続・聖玉を継ぐ者

しろ卯

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57.姉妹の提案で

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「そうだわ。蝶緋に相談してみたらどうかしら?」
「そうね。最近のセスの様子を聞くだけでも、良い打開策が見つかるかもしれないわ」

 姉妹の提案で、蝶緋に将軍寮に来てもらうよう、連絡を取ってみる事になった。
 嫁いだばかりで出てこれるかは分からないけれど、と蓮緋は一言シャルたちに断ったが、最善の方法に思える。
 手紙はハンスが知人を介して届けたが、意外に返事は早く来た。

 待ち合わせの刻限まで、三人の娘達は将軍寮の一室で待つ。
 王子の妻を、庭や従者の部屋に呼び出すわけにはいかないと、ゼノが取り計らってくれたのだ。
 扉が開き、三人は顔を向けた。
 しかし現れたのは蝶緋ではなく、ハンスだった。珍しく動揺し慌てている。

「兄さん?」

 首を傾げたシャルに足早に近付くと、腕をつかんだ。

「小鳥ちゃん、すぐにここから出て隠れるんだ」

 腕を引っ張られシャルは、訳が分からないながらも椅子から立ち上がる。
 突然の乱入者に、玉緋と蓮緋は呆然と固まっていた。
 扉に向かおうとしたハンスは、慌てて踵を返し窓へと向かう。

「ちょ、ちょっと、ここは二階よ? シャルはあなたとは違うの」

 我に返った玉緋は制止するが、ハンスはシャルを抱き上げ窓枠に足を掛けた。
 けれど飛び降りるより先に、扉が開き、鈴の音の様な声が届く。

「何をしているの?」

 ハンスは動きを止める。シャルの顔からは、血の気が引いていた。

「あれ? お前達」

 現れたのは、セスだった。
 シャルとハンスを目に映したセスの声が、厳しくなる。

「またゼノを奪いに来たの?」

 ハンスとシャルの周りの空気が乾燥し始め、喉が痛む。

「なりませんわ、殿下」

 惨劇の再来かと危惧されたところで、蝶緋の声が部屋に響く。途端に空気が和らぎ、湿度が戻った。

「でも蝶緋、この二人は以前もゼノを奪おうとしたんだよ?」
「ゼノ王子は殿下の弟です。誰にも奪えませんわ。それに」

 と蝶緋はハンスを見やる。

「あの者を傷付けては、殿下の好きなお菓子が食べられなくなってしまいますわ」
「それは、嫌だ」

 口を尖らせるセスに蝶緋は微笑む。しかし緊張が解けたのも束の間、セスの視線はシャルへと向かう。

「じゃあ、あの女の方を」

 シャルは恐怖に固まり、ハンスは彼女を強く抱き締めた。
 ゆるりと、蝶緋は首を横に振る。

「それもなりませんわ、殿下。アリスさんは生死の境を彷徨う程の怪我まで癒せる、世界でも稀な治癒能力者です。彼女を失ってしまったら、ゼノ王子が怪我をした時に救えなくなりますわ」
「それはもっと嫌だ」
「では御二人を許して差し上げましょう」

 柔らかな眼差しを向けている蝶緋に、しばらく沈黙していたセスは、しぶしぶといった表情で頷いた。

「分かった。その代わり」

 と頬を膨らませ、ハンスを睨む。

「今日はとびきり美味しいお菓子を用意してよね」
「はい、無論です」

 思わずハンスは姿勢を正し、即答する。
 そしてセスは続いてシャルを見た。

「ゼノに傷を残したら、許さないから」
「はい、もちろんです」 

 シャルも背筋を伸ばして誓う。
 言われるまでもなく、ゼノの傷は全て治すだろうシャルだが、勢いに押された形だ。
 膨らませていた頬をしぼめると、セスは苛立たしげに玉緋と蓮緋に目を尖らせた。

「それで、蝶緋に何の用?」
「え、ええ。ゼノ王子とそちらのシャ、アリスさんの事で」

 正直に答えた蓮緋の足を、玉緋は机の下で蹴る。蓮緋が玉緋を睨みつけるが、玉緋は素知らぬ顔だ。
 怪訝な顔をして姉妹の様子を窺っているセスに、玉緋は言い繕う。

「ほら、アリスは緋凰兄様に献上されたでしょ? でも緋凰兄様はゼノに返すって」

 セスの肩から力が抜けた。

「なんだ、そんな事で蝶緋を呼んだの?」
「ま、まあね。セスの命令だったらしいから、一応は断っておいた方が良いかと思って」
「ふうん。ねえ、お菓子まだ?」

 気の無い返事をしたセスは、ちろりとハンスを一瞥する。

「はい、すぐに」

 ハンスはシャルを連れて部屋を出ていく。
 セスを甘く見ている蓮緋が、余計なことを口走らないかと心配だったが、これ以上居座っていては、余計にセスの機嫌を損なってしまう。
 事情を理解している玉緋を信じるしかないだろう。
 それに、とハンスは目だけ振り返る。
 驚くことに蝶緋は、あのセスを巧く制御しているようだった。
 ゼノが戻ってくるまで二人が時間を稼いでくれるよう、祈るしかない。

 厨房に飛び込んだハンスは、新しい小麦粉を出す。
 とつぜん飛び出ていったハンスに気を利かせて、作りかけの菓子を代わりに焼いていた料理人は、不快そうに顔をしかめた。
 だがハンスは気にせず、一心不乱に手を動かす。
 今まで見た事も無い真剣なハンスの姿に、料理人達はもちろん、シャルも驚いた。

「何かあったのか?」

 ハンスの代わりに問われたシャルは、セスが訪れている事を告げた。
 料理人達は驚いた顔をしたが、すぐに納得して頷く。
 セスは甘い物好きな上に、味に厳しい。下手な菓子を出せば厳しく罰せられることもあるとは、料理人たちの間では有名な話だった。

 料理人たちは、邪魔にならない程度にハンスの手元を覗く。彼等にとってハンスの料理を見ることは、それだけで勉強になるのだ。
 ものの数分で一つ目の菓子が出来上がると、厨房に感嘆の吐息が溢れる。

 給仕係が一皿目を運ぶために厨房を後にする頃には、ハンスはすでに他の菓子を窯に入れ、次の菓子の成形にも取り掛かっていた。
 絶え間なく動き続けたハンスは、あっという間に六種の菓子を作り上げた。

 更に一種の菓子でも、数種類の飾り付けを施しているため、皿の上には数十種にも見える菓子が並んでいる。
 短時間で作り上げたとはとても思えぬ、精巧で美しい仕上がりに、料理人達は息を飲む。
 給仕係も目を丸く広げ眺めていたが、ハンスに促されて、慌てて運んでいく。

「ちょっと行って来る。小鳥ちゃんはどうする?」

 問われて少し考えたシャルだが、意を決してハンスに付いていった。
 給仕係と共に現れたハンスに、玉緋は声を掛ける。

「さっきの菓子、美味しかったけど、緋龍では手を抜いてたの?」

 ハンスは苦笑する。
 特に手を抜いたつもりは無い。ただ今回は、気合を入れすぎた。
 セスを待たせないようにと、焼かずに作れる菓子を先に運ばせたが、すでに机上の皿は空になっている。
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