続・聖玉を継ぐ者

しろ卯

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69.セントーンの王宮で

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 セントーンの王宮で、シャルは国王並びに王妃、そしてセスと蝶緋に対面していた。

「クルールから参りました、シャルでございます」

 事前に教わった通りの文句を奏上するが、国王と王妃は始終無言だった。歓迎されていない事は承知していたが、心が傷んだ。
 自身が歓迎されていない事よりも、国王が息子であるゼノの婚礼を喜んでいない事が辛かった。

 挨拶が終わると、シャルは王宮の一室に案内される。
 すぐに将軍寮に移されるだろうという予測を聞いていたので少し動揺したが、広い部屋に一人留まった。

「大丈夫ですよ」

 侍女に声を掛けられ、シャルは曖昧に微笑む。
 嫁入り前で緊張しているのだろうと、気を使ってくれているのは嬉しかったが、シャルの心配は他にあった。
 ここで夜を過ごせば、彼女の正体が露見してしまう。
 だが侍女は、そんなシャルの心を見透かしていた。

「ゼノ将軍から承っています。眠ると樹に護られるのでございましょう? 夜は誰も近付けませんし、他言もいたしません。外にお連れする事はできませんけれど、植木鉢も運んでおきましたから、安心してお休みください」

 シャルは瞬いた。
 改めて部屋を見回すと、大きな桃の植木があった。
 観賞用の植物だが、シャルの石能を使えば桃の木を小さくし、空いた場所に自身の根を下ろす事が出来そうだ。

「ありがとうございます」

 シャルは礼を言い、植木鉢に近付いてみる。ゼノの心配りが嬉しい。

 結局、シャルが王宮で過ごしたのは三日だけで、その後は将軍寮に移された。
 将軍寮に移っても、表向きは部屋から出ず、身の回りの世話も侍女が行う。
 とは言え将軍寮に花嫁の世話を任せられる程の女手は無かったため、急遽、小白から回してもらった。

「シャル、戻ったか」
「ゼノ」

 一月ぶりの再会を、シャルとゼノは喜ぶ。
 その日の夕食は、シャルの好物が並んだ。ハンスが腕を奮った事は一目瞭然だった。
 久し振りにシャルはくつろぎ、熟睡することができた。

「やはり、時間は無いようですね」

 柘榴の前で、ハンスは呟いた。

「ぎりぎりだったか」

 ライの言葉にハンスは頷く。
 ゼノはただ、柘榴の樹を見つめていた。

「どうか、妹を幸せにしてやってください」
「無論だ」

 シャルが緋龍に滞在している間に、ハンスはゼノとライに全てを話した。
 古の王と風の民の真実、そしてシャルを救う方法。
 ゼノは幾度もシドの元へ赴き、最善策を探った。だがすでに失われていた術だけに、シドにも完全な予測はできなかった。
 全ては行ってみなければ、分からない。

 翌朝、シャルの部屋に玉緋が訪れた。

「良かった。元気そうで」
「ありがとうございます。緋龍の皆さんが、玉緋様に会いたがっておられましたよ」
「特に兄様が、でしょう?」
「ええ」

 言って二人はくすくすと笑い合った。

「クルールは遠国だからってことで、式はまだ先になりそうだって蝶緋から報せがあったの。だから来たばかりだけど食べて。少しは上達したと思うのだけど」

 頷いたシャルを伴い、玉緋は庭に出た。
 本来は部屋から出てはいけない仕来たりのため、窓から出る事になった。こういう時のために、部屋は一階に宛がわれていたのだ。

「シャルが寝ている間は、私が部屋にいるから。もちろんゼノに色目を使ったりはしないから安心して」

 シャルはくすくすと笑いをこぼした。言われずとも、玉緋がそのような女で無い事は承知している。

「さあ、食べて」

 庭園に置かれていた机には、器が一つ用意されていた。
 シャルは自然と表情が硬くなるが、ゆっくりと近付いていく。おそるおそる器の中を覗くと、驚く事に料理らしき物が入っていた。

