続・聖玉を継ぐ者

しろ卯

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13.ことの始まりは

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 ことの始まりは、緋龍国の皇帝となった緋凰が、ゼノに縁談を持ち込んだことから始まったという。
 大国緋龍の姫がゼノに嫁げば、国王はゼノへの手出しが今以上に難しくなる。その上、嫡子であるセスは未だ妻を持たず、子も無い。
 そんな状態でゼノに子でも出来れば、ゼノを推す声が増える危険もある。
 セスの方は、溺愛する弟が緋凰の義弟になる事が許せなかったのだろう。

 そこでゼノと親しくしているエリザに、白羽の矢が立ったという訳だ。
 彼女ならばゼノの妻に迎えても異国からの横槍は入らず、今まで通りの体制を続ける事が可能だ。身分も王族の正妻に就いても問題無い出自である。
 緋龍から正式な使者が訪れる前に婚約させてしまえば、正妻の座に就けないどころか、貴族の娘の下に並べられるという不名誉を忍んでまで、緋龍国が縁談を進めるとは考え辛い。
 というのが、国王陛下とセスの考えだった。

「なるほど。エリザとライには気の毒な事をしたな」
「なぜ、そこでライ大将の名が?」

 ぽつりとこぼしたゼノの言葉に、思わずハンスは真顔で尋ねた。

「私が部下の不幸に何も感じぬような、冷淡な将軍と思っていたのか?」
「いえ、そうでは無く」

 ゼノは今もって、エリザはライと想い合っていると思い込んでいた。
 そうとは知らないハンスは、ゼノの考えが読めず、首を捻る。

「エリザ様より、御自身の心配をしたらどうですか?」

 今回の騒動は結局のところ、ゼノの暗殺を封じられぬようにという、国王の意思なのだ。
 そう心配するハンスに、ゼノは何でもないことのように応じる。

「私の身など、どうでも良い。だが兄上の怒りがシャルに向かう事だけは、避けねばならぬ」

 ゼノは幼い頃から、国王と王妃から命を狙われ続けている。食事への毒の混入はもちろん、軍の内部に暗殺者が混じっていることも珍しくはない。
 軽く息を吐き出したハンスは、説得したところで無駄と諦め、今後の対応へと意識を向ける。

「では、エリザ様を?」
「いや、それは抗うつもりだ」

 問えばはっきりと、ゼノは否定した。

「小鳥ちゃんとは、もう話したのですよね?」

 問われたゼノの顔色が曇る。
 拒否するだろうと思っていたシャルはしかし、思わぬ反応を見せた。

「良い話しだと思う、と」

 ゼノはためらいがちに、小さな声を絞り出す。ハンスも顔をしかめた。

「エリザならば良い家庭が築けるだろうと笑っていた」

 痛ましげに見つめるハンスから逃れるように、ゼノは微かな笑みを口の端に浮かべる。

「本心だと思いますか?」

 ゼノは首を横に振る。

「だが、嘘でも無い」

 遠くへと焦点を移したゼノを、ハンスは凝視した。
 その視線に気付き、ゼノは苦し気に顔をゆがめた。

「もしやすると、シャルは長くは持たぬのかもしれぬ」

 ハンスはわずかに眉根を寄せると、目を伏せた。その様子に、ハンスは気付いていたのだと、ゼノは自嘲気味に口端に笑みを浮かべる。
 最愛の人だと言いながら、ゼノはいつも彼女の危機を見逃してしまう。

「私がエリザを迎える事でシャルが安心して逝けるのであれば、それも選択の一つやもしれぬ」
「殿下」

 思わず、悲痛に染まった声がハンスの口からこぼれ落ちた。
 二人の仲を、ずっと見守ってきたハンスには、こんな結末は容認しかねた。身分という縛りがあっても、それでも二人の幸せを願わずにはいられない。
 しかしゼノの瞳には、強い光が宿ったままだ。

