続・聖玉を継ぐ者

しろ卯

文字の大きさ
上 下
52 / 77

50.問われたライは

しおりを挟む
「嫌ですね、ライ大将。俺を誰だと思っているんですか?」

 問われたライは、彼の正体を思い出す。伝説の盗賊、銀狼。王族貴族の館にも入り込み、目的の宝は必ず奪った凄腕の持ち主。

「元王宮菓子職人ですよ」
「そっちかよ」

 思わず声を発したライに、ハンスは瞬き、口角を上げた。

「更に言わせて頂くならば、俺の菓子は歴代の菓子職人の中でも特上。俺が抜けてから今まで、俺を超えるどころか、並ぶ腕を持つ菓子職人さえ現れていません」
「そうらしいな」

 頷くゼノに、自意識過剰と呆れかけていたライは、驚いて振り向いた。

「怒りに任せて料理人を罰したら、その夜から菓子の味が格段に落ちたと、兄上には珍しく後悔しておいでだった」
「だとしましても、それでどうやって?」

 蓮緋の質問に、ハンスは笑む。

「菓子の力を侮って頂いては困ります」
「袖の下か?」
「それと釣糸ですね」
「お前、本当にあくどいよな」
「処世術と言ってください」

 ハンスとライのやり取りを、ゼノと蓮緋は口を挟むこともできず、ただ見つめていた。

「それで、お前の見立ては?」

 改めて蝶緋とセスの関係を問うたライに、ハンスは笑む。

「あれは、ほぼ間違い無いですね」

 確信を持って答えるハンスに、一同は表情を引き締める。

「やはり一度セス王子に、お会いする事は出来ませんか? 一目見るだけでも構いませんから」

 蓮緋の頼みに、ゼノは顔を曇らせた。
 そう簡単に面会できる相手ではない。仮に対面できたとしても、もしもセスの怒りを買うような事態になれば、蓮緋の身の安全を保証できない。
 答えを出せないゼノの代わりに、ハンスは一つの案を提示する。

「神官宮はどうでしょう?」
「シドか? しかしあれは、私との接触に慎重だ」

 再び考えだしたゼノとハンスを見守っていたライは、ふと思い出す。

「エラルド神官はどうですか?」

 その名が出てくるとは、想像もしていなかったのだろう。ゼノは眉をひそめた。

「知っていたのか?」
「以前、偶然出くわして。俺と話がしてみたいと言われました」
「エラルド殿が?」

 ゼノの眉間の皺が深まる。
 エラルドは興味のある対象以外は、まったく関心を向けることが無い。彼の関心がライに向かうとは、思えなかった。

「ええ。神官長の兄と聞きましたが、どのような方なんです?」
「古代史を研究されている。お前達が緋龍に行く前に、久し振りにお会いしたが、柘榴と風の民について聞かれた」

 ハンスとライは視線を見合わせると、不敵に笑んだ。
 交渉条件は、いくらでも用意できそうだ。

「今はどちらに?」

 すぐさまハンスは動き出そうと、尋ねる。

「さあな、気儘な方だ」
「神官長にお聞きすれば分かりますか?」
「おそらくな」
「では、アリスの報告も兼ねて、尋ねてみます」

 そう言い残すと、ハンスは窓の外へと消えた。
 防衛の拠点たる軍の中心部で、自由に出入りしている者がいる状況に、ゼノはわずかに苦い想いを抱きながら、薄く開いたままの窓を見つめた。


 二日後、蓮緋を神官宮に忍び込ませる手筈が整ったと、ハンスが報せに来て、そのまま蓮緋を連れて行ってしまった。
 帰ってきた蓮緋は、蝶緋に向けての手紙を認め始める。書きあがるなり、ハンスは王宮へと走った。

「それで、どうだった?」

 ライに問われた蓮緋は微笑む。

「ゼノ王子には申し訳ありませんが、蝶緋には、セス王子の方がお似合いかと」
「うむ。私もそう思う」

 逡巡することもなく同意するゼノに、ライは戸惑う。

「緋龍では散々な言われようでしたけど?」

 ライの疑問には、蓮緋が答えた。

「兄様達や玉緋が悪く言っていた理由も、理解できましたわ。武人として育ってきた兄様達には、セス王子は軟弱に見えたことでしょう。ですが蝶緋は、争いを好まぬ性格。セス王子のような、穏やかな殿方を好むのは、自然な成り行きですわ」

 蓮緋の言葉に、ライは違和感を覚えつつも納得した。
 たしかに緋龍で見た蝶緋の姿は、緋龍の兄弟や玉緋と異なり、弱々しく淑やかな娘に見えた。
 荒事を生業とする将軍の妻になるは、正直頼りないだろう。

「それで、これからどうするんです?」
「蝶緋殿からの返事を待ってからになるが、私から兄上に掛け合ってみよう」

 情報は揃ったのだ。次はセスに働きかけ、動かさなければならない。それを最も適切に誘導できる手持ちの札は、ゼノだろう。

「残るはエリザですか」
「うむ。だが今は、蝶緋殿の方を優先する」
「そうですね」

 それからライとゼノは職務に戻り、蓮緋は部屋へ戻った。



 休んでいた蓮緋の部屋に、将軍からのお呼びだと伝言が届けられる。
 蓮緋は急いでゼノの執務室に向かった。
 部屋にはゼノとライが待っていた。案内の兵が消えるなり、ハンスも姿を現す。

