続・聖玉を継ぐ者

しろ卯

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63.正気に戻ったゼノは

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「あ、あれをシャルは食べたのか?」

 正気に戻ったゼノは額を押さえ、柘榴となって眠るシャルの元へふらふらと近付いていく。
 そんな主を眺めながら、ライは団子を口に放り込む。匂いは強いが、ハンスの作った食べ物に疑念は無い。
 刺激的な香草が口に広がり、ライは少し顔をしかめたが、噛み砕くと柑橘系の香りが中和して、口の中に爽やかな風を呼んだ。

「ところで、なぜ玉緋様まで?」
「ああ、自分で味見した方が、腕が上がるんだろ?」

 ハンスはライを見つめた。
 困惑と疑問が顔を彩っている。思考を読ませないハンスには、珍しい光景だ。
 それほどまでに、衝撃が大きかったのだろう。

「妹に聞いたんだよ」
「そうですね。普通はそうですが」

 頷きはしたが、ハンスはぎこちない。

「シャル、辛い思いばかりさせてしまって済まぬ」
「事実ですけど、玉緋サマが目え覚ましたら、言わない方が良いですよ」

 柘榴を撫でて慰めているゼノに、ライは指摘する。
 さすがにその台詞を本人の耳に入れるのは、気の毒に思えた。

「飲み込んではいませんよね?」

 玉緋を見たハンスは確認する。

「ああ、取り出した」
「以前食べた時にも思ったのですが、食材の構造から変わっていますね。材料の味も匂いも消えて、別の物になっています」

 改めて玉緋の料理を見ながら、ハンスは解析した。

「新生物の製造で合ってたんだな」
「ええ、まあ」

 相槌を打ちはしたが、ハンスの表情は複雑だ。
 玉緋を気遣っていたように見えたライだが、言っている事はゼノよりも酷い。

「殿下、いつまで落ち込んでいる気ですか?」

 問われてゼノは顔を上げる。昨夜のハンスの言葉を思い出し、今一度柘榴を撫でると、東屋に戻った。

「玉緋殿の具合は?」
「まだ気を失ったままですね」

 ライは苦笑する。

「いつもこの様な衝撃的な味だったのだろうか?」
「まあ」

 ハンスは苦笑で応じた。

「これって本当は、何になる予定だったんだ?」

 皿の上に蠢く触手をしげしげと観察していたライは、素朴な疑問を口にした。何の料理か、さっぱり見当もつかない。

「桜餅です」

 ハンスの答えに、ライは触手を凝視する。

「色か」

 触手は仄かに桜色で、それが禍々しさを際立たせている。

「餡作りから頑張ったんですよ?」
「どこに有るんだよ? 餡」

 触手の塊を持ち上げたライの顔から、血の気が引いた。そっと皿に戻すと、何も言わずにハンスの作った団子を口に入れる。
 ゼノとハンスは、決して見てはいけないのだと、強く悟った。

「お目覚めですか?」

 むくりと上体を起こした玉緋に、ハンスは声を掛ける。
 悪夢を見た後のように、玉緋は荒い呼吸で目を見開いていた。

「お一つどうぞ」

 差し出された団子にびくりと体を震わせたが、ハンスの顔を見て受け取った。
 口に含んで一度動きを止めたが、噛み締めると表情が和らいだ。ゆっくりと口を動かし、それから喉が動く。
 定まらぬ視線で宙を見つめていた玉緋は、深い溜め息と共に、顔を膝の上に乗せた腕の中に埋めた。

「私の料理って、こんなに不味かったのね」
「今更そこか?」

 落ち込む玉緋へ放たれたライの言葉を聞きとがめ、ハンスはライを突付く。
 腕の中から顔を覗かせ玉緋は睨むが、ライは気にしない。

「自分で食べたことは無かったのよ。美味しくないんだろうなとは思っていたけど、シャルに悪いことをしてたわね」
「そういう石能ですから、仕方ないですよ」

 ハンスは励ますが、玉緋は顔を埋めて動かない。

「まあ、良かったんじゃねえの? 料理しなくて良い身分だったんだから」
「うるさいわね」
「大体、食えば何日か意識が飛ぶんだ、不味くても一緒だろう?」
「あんたね」

 なぐさめているようで全く救いになっていない言葉に、玉緋は苛立ちを募らせる。

「だが、それで良かったのかもしれぬ」
「ゼノ?」

 思いがけず参戦してきた声に、玉緋は眉をひそめて窺い見る。

「もし玉緋殿がハンスのような料理を作れば、誰もが玉緋殿の石能を欲しがり、いずれ玉緋殿も損なわれるやもしれぬ。恩恵を受ける側に制約が加わる事は、玉緋殿にとっては良かったのではないか?」

 一同は柘榴を見た。
 自身を損ないはしても、癒される側に何の制約も与ることなく、相手の傷を癒す石能。
 使う程に消耗していくが、彼女の能力を誰もが欲する。守護者がいなければ、損なわれ続ける運命。

「そうね。私は恵まれているのかもしれないわね」

 玉緋は息を吐き出すと、立ち上がった。

「ねえシャル。私、絶対にあなたを治してみせるわ。それと、もう少し美味しい料理を作れるようになるから」

 決意を込めて優しく微笑み、柘榴を見上げる。
 緑の葉に陽光が注ぎ、きらきらと輝いていた。

「無理だな」
「あんた、本当に失礼ね」

 雰囲気を壊す男の言葉が容赦なく注がれ、玉緋は怒り体を震わせる。
 言い合う玉緋とライに、ハンスは苦笑する。

「ハンス、先日の話だが、シャルを想う人間は私だけではないようだ。私一人でも守っていくという気持ちと覚悟に、偽りはない。だが皆がいる時は、共に守っていきたい。それではいかぬか?」

 ハンスはゼノを見つめた。
 常に一人で気張っていた少年は、人を頼ることも覚えたようだ。
 表情を和らげたハンスは、まぶたを伏せ口角を上げる。

「それで良いと思います。俺もあの娘を見守っていきたいですから」

 きらめく柘榴の葉を、柔らかな眼差しが見守っていた。

「おはようございます、小鳥ちゃん。気分はどうですか?」

 十日ぶりに目覚めたシャルは、その声に飛び起きて目眩を覚えた。

「駄目ですよ。急に起き上がっては」

 優しく声を掛けながらシャルの体を支えるハンスは、兄の面影を取り戻していた。

「おかえりなさい、兄さん」

 その笑顔を目に映し、ハンスはシャルの頭を優しく撫でる。

「傍を離れたつもりはありませんが」
「でも」

 言葉が滑り出る前に、ハンスはシャルの口元に生菓子を押し付けた。驚きながらも、シャルは口を開けて菓子を受け入れる。
 優しい甘みが口の中に広がっていく。

「ハンスは嫌いですか?」

 答えるために、シャルは歯を立てる前に溶けていった生菓子を飲み込んだ。

「そんなことはないわ。良い人だと思う。でも彼は」

 ハンスはもう一つ、生菓子をシャルの口に押し付ける。自らも手に取り、食べた。
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