続・聖玉を継ぐ者

しろ卯

文字の大きさ
上 下
50 / 77

48.拳ほどの大きさの

しおりを挟む
 拳ほどの大きさの果実を食べ終えると、ライは王都の方角へ目を向けた。

「ここから先は、石能は使わず王宮に向かう。蓮緋様は、馬には乗れるか?」
「え、ええ」

 と頷きかけて、蓮緋はとっさに言い加える。

「幼い頃に、兄様たちに乗せて頂いた事が」

 自分の口から出てきた言葉に、蓮緋は驚いた。
 彼女は馬術が得意だ。これだけは玉緋にも負けない。しかし二頭の馬に分かれて乗れば、どうしてもライとの間に距離が生じる。
 そのことが寂しく感じた。

「だったら歩いて行くか。歩けそうか?」
「はい、なんとか」

 言って蓮緋は立ち上がろうとしたが、衣の裾を踏んでしまい、よろけた。ライの腕が支えてくれたが、蓮緋は顔を紅潮させる。

「しかたないな。俺が乗る馬に相乗りでいいか?」
「は、はい」

 ライはもう一度町に出ると、馬を借りて来た。布で顔を隠させた蓮緋を乗せると、林を駆け、城下街に出る。

「ライ大将だ」
「ライ大将の御帰還だ」

 ライの姿に気付いた人々が、次々に寄ってきた。

「おい、危ないぞ」

 ライは咎めるが、人々は笑顔でライを見上げていた。
 なんとか人混みを抜けて、ライは一息吐く。
 あれだけの人に囲まれながら、誰一人として馬に蹴られる事はなかった。ずば抜けた馬術の持ち主だと、蓮緋は内心で賞賛する。

「ずいぶんと民から人気がおありなのですね」
「ほとんどゼノ様のおこぼれだよ」

 そっけ無く答えるライに、蓮緋は気付かず微笑していた。
 普通ならば、言葉では謙遜を述べても、どこか奢るものだ。それがこの大将には、欠片も見当たらない。

 二人を乗せた馬は、軍が管理する敷地へと入っていく。

「ライ大将、お帰りなさいませ」
「おう、帰った」

 若い軍人が走り寄って来て、馬の口紐をとった。

「どうだ? 様子は」

 ライの問いに、若い軍人は苦笑する。それだけで粗方の状況をつかみ、ライは息を吐いた。
 馬から下りると、蓮緋に手を差し出し、下りるのを手伝う。そうしながら、若い軍人に顔だけ向けた。

「俺の部屋って、まだ残ってるよな?」
「当然ですよ」

 呆れたように、若い軍人は答える。
 どこの軍に、大将の部屋を勝手に始末する者がいるというのか。

「んじゃ、こいつを案内してやってくれ。後、この馬も、城下に戻る奴に返させといてくれ」
「了解しました」

 若い軍人が敬礼すると、ライは姿を消した。

「あの、ライ様はどちらに?」
「おそらく、将軍に挨拶に行かれたのだと思います」

 目を瞬いて周囲を見回す蓮緋を、若い軍人は先に立って案内する。
 途中、蓮緋を連れた若い軍人を目にした者が、からかいの言葉を投げてきた。ライの客だと告げられると、彼らは即座に謝罪し、敬礼した。

「ライ様は、慕われておられるのですね」

 蓮緋の言葉に、若い軍人は頬を紅潮させる。

「ライ大将ほど素晴らしい大将は、中々いませんよ。石能はもちろん、武術、地学、薬学。様々な分野に長けておいでです。戦闘だけでなく、土木現場でも、ライ大将ほど頼れるお方はおられません。それにもかかわらず、鼻に掛ける事もなく、下っぱの軍人にまで丁寧に指導してくださる。俺はあの人の元で働きたくて、左軍を志願したんです」

 目を輝かせて語る若い軍人に、蓮緋は微笑した。




 戻って着たライに、ゼノは勢いよく立ち上がり、倒れた椅子を直すこともなく駆け寄った。

「シャルは? 無事なのか?」

 問われたライも瞠目した。

「聞いてないんですか? ハンスから」
「ハンス? 何か繋ぎを送ったのか?」

 問い返されて、ライは理解する。
 ハンスはゼノに、何も報告していなかったようだ。それどころか、姿も見せていないのだ。
 どっと疲れが出て、ライは左手で顔を覆った。

「説明しますから、落ち着いてください」

 なんとかゼノを椅子に座り直させながら、その変貌に心が痛んだ。頬肉は削げ、目の下には隈が出来ている。外道騒動で入牢された時以来の、憔悴ぶりだ。

 ライは緋龍で起きた事を、一つ一つ話した。
 幾度もゼノの眼に殺気が宿っては、拳が震える。なんとか押し留めているようだが、全てを聞き終えると、ゼノは目を閉じた。
 ライの言葉を一つずつ消化しているのだろう。

