続・聖玉を継ぐ者

しろ卯

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37.ライはハンスに視線で

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 ライはハンスに視線で意思を確認すると、シャルを起こした。事情が飲み込めないシャルは不思議そうに小首を傾げていたが、ライはそのまま促して、最初に部屋を出た。
 緋龍の弟妹の警戒を和らげるには、ハンスの戦力を削ぐ必要がある。ライが出ていくことで、ハンス一人という状況を示す。
 それでも不安ならば、外に出たライとシャルを人質とする方法もある。もっとも、そう簡単に捕まるライではないが。

 ライに続き緋龍の弟妹たちも、渋々部屋を出た。
 部屋には緋凰とハンスの二人だけが残った。

「なんで私達には話してくれないのかしら?」

 別室に移った五人は、シャルの入れた茶を啜っていた。

「まあ、色々とな」

 言いはしたが、ライにも違和感が残る。
 ゼノとシャルの関係は、すでにここに移動した三人も気付いている。隠さなければならない事があるとすれば、シャルが傷を負った経緯だろうか。

「ねえ、アリス。つまりあなたが好きだって言っていた人って、ゼノなのよね?」
「ええ? 何の事ですか?」

 慌てて誤魔化そうとしたシャルに、ライが説明する。

「お前が寝てる間に、緋凰皇帝が気付いちまったんだよ」
「ゼノもアリスの事を好きなのよね?」
「ええと、多分」

 ゼノが自分を愛してくれていることは分かっているが、それを誰かに告げることは恥ずかしくて、シャルはぼかした。
 けれどライは容赦が無い。

「べた惚れだろ」
「ライさん?」

 慌てふためくシャルに、ライは素知らぬ顔で茶を飲む。

「あのゼノがか? 想像できないな」

 緋鰉の言葉に、緋嶄と玉緋は頷いた。
 その反応に、ゼノとシャルの様子を知っているライは、首を傾げざるを得ない。

「そうなのか?」
「ええ。私達の知るゼノは、決して人に心を許さず、人を信用しない人間です。親しくしているように見える緋凰兄上にも、ゼノは容赦無く剣を向けるでしょう」

 淡々と答えた緋鰉に対し、シャルとライは不思議そうに顔を見合わせる。

「油断しない人だとは思うけど、そこまで言うか?」
「言うわよ。ゼノとは子供の頃から仲良かったけど、嫁いでも絶対愛されないって断言できるもの」

 反論する玉緋をライはじっと見つめる。それから納得したように、

「まあ、そうだろうな」

 と、数度頷いた。

「ライさん」
「あんたね」

 シャルはライをたしなめ、玉緋は殺意を向けた。
 ふうっと息を吐き出して気持ちを抑えた玉緋は、話を続ける。

「私だけじゃないわ。他の誰が嫁いでも同じよ。ゼノは決して愛さない。妻として扱ってもそれは形だけ。心なんて無いわ」
「そんな事は」

 優しいゼノを知っているシャルは、誤解を解こうと口を開いた。しかし、

「つか、お前、そんな所に嫁ぎたかったのかよ?」

 ライに阻まれた。

「そんな訳ないでしょう? 他よりましって思っただけ。蝶緋も一緒って話だったし」

 玉緋は不機嫌そうに唇を尖らせる。望んで嫁ごうというわけではないことは、一目瞭然だった。

「まあ、私達はしょせん、外部の人間ですから。側近くに仕える者とでは、心情が違ってもしかたないのでしょう」

 意見は一通り出尽くしたと見た緋鰉は、ゼノに対する認識の違いをまとめた。
 指摘されてライは沈思する。
 確かにゼノは容易に心を開かず、冷酷になる時もある。
 エリザの件に関しても、軍にいた頃は可愛がっているように見えたが、妻の座を狙っていると知ってからは、冷淡な態度を崩さない。

 心情が理解できるだけに、気にすることはなかった。だが振り返ってみれば、軍にいた頃からエリザには表面上でしか接していなかったように思われる。
 緋龍の弟妹達の言う通り、ゼノが心を許すことは稀なのかもしれない。信頼を得たと思っていても、必要とあらば切り捨てる。
 では自分はどうなのかと考えかけて、ライは首を振って思考を止めた。

「ねえ、アリスはどうやってゼノを落としたの?」

 重くなりかけた空気の中、玉緋がシャルに詰め寄った。年頃の彼女には、やはり気になる話題なのだろう。

「落とす?」

 シャルは不思議そうに小首を傾げる。

「確かに気になりますね。兄がゼノに仕えているとしても、それだけでゼノの心を開かせる事ができるとは思えません」
「ええと」

 緋鰉まで加わり、シャルは逃げ道をふさがれた小動物のようにうろたえる。助けを求めるように、ライを見た。どこまで話して良いことなのか、シャルには判別が付かなかった。
 視線を受けたライは、緋凰の部屋を見る。
 ここでシャルが下手に喋り、ハンスの話と矛盾が生まれるのは不味い。実際、玉緋は好奇心から聞いているようだが、緋鰉は油断できなかった。

「まあその辺は、後で御兄サマに聞けよ」

 無難な答えを返しておく。

「何よ。良いじゃない、少しくらい」

 頬を膨らませる玉緋を、シャルは宥める。
 そんな中、部屋を移ってから沈黙していた緋嶄が口を開いた。

「本当に、ゼノはその女を好いているのか?」

 全員の視線が緋嶄へと向かう。
 背の高い緋嶄は、シャルをひたと見下ろした。

「好いた振りをしているだけでは?」

 その目には、猜疑心が窺える。

「無いな」

 シャルが答えるより先に、ライが断言した。 
 緋嶄の視線がシャルからライへと移る。

「何故、言い切れる?」
「それは」

 即答したライに緋嶄は問うが、ライは答えに窮した。
 ゼノのシャルへの想いを疑った訳ではない。むしろ想いが強すぎて、口に上げるのがはばかられた。
 シャルと再会を果たしてからのゼノの言動は、ライから見ると、常軌を逸しているとさえ感じてしまう。
 無言のライに、断定できるだけの理由はないと判断したのか、緋嶄は言葉を続ける。

「その女も治癒能力者なのだろう? ゼノは力を欲して、好いたふりをしているだけではないか?」
「あり得ない」

 重ねて断言したライを、緋嶄は凝視する。その目は、納得させるだけの理由を示すように訴えていた。
 ライは一つ息を吐く。

「お前も見ただろう? セントーンの『外』でのゼノ様を。あの人はこいつが絡むと、いつもああだ。俺が毎回どれだけ苦労してると思ってる?」
「ええと、ごめんなさい」
「おう」

 ライの説明に、シャルは思わず謝った。
 自分のせいでライたちに色々と迷惑をかけていることは、シャルも自覚している。
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