続・聖玉を継ぐ者

しろ卯

文字の大きさ
上 下
44 / 77

42.シャルを緋龍の姫として

しおりを挟む
 シャルを緋龍の姫として、ゼノに嫁がせる策戦が頓挫したとき、緋凰はシャルに謝罪した。
 けれどシャルは、ゼノに嫁ぐつもりは初めからなかったと、微笑んで答えた。
 自分の命は後わずかであると、自ら告白したシャルは、ゼノを愛し、彼の傍らに居続けてくれる女性が嫁ぐ事を願っていると、そう言ったのだった。
 玉緋による治癒を受け入れたが、それはハンスの心に応えるためであり、玉緋への負担とならない範囲――すなわち、緋龍に居る間だけに留めてほしいと申し出た。
 つまり、シャルが受け入れると決めた治療は、この一回だけ。

「治ると思うか?」
「分からない」

 ライに問われて、玉緋は首を左右に振った。けれどすぐに顔を上げて、柘榴となったシャルを見つめる。

「でもアリスが断っても、私はセントーンに付いて行くつもりよ。このまま見殺しになんてできない」

 強くはっきりと断言する声に、彼女の決意が見てとれた。

「ありがとうございます」

 ハンスはまぶたを落とす。
 玉緋の力は強いが、一度でどこまで癒せるかは分からない。
 決闘での勝利を盾に、できうる限り玉緋の石能を使わせてもらう。場合によっては、更なる強硬手段も視野に入れていた。
 利用しようとし、騙すような形になったにも関わらず、玉緋はシャルを友として救おうとしてくれている。
 その真っ直ぐな想いが、嬉しいと同時に、つきりと胸を刺した。

「だが延命に成功したとして、どうする気だ? ゼノに嫁ぐは蝶緋と決まった」

 もたれていた木から背を離した緋凰に、皆の視線が集まる。

「それなんだけど、おかしいのよね」
「何が?」

 玉緋はあごに指を添え、小首を傾げる。ライに問われ、彼女は続けた。

「蝶緋は子供の頃から、ゼノを怖がっていたのよ。とても好きだとは思えないわ」
「けど俺達が緋龍に来る前には、決まってたんだろ?」
「それなんだけど」

 と、玉緋は言いよどむ。
 ちらりと緋凰の様子を窺ってから、再び口を開いた。

「初めは蝶緋だけの予定だったの。それが一人だと怖いって相談されたから、『だったら私も一緒に行ってあげる』って、私も一緒に嫁入りすることになったの」
「玉緋様、婚姻を何だと」

 思わずハンスは額に手を添える。緋凰も事情を知らなかったのか、眉をひそめて困惑気味だ。

「あら、どうせゼノは妃なんて興味ないでしょ? 嫁いでも付き添いだからって言えば、問題ないわ」
「お前な」

 男達は呆れるが、当の玉緋は平然としている。

「だがセントーンに誰が嫁ぐかを話し合った際、蝶緋は自ら手を挙げた。それに俺がセントーンに出掛ける際も、お前と緋嶄に次いで、同行を求めていた」
「そうなのよね」

 気を取り直すように言った緋凰に、玉緋も同意を示す。
 四人はそれぞれに考えにふける。

「もしかすると、蝶緋様はゼノ様ではなく、他の誰かを慕っておられるのではないでしょうか?」

 ふと気付いたように、ハンスが声を上げた。その可能性について、それぞれが再び考えだす。

「貴族の坊っちゃんか?」

 無難な答えをライが弾き出した。

「蝶緋に言い寄る男は、たしかに大勢いたけど」
「それならば、玉緋にだけでも打ち明けるのではないか? うちは姫の嫁ぎ先には、然してこだわらぬからな」

 緋凰に論破され、振り出しに戻る。

「では使用人でしょうか?」
「でも蝶緋が緋凰兄様に付いてセントーンに行っていたのって、五歳くらいからよ?」

 次にハンスが答えを導き出したが、これには玉緋が否定的だった。
 玉緋の言うとおり、五歳の皇女が、使用人に想いを寄せるとは考え辛い。一時的な憧れならばあるかもしれないが、適齢期になってまで想い続けるというのは、現実的ではないだろう。
 しかしハンスは、玉緋の言葉も踏まえた上で、そのまま思案を続けた。

