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第21話【デリートマンの友達⑫】
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病院に着くと、彩美は手術中だった。病院の人の話では、買い物中に腹痛を訴えて倒れ、そのまま救急車で病院に運ばれ、おなかの中の赤ちゃんは危険な状態ということだった。
「田坂、悪いな。付き合ってもらって」
「いや、ええよ。確認することはもう終わってたし、もうあそこに用事ないから」
いつもの、中元がよく知る田坂に戻っていた。言葉使いも戻っている。
しかし、さっきのバーで見た田坂はまるで別人だった。田坂は大好きな親友だが、あのときは本気で怖いと思った。
「田坂…」
「うん?」
「もし、赤ちゃんがダメやったら、それは、オレの責任や。オレは、ほんまにアホや。オレは…彩美が、どんだけつらかったか…あいつは、何も悪くない」
涙が落ちる。泣いたって仕方ないのはわかっているが、自分がしてしまったことを悔やんでも悔やみきれない。
「中元、今は両方とも無事なことを祈って待とや」
「田坂、オレは人殺しも同然や。もし、赤ちゃんが無事に産まれてきたとしても、産まれてくる赤ちゃんは人殺しの子や。彩美かて、人殺しの妻になる。どうやったって、オレのしたことは消えへんし、オレに関わる人間に背負わせていくことになるやん。たとえ、オレが死んだとしてもや」
中元は右手で握りこぶしを作っていた。自分の言葉が進むにつれ強く握り込んでいったらしく、言い終わるころ、その拳からは血がしたたり落ちていた。
「今は何も考えるな」
田坂は友人の右手をゆっくり開き、ハンカチを持たせた。
「ご主人さまは?」
しばらく2人で沈黙したまま待っていたが、先生が出てきて声をかけられた。手術が終わったらしい。
「僕です!彩美は?子供は大丈夫でしょうか?」
「奥さまはご無事です。ただ、赤ちゃんは残念ながら…」
「そうですか…」
オレのせいだ。
(彩美…ごめん…)
「彩美と、妻と話せますか?」
「ええ。ただ、ショックを受けられていらっしゃいますので、、、あ、ちょっと!」
説明の途中で中元が先生を押しのけて部屋へ入っていく。
「すみません」
田坂が一言先生に告げて、中元の後に続いた。
「彩美!」
「いっぺい…」
中元の顔を見て、彩美は何かつっかえが取れたかのように泣き崩れた。
「い…っぺい…ごめ、、ごめんなさい…わたしが…もっとちゃんとしてれば…ちゃんと産めなくてごめ…ん…なさい」
「彩美!」
中元がかけより両手で彩美の手を握る。
「違う、オレが…オレがちゃんとしてれば…おれが、お前に…つらい思いをいっぱい…これは、オレのせいや、ごめん、ごめん…彩美」
そう言いながら、中元は彩美が寝ているベットに突っ伏した。
「…ねがい…おねがい。いっぺい。今度は、今度はちゃんと産むから。頑張って、ちゃんと産むから…どこにもいかんとって。どこ…にも…行かんとって…ほしい。そばに…いて…ほしい…」
「彩美!おるよ!おるけど、でも、おれは、あかんねん。オレは、とんでもないことを…」
「いっぺい…ええねん。いっぺい…が、、、何したとしても…今、これから…いてくれたら」
「彩美、違うねん…許されるようなことじゃない、おれがしたことは…」
ポン。と田坂が中元の肩に手を置いた。
「田坂」
「と…も?ともも、来てくれてたんや、とも、ありがとう…」
「中元、彩美。もう、大丈夫やから、元の夫婦に戻れるから」
「田坂、でも、おれは…」
「中元、何も言わんでええ。大丈夫やから」
「とも…」
「彩美、大丈夫やから。今日は疲れたな。ゆっくり休み、中元も今日一日ついといてあげや」
田坂はもういちど、ポンポン。と中元の肩をたたき、出口へ向かって歩き出した。
「田坂、もう行くんか?まだ話したいことあってんけど…おれ…どうしたらええか」
「だから、今日は考えんと彩美のそばにおったり」
「いや、考えてまう。おれ、してもーたことを考えると、やっぱり元には戻られへん…」
「戻れるよ」
「田坂…」
「中元、彩美、戻れるよ。オレが戻したるから」
そう言い終えると、田坂は笑顔を見せて病室を出ていった。
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
部屋へ帰るとデリートサイトが立ち上がっていた。
(久しぶりだな)
ログインが完了した状態だったので、さっそくメッセージを送る。
「今日は、久しぶりに消そうと思う。誰とは言わんでもわかってると思うけど」
「お久しぶりです、田坂さま。本日は削除依頼ですね。どなたを削除しましょうか?」
「データ取ってるからわかってるやろうに、やっぱりちゃんと言わなあかんねんな」
この、何をしているかよくわからない研究員の人は自分に関するデータを集めているので、自分の感情など、手に取るようにわかっているはずだ。
「はい。前にも言いましたが、察しはつきますよ。 ただ、田坂さまの最終的な決断が、われわれの予想と違うこともありますので、田坂さまのご決断は必要です」
そんなことあるのか。自分のこと何もかもわかってるのはずなのに。まあ、これはあらゆる人間のデータを取っているはずなので、自分に限ったことではないが。
「わかった。ほな、金城麻里でお願いします。写真のアップロードやんな?」
パソコンで金城麻里のSNSページを開き、そのプロフィール写真の画像ファイルを保存する。
「はい。それでは、金城麻里さんのファイルのアップロードをお願い致します。あと、田坂さま。確認なのですが、削除依頼は金城麻里さんお一人でよろしかったでしょうか?」
(一人でいい?)
