続・聖玉を継ぐ者

しろ卯

文字の大きさ
上 下
43 / 77

41.扉が叩かれ

しおりを挟む
 扉が叩かれ、エリザは姿勢を正して声を返す。

「入りなさい」
「失礼します」

 静かに執事が現れた。

「セス殿下が御見えです」
「殿下が? すぐに行きます」

 執事が去ると、鑑に向かい手早く身だしなみを整える。呼吸をゆっくりと吐き出し心を落ち着かせると、部屋を出た。
 用件は想像が付く。
 ゼノの心を落とすどころか、ゼノを寮から追い出してしまったエリザへの、叱責だろう。
 どのような処罰を下されるかは想像もつかないが、覚悟は決めている。

「殿下、わざわざ御足をお運び頂き、恐縮でございます」

 エリザは裾を持ち上げ、優雅に礼をとった。

「ゼノがいたときは、美味しかったんだけどな」

 セスはエリザの挨拶には視線も向けず、卓上の菓子を一口かじり飲み込むと、舌を出す。

「最悪。犬の餌と間違えてない?」
「申し訳ありません。以前の菓子職人は留守にしておりまして」

 すぐさまエリザは謝罪の言葉を述べる。まるでこの邸の女主人のように。

「ふうん。まあ、ゼノは甘い物は食べないし、今はここにいないから、しかたないね」

 一瞬だけ向けられた冷たい視線に、エリザは震えた。

「ねえ、どういうつもり? ゼノを追い出して、お前が将軍にでもなるつもり?」

 ようやくエリザに向けられた顔には、天使と称される、柔らかな面影は無い。感情の読めぬ、冷酷な表情が張り付いていた。それでも彼の美貌を損なうことはなかった。
 背筋に冷や汗を流しながら、エリザはひたすら頭を深く下げる。

「滅相もございません」
「ゼノに嫌われてたなら、最初に言ってよね。僕まで嫌われたら、どう責任を取る気?」

 容赦なく、セスは蔑むような声を投げつける。

「そ、それは」

 言い淀むエリザの耳に、セスの笑い声が響いた。

「冗談だよ。ゼノが僕を嫌いになるわけないだろ?」
「殿下の仰せの通りでございます」
「でも」

 と、セスは声を落とす。
 震え始めた体を、エリザは必死に抑えつける。

「お前のせいで、無駄な時間を使っちゃった。お陰で緋凰が動き出したじゃないか。どうしてくれるのさ?」
「そ、それは」

 答えに窮したエリザに、セスは困ったように眉尻を下げ、溜め息を吐く。

「もう一度だけ、機会を与えてあげる。それでゼノの心を動かせないなら、親子揃ってセントーンを出て行ってよ」

 反射的に、エリザは顔を上げた。

「それだけは御許しください。父母に罪はございません。私はどのような償いでもいたしますので」
「そう。もうゼノが振り向かないと分かっているんだ」

 はっと、エリザは自分の失言に気付き、息を飲む。すぐさま否定の言葉を口に上げた。

「いいえ、必ずや」
「じゃあ、今度緋龍の小娘達が来るから、ゼノを取られないように追い返してよ」
「緋龍の姫君ですか?」

 予想していなかった成り行きに、エリザは恐怖を驚きで塗り替えた。
 セントーンの令嬢の中では、エリザは大きく抜きん出ていた。
 どの令嬢にもお座成りの対応しかしないゼノが、エリザにだけはきちんと応対し、笑みを向けてくれる。
 必ずゼノに愛されるはずだという、自惚れを生じるほどに、エリザと他の令嬢たちの間には差があった。

 しかし緋龍の皇女が相手となると、話は別だ。
 大国の皇族が相手では、エリザの家の威光など無意味だ。そして何より、ゼノが緋龍の皇族と親しくしていることは、彼女も耳に挟んでいた。