「となると、その相手を知ったのは、十年くらい前でしょうか? その頃から勤めていて、当時は十代だった使用人ならば、ある程度絞れそうですね」

 使用人の中には、十代前半の少年もいる。その年頃ならば、五歳の少女が想いを抱く可能性もあるだろう。 

「そう簡単に行くか? どれだけの使用人がいると思っているんだよ」

 ハンスの言葉に、ライは顔をしかめる。
 王宮にいる使用人の数は膨大だ。入れ替えだってある。

「十年以上も王宮に残る者は、少ないです。他国の皇族と接触できる者も、多くはありませんから。この条件ならば、それほど難しくはありませんよ」

 微笑んだハンスだが、急に沈黙した。

「どうした?」

 違和感を覚えたライが問う。緋凰と玉緋も、怪訝な表情をハンスに向けた。

「いえ、ちょうど俺の世代なのではないかと」

 一瞬、その場は静まり返った。

「あんたじゃないと思うわよ? 大体あんたは、王宮勤めじゃないでしょ?」

 玉緋が真顔で否定した。

「こいつ、元は王宮に勤めてたんだよ」
「そうなの? 道理で料理が上手いはずね」
「お前に比べりゃ、誰だって美味いだろ」

 ライが説明し、玉緋が納得する。
 淡々とした会話の最後にライが暴言を放ち、玉緋の一刀がライに向けられたが、ライはさらりとかわす。
 真剣が閃いたというのに、ハンスも緋凰も視界の端に入れただけで、何の反応も見せない。

「そうではなく、俺の知っている限り、賓客にお目に掛かることができて、先の条件を満たす男は、一人なんです」

 ぴたりと、動きを止めた全員の視線が、ハンスに向かった。

「どんな男?」

 抜き身の剣を鞘にしまうなり、食い付く玉緋。ハンスはたじろいで一歩下がった。

「執事のクリス・メーリーです。整った顔立ちで、俺が王宮にいた頃から侍女達が騒いでいました」
「決まりね。きっと、そいつだわ」

 にっこりと、玉緋は笑む。
 しかし言い辛そうに、ハンスは頬を掻いた。

「ですが」
「何よ?」
「クリスは二年前に嫁を貰っています」

 ここに来て投下さられた爆弾発言に、ライは眉をひそめて口を半開きにし、緋凰も眉根を寄せた。

「確かか?」
「ええ、俺も式に呼ばれましたから。御祝儀代わりに菓子を作れと言われて」

 確認するライに、ハンスは答える。
 そんな中、眉根を寄せて首を傾げていた玉緋は、

「つまり、すでにそのクリスっていう男には、正室がいるのね。さすがにそこに側室として入るのは、問題があるわよね」

 と、深刻そうな顔付きで頷いている。
 男たちは絶望したような眼差しを、玉緋に向けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

拝啓、大切なあなたへ

茂栖 もす
恋愛
それはある日のこと、絶望の底にいたトゥラウム宛てに一通の手紙が届いた。 差出人はエリア。突然、別れを告げた恋人だった。 そこには、衝撃的な事実が書かれていて─── 手紙を受け取った瞬間から、トゥラウムとエリアの終わってしまったはずの恋が再び動き始めた。 これは、一通の手紙から始まる物語。【再会】をテーマにした短編で、5話で完結です。 ※以前、別PNで、小説家になろう様に投稿したものですが、今回、アルファポリス様用に加筆修正して投稿しています。

【完結】巻き戻りを望みましたが、それでもあなたは遠い人

白雨 音
恋愛
14歳のリリアーヌは、淡い恋をしていた。相手は家同士付き合いのある、幼馴染みのレーニエ。 だが、その年、彼はリリアーヌを庇い酷い傷を負ってしまった。その所為で、二人の運命は狂い始める。 罪悪感に苛まれるリリアーヌは、時が戻れば良いと切に願うのだった。 そして、それは現実になったのだが…短編、全6話。 切ないですが、最後はハッピーエンドです☆《完結しました》

踏み台令嬢はへこたれない

三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

あなたのおかげで吹っ切れました〜私のお金目当てならお望み通りに。ただし利子付きです

じじ
恋愛
「あんな女、金だけのためさ」 アリアナ=ゾーイはその日、初めて婚約者のハンゼ公爵の本音を知った。 金銭だけが目的の結婚。それを知った私が泣いて暮らすとでも?おあいにくさま。あなたに恋した少女は、あなたの本音を聞いた瞬間消え去ったわ。 私が金づるにしか見えないのなら、お望み通りあなたのためにお金を用意しますわ…ただし、利子付きで。

いつかの空を見る日まで

たつみ
恋愛
皇命により皇太子の婚約者となったカサンドラ。皇太子は彼女に無関心だったが、彼女も皇太子には無関心。婚姻する気なんてさらさらなく、逃げることだけ考えている。忠実な従僕と逃げる準備を進めていたのだが、不用意にも、皇太子の彼女に対する好感度を上げてしまい、執着されるはめに。複雑な事情がある彼女に、逃亡中止は有り得ない。生きるも死ぬもどうでもいいが、皇宮にだけはいたくないと、従僕と2人、ついに逃亡を決行するのだが。 ------------ 復讐、逆転ものではありませんので、それをご期待のかたはご注意ください。 悲しい内容が苦手というかたは、特にご注意ください。 中世・近世の欧風な雰囲気ですが、それっぽいだけです。 どんな展開でも、どんと来いなかた向けかもしれません。 (うわあ…ぇう~…がはっ…ぇえぇ~…となるところもあります) 他サイトでも掲載しています。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

処理中です...