「お呼び立てして申し訳無い。蝶緋殿からの返書が届きましたので」

 差し出された封筒を、蓮緋は急ぎ開ける。出てきた手紙は、確かに蝶緋の筆だった。
 読み終えた蓮緋は、涙を浮かべていた。
 蓮緋が落ち着くのを待って、三人は手紙の内容を聞いた。

「蝶緋は幼い頃から、セス王子を慕っていたそうです。しかし緋凰兄様たちが、セス王子を嫌っておられ、セス王子も自分のことを想っていないため、諦めていたようです。ゼノ王子との縁談をお受けしたのは、せめてセス王子の御側にいる事で、お力になりたかったからだと」

 蓮緋は蝶緋からの手紙を握り締めた。それからゼノに、蝶緋の非礼を謝罪した。
 それをゼノはゆるりと首を振って、抑える。
 心を差し出していないのは、自分も同じであり、謝罪には及ばないと。

 ゼノはまぶたを落とす。しばらく沈考した後、開けた目に優秀な部下を映す。

「ハンス、もう一走り頼めるか?」
「どうぞ」
「シドに明日、神官宮の一室を貸して欲しいと伝えよ。それと兄上にお会いしたいともな」
「承知しました」

 ハンスが姿を消すと、残った三人はそれぞれの想いにふける。
 瞳を湿らせていた蓮緋は、ライに布を差し出され拭った。

「茶でも飲みますか?」
「もらおう」
「頂きます」

 ライの淹れた茶を、三人はゆっくりと飲む。
 翌朝、ゼノは神官宮に出掛けて行った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。

天織 みお
恋愛
「おめでとうございます。奥様はご懐妊されています」 目が覚めたらいきなり知らない老人に言われた私。どうやら私、妊娠していたらしい。 「だが!彼女と子供が出来るような心当たりは一度しかないんだぞ!!」 そして、子供を作ったイケメン王太子様との仲はあまり良くないようで――? そこに私の元婚約者らしい隣国の王太子様とそのお妃様まで新婚旅行でやって来た! っていうか、私ただの女子高生なんですけど、いつの間に結婚していたの?!ファーストキスすらまだなんだけど!! っていうか、ここどこ?! ※完結まで毎日2話更新予定でしたが、3話に変更しました ※他サイトにも掲載中

【完結】記憶を失くした貴方には、わたし達家族は要らないようです

たろ
恋愛
騎士であった夫が突然川に落ちて死んだと聞かされたラフェ。 お腹には赤ちゃんがいることが分かったばかりなのに。 これからどうやって暮らしていけばいいのか…… 子供と二人で何とか頑張って暮らし始めたのに…… そして………

愛する義兄に憎まれています

ミカン♬
恋愛
自分と婚約予定の義兄が子爵令嬢の恋人を両親に紹介すると聞いたフィーナは、悲しくて辛くて、やがて心は闇に染まっていった。 義兄はフィーナと結婚して侯爵家を継ぐはずだった、なのにフィーナも両親も裏切って真実の愛を貫くと言う。 許せない!そんなフィーナがとった行動は愛する義兄に憎まれるものだった。 2023/12/27 ミモザと義兄の閑話を投稿しました。 ふわっと設定でサクっと終わります。 他サイトにも投稿。

私はただ一度の暴言が許せない

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
厳かな結婚式だった。 花婿が花嫁のベールを上げるまでは。 ベールを上げ、その日初めて花嫁の顔を見た花婿マティアスは暴言を吐いた。 「私の花嫁は花のようなスカーレットだ!お前ではない!」と。 そして花嫁の父に向かって怒鳴った。 「騙したな!スカーレットではなく別人をよこすとは! この婚姻はなしだ!訴えてやるから覚悟しろ!」と。 そこから始まる物語。 作者独自の世界観です。 短編予定。 のちのち、ちょこちょこ続編を書くかもしれません。 話が進むにつれ、ヒロイン・スカーレットの印象が変わっていくと思いますが。 楽しんでいただけると嬉しいです。 ※9/10 13話公開後、ミスに気づいて何度か文を訂正、追加しました。申し訳ありません。 ※9/20 最終回予定でしたが、訂正終わりませんでした!すみません!明日最終です! ※9/21 本編完結いたしました。ヒロインの夢がどうなったか、のところまでです。 ヒロインが誰を選んだのか?は読者の皆様に想像していただく終わり方となっております。 今後、番外編として別視点から見た物語など数話ののち、 ヒロインが誰と、どうしているかまでを書いたエピローグを公開する予定です。 よろしくお願いします。 ※9/27 番外編を公開させていただきました。 ※10/3 お話の一部(暴言部分1話、4話、6話)を訂正させていただきました。 ※10/23 お話の一部(14話、番外編11ー1話)を訂正させていただきました。 ※10/25 完結しました。 ここまでお読みくださった皆様。導いてくださった皆様にお礼申し上げます。 たくさんの方から感想をいただきました。 ありがとうございます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、 今後はいただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきます。

危害を加えられたので予定よりも早く婚約を白紙撤回できました

しゃーりん
恋愛
階段から突き落とされて、目が覚めるといろんな記憶を失っていたアンジェリーナ。 自分のことも誰のことも覚えていない。 王太子殿下の婚約者であったことも忘れ、結婚式は来年なのに殿下には恋人がいるという。 聞くところによると、婚約は白紙撤回が前提だった。 なぜアンジェリーナが危害を加えられたのかはわからないが、それにより予定よりも早く婚約を白紙撤回することになったというお話です。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

夫を愛することはやめました。

杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。

処理中です...