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二章

33.身分違いの恋

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「ゼノ様は、収穫際というものをご存知ですか?」

 エリザの唐突な問い掛けに、ゼノは眉をひそめる。

「庶民のお祭りですよ。一度、行ってみたかったんです」
「勝手に行けば良いだろう?」

 横から口を出したライに、エリザは頬を膨らませた。

「そう簡単には行けませんよ。今までは従者が常に目を光らせていたのですから。でも軍の仕事ならば、父母も何も言えません」
「仕事? 祭りに行くのはお前の勝手で、任務じゃない」
「いいえ、民の安全を守ることが軍の仕事です。ですから祭りの最中に問題が起こらないように、私はゼノ様のお供で巡回に行くのです」

 さも明暗とばかりに胸を張る令嬢に、ライは頭痛を覚える。
 もっともらしく言うが、そんな任務は命じられていない。仮に命じられていても、大将職であるライやエリザが出張ることはないし、ましてや将軍自ら出向くなどありえない。

「お前なあ」

 肩をすくめて溜め息を吐くと、ゼノに振り向く。

「放っておけば良いですよ、下らない」
「下らないとは、何ですか? ゼノ様、庶民の習慣を学ぶことも、人の上に立つ者として大切なことだと思いませんか?」

 ゼノに進言するライに、エリザも負けじとゼノに詰め寄る。

「そうだな、行っても良い」

 少し間を置いて、ゼノは答えた。
 エリザは歓喜の声を上げる。
 ライはあからさまに顔をしかめたが、渋々同行を引き受けた。
 この世間知らずな王子と令嬢だけで町に行かせれば、民衆の問題を収めるどころか、この二人が問題を引き起こすだろう。
 ゼノと二人きりで出かけられると踏んでいたのか、エリザの視線がきつくなったが、ライには蚊ほどの影響もない。
 騒ぎにならないよう頭巾で顔を隠すと、ゼノの風で町へ向かった。

「あれは何ですか?」

 エリザに問われて、ライは溜め息混じりに説明する。

「大判焼きだよ。中に餡が入っている」
「あれは?」
「イカ焼きだ」
「不思議な形ですね」
「足を取っただけで、そのままだろう?」

 眉根を寄せて、ライは答える。目に映るのは内臓を取っただけの、イカの串焼きだ。

「からかわないでください。イカは魚でしょう? こんな形をしているはずはありません」

 この国でイカは珍しい食材ではないのだが、どうやらこの令嬢の前に辿り着いた時には、その姿を残していたことはないようだ。

「だったら違うものなんだろうよ」

 ライは逆らわない。問われれば答えるが、無理に理解させようという気はなかった。
 通りに並ぶ多数の店を、エリザは目を輝かせて覗く。しかし興味は抱いても何も買わず、食指を動かすこともない。

「手持ちがないのか?」
「失礼ですね」

 ライの指摘に、エリザは頬を膨らませた。

「金子なら有りますよ、ただ」

 エリザは店主を見やり、口ごもる。
 勘付いたライは、顔を背けて舌打ちをした。

 お嬢様育ちのエリザは、見慣れない食べ物を口にしない。行軍の最中でも、エリザのために用意された料理を食べ、野草や蛇、虫等は決して口にしなかった。
 クラムの話によると、上流貴族が入隊した場合には珍しいことではないらしい。しかしライや他の軍人達にしてみれば、気分の良いものではないだろう。

 蛇足だが、王子であり将軍であるはずのゼノは、初陣の折から他の兵卒と同じ食事を文句も言わずに食べていたという。これも彼が兵達から信頼される理由の一つだろう。

「あれも売り物ですか?」

 突然、エリザの表情が険しくなる。視線の先を追うライより早く、エリザは店に向かって歩き出した。

「いらっしゃい」

 店主は笑顔で出迎える。

「ずいぶんと質の悪い石ですね。屑石ばかりではないですか」
「おい」

 慌て駆け寄ったライが止めるが、エリザは店主に指を突き付けた。

「こんな質の悪い石を売り物にするなんて、詐欺ですよ」

 エリザの言葉に、店主は目を丸くしてエリザの顔を見る。周囲にいた人々も、驚いた目をエリザに向けていた。
 ライは片手で顔を覆うと、大きな溜め息を吐き出した。

「悪い、世間知らずなんだ」

 軽く謝ってから、店から遠ざけようとエリザの肩をつかむ。不快感を露わにしたエリザが抵抗するが、これ以上の問題はごめんだった。
 だが予想に反し、店主は破顔して二人を見比べる。

「ああ、貴族のお嬢様か。対玉石はご存知ないですよね?」
「対玉石?」

 聞いたことのない言葉に、エリザは問い返す。

「一つの石を二つに分けて作った、石の欠片ですよ。元は一つの石ですから、例え一時的に離れ離れになっても再び出会うことができるという、おまじないですよ」

 店主はにこやかに笑い、一組の腕飾りを差し出した。

「どうですか? お二人が離れ離れにならないように、持っていては」
「ふざけるな」

 即答したライより遅れて、エリザも店主の言葉の意味に気付いて否定する。

「私はこんな男、一時も早く縁を切りたいです」
「お前な」

 エリザの口を突いて出た言葉に、さすがのライも眉をひそめる。ライとて思ったことをそのまま口にする性質だが、低限の配慮くらいはする。
 二人のやり取りを見ていた店主は、大きく息を吐く。

「やっぱり、そうですよね」
「あ?」

 その言葉の調子に違和感を覚えて、ライは視線を向けた。

「いやね、昔、居たんですよ。仲の良い貴族と、みすぼらしい従者が」
「身分違いの恋、ですか?」

 若い女らしく目を輝かせたエリザに、ライは溜め息を吐く。先ほどまでの不機嫌は、どこに行ったのかと。
 ふと気付けば、ゼノの姿はない。
 エリザと違い、一人にしても問題を起こすことはないだろう。人混みではぐれるような間抜けでもない。お嬢様のお守に疲れて一人逃げたか、それとも何か気になるものでも見つけたのか。
 そんなことを考えているうちに、店主の話は終わったようだ。

「結局、巧くはいかなかったみたいだけどね。いつか対玉石が、再び二人を巡り合わせてくれるはずだよ」

 見れば店主の話に、エリザは膝を落とし真剣に聞き入っている。

「さ、お嬢さんも愛しい人に贈ってみてはいかがかな?」
「そうですね」
「まんまと引っ掛かるな、世間知らず」

 わかりやす過ぎる売り文句に、ころりと流された令嬢を目にして、思わず口から悪態が飛び出した。

「違いますよ、私の意思で買うんです」

 言い訳を口にするが、どう見ても騙されている。

「ちなみに、その主従が買ったのは、こちらの緑色の石の腕飾りだよ」

 店主は中々に商魂たくましいようだ。
 太い吐き出しながら店主が示した腕飾りをちらりと見て、ライは目を見張った。ゼノの腕飾りと、よく似た組み方をしている。

「私は緑より、紫の方が」

 ライの動揺には気付かず、エリザは紫の腕飾りを一組、購入した。

「誰に渡す気だよ?」
「あなたに教える必要はありません」

 つんと顔をそらしたエリザの頬は赤く、口元には笑みが浮かんでいる。
 ライは今夜吐き続けた溜め息を、もう一つ吐き出した。
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