 エリザは自分の足元が崩れていく気配を感じた。しかしここで怯めば、そのまま奈落の底まで落ちてしまうだろう。
 歯を食いしばり、エリザはしがみ付かなければならない。

「僕の予想では、うっとうしい玉緋だろうね。あんな礼儀知らずがゼノの側にいるなんて、想像するだけでぞっとするよ」

 エリザが凍えるような恐怖に身を置いている間にも、セスの話は進んでいった。

「必ずや御期待に応えてみせます」

 恐怖をひた隠し、エリザはその身に染み付いている、淑女の礼を取って答える。
 セスはエリザを一瞥することもなく、将軍寮を去っていった。




 緋龍の城内にある、普段は人気のない庭で、シャルは沈黙していた。
 すでに思考は停止している。身体は脳からの命令を待っていたが、脳は次なる命令を出せずにいた。

「拷問だな」
「そんな事は」

 ライの言葉を否定しようとしたが、それ以上は続かなかった。目の前に置かれた赤黒い物体を、シャルはこれから食べなければならない。

「もっとましな物はなかったのか?」
「蠢くモノよりかは、良いかと思いまして」

 ハンスの答えに、ライは苦い顔になる。シャルも顔が引きつっていた。

 先日、ライはハンスに頼まれ、二つの料理を風の民に託した。
 一つは玉緋の創り出した、料理という名の蟲らしき物体。今一つは、それにハンスが手を加えたもの。
 その得体のしれなさに、大概の食物にも生物にも免疫のある風の民さえもが、動揺し、口にする事を躊躇した。
 しかし風の民を束ねるジルから、ライには協力するようにとの指示が出ていたため、彼らは拒否を許されない。
 一人が意を決して、ハンスが手を加えた料理を食べた。

「意外といけますよ」

 と、器の料理を完食したが、事前に付けていた傷に変化はなかった。
 見た目は蟲だが、味はまともらしいと、玉緋の創ったままの蟲――否、料理に、二人目が手を出す。その直後、彼は白目を剥いて卒倒した。
 念のために、もう一人にも食べさせてみたが、やはり卒倒した。

 後日の報告によると、倒れた二人は翌日の昼に目覚めたそうだ。気が付いてもしばらく呆然としていたらしいが、傷は癒えていたという。
 しかし傷が癒えたのは、当日に食べた二人だけで、翌日はただ不気味で不味いだけの物体になっていたそうだ。

「い、いきます」

 息を飲み込むと、シャルは意を決して玉緋の料理を口に入れた。何とか咀嚼して、胃へと流し込む。
 予想通り倒れたシャルをハンスは支えるが、すぐに樹と化した。

「本っ当に、すげえな。お前の新生物」
「うるさいわよ」

 ライに反論はするが、玉緋は耳まで赤く染めていた。

「これでどこまで治るか、だな」

 近くの木にもたれて、腕を組んでいた緋凰が呟く。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめる事にしました 〜once again〜

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【アゼリア亡き後、残された人々のその後の物語】 白血病で僅か20歳でこの世を去った前作のヒロイン、アゼリア。彼女を大切に思っていた人々のその後の物語 ※他サイトでも投稿中

〈完結〉毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~

流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。 しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。 けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

【完結済】姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです

鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
王国の片田舎にある小さな町から、八歳の時に母方の縁戚であるエヴェリー伯爵家に引き取られたミシェル。彼女は伯爵一家に疎まれ、美しい髪を黒く染めて使用人として生活するよう強いられた。以来エヴェリー一家に虐げられて育つ。 十年後。ミシェルは同い年でエヴェリー伯爵家の一人娘であるパドマの婚約者に嵌められ、伯爵家を身一つで追い出されることに。ボロボロの格好で人気のない場所を彷徨っていたミシェルは、空腹のあまりふらつき倒れそうになる。 そこへ馬で通りがかった男性と、危うくぶつかりそうになり────── ※いつもの独自の世界のゆる設定なお話です。何もかもファンタジーです。よろしくお願いします。 ※この作品はカクヨム、小説家になろう、ベリーズカフェにも投稿しています。

処理中です...