続・聖玉を継ぐ者

しろ卯

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60.クルール国からセントーンに

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 クルール国からセントーンに、第二王女をセントーン国第二王子に嫁がせたいとの使者が訪れたのは、その三日後だった。
 以前クルール国から柘榴を都合した事はあるが、国交のないクルールからの申し出に、国王は眉をひそめた。
 だがセスの助言と緋龍の動きを警戒した結果、この話を受けることとする。

 柘榴から人の姿に戻ったシャルを、ゼノは喜びを顕わにして抱き締めた。

「父上から許しが出た」

 シャルは顔を上げ、ゼノを凝視する。涙が頬を濡らした。

「ゼノ」

 涙ぐむシャルの頬に指を添え涙を拭うと、ゼノはもう一度強く抱き締める。
 叶うはずの無い願いと、何度も諦め、封じてきた想いがあふれ出すことを、もう止めることなどできなかった。

「シャル、愛している」

 腕の中で頷くシャルのぬくもりを感じ、ゼノの心は愛しさで満ちていく。
 けれどシャルはゼノの体を押し、身を離した。

「ゼノ、私、伝えないといけない事があるの。私の体はもう、」
「知っている」
「ゼノ?」

 予想していなかった答えに、シャルは目を瞠る。

「それでも、いや、だからこそ、最期の時まで傍に居させてほしい。我儘だと分かっている。だがもう、離れる事に耐えられそうにない」
「ゼノ」
「頼む」

 強く真っ直ぐに向けられた、燃えるような赤い瞳。

「ゼノ」

 瞼を落とし首肯したシャルを、ゼノは抱き締める。ゼノの指がシャルの柔らかな肌に食い込んだ。
 シャルもまた、ゼノの背に手を回し抱き締め返す。

「ゼノ、私が死んでも、悲しまないで。私は幸せだったから。ゼノに会えて、ゼノと一緒にいられて、とても幸せだったから。だから、ゼノは悲しまないで次の幸せを見つけて」

 ゼノの腕の中で、シャルは微笑みを浮かべていた。ゼノはただ、シャルを引き寄せた。
 しばらくして心が落ち着くと、ゼノはシャルを抱き締める手を弱めた。

「まだ時間はある。諦める気は無い。だが後悔もしたくない。望みがあれば何でも言ってくれ。必ず叶えてみせる」
「私の望みは一つだけよ。ゼノが幸せである事」

 微笑むシャルに、ゼノも微笑む。

「それならば、もう叶っている。私はそなたが傍に居てくれるだけで、充分幸せだ」



「殿下、少し宜しいですか?」

 その深夜、ゼノの寝室にハンスは忍び込んだ。

「構わぬ」

 寝台から体を起こしたゼノは、椅子を勧める。

「一つ、確認しておきたいことがありまして」
「言ってみよ」
「この先、御一人でもシャルを守り切ると誓えますか?」

 瞳の奥まで凝視してくるハンスに、ゼノも真剣な面持ちで見返す。

「無論だ」
「何があっても、誰が相手でも?」

 重ねて問うハンスに、ゼノは息を吐く。

「余程信頼されておらぬらしい。無理も無いが」

 守ると誓いながら、何度もシャルを守りきれなかったゼノを、ハンスは見てきている。

「誓おう。世界を敵に回しても、シャルを守ると」

 じいっと見つめたまま、ハンスは何も言わない。
 沈黙が夜の闇に走る。

「あの子の望みが何か、理解しておられますか?」

 ようやく暗闇に音が戻った。

「今日、聞いたばかりだ。シャルは私の幸せを望むと。そして私の幸せは、シャルと共にあることだ。ならばシャルの望みは、私と共にあることになる」
「あなたと共にあれば、シャルは傷付く事も多いでしょう。手放さずにいられますか? あの子が傷付く姿を受け止める覚悟が、殿下には有りますか?」

 ゼノは黙した。
 シャルが傷付き、悲しむ姿を見る事は、己の身を切り裂かれる以上に辛い。だがハンスの言う通り、共に歩めば嫌でもその姿を見なければならないだろう。
 どれだけの災厄を振り払おうとも。

「受け止めると誓おう。彼女の苦しみも悲しみも」

 ゼノはハンスを、強い眼差しで見つめた。
 しばらくゼノの瞳を見つめていたハンスの表情が和らぐ。すると椅子から立ち上がった。

「ハンス?」

 窓を開けて足を掛けたハンスは、そのまま部屋を出ていった。
 ゼノは窓辺に行き外を見る。
 ハンスはゆっくりと歩き去って行くが、それはシャルの眠る小屋の方向では無く、将軍寮の門へと向かっていた。
 どこへ行くのか気にはなったが、ハンスの行動に口を出す気にはならず、ゼノは窓を閉めて寝台に戻った。

 ハンスはそのまま歩き、神官宮へと入っていく。

「夜分に申し訳ありません」

 部屋の中に現れた人の気配に、目覚めたシドは警戒したが、声を聞き瞬いた。

「驚いたな。何の用だい?」
「神官長様に、お頼みしたい事がありまして」
「へえ? 今度はどんな対価を支払ってくれるんだい?」

 シドの言い回しに、ハンスは苦笑する。
 シャルとゼノの婚姻に協力させるため、ハンスは風の民を一人、彼に紹介していた。

「何も。けれど神官長様は、対価を求めず引き受けてくださるでしょう」
「冗談。僕はそこまで御人好しじゃない」

 欠伸をするシドの前に、ハンスは掌を差し出す。その上には、黄金色に輝く聖石が乗っていた。
 瞬時にシドの目の色が変わり、寝台から飛び降りる。聖石に目がくっ付きそうなほど顔を寄せて凝視した。

「凄いな。黄金色の聖石なんて初めて見た。どこで手に入れた?」

 目を輝かせて聞くシドに、ハンスは薄く目を閉じる。

「聖玉です。正確には、聖玉の欠片と言った方が良いでしょう」
「聖玉? 実在していたのか?」

 信じられないという風に目を瞠り首を振るシドに、ハンスは言葉を続けた。

「聖玉は、古の王の聖石を意味します。しかし王の聖石は、三つに分かれました。神官長様にお頼みしたい事は、別れた聖石を、一つに戻して頂きたいのです」

 聖玉を見つめていたシドは顔を上げた。

「それはつまり、残りの聖玉も、君の手中に有ると受け取って良いのかい?」
「いいえ。俺の手元には有りません」

 静かに首を振るハンスを、シドは怪訝な顔付きで見つめる。しかしすぐに口許を緩めた。

「所在はつかんでいる訳か。良いだろう。君の思惑通りに動くのは癪だが、これはこちらが対価を払ってでも引き受けたい案件だ。触れても良いかい?」

 覗き込むシドの視線を、ハンスはまぶたで遮った。

「どうぞ」

 シドは注意深く聖玉を手に取ると、燭台の近くに移動する。透かし見ては探るように触れた。

「美しい。そして強大な光。ああ、これ程の至福に出逢えるとは」

 興奮するシドを、ハンスは静かに眺める。
 ひとしきり聖玉を堪能したシドは、急に静かになり、聖玉をじっくりと観察し始めた。
 初めは違和感、そして疑念へと変わり、驚愕を以てハンスへと視線を移した。
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