ると手を触れて、壁に穴を開けた。その穴に体を入れると、穴をふさぎ、壁を更に厚く強固な物にした。

 もう、歩くことはできなかった。体がシャルの意思を拒絶した。
 子供達は逃げれただろうか? 他の仲間達は、無事だろうか?
 気にはなるが、シャルにはもう、彼らの無事を祈ることしかできなかった。
 意識は混濁していく。
 シャルは壁に背を預けると、そのまま岩の中に埋もれていった。

「ああ、対玉石を、取りに行かないと」

 だがすでに、シャルにはそれがどこにあるのか、探す術は失われていた。
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