続・聖玉を継ぐ者

しろ卯

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73.とつぜん背後から声を掛けられて

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「玉緋サマは踊らないのか?」

 とつぜん背後から声を掛けられて、玉緋は驚き振り向く。

「いつの間に? あれは簡単そうに見えて、難しいのよ。緋龍でも踊れるのは、緋凰兄様と蓮緋の他は、鳳緋姉様だけよ。緋鰉兄様も踊れるって聞いたけど、見たことはないわ」
「へー」

 だからセス王子の披露宴では踊らなかったのかと、ライは納得した。
 セスと蝶緋も揃って王族だ。

 ここに揃う客の多くは、セスたちの披露宴にも参加している。
 参加していなかったのは、王家から追い出された第二王子と軽んじた国から派遣された、国王や王族の代理である王族や貴族たちだ。
 彼らは揃って、苦い顔をしている。

 たとえセントーン国王から蔑ろにされていても、それを覆すだけの力をゼノ自身が持っているのだと、時間を追うごとに突きつけられる。
 けっして侮ることも、まして軽んじることなど許されない相手だったのだ。
 場合によっては、次期セントーン国王はセスではなく、ゼノになるかもしれないと、彼らはじくじたる思いに拳をわななかせた。
 二曲目の演奏が終わると、中央にいた二組は鳴り止まぬ拍手の中、玉緋の元に戻ってきた。

「戻っていたのか?」
「ずっといましたけど?」

 問われたライは、表情を変えることなく返した。
 厨房に忍び込んでいたなど、軍規に違反する。ゼノに咎める気がないと知っていても、大将として隠蔽すべきことだろう。

「まあ良い。他に見つかるなよ」
「何のことですか?」

 悪気の欠片も見せずとぼけるライに、くすりとシャルが笑みを零せば、蓮緋も扇で口元と隠して肩を震わせている。緋凰もふっと口角を上げ、

「やはり惜しいな。緋龍に来ぬか?」

 と、引き抜きをかけた。

「そういう冗談はお勧めしませんよ?」
「冗談ではない。緋斬に勝てば、将軍の座に就けても良いぞ? 王家とのつながりを望むなら、妹どもの中から好きに選ぶと良い」
「ちょっと、緋凰兄様?」

 とっさに止めに入った玉緋の他は、あ然として緋凰を見つめている。
 周囲で彼らの話に耳をそばだてていた者達も、目を剥いて緋凰とセントーンの大将を見比べていた。
 大国の皇帝を凝視するなど不躾であるが、驚愕にそれすらも忘れてしまっているようだ。

 他国の王族貴族たちが、いったいどれほど優れた武将であろうかと好奇の視線を注ぐ一方で、セントーンの貴族たちは困惑の眼差しをさ迷わせる。
 なにせ彼は、平民以下の身分から成り上がった、セントーン国軍の恥とまで囁かれている存在なのだから。

 呆気に取られていたライの口元が緩む。

「俺は今のところ、そういうのには興味ないですから」
「では興味が出たら、いつでも声を掛けろ」

 無礼な物言いを咎められるかと思えば、重ねての打診。これ以上無い高評価に、皆が目を瞠る。
 セントーン国内の貴族たちの脳内は、めまぐるしく思考をめぐらせる。ゼノとライへの対応を、考え直す必要がある。
 国王らからの不興を買わない程度に、されどゼノとライ、ひいては左軍を盛り立てるように。

 際どい綱渡りだ。
 しかしそれを渡り切れば、他の貴族たちを出し抜き、大きな権力を手に入れられるかもしれない。
 水面下に、新たな勢力が生まれようとしていた。


 婚礼の披露宴も終わると、将軍寮には静けさが戻った。
 本来ならば、新郎新婦が静かに過ごす時間が与えられるはずだが、シャルとゼノには、この時間を利用してやらなければならないことがある。

「きっと上手くいく」
「はい」

 ゼノはシャルの手を握り締め、額に口付けた。そしてシドと待ち合わせた、果樹園に建つ東屋へと向かう。
 そこで待っていたのは、二人の男。

「来たね。そんなに怖がらなくても良いよ。失われた秘術に関しては、すでに解決済みだ。後は聖玉にどれだけの力が残っているかだけだから」

 目の下に隈を作りながらも、シドは楽しそうに二人を迎えた。

「世界中を探し回ったというのに、全てがこうも身近に揃っていたとは。喜ぶべきか、嘆くべきか。いや、最高の気分だ。しかも我が弟の手によって伝説に終止符が打たれるとは、嘆かわしくも感慨深い」

 同席していたエラルドは、シド以上にやつれた顔をしながらも高揚を隠そうともしない。ぎらぎらと光る眼に、シャルは思わずゼノの後ろに隠れた。

「すでに将軍の聖玉は準備ができている。後は君たちの持つ聖玉だけだ」

 シャルの胸にある石心から王の聖玉が、柘榴の体から王妃の聖玉が取り出される。二つの聖玉が手から離れると、シャルは柘榴へと姿を変えた。
 その姿を痛ましげに見つめるゼノの肩を、シドは軽く叩く。

「もう少しの辛抱だ」
「ああ。頼む」
「任せとけ」

 気心知れた乳兄弟は、目を合わせることもなく言葉を交わすと離れていった。
 東屋から離れた所で、シドは足を止める。

「良かったのかい? 立ち会わなくて」

 木々の陰から現れたのは、ハンスとライだった。

「すでに俺に聖玉はありません。彼女は俺を兄とは認識できませんから」

 寂しげに、ハンスはほほ笑む。それから、

「どうか、殿下と妹をよろしくお願いします」

 と、頭を下げた。
 一方のライは、気だるそうにそのやり取りを眺め、首筋を掻いた。

「どうせすぐに元通りになるんだろう? 移動中に聖石が傷付いたら洒落にならないからな。護衛だ」

 眉根を寄せながら申し出る。

「これは身に余る待遇ですね。国軍大将にして、緋龍から引抜が掛かるほどの御仁に護衛していただけるとは」
「言ってろ」

 ぶっきらぼうに言い捨てると、シドとエラルドを護るように、ライは歩きだす。
 三人の後ろ姿を、ハンスは深々と頭を下げて見送った。
 一切の緊張感を与えることなく、しかし一寸の隙もないライを相手に、聖玉を傷付けられる者はいないだろう。
 もっとも、ここに伝説の聖玉があるなど、誰も思いつきもしないだろうが。

 神官宮へと辿り着くと、すぐさまシドの研究室へと向かう。そして――



「分かっていたことだが、分かっていなかったのかもしれない」

 腕を組み、顔を苦くゆがめたライは、苦々しくこぼした。

「ライ大将も、そろそろ腰を落ち着けたらどうですか?」

 差し出された焼き菓子は小さくはなかったが、ライは一口で頬張った。香辛料が利いた、甘みの少ない菓子だ。

「今は甘い菓子は、あまりお食べになりたくないかと思いまして」
「まったくだ」

 いつもどおりに話している口調だが、ハンスとライの目は、どこか遠くを眺めていた。
 目の前で繰り広げられているのは、甘い新婚生活。
 幼くして愛し合い、長く引き裂かれた運命の二人が、ようやく結ばれたのだ。仕方ないとは思っていても、近くにいる者はたまったものではない。

「ライ大将はまだいいですよ。ご自分からここに足を運ばなければ良いのですから。将軍寮に勤めている使用人達なんて」

 と、死んだ魚のような目になっていくハンスに、ライも同情を禁じえない。
 口端を痙攣させながら、哀れみの視線を向ける。
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