俺と私

とりたろう

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俺と私

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 身体に悪いもの程心には良い。常々そう思う。
 ゴテゴテとした脂まみれの食べ物も、酒も、タバコだって、色々な生活習慣病を引き起こすそれらを摂取することはストレスを抑え込む常套手段だ。我慢なんて手一杯の時には出来ないものである。
 心の中でそう言い訳をしてみれば不愉快な気持ちがせり上がってくる。が、それをタバコの煙を肺いっぱいに吸うことで紛らわす。そして、よく味わいながらゆっくりと吐き出した。
 その苦味を味わいながら、澄んだ空に昇っていくタバコの煙を目でぼんやりと追う。せっかく紛れたこの気持ちがどうにかならないうちに悩みについて考えるのをやめ、タバコを蒸すことに神経を向けた。
 自殺に失敗したために軋む身体が未だに生きている現実を突きつけてくることが、もう気にならなかった。











 身体に悪いもの程心には良い。そんな風に言い訳して不摂生な生活をするのはただのだらしなくて自分に甘いダメ人間だ。私はそう思う。
 ニコラスが飲み干した酒瓶をまとめて、ニコラスが脱ぎっぱなしの服を片して洗濯へと運ぶ。食器を流しに運び水に浸す。煙草の吸いすぎによる息苦しさに不快感を抱き、思わず私は咳き込んだ。
 どうして私がこんなことをしなくてはいけないのか。こんなクズでダメな人間の面倒をみなくてはいけないのか。切っても切り離せない関係にあるニコラス・ウィシャートへの不満がふたたび積もっていく。
 仕方ないのは分かっている。もう10年以上前から何度も願った。死にたがりの彼とは上手くやってはいけないから、さっさと離れてしまいたい一心だった。けれどダメだった。私は、私達は、文字通り切っても切り離せない二重人格なのだから、生きていくためには私より先にこの身体にいた彼を手伝わねばならないのは仕方ないことだった。

 今日も今日とて自殺を図った彼は、私がそれを防いだ為に再び酒やらタバコやらをいっそう多く摂取するだろう。死にたがりの彼とはつくづく思考回路が合わない。この素晴らしい世界をまだまだ私は生きていたいし、見てみたい。なのに彼はそれをうち砕こうというのだから。この体は貴方だけのものではないのだ。そう意思表示したくてもできない。彼は私を認識してはくれないのだから。
 やめだ。酷く憂鬱なことをぐるぐると考えていても仕方がない。気分転換に街を散歩しよう。おいしいスイーツを食べて、洋服を見て、本を買うんだ。そうすればきっと、こんな陰鬱な気分は晴れる。
 浮き足立ちながら"私らしい"服を身につけ、おしゃれをする。
 さあ、お気に入りの靴を履いて出かけよう。
 貴重品だけを持って木製の扉を勢いよく開ける。
 外では上天気でにぎやかな世界が私を待っていてくれた。私はご機嫌な足取りで家を後にした。
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