「ハンスの師匠さんに教えてもらったの。お手本は、もっと美味しそうだったのよ? 味も今まで食べた物の中で一番だったわ。でも」

 と、玉緋は器を見た。
 以前の玉緋の料理を知る者ならば、その上達ぶりに驚くところだが、初めて見る者は顔をしかめるだろう。
 何の料理なのかは、シャルにもさっぱり分からない。
 それでも嫌悪感は抱かない外見となっていた。

「いただきます」

 シャルは机の前に座ると、笑顔で箸を取る。
 口に入れると衝撃的な刺激が脳まで走ったが、見た目同様に、以前より和らいでいた。
 口の中の不思議な食べ物を飲み込むと、シャルは意識を失う。
 手足が樹皮で覆われ伸びていく。少女の姿が消え、一本の柘榴がたたずむと、木立の影から二つの影が現れた。

「少しは良くなると良いんだけど」

 泣きそうな笑顔を作る玉緋に、ゼノもハンスも小さく笑みを返す。

「玉緋殿は、充分過ぎるほど助力くださっている」

 ゼノは柘榴の幹を優しく撫でた。

「大丈夫ですよ。玉緋様は本当に頑張ってくださいました。俺がお教えした料理なんかより、ずっと手が込んでいるのに、何となく料理に見えます」
「それって褒め言葉なの?」

 眉を寄せた玉緋は、じとりとハンスを睨む。
 本気で怒っているわけではないが、素直に受け入れられる言葉でもない。

「そうですね。俺はまだ未熟だと思い知らされました」
「私を誉めているのじゃなくて、師匠さんを賞賛していたのね」

 納得したように、何度も首を上下に動かす。
 そんな玉緋を見て、ハンスは小さく笑んだ。

「元王宮料理長か。あれほどの腕を持ちながら、市井に下るとはな」
「けれどそのお陰で、今度の婚礼披露の食事は最上のものになるはずです」

 ゼノの言葉に、ハンスは自信を持って答えた。

「緋龍は優れていると思っていたけど、料理に関してはセントーンに軍配を上げざるをえないわね。でもこれだけの料理人を手放せるなんて、王宮の料理って想像もつかないわ」
「正直申し上げれば、今は将軍寮で用意する料理の方が上です」

 玉緋の疑問にも、ハンスは迷わず答える。

「それで国王は怒らないの?」
「俺も料理長も、自ら望んで辞めた訳ではありませんから。叱責を受ける筋合いはありませんよ」
「何ヘマしたのよ、あんた達」

 じとりと視線を向けられて、ゼノは苦しげに睫を振るわせた。しかし張本人であるハンスは、快活に笑う。

「俺も料理長も、元々王宮の厨房に勤める資格は持っていなかったんですよ。巧い具合に潜り込めただけで、露見すれば立ち去るしかありません」
「美味しい料理が作れるだけじゃ駄目なの? まさか刺客だったとか?」
「御冗談を」

 飛躍した玉緋の言葉に、ハンスは目を大きく開けた。

「もっと単純な話ですよ。料理人の実技試験の前に、書類で落とされる程度のね」

 ゼノはハンスを見た。
 ハンスという名は、彼の本当の名では無い。シャルをハンスの妹のアリスとして神官にしたが、本物のアリスは別に居る。
 王宮は、身元が確かな者しか雇わない。

 そう、ハンスは本来ならば、王宮に存在するはずがなかったのだ。
 元料理長に関してはゼノは知らないが、やはり出自に何らかの問題があったのだろう。

「巧く回っている。一つ歯車が狂っていれば、私とシャルが共に暮らすなど、永遠に叶わなかっただろう」

 そっと柘榴に触れるゼノに、ハンスと玉緋も頷いた。

「そうね。私だって本来は、嫁ぎ先が決まるまでは緋龍にいたはずだもの。これ程長い期間を私事で他国に留まる事になるなんて、想像もしてなかったわ」

 ゼノは空を見上げる。

「天が味方してくれたのやもしれぬ。シャルを生かすために」

 ハンスと玉緋も、黙って空を見た。雲一つ無いその空は、蒼く輝いていた。
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