「だが私はまだ、諦めきれぬ。シャルを救う方法があるのなら、手段は選ばぬつもりだ」

 ハンスはまぶたを落とす。
 しかし問題は、それだけに留まらなかった。
 夕刻になり、将軍寮に戻って来たシャルには、緋龍行きの命が下っていたのだった。



 その日、神官長から呼び出されたシャルは、見知らぬ神官を紹介された。
 白い顎髭を蓄えた初老の男で、シャルを見る目は幼い頃に向けられていた、化物を見る軽蔑の眼差しだった。
 シャルは身を縮めたが、神官長は気にせず紹介する。

「彼はベリル神官。前神官長の時代から神官宮の中枢に関わってきた有能な神官で、国王陛下の信頼も厚い」
「アリスです。よろしくお願い致します」

 頭を下げるシャルにも、ベリルは一瞥しただけだった。

「今日呼んだのは、このベリル神官と共に緋龍国へ行って来るようにとの、陛下からの拝命があったからだ」
「私に、ですか?」

 シャルはまだ見習いの神官だ。外交等の重要な仕事を任される段階ではない。ましてや国王陛下直々の指名など、あり得ないと言っても良い。

「お前は何もしなくて良い。ただ失礼のないように、私に従っていなさい」

 ベリルは視線を向けることもなく、冷たく言った。

「承知しました。未熟者で御迷惑をお掛けするかと思いますが、よろしくお願い致します」

 シャルは深く頭を下げる。
 この報せをハンスから伝えられたゼノは、緋龍に同行する護衛の中に、急ぎライを加えたのだった。

 緋龍への旅路の最中、護衛隊の指揮官であるはずのライは、ひどく浮かない顔をしていた。

「エリザ様の事が心配なんですね」

 気遣うシャルの言葉に、ライは更に頭痛を覚える。

「あのな、お前もゼノ様も勘違いしているようだが、俺はあいつの事はどっちかって言うと苦手なんだよ」
「そうなんですか?」

 意外に思い、シャルは小首を傾げる。
 ゼノから二人は仲が良いと聞いていたし、実際にシャルの目から見ても、互いに自分を偽ることもなく、親しげにしていた。

「何かって言えば、身分だ、礼儀だって騒ぐからな。キルグス出身って事はそんなに気にしてはないが、あれだけ言われると苛立つぞ」

 息を吐くライに、言われてみればそうかもしれないと、シャルは苦笑をこぼす。
 エリザはシャルから見ても、ずいぶんと身分にこだわっていた。
 辺境の地キルグスは、罪人や訳有りのものが流れ着く土地として有名だ。そのキルグス出身のライは、平民以上に差別されてきた。

「おや、ゼノ様の次は大将ですか?」

 声に振り向くと、ベリルが立っていた。汚いものでも見るように、軽蔑の眼差しをシャルに向ける。

「ベリル様も、御一緒にどうですか?」

 シャルは暖かな焚き火の傍を勧めたが、ベリルは鼻で笑った。

「私に取り入ろうとしても無駄です。卑しい身分の女など、見るも穢らわしい」
「何だと?」

 立ち上がるライの裾を、シャルは押さえた。

「落ち着いてください」

 その騒ぎで、シャルに向けられていたベリルの視線はライへと移る。さらに苦々しく顔をしかめた彼は、

「キルグスなど飼うとは、悪趣味にも程がある」

 と、吐き捨てるように言った。

「ゼノ様を侮辱するか?」

 憤るライを冷たい目で見やると、ベリルは天幕の方へ去っていく。

「どいつもこいつも」

 唾を吐き出したライを宥め、部下達は酒を勧めた。

「貴族や神官は軍人を見下しているものですから」

 酒をあおるライに、眉を下げながら苦く笑む。彼らもシャルやライほどではなくとも、高位貴族や神官たちの態度に、思うところがあるのだろう。

「そうなんですか?」

 問われて兵は口を閉じた。その神官が、輪に加わっていたのだ。
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