「そうか、玉緋に礼をせねばな」

 穏やかな微笑に、ライも安堵する。

「とにかく、少し休んでください。その姿を見たら、あいつも驚きます。せっかく治療する気になったのに、また拒否しても知りませんよ?」
「それは困る」

 微笑したゼノは、ゆっくりと立ち上がった。

「休む前に、蓮緋殿に挨拶をしておこう。取り次いでくれるか?」
「了解」

 ライは溜め息を吐いた。
 駄目だと言っても、一度言い出したことは筋の通った理由が無ければ、変えないと承知している。

 ライはゼノを伴い、自身の部屋へと向かった。
 普段は城下にある家から通っているが、事務仕事や休憩のために、一室宛がわれている。
 扉を叩き声を掛けるが、返答は無い。ゼノと顔を見合わせ扉を開けると、仮眠用に置いていた寝台の上で、蓮緋は眠っていた。

「大した肝だ」

 ライは呆れるが、ゼノは長旅で疲れていたのだろうと気遣う。
 別室を用意させると同時に、女性の軍人を呼び、目覚めるまで部屋に誰も入らせぬように、番を命じた。
 それからライに再度促されて、ゼノは自室へと戻っていった。

 寝台に横になったゼノだが、頭が冴えて眠れなかった。
 シャルの体が想像以上に消耗していたという事実に、心が痛む。
 玉緋が治癒能力を持っていた事は初耳だったが、彼女がシャルの治療に名乗り出てくれた事に、心から感謝した。

「シャル」

 いつも会いたくて堪らなかったが、今はいつも以上に、会って強く抱き締めたかった。
 知らぬ内に眠りに落ち、気付いた時には、すでに日が暮れていた。
 部屋の外の気配や、窓の外の灯りを見ると、そこまで遅い時間ではないようだ。ゼノは部屋から出てみることにした。

 まずはライの部屋に向かったが、ライは居なかった。
 蓮緋に用意した部屋に向かおうかと、足を向けかけたが、この時間に女性の部屋に赴くのは非礼だろう。
 寝室に戻ろうと足を動かしかけて、空腹を覚えている事に気付き、食堂に行くことにした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

拝啓、大切なあなたへ

茂栖 もす
恋愛
それはある日のこと、絶望の底にいたトゥラウム宛てに一通の手紙が届いた。 差出人はエリア。突然、別れを告げた恋人だった。 そこには、衝撃的な事実が書かれていて─── 手紙を受け取った瞬間から、トゥラウムとエリアの終わってしまったはずの恋が再び動き始めた。 これは、一通の手紙から始まる物語。【再会】をテーマにした短編で、5話で完結です。 ※以前、別PNで、小説家になろう様に投稿したものですが、今回、アルファポリス様用に加筆修正して投稿しています。

【完結】巻き戻りを望みましたが、それでもあなたは遠い人

白雨 音
恋愛
14歳のリリアーヌは、淡い恋をしていた。相手は家同士付き合いのある、幼馴染みのレーニエ。 だが、その年、彼はリリアーヌを庇い酷い傷を負ってしまった。その所為で、二人の運命は狂い始める。 罪悪感に苛まれるリリアーヌは、時が戻れば良いと切に願うのだった。 そして、それは現実になったのだが…短編、全6話。 切ないですが、最後はハッピーエンドです☆《完結しました》

踏み台令嬢はへこたれない

三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

彼を愛したふたりの女

豆狸
恋愛
「エドアルド殿下が愛していらっしゃるのはドローレ様でしょう?」 「……彼女は死んだ」

素顔を知らない

基本二度寝
恋愛
王太子はたいして美しくもない聖女に婚約破棄を突きつけた。 聖女より多少力の劣る、聖女補佐の貴族令嬢の方が、見目もよく気もきく。 ならば、美しくもない聖女より、美しい聖女補佐のほうが良い。 王太子は考え、国王夫妻の居ぬ間に聖女との婚約破棄を企て、国外に放り出した。 王太子はすぐ様、聖女補佐の令嬢を部屋に呼び、新たな婚約者だと皆に紹介して回った。 国王たちが戻った頃には、地鳴りと水害で、国が半壊していた。

あなたのおかげで吹っ切れました〜私のお金目当てならお望み通りに。ただし利子付きです

じじ
恋愛
「あんな女、金だけのためさ」 アリアナ=ゾーイはその日、初めて婚約者のハンゼ公爵の本音を知った。 金銭だけが目的の結婚。それを知った私が泣いて暮らすとでも?おあいにくさま。あなたに恋した少女は、あなたの本音を聞いた瞬間消え去ったわ。 私が金づるにしか見えないのなら、お望み通りあなたのためにお金を用意しますわ…ただし、利子付きで。

処理中です...