続・聖玉を継ぐ者

しろ卯

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20.シャルの小皿を取ると

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「ああ、もう」

 シャルの小皿を取ると、並んだ料理の中から二種、盛り付けた。

「ほら、先ずはこっちの赤いの食え」

 言われる通りに、シャルは赤くて小さな、蛙の卵のような料理を食べる。

「んで次はこっち」

 今度は白く、艶やかな塊だ。噛んで飲み込むと、口から咽にかけて焼けるような辛味が消えていく。

「ほら、お前はこれでも食っとけ」

 続いてライは、シャルが食べることのできそうな、辛味の無い野菜や果物の料理を小皿に盛って、シャルの前に置いた。

「ありがとうございます」

 シャルが食事を再開すると、ライは再び緋凰に向かいあった。

「俺は唯の軍人ですから、貴国の手を煩わせては、国に帰って叱られてしまいます」

 何事もなかったかのように、話の続きをつらつらと口から紡ぐ。

「ライさん、これ美味しいです」
「ああ、良かったな。ですから、どうぞ御気遣いは無用に願います」

 途中でシャルが料理の感想を述べたが、さらりと答えるにとどめて、緋凰との会話を継続した。
 言い終えたライを、緋凰はまじまじと凝視している。他の母子達も、唖然として見つめていた。

「いつもそんななのか?」

 得体の知れぬものでも見るような目を向けながら、緋凰はライに問う。

「まあ、大体そうですね」
「ゼノの前でもか?」
「まさか。ゼノ様が居たら、三倍は面倒です」

 顔をしかめたライに、緋凰は目を瞬く。
 皇帝や王族に対してこのような態度を取る大将もあり得ないが、それ以上に、従兄弟への評価が気になった。

「ゼノがか?」
「ええ」

 無言でライを凝視していた緋凰は、突然声を上げて笑い出した。

「しばらく会わぬ内に、あれも変わったか。それとも余程お前を気に入っているのか?」
「たぶん前者でしょ」

 皇帝と大将という形式張った会話が終わったと見て取ったライは、肉を頬張りながら素っ気なく答える。

「ほう、それは今度会うのが楽しみだ」

 緋凰はにやりと口角を上げた。
 そんな二人のやり取りを脇に、シャルは珍しい料理に夢中になっている。

「ライさん、蛙さんです」

 竹を編んで作られた器の中から現れた、緑色の愛らしい蛙を模った料理に、シャルは目を輝かせる。隣には赤くてひらひらとした尾を持つ、小さな魚もいた。

「お前は食うなよ」

 治癒の力を持つ者は、肉や魚を食べると力を失うことがある。
 視線も向けずにライは答える。緋龍では食用の蛙がいると、彼は記憶していた。

「あなた、勇気ある恋人じゃなくて、ただの命知らずの阿呆だったのね」

 食事の後、ライは皇女玉緋からの御言葉を賜ったのだった。




 朝食の片付けも早々に、ハンスは急ぎ神官宮に向かっていた。
 厨房に直接、神官長からの使いがやって来て、ハンスに出向くように伝えたのだ。
 アリスに何かあったのかと問うハンスに、神官は首を傾げるばかりで何も答えない。
 料理人を侮っているというよりも、本当に何も聞かされていないのだろう。
 仲間の料理人達がすぐに行くよう勧めてくれて、ハンスは使いの神官を急かして駆け出した。

 神官宮の入口での問答の後、神官長の部屋に通されたハンスを、シドはにやにやと笑って出迎えた。
 それでシャルに異変があったわけではないと気付いたハンスの胸に、安堵と同時に怒りが湧いてくる。

「何のつもりですか?」

 怒気をあらわに問うハンスに、シドは息を一つ吐いた。

「君なら忍び込んで来ると思ってたのに、正面から来るとはね」

 シドはわざとらしく肩をすくめる。その姿にハンスの苛立ちが増していく。

「戯れでしたら失礼しますよ? 暇では無いので」
「ああ、将軍寮には今はゼノではなく、エリザ嬢が住んでいるのだったね。その上セス殿下もお出でになられたとか?」
「ええ、ですから菓子を御用意するのに忙しいんですよ」

