続・聖玉を継ぐ者

しろ卯

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06.剣術稽古の最中

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「荒れてるな」

 剣術稽古の最中、ライは呟いた。
 いつもならライやクラムに適当に任せているゼノが、今日は自ら剣を取り、尚且つ動きの悪い兵をことごとく打ちすえている。

「久し振りですね」

 驚きつつも懐かしいといった風情のクラムに、ライは呆れた。

「お優しいと評判のクラム軍師の御言葉が、それかよ」
「たまには良い事ですよ」

 常に笑顔を浮かべているような初老のクラムは、人当たりもよく兵たちの評判も良い。
 しかしその内面は厳しく、必要とあらば手段を選ばないことを、ライは知っている。ハンスに猫を被せたような男だった。
 それはともかく、と、ライはゼノへと意識を戻す。
 相手をさせられる兵は、堪ったものではないだろう。

 ゼノの剣の腕は、幼い頃からセントーン随一と囁かれていた。御前試合に於いては兄のセス王子に勝てた事が無いと言われている。しかし、それが兄を立てるための自演である事は、武芸に励む者たちには見抜かれていた。
 石能に恵まれなかった者が剣術に傾倒し、能力者と肩を並べる迄になる事は、珍しくはあるが、無いことでは無い。
 だがゼノのように、石能に恵まれながら剣術にも秀でる者は、稀有だった。
 それだけに、多くの武人や騎士達から、ゼノは尊敬を集め一目置かれている。

「ゼノ様はまだお若いのですから、こういう日も必要ですよ」
「年寄の見解か」
「ええ」

 身分も立場も上のクラムに対しても、ライは遠慮が無い。
 王族であるゼノに対しても軽口を利くのだから、仕方ないのかもしれないが、それを抜きにしても二人のやり取りは軽快で砕けていた。
 軍に入隊して間もない頃のライを、ゼノの指示を受け、大将まで育て上げたのはクラムであった。
 二人の間には上官や部下といった関係を超える、信頼関係が形成されていた。
 そこへ、鈴のような声が割り込んでくる。

「仕方ありませんよ」

 したり顔のエリザを目にするなり、ライは顔をしかめて立ち去ろうとした。

「エリザ殿には心当りがおありですか?」
「ええ」

 問われて頷くエリザに、クラムは興味を示す。
 それを見て、ライは内心で毒づきながらも、踏みとどまる。これ以上、引っ掻き回されてはたまらない。

「最近、ゼノ様の寮に、神官見習いが派遣されている事はご存知でしょう?」
「将軍寮の使用人の身内が、神官になった話ですかな?」

 クラムはすぐに記憶を引き出し、答える。

「ええ、それです。礼儀知らずで身分も弁えず、ゼノ様にも非礼の数々。苛立ちが溜まるのも当然です」

 苦々しく柳眉を寄せるが、それが検討外れの解釈であるとは、気付いていない。

「そうですかな? ゼノ様は幼少の頃から、身分に囚われるような方ではありません。最たる例が」

 と、クラムは視線を流す。それを受けて、エリザも視線を向けた。
 二人の視線を受けて、ライは舌を打ち鳴らす。

「ゼノ様がお優しいのは存じています。だからこそ、それに甘えて非礼を重ねるなど、許せません」
「で、どうしようって言うんだ?」

 距離を取ったまま、ライは口を挟んだ。

「さあ? 兄の方は分を弁えているようでしたから、彼の教育次第ね。目に余る様なら、神官長に訴えるわ」
「兄?」

 その言葉に、ライは不穏なものを感じる。

「ええ、昨日、様子を見に行ったら兄も出て来たのよ」

 ライは顔を曇らせた。
 シャルの兄といえばハンスだが、彼は不必要に貴族の前に姿を現す男ではない。偶然出くわしたということも、ハンスに限ってはありえない。
 エリザがハンスを見たと言うならば、ハンスがエリザの前に現れなければならない状況があったということだ。
 それは、シャルの身に危険が降りかかったのだと、容易に想像できた。

「お前、何をした?」

 無意識に発せられた怒気に、エリザはたじろぎ、クラムは眉をひそめた。

「大した事はしていないわ。あなたこそ、ずいぶんとあの神官に御執心のようね」
「まあな」

 迷うことなく肯定すると、ライはエリザに歩み寄る。

「これ以上、あいつに近付くな」
「なあに、それ? 同じ平民同士の庇い合い? それとも」

 言い掛けて、エリザは口を閉じた。
 色恋の話を異性にする事は、貴族の令嬢として褒められる行為ではない。

「神官長の兄貴にも、忠告されただろ?」

 怒気を緩めると、ライは笑みを作った。そして、二人から離れていく。

「何処へ行かれるのですか?」

 すかさずクラムが問うた。
 咎めるでも詮索するでもなく、問題を起こさないようにと、暗に注意を示していた。

「帰る。今日はゼノ様が出張ってて、仕事も暇そうだからな」

 クラムに片手を振り、ライはゆっくりと遠ざかって行く。

「身勝手な」

 エリザは毒づいたが、ライはそのまま歩き去った。




「それでわざわざ、お出でになったんですか?」

 呆れ顔のハンスに対し、ライは斜に構える。
 厨房近くの森の中、呼び出したハンスを前に、ライは胡坐を掻いて頬杖を突いていた。

「大した事じゃありませんよ。小鳥ちゃんも元気に神官宮に出掛けましたから。ライ大将は几帳面ですね」

 いつもと変わらぬ呑気な声で、ハンスは微笑む。

「お前はそう惚けてるけどな、あいつに何かあってみろ。俺はゼノ様とジルに責められるんだぞ?」
「まあ確かに。二人とも小鳥ちゃんのこととなると、見境が無くなりますからね」
「そうなんだよな」

 頭を抱えて溜め息を吐くライに、ハンスは同情を込めて苦笑する。
 ハンスはライ以上に、二人の気性をよく知っていた。
 あの二人は、シャルのこととなると豹変する。普段の落ち着きなど吹き飛んで、暴走しかねない。その上、どちらも国を滅ぼしかねないほどの力を持っているから、性質が悪い。

「ジルは置いとくとして、殿下にはもう少し、冷静に対応して頂きたいですね」
「だよな。あそこまで執心するって、異常だよな」

 ハンスの作った菓子を頬張りながら、ライも同意する。けれど、とらえた意味は少し違ったようだ。

「それは仕方ありませんよ」
「そうか?」
「ええ」

 一人全てを知っているようなハンスに、ライは不満を示す。
 そんなライに目元を緩め、ハンスは立ち上がった。

「俺は行きますよ? 一応、仕事中なんで」

 納得のいかないライを残して、ハンスは厨房へ戻った。
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