続・聖玉を継ぐ者

しろ卯

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46.ゼノの甘い物嫌いは

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「ゼノは甘い物は苦手なはずなのに、不思議でしょう?」
「ええ」

 ゼノの甘い物嫌いは、蝶緋も知っている。
 王宮よりも腕の良い菓子職人が、なぜゼノに仕えているのか。わずかに気になったが、蝶緋はセスへと意識を戻した。

「蝶緋は甘い物、好きだよね?」
「はい」
「じゃあ、蝶緋がゼノと結婚したら、遊びに行っても良い?」

 無邪気な笑顔で問われて、蝶緋の胸が激しく痛んだ。

「はい、いつなりと」

 答えた蝶緋の目からは、涙が一筋、溢れていた。

「どうしたの? 僕が御菓子を食べたら駄目? 蝶緋の分はちゃんと残すよ? それとも」

 と、言葉を切ったセスの表情から、笑みが消える。
 優しげな瞳が、氷のように冷たく荒んでいく。

「ゼノを独占したいの?」
「そんな事はありません」

 気付くと蝶緋は叫んでいた。
 すぐに我に返り、顔を朱に染めうつむくが、犯した失態に心が凪いでいく。
 侍女が傍らまで近寄り、涙を拭うための布を差し出していた。それを受け取り、蝶緋は涙を拭う。

「申し訳ありません、取り乱してしまって。でもお約束したはずです。蝶緋はセス様から、何も奪ったりはしないと」

 笑顔を作り、顔を上げた蝶緋を、セスは油断の無い目で凝視していた。

「ねえ、どうして蝶緋なの? 僕、緋凰が送り込んで来るのは、玉緋だと思ってたんだよね。だってあいつ、ゼノに馴れ馴れしかっただろう? 蝶緋は本当は、ゼノの事が好きだったの? それとも、緋凰の命令?」

 セスの質問に、蝶緋の胸がぎゅっと掴まれる。
 彼は蝶緋ではなく、玉緋が義妹になることを望んでいたのだろうかと、悲しみがあふれそうになる。
 その一方で、皇女として育てられた蝶緋の思考は、セスが緋龍の陰謀を疑っているのだと、警鐘を鳴らしていた。
 答えを誤れば、蝶緋個人ではなく、国と国との問題に発展しかねない。
 蝶緋は慎重に言葉を選んだ。

「緋凰兄様は、玉緋をと考えておられたみたいです。玉緋もそのつもりでした」
「そう。じゃあ、どうして蝶緋になったの?」

 蝶緋は机の下で、手を握り締めた。
 喉が渇いて上手く声を出せないが、今聞かなければ、二度と聞ける時は来ないかもしれないと、勇気を振り絞る。

「セス王子は、私よりも玉緋の方がよろしかったのですか?」

 蝶緋の問いに、セスは瞬き、視線を泳がせた。

「そうだな。あんな野蛮な女がゼノに嫁ぐなんて、考えただけでぞっとする。でも玉緋対策を考えてたのに、練り直さないとって思うと、ちょっと面倒かな」

 菓子を口に頬張りながら話すセスに、蝶緋の顔には知らず笑顔が浮かんでいた。

「では、私がセントーンに来たことは、セス王子は御嫌ではなかったのですね」
「もちろん、嫌だよ」

 即答されて、蝶緋の表情は凍り付いた。ひゅっと、咽から風鳴りが響く。

「当然でしょう? ゼノは僕の大切な弟なんだ。妻をめとるのはしかたないとしても、緋凰がこれ以上でしゃばってくるなんて、耐えられないよ」
「緋凰兄様、ですか?」

 思っていなかった答えに、蝶緋は瞬いた。
 わずかに呼吸が和らいだ気がする。

「そう。ゼノの母上と、自分の母親が姉妹ってだけでさ、まるで自分がゼノの兄であるかのように振る舞って。ゼノの兄は、僕だけなのに。蝶緋がゼノの嫁になったら、今まで以上に、兄みたいに振る舞うんだよ。許せないよ」

 拗ねるセスに、蝶緋は表情を緩めた。
 くすりとこぼれそうになる笑みを、何とか押し止める。

「心配要りませんわ。私は緋凰兄様の妹ですから、形式上は、緋凰兄様はゼノ王子の義理の兄になります。ですが、それはあくまで義理であって、真のお兄様は、セス王子だけですもの」
「義理でもゼノの兄は僕だけで良いの」

 頬を膨らませ口を尖らせるセスに、蝶緋はふわりと微笑した。

「セス王子は、本当にゼノ王子の事がお好きなのですね。ゼノ王子が羨ましい」
「うん、大好きだよ。僕の大切な弟だからね」

 満面に笑顔を浮かべるセスを、蝶緋は少し寂しい気持ちで見つめた。




 蝶緋の一行に先行して、セントーン入りしていたハンスから報せが届いたのは、シャルが二度目の治療から目覚めた翌日のことだった。

「早いな」

 ライから報せを受けた緋凰は、思わず呟いた。
 緋龍に届いた時間から逆算すると、ハンスが一報を託したのは、蝶緋がセントーンに着いた日か、遅くても三日程しか経っていないだろう。
 だが緋凰を驚かせたのは、その早さよりも内容だった。蝶緋が想いを寄せる相手、それはセスだと言うのだ。

「有り得ぬ」

 即座に否定の言葉を発する。
 しかし実際に目にした侍女の話によると、蝶緋とセスは親しく過ごし、セスはともかく、蝶緋がセスを慕っていることは、確実だろうと書かれていた。

「何かの間違いだ」

 緋凰は断言したが、念のため、姉妹たちを束ねる鳳緋にも意見を求める事にした。

「私は聞いた事がございませんわ」

 鳳緋は首を傾げた。彼女の耳にも入っていないらしい。
 難しい顔をする緋凰に、鳳緋は提案する。

「蓮緋に聞いてみては如何かしら? あの子は蝶緋を可愛がっていたから」

 呼ばれた蓮緋は、不機嫌そうに眉間に皺を寄せていた。

「緋凰兄様は、蝶緋がゼノ王子に嫁ぐ事が、それほどにお気に召さないのかしら?」

 睨むように言われ、緋凰はわずかに肩を竦めた。この一件で、妹達からの緋凰への評価は、下降気味だ。

「そうではない。だが報告の通り、万が一にも蝶緋がセスに想いを寄せているのだとしたら、それこそ不幸ではないか?」

 問い返され、蓮緋は視線を落とす。

「そうね。好きな殿方にその想いを伝える事も叶わず、義妹として振る舞わなければならないのですもの。今はまだ、セス王子も独身であられるけど、妻をめとれば更に辛いでしょうね」

 黙した蓮緋に、何か心当たりはないかと、緋凰は再度尋ねる。思い出すように考え込んだ蓮緋は、そういえば、と口を開いた。

「以前、蝶緋が緋凰兄様たちと共に、セントーン向かう前日に、一緒に城下に出かけたことがあるの。その時、お土産にって、干菓子を買っていたわ」

 ライと緋凰は目を見交わす。

「決まりだな」
「執事は甘いものも食べるのであろう?」

 なおも緋凰は認めようとしない。一縷の希望にすがるように、ハンスが可能性をほのめかした執事を持ち出した。
 ライから呆れたような眼差しを受け、緋凰は口をつぐむ。
 話に付いていけない鳳緋と蓮緋は、首を傾げて男たちを見る。
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