続・聖玉を継ぐ者

しろ卯

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47.姫君たちの戸惑いに

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「ゼノ様は甘い物は口にしない」

 姫君たちの戸惑いに気付いたライが、言葉を添えた。

「では、あの干菓子は誰に?」
「セス王子だ。王子の甘い物好きは有名だからな」

 戸惑いがちに問うた蓮緋に、ライが答える。緋凰は不満気に顔をゆがめたが、口を挟みはしなかった。

「私はお会いしたことがありませんが、緋凰兄様たちのお話を伺う限り、セス王子は問題があるように思えます。蝶緋がそのような方を、好きになるでしょうか?」
「あら、鳳緋姉様、恋ってそういうものよ? 他の人には醜く見えても、本人には誰よりも輝いて見えるの」

 鳳緋の言葉に反論を述べた蓮緋は、緋凰に向き直る。

「ねえ、緋凰兄様。私もセントーンに行かせてくださいな。確かめて来るわ」

 悪戯っぽく微笑を浮かべて、緋色の髪を揺らす。

「蓮緋、気持ちは分からなくもないですが、御国入りした花嫁には、式までは誰も会えない仕来たりよ」
「あら、鳳緋姉様。私は蝶緋に会うのではなく、セス王子とゼノ王子を見たいの。失礼だけど、緋凰兄様たちや玉緋の主観と、女の目から見るとでは、違うと思うのよね」
「それは一理有るわね。けれど式の日取りが決まるまでは、緋龍の者はセントーンに入れないの」

 姉妹のやり取りが進むに連れて、緋凰の顔が苦々しくしかめられていった。
 大国の皇帝も、妹たちには適わないらしい。

「いや、入る事は可能だ。ゼノ様とセス王子を見るだけでいいなら、そっちも不可能ではないと思う。ただし、お姫様とは扱わないし、扱われない」
「あら、面白そうね」

 ライの提案に、蓮緋は胸元で伸ばした指を絡め合わせた。
 ようやく話題が変わったかと、緋凰はライに目を向ける。

「お前が戻ると共に、セントーンへと連れて行くか?」
「だが問題が二つ有る」
「なんだ? 言ってみよ」

 片眉を跳ねて、緋凰は続きを促がした。

「アリスを置いて帰ったと知れたら、ハンスに殺される」

 真顔で言うライに、緋凰も同情する。

「ああ、兄か。アリスの身はこちらが保証すると、一筆書いてやろう。もう一つは?」
「誤報とは言え、アリスと俺の式の案内がゼノ様に届いてる。俺は生き延びる自信が無い」

 げっそりとした表情を浮かべ、力ない声で答えると、ライは頭を抱えてしゃがみ込んだ。

「それは見てみたいな。まあ、それも一筆書いてやろう。これで問題は有るまい」

 声を上げて笑った緋凰だが、助け舟は出してくれるようだ。

「命はな」

 大国緋龍の船を、まるで壊れかけの小船としか見ていないライに、緋凰は薄く笑う。二人の掛け合いに、姉妹は顔を見合せた。

「蓮緋、平民を演じれるならば、セントーンに遣わすが、どうする?」
「良いですわ。可愛い蝶緋のためですもの」

 表情を引き締めた緋凰に問われた蓮緋は、口元に弧を描き、ふてぶてしく言い放った。
 それを受けて緋凰は気分を害するではなく、むしろ頼もしそうに妹に笑んだ。



 そして三日後、準備を終えた蓮緋を伴い、ライはセントーンに向かった。
 セントーンの国境近くまでは、緋龍の従者が付き従っていたが、そこから先は、ライと蓮緋二人で進む。当然、荷物は最小限に抑えた。
 必要なものは道々購入する予定だ。

 国境でライとアリスの身分証を提示すると、何の詮索も無く入国が許された。

「セントーンの警備は甘いですわね」

 蓮緋は眉をひそめたが、詮索されなかったのは、ライの同伴者だからだ。
 国境近くを警備する兵の多くは、平民出身だ。彼等にとって、平民以下と揶揄される出自から国軍大将まで登り詰めたライは、憧れであり、尊敬すべき人物だった。

「さて、どうする? のんびり歩いて行くか、俺に身を預けて、城下まで一走りとするか」

 ライの言葉に、蓮緋は頬を染めた。

「み、身を? 無礼者」
「勘違いするな。俺があんたを担いで走れば、城下まで一時間も掛からない。馬で駆けるなら三日、歩いて行くなら」

 ライは歩き慣れていないであろう、蓮緋の足を見た。

「まあ、一月は掛からないだろう」 
「あなたの脚は、馬より速いの?」

 驚きと羨望を混ぜた瞳を、真っ直ぐにライに向けてくる。

「まあな」
「面白そう。それにして頂戴」
「了解」

 答えたライは、蓮緋の膝裏と背中に手を回し、抱き上げた。

「ちゃんとつかまってろよ? それと、口は閉じておいてくれ。舌を噛んだら大変だからな」
「分かったわ」

 頷いた蓮緋は、ライの首に腕を回した。
 蓮緋の準備が整うと、ライは蓮緋に頷き返し、地を蹴った。たちまち景色は色とりどりの線へと変貌していく。
 城下が近付くと、ライは足を止めた。

「大丈夫か?」

 聞かれて蓮緋は頷いたが、胸は大きく高鳴っている。
 馬に騎乗するより刺激的だろう程度の、軽い気持ちはすぐに吹き飛ばされた。
 想像していた以上の速度で、しがみ付き、必死に耐えるのがやっと。景色を楽しむどころか、取り繕う余裕さえなかった。

「立てるか?」

 地面に足を下ろされた蓮緋は、立とうとするも、足に巧く力が加わらない。
 それと気付いたライは、優しく蓮緋を座らせる。

「ごめんなさい」

 俯きがちに、蓮緋は謝った。

「何が?」
「私がセントーンに行きたいと申したから、あなたに連れて来て頂いたのに、足手まといになってしまって」

 緋龍での勝気な様子が鳴りを潜め、しおらしくうつむく蓮緋に、ライは息を吐く。

「あれだけ走ったんだ。途中で騒いだり、気絶しなかっただけ上等だろ? 喉が渇いてないか?」
「少し」
「すぐ戻る」
「え?」

 蓮緋が顔を上げた時には、すでにライの姿は無かった。
 非力な女と、蔑みの声音を被せられると思っていたのに、男の口からこぼれた声音は、賞賛と労わりを含んでいた。

「何を考えているの、私ったら」

 一人残された蓮緋は、自分の顔が熱くなっている事に気付く。
 頬に手を当てて、慌てて熱を冷ました。

 戻って来たライの手には、見慣れぬ果実があった。手早く上半分の皮を剥くと、蓮緋に差し出す。

「ほら」

 小さく切り分けられた果物しか食べたことのない蓮緋は、受け取ったものの、どうすれば良いのか逡巡する。
 ちらりと視線を上げれば、もう一つの果実をライが丸かじりしていた。その姿を見て、蓮緋は思いきってかじりつく。
 瑞々しい果汁が、喉を潤していった。

「美味しい」
「おう」

 白い歯並みを見せるライに、蓮緋の胸が、小さく締め付けられる。
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