続・聖玉を継ぐ者

しろ卯

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36.玉緋の石能により

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 玉緋の石能により、緋嶄から受けた傷が完治した事を確認したハンスは、改めて緋凰との交渉の席に着いた。
 その場にはシャルとライも同席を許された。緋龍側は、緋凰、緋鰉、緋嶄の三兄弟が揃い、当事者である玉緋の姿もあった。

「先日のお話ですが、一つ提案させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「内容による」

 緋凰の答えに、ハンスは頷く。

「一度目の治療は、緋凰様の御命じの通り、緋龍の地でお受け致しましょう。しかし二度目からは、セントーンでお願いしたい」

 ハンスの言葉に、緋凰は動きを止めた。しばらくしてから眉間に皺を寄せた顔をハンスへ戻す。

「それはつまり、玉緋の力を持ってしても、一度では治せぬという意味か?」
「おそらく」

 背もたれに身を預けた緋凰は、不可解そうにハンスを見下ろす。

「玉緋はかつて、全身に深手を負った緋嶄を、見事完治させた事もあるのだぞ?」

 暗に玉緋の石能が並外れた力であり、治せぬ傷は無いと告げていた。
 ハンスは抗うことなく肯定する。

「ええ、伺っています」
「それでも治せぬと申すか? それ程の深手であれば、緋龍に連れて来る事も叶わぬのではないか?」

 緋凰の疑問はもっともであろう。
 玉緋の力を持ってしても一度で治せぬほどの傷となると、すでに命の危機に瀕していると予測が付く。
 けれどハンスは緋凰の言葉を否定する。

「いいえ、すでに緋龍に」
「ほう? 何処にいる? 連れて参れ」

 疑問と疑心に、緋凰を囲む空気が揺らめいた。ちりりと玉座が燻る。 

「すでに御前に」

 ハンスはひたと緋凰の目を捉えたまま答えた。
 緋凰は柳眉を寄せ、緋鰉と緋嶄は怪訝な気持ちを乗せた顔を見合わせる。

「戯言を申すな。ここにいるのはお前達三人のみ。瀕死の重症どころか、手足の不調さえ無いではないか」

 からかわれているのだと、緋嶄は怒鳴る。
 緋龍の兄弟達が苛立ちを募らせる中、玉緋だけは勘付いてシャルを見つめていた。

「まさか?」
「ええ、俺の大切な妹です」

 玉緋の口からこぼれ出た言葉を、ハンスは肯定した。
 緋龍の三兄弟は、シャルを凝視する。だがどれほど凝視しても、ひどい傷を負っているようには見えない。服の下まで見ることはできないが、それでも緋龍に着てからの彼女の行動に、傷に苦しむ動作は窺えなかった。

「玉緋、説明しろ」

 緋凰の目が玉緋へと移る。
 シャル自身やハンスではなく、玉緋に説明を求めたのは、ハンスの策略に嵌まる可能性を怖れての事だろう。
 玉緋はシャルから視線を外すことをためらう素振りを見せたが、緋凰へと体の向きを変えた。

「アリスの石能は、命有るものの姿を変えることなの。その力を使えば、傷付いた箇所を補ったり、隠す事も出来るのだと思う。それにハンスは、『アリスには治せない』って言ったわ。私も私の怪我を治す事は出来ない。だからアリスも」
「なるほど」

 持論を述べる玉緋に緋凰は頷くが、まだ納得するまでには至っていないようだ。

「ではお前の石能を解き、本来の姿を見せてみよ。場合によっては玉緋をセントーンに連れ帰る事も認めよう」

 シャルはハンスを見上げた。
 すでに柘榴はシャルと同化している。無理にシャルの意思で動かせば、残る肉体まで損傷させてしまう危険があった。

「どうした? 見せられぬか?」

 再度、責めるように告げられ、ハンスはシャルの肩に手を回した。

「大丈夫だから」

 微笑むハンスに、シャルは頷く。
 ハンスはシャルの首筋に手を添えた。次の瞬間、意識を失ったシャルが、ハンスの腕の中に崩折れた。
 緋龍の兄弟達は、目を見張った。
 シャルの体を樹皮が覆っていく。腕だった部分は伸びていき、枝を生やし葉が茂る。足は根となり床に穴を開けた。

「何、これ?」

 玉緋は目を見開き、首を振った。

「どういう事? アリスは? これじゃ木そのものじゃない?」

 悲痛な声を上げてよろめくように後ずさる玉緋を、緋嶄が支える。

「ええ、その通りです。妹の人であった部分は、もうほとんど残っていません。樹木と同化する事で生き永らえているのです。それさえ、もう長くは維持できないでしょう」

 言葉を失った緋龍の兄弟の中で、最初に平常心を取り戻し言葉を紡いだのは、やはり緋凰だった。

「柘榴」

 ぽつりとこぼれるように出た言葉は、静まり返った室内には充分なほど響いた。緋龍の弟妹は、はっと顔を跳ねるようにして緋凰を見る。
 ハンスとライは、密かに口角を上げた。

「一つ答えろ。この女とゼノは、どういう関係だ?」
「兄上? なぜここでゼノの名が?」

 緋龍の弟妹は、兄の口から唐突に出てきた名に首を傾げた。

「以前、聖なる樹と持て囃される柘榴を父上が欲し、セントーンに求めた事は憶えているな?」
「はい」

 弟妹達は頷く。結局、柘榴を手に入る事は叶わなかった。そればかりか、その力を無理に用いようとしたために、多くの犠牲を生んだ。

「あの時のゼノの言動、俺は未だに腑に落ちぬ」

 不機嫌そうに口の端を歪めた緋凰に、緋鰉と緋嶄は眉をひそめる。

「兄上は、聖なる樹とこの木が、同じ樹だとお思いになったのですね」

 緋鰉に対して、緋凰は鷹揚に頷いた。

「そうだ。だが柘榴の本性が人であったとしても、ゼノがあれほどに動揺するのは解せぬ。答えろ」

 ぎょろりと、緋凰はハンスを視界に捕らえる。
 玉座から見下ろす緋凰の眼を、ハンスは正面から受け止めた。少しの間、静かに互いを牽制しあっていたが、ふっとハンスの口元が緩む。

「良いでしょう。ただし、緋凰皇帝以外の方には御退出頂きたい。部屋の周囲にいらっしゃる警備の方々も、遠ざけてください」

 ハンスの発言に、最初に反応したのは緋嶄だった。顔に嫌悪の感情を載せ、ハンスを睨む。

「馬鹿を言うな。貴様と緋凰兄を二人切りにするなど」
「良い。緋鰉、出掛けに兵と使用人達に指示を」

 怒声を発した緋嶄を、緋凰は制する。緋鰉は目を瞠り、緋嶄は訝しげに緋凰を見つめている。
 それでも皇帝たる兄に逆らうことはできないのだろう。緋鰉は渋々といった様子で、まぶたを伏せた。

「承知しました」

 臣下としての礼を取る緋鰉の顔には、不満があふれている。歯軋りの音が聞こえてくるようだ。
 二人の兄の様子を見ても、緋嶄はまだ納得がいかなかった。

「しかし兄上、」

 と、尚も言い募ろうとしたところを、緋凰は睨む。

「俺もお前と同様に、この男に勝てぬと?」
「いえ」

 うつむき握り締めた緋嶄の拳を、玉緋の手が慰める。顔を上げた緋嶄は玉緋を見つめたが、すぐに視線を逸らした。
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