 あてつけるように、ハンスは答える。神官長がハンスとのやり取りを楽しもうと考えていることは気づいているが、狐狸の化かし合いに付き合う気分にはなれなかった。

「そうか、それは悪かったね。でももう少しの辛抱だよ」
「どういう意味です?」

 この馬鹿げた婚約騒動が収束するのかとも思ったが、悪戯っぽく笑うシドを見るに、そうではないようだ。ハンスは先を促がす。

「もうすぐ君は、緋龍に赴くことになる」

 神官長は面白そうに言うが、それが意味することを、この男は理解しているのだろうか?
 現在セントーンに残っているゼノとシャルの事情を知り、なおかつゼノが心許せる味方は、ハンスだけだ。シャルもライも緋龍に出向させられている。
 陰謀渦巻くセントーンに、ゼノを一人にしろというのか?

「小鳥ちゃんだけじゃ足りず、俺もセントーンから追い出す気ですか? あんたはどっちの味方だ?」

 怒りにハンスの言葉が砕けた。
 ゼノはこのシドを、乳兄弟であり幼馴染として、信頼を寄せていた。それなのに、この男もゼノの敵に回るのかと思うと、憤りが湧いてくる。

「勘違いしてもらっては困る。君が緋龍に行くのは、緋凰皇帝からの招待だからだ」

 眉をひそめるハンスに、シドはようやく裏をかけると、満足そうに笑う。

「アリス神官とライ大将の婚礼のためにね」
「は?」

 思いがけない内容に、間の抜けた声を上げたハンスは、シドをまじまじと見る。

「今、何と?」

 ハンスの表情から怒りは消え、戸惑いが広がっていた。

「だからね、君はアリス神官の兄として、彼女とライ大将の婚礼の儀式に参加するのだよ」
「意味が分かりません」

 困惑に顔をしかめるハンスに、シドは一枚の紙を差し出す。手に取ったハンスは、一読してシドの襟をつかんだ。

「どういう事だ?」
「僕も報告があって初めて知ったんだ」

 シドは軽く諸手を挙げて降参の姿勢を取った。
 紙にはシャルが献上品として緋龍国皇帝に差し出された事、しかしライがこれを防ぎ、皇帝の勘違いから、シャルとライの婚礼が執り行われることになった事が書かれていた。

「違和感はあったからね。何かあれば報告するようにと、持たせておいて良かったよ」

 受信用の呪が施された用紙には、時刻と共に短い文が幾つも並んでいる。シドの命令を受けた神官は、送信用の呪具を持ち、細かく連絡を寄越していたようだ。
 緋龍の城の中でも使えるように、シド自ら組み上げたのだろう。内容を全て見せたのは、シドの無実を証明するためと、ハンスの意見を聞くためか。

 そこまで理解したハンスは、大きく息を吐く。
 にやにやと勝ち誇ったように笑う神官長に、どうやら上手く転がされたようだ。

「俺は緋龍に向かった方が良さそうですね」
「そうしてくれるかい? こちらは僕も抑えに回るから。自棄を起こさないように、お守りが必要だろう?」
「ええ」

 ハンスは苦笑した。
 留守中にゼノは四面楚歌となる。その上シャルがいざこざに巻き込まれているとあっては、あの主は何処までもつか分からない。

「君の妹を守れなかったせめてものお詫びに、緋凰の扱い方を一つ教えておこう」
「それは助かります」

 駆け引きという名の遊戯を終えた神官長は、さらりと掌を返した。
 ハンスも逆らわない。ずいぶんと性格が悪いとは思うが、敵で無いならば気にする必要はない。

「彼はセス殿下をたいそう嫌っている。自分が殿下に劣るなど、許せない程にね」
「心に止めておきます」

 神官宮を後にしたハンスは、ゼノの元へ向かった。
 まだ軍の施設にいるゼノの前に、姿を現すわけにはいかない。ハンスは身を隠したまま、ゼノにだけ聞こえる声で神官長からの情報を伝える。
 ゼノはしばらく放心していたが、何とか気を取り戻した。

「そういう訳で、俺はもう発ちます」
「分かった。シャルを頼む」

 まだ思考が追いついていないようだが、そうハンスに頼んだ。

「もちろんです。殿下こそ、早まった事はなさらないでくださいね」
「分かっている」

 姿を見せないハンスの気配が消えても、ゼノはしばらくその場に留まっていた。
 ちらほらと降り始めた雪が、ひどく冷たく感じた。
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