続・聖玉を継ぐ者

しろ卯

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54.緋龍の兄弟たちに見つめられ

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「ああ、だがこのシャルとゼノは、クルールに貸しがあるそうだ」

 緋龍の兄弟たちに見つめられ、シャルは首を傾げた。
 一時はクルールに保護されていたシャルだが、意識を失っていたため、その記憶は無い。

「念のためライに確認を取らせたが、こちらから一報すれば、シャルをクルール国の姫として扱うそうだ」
「なるほど。クルール国の姫を嫁がせ、緋龍はその後見となるのですね」

 鳳緋の口元に笑みが浮かぶ。
 クルールと国交が無いのは、セントーンも同じ。掴んでいる情報は、緋龍以下だろう。
 彼の国にどのような姫がいるかなど、把握しているはずも無い。シャルをクルールの姫と偽っても、反論する根拠は持たないだろう。

 そしてもう一点。
 緋龍やギリカといった大国だけでなく、多くの国と関わりを持たぬ国の姫など、貴族の娘と変わらない。
 遠方で真偽を確かめる術が無いとなれば、例え万が一のことが起ころうとも、誤魔化しもきく。
 緋龍の皇帝が縁を結んだとしても、緋龍の姫を娶るよりは、影響は大幅に小さくなると、セントーン側は考えるはずだ。

「そういうことだ。それで良いな? お前がゼノに嫁がなければ、緋龍は表立ってゼノを守る事はできぬ。ハンスとライ二人だけでは、国の内外から狙われるゼノを、守り切る事は不可能だ」

 視線を向けた緋凰に、シャルは戸惑いながらも頷いた。
 実は蓮緋からの書状には、ゼノはシャルを妻に迎える事を、望んでいないとも書かれていた。だが緋凰は、敢えて言わなかった。



 緋凰の部屋から出たシャルには、少し元気がなかった。
 気遣うハンスに、躊躇いがちに問う。

「兄さん、ゼノはそんなに危険なの?」

 微かに眉を跳ねたハンスだが、すぐに目を細めて笑みを浮かべる。

「大丈夫ですよ。殿下は慣れていますから」

 困った様に笑うハンスに、シャルの顔は曇った。
 それは、大丈夫とは言わないだろう。慣れるほどに危険が身の回りにあるのだと思うと、シャルの胸は余計に重くなった。

「王族では良くある事です。跡目争いに、当事者の母方の実家が首を突っ込んでくることは。殿下は継承権を放棄していますが、セス殿下の御母様は、より確実なものにしたいようです」
「辛いでしょうね、ゼノもセス殿下も」

 ゼノはもちろんだが、セスのこともシャルは思い遣った。
 深い傷を負わされた過去ゆえに、セスへの恐怖はある。けれどセスがゼノを大切に思っていることは、知っている。
 自分の母親が大切な弟を傷付けようとしているなど、とても苦しいことだと感じた。

 頭に大きな手を乗せられ、シャルは振り仰ぐ。

「必ず守るから」

 ハンスの真剣な目に、シャルは微笑む。

「ありがとう。でもあまり無茶はしないで。兄さんが傷付くのは辛いから」
「分かった」

 ハンスは柔らかく笑んだ。
 本心を言えば、シャルを王族達の醜い世界には置きたくない。だがシャルの幸せは、例え苦難があっても、ゼノと共にあることなのだ。

 シャルの嫁入りは、蝶緋とセスの婚礼が済み、落ち着いてからという事に決まった。
 今後の予定としては、セントーンからの正式な使者を待ち、緋凰達と共にセントーン入りすることになる。

 窓から空を見つめるシャルに、ハンスは焼き菓子を差し出した。

「さあ、甘い物でも食べて、気分を変えましょう」

 甘酸っぱい野薔薇のお茶を注ぎ、シャルを誘う。

「ありがとう、兄さん」

 シャルは窓辺から離れると、椅子に腰を降ろし、器に口をつけた。

「美味しい。兄さんの手は不思議ね。お菓子もお茶も、とっても美味しくなるもの」
「ありがとう。大切な小鳥ちゃんのためだと思うと、自然に美味しくなるのですよ」
「まあ」

 ハンスの軽口に、シャルはくすくすと笑うが、顔には陰が見えた。
 玉緋の治療は進んでいるが、決定的な延命には至っていない。
 だからこそ、シャルは空を見上げずにはいられないのだ。
 いつまでこの世界にいられるか、分からないから。少しでも、愛しい人と繋がりたくて。

「もうすぐ帰れますから」
「ええ」

 ハンスの言葉に、シャルはまぶたを落として頷いた。



 ハンスの言葉通り、セントーンからの使者は、ハンスより遅れること三日後に訪れた。
 緋凰はこれを、何食わぬ顔で迎え入れる。
 セントーンからの、ゼノと蝶緋の婚約を取りやめ、セスとの婚姻という提案を受け入れると共に、婚礼の招待を受けた。

 その際、一方的な婚約破棄であり、契約の不履行であると、緋凰のみならず緋鰉も加わって、ずいぶんと使者を責め立てたらしい。
 謁見の間から退室したセントーンの使者は、顔を真っ青にして、ずいぶんと竦み上がっていたと、使用人達からハンスは小耳に挟む。

「ゼノ相手と違い、動きが早いな」

 使者を下がらせた後に、緋凰は傍らの緋鰉に漏らした。

「こちらに断る暇を与えぬためでしょう。使者の口上も、蝶緋が望んでいると強調し、セントーンが配慮したと言わんばかり」
「これでセスは、ギリカと緋龍、二国の後ろ楯を得た訳か」

 苦々しげに眉をひそめる緋鰉に、緋凰はくつくつと笑う。
 全ては緋凰たちの計画通りに進んでいる。

 緋凰は事前の準備通りに、セントーン訪問の仕度を早急に調えさせた。皇帝の動きとしては異例とも言える早さで、セントーンに向けて旅立ったのだった。

 一行の中には、シャル、ハンス、玉緋、そして緋嶄が含まれた。
 この四人は、セントーンに着くと、緋龍の一行とは行動を別にする。王宮に向かう緋凰たちと異なり、シャルたちは将軍寮へ向かう。
 将軍寮では、ゼノの他に、ライと蓮緋も出迎えてくれた。
 久し振りの将軍寮に、シャルは安堵し喜んだが、迎えたゼノに落ち着きは無く、何処か苛立っていた。
 緋龍の面々はゼノの様子に緊張を強いられるが、ハンスは苦笑し、ライは呆れていた。

「うっとうしい。部屋なり果樹園なり、行ってきたらどうです?」

 顔をしかめたライが、苛立たしそうに頭を掻きながら、ゼノに言い放つ。
 それに対し、ハンスはわざとらしく眉をひそめて、言い足した。

「部屋に二人っきりは、お勧めできませんね。小鳥ちゃん、少し果樹園を散歩しておいで。桃の花が綺麗ですよ」
「でも」

 勧められたシャルは、控えめにゼノや玉緋たちを見る。

「いいから行ってこい」
「はい」

 ライにどやされ、シャルは逃げるように果樹園へ向かった。

「ゼノ様もです」

 じと目で睨まれて、ゼノも出ていった。シャルと違い、嬉しそうな感情を隠しきれていない。

「ったく。いつもいつも」

 げっそりと肩を落とすライに、緋龍の三人は顔を見合わせる。
 ライとハンスから話を聞いていたとはいえ、彼らの知るゼノと、つい今しがた目にしたゼノは、別人のようであった。
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