続・聖玉を継ぐ者

しろ卯

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62.強い眼差しのシャルに

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「俺の言い方が悪かったですね、すみません。彼が自身と引き換えにしても、あなたを守ろうとしている事は事実です。けれどそれは最終手段。他にあなたを救う方法があれば、そちらを選ぶでしょう」
「私は兄を犠牲にしてまで、生きたいとは願いません」

 強い眼差しのシャルに、ハンスは深く息を吐く。
 その選択は、王も彼女の兄も、望んではいない。

「とにかく、今はあなたにできる事をしましょう」
「私にできる事?」

 シャルは小首を傾げ聞き返す。
 ハンスは頷く。

「ええ。玉緋様の料理を食べて、少しでも体を癒すことです。損傷が少なければ、それだけ延命に必要な力も少なくて済みます。誰も失わずに済むかもしれません」

 じいっと見つめる瞳に、ハンスは笑顔を見せた。

「俺だって、彼を失いたくなどありません。だってそうでしょう? 二十年以上、一緒だったのですから。こうして一時的に離れている状態でさえ、喪失感が拭えないのですよ?」

 ハンスはわざとらしく眉をひそめる。
 そのおどけた表情に、シャルは肩の力が抜けた気がした。

「私も、ごめんなさい」

 理由を促がすように眉を上げたハンスに対し、シャルは言葉を探す。

「ハンスさんも兄さんの事を心配してくれていたのに。私のことも想ってくれていたのに」

 うつむいてしまったシャルの指が、茶器を強く握り震える。

「俺は彼がどれ程あなたを愛していたか、知っています。あなたがどれだけお兄さんを慕っていたのかも。だから彼を信じましょう。小鳥ちゃんを悲しませるような決断は選ばないと」

 顔を上げたシャルはハンスを見つめ、それから頬を紅潮させた。

「はい」

 ようやく笑顔を取り戻したシャルを見て、ハンスも破顔した。
 それから二人は、冷めてしまった朝食に手を伸ばした。



 玉緋の手料理を前にして、シャルは意気込んでいた。
 得体の知れない触手が蠢く姿に、ゼノもハンスも息を飲んだが、シャルは果敢に挑もうとしている。

 幾度かの実験から、玉緋の石能は料理の難易度によって、治癒力に差が出る事が分かっている。
 今まで何とか食べられそうな物を選んでいたのだが、シャルの希望で、ハンスは玉緋に少し凝った料理を手解きした。
 そして出来上がった料理が今、シャルの目前に置かれていた。

 一目見た蓮緋は、あまりの衝撃的な姿に失神してしまったため、この場にはいない。今は客間に運んで休ませている。

「シャル、これはやめた方が」
「だ、大丈夫」

 顔を真っ青にしたゼノが止めるが、シャルは玉緋の料理から逃げない。

「俺も流石に殿下に賛同します」

 言ったハンスを、シャルはきっと睨む。
 シャルの覚悟にハンスは息を吐き出すと、シャルの頭に柔らかく手を添えた。

「分かりました。頑張ってください」

 シャルは頷くと、触手の塊を口に押し込んだ。
 見る間に涙が溢れてきたが、シャルは必死に噛み、飲み込んだ。喉が動き、胃へと落ちていく。
 目の前がぐるぐると回転し、シャルの意識は落ちていった。

「小鳥ちゃん」
「シャル」

 ハンスとゼノは悲痛な面持ちで彼女の名を呼び、駆け寄るが、彼らの手が触れる前に、シャルの体は柘榴へと姿を変えていった。

「呪いだな」
「失礼ね」

 唐突に現れたライに、玉緋は抗議する。

「得体の知れない蟲を食わされて、食った途端に木に変わる。誰がどう見ても呪いだろ?」

 冷静な意見に、玉緋も口を閉じた。
 木に変わるのはシャルの能力であり、玉緋のせいではないのだが。

「しかし厨房のやつらが泡吹いてるわ、白目剥いてうわ言を言ってるわだったんで、玉緋サマが何か作ったんだろうとは思ってたが」

 皿の上で蠢く触手を、ライはしばし眺める。

「最強だな」
「うるさいわね」

 耳まで赤くした玉緋は、ライに怒鳴った。さすがに今回は、自分の料理の異常さを受け止めざるを得なかったようだ。

「しかし、何をどうしたらこうなるんだ?」
「俺にもさっぱりです」

 問われたハンスは困惑気味に苦笑する。
 ライは触手を一本摘まみあげると、口に含んだ。

「ライ大将?」

 驚く一同の前で、ライの眉間にしわが刻まれる。

「くそ不味い」

 言うなり吐き出したライに、玉緋の顔色が変わった。

「な、何よ。そんなの見れば分かるでしょ? わざわざ口にして吐き出さなくてもっ」
「阿呆か?」

 体を震わせる玉緋の額を、ライは指先で弾く。

「お前の作った飯を飲み込んだら、何日も眠ることになるだろが? 俺はそんなに暇じゃないんだよ」
「ああ、そうですね」
「なるほど」

 ライの言葉に、ハンスとゼノは得心したように頷いた。

「気を失ってしまうからと味見を避けていましたが、そういう方法があったんですね」
「うむ。飲み込まなければ問題はない訳か」

 言うなり、二人は触手に手を伸ばした。それぞれ一本ずつ摘まみあげると、口に含む。
 だがしかし、ゼノはそのまま硬直し、ハンスは膝と両手を突いた。
 二人とも顔が真っ青を通り越して土気色に染まり、目が見開いている。

 救いを求めるように伸ばされた手に、ライは溜め息を吐きつつ、水の入った器を渡してやった。
 口をすすいだハンスはよろよろと立ち上がると、厨房へと向かって歩いていく。
 ゼノのほうは一見すると平素の状態に戻ったようだが、心ここにあらずだ。

「何よ、三人とも」

 目に涙を滲ませ、呻くように声を出した玉緋の前に、ライは触手の乗った皿を差し出す。

「自分の作った料理を食べてみるのも、上手くなるコツだとさ」

 涙目でライを睨み見上げた後、玉緋も触手を口に含んだ。その瞬間、彼女は白目を剥いて倒れた。
 ライは倒れる玉緋が地面に打ち付けられないように、受け止める。それから口の中に指を突っ込み、触手を取り出しておいた。
 東屋の長椅子に玉緋を横たえ、茫然と立ち尽くすゼノをどうしようかと思案するライの視界に、ハンスの姿が戻ってくる。

「さあ殿下、これを」

 持ってきた皿の上から団子をつかむと、ハンスはゼノの口に押し込んだ。
 とてもではないが、臣下が王族に対して取る行動ではない。ずいぶんと乱雑な扱いだ。
 ライはあ然としながらその様子を見守るが、ゼノの肩が一瞬跳ねると、その目に光が戻って来た。

「ライ大将もどうぞ」
「あ、ああ」

 団子を摘まんだライは、匂いを嗅いでみる。
 数種類の香草の匂いが強く鼻につく。
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