そうか。あのとき、バーにいたとき、共犯の灰田と阿久沢も消してやろうと思ったんだ。しかし、今考えてみると、元凶は、金城麻里だ。今回のデリートで成し遂げたいことは、しげさんを死なせないこと。そして、中元、彩美夫婦の間にある問題をなくすこと。
この二つだ。
この実現だけを考えた場合、金城麻里を消すだけで十分だ。灰田、阿久沢、こいつらも悪人だろう。消した方がいいのかもしれないが、必要以上に消すことには、やはりためらいがあった。
「灰田と阿久沢は、やめとく。 それに、確かデリートサイトは1日1人しか消されへん仕様やろ?」
「よく覚えていらっしゃいますね。その通りですが、連続しての削除依頼の受け付けは可能ですよ。たとえば本日、金城さん、灰田さん、阿久沢さんの順に写真をアップロードいただきますと、明日の0時、明後日の0時、明々後日の0時にと、アップロードされた順に削除されます」
「そんな仕様になってたんや。でも、いいわ。消すのは、金城麻里だけでいい」
「承知しました。田坂さま。今回のケース、田坂さまの決断と我々の予想が違う形になりました。特にお伝えしなくてもよかったのですが、お気にされているようでしたので」
確かにさっき、
(データ取ってるのに、予想と違うとかあるのか?)
と疑ったが、ほんとうにそうなのか?
「あんたらの予想では?」
「金城さん、灰田さん、阿久沢さん、3人の削除です。でも、田坂さまはそうはされなかった。このあたりがね、面白いところなんです。田坂さまがバーにいらっしゃったときの感情等のデータを分析すると、3人とも消す予想となりました。しかし、今は別人のようだ。田坂さまご自身は気づかれていないかもしれませんが、削除を重ねるごとに、少しづつ田坂さまから収集しているデータに変化がおきてるんです。私どもが予想する方向へ、田坂さまは変わっていってます。これ自体は予想通りなのですが、その変化のスピードがね、こちらの予想より早いのか、遅いのか、まだ判断できないのです。だから、今回は見誤りました」
いや、気づいてないことはない。自分でもわかっている。たとえば、今回の金城麻里だ。この女は極悪人だ。消えても仕方のない人間だと思う。
しかし、だ。
(以前の自分なら、消すことをためらったのではないか?)
そう思う。どんなにひどい人間でも、自分がその人間の存在を消すことを、以前なら躊躇ったはずだ。
(本当に消してもいいのか?)
と、自分に問うたはずだ。それが、今はそんなことを微塵も思わなくなっている。今、あらためて金城麻里の写真を見ても、罪悪感は一切ない。消えて当然だと思う。
「あんたから見て、オレは変わったか?データが変化してるなら、聞くまでもないか」
「はい。我々の選んだデリートマンに、間違いはなかったと確信しております」
確かに、人を消すことに迷いがなくなっている。それは、人を消すことに慣れてきたからなのか、思い出を消されて自分が壊れてきているのか、それとも、その両方か。わからないが、
『選んだデリートマンに間違いはなかった』
そう言われると、どこか不名誉な気持ちになる。この気持ちも、さらに時間がたてば無くなっていくのかもしれないが。
「わかった。でも、そう言われてもやっぱり嬉しくないな」
「そうですか。しかし、田坂さまは我々の実験に大きく貢献していただいてます。我々としては、ありがたい限りです」
「そう言われると、消すのが嫌になるな」
「すみません。今の私の発言はお気になさらず。田坂さまはご自身の意思で行動してください。結果、そうなっているだけですので、『私どもに協力する』という思いは、一切持っていただかなくて結構です」
もちろん、そんなつもりはない。自分の思い通りにやっている。
しかし、どれだけ自分の考えで行動しているといったところで、結局はこいつらの手のひらの上で踊らされているのだ。それはどうしようもない事実だ。考えてもどうにもならない事実なら、考えないでおいた方が良いのかもしれない。
「わかった。ほな、金城麻里の写真アップロードするな。あと、できれば教えてほしい。
灰田と阿久沢を消さなかったのは正解か?あいつらは、不要な人間か?」
気になっていた。悪人だと思う。消さなかったのは、この二人は金城麻里の協力しただけ。主犯じゃないから、まだ躊躇う気持ちがあった。
しかし、それは間違いではないのか?
悪人は悪人だ。こいつらも、やっぱり消すべきだったのか。いや、そもそも、金城麻里を消すことが正しいのか?消すことに躊躇いはないが、正しか?と問われると、それは、わからない。
「それは、わかりません。正確には、『今はまだ』わかりません。ですので、正しいか、正しくないか、それは田坂さまが判断してください。今はそれ以上のことは言えません」
「今はまだ?」
「はい」
「わかった。もう聞けへん」
この感じになると、この人はもう教えてくれないのだ。
「それでは、画像ファイルのアップロードお願い致します」
デリートサイトのアップロードボタンから、先ほど保存した金城麻里の画像ファイルを選択し、アップロードした。アップロードボタンを押すのに、何の躊躇いもなかった。
「ファイルアップロードありがとうございました。金城麻里さんの削除依頼を受け付けましたので、明日の0時に金城麻里さんを削除いたします。田坂さま、次は田坂さまから消える思い出の選択をお願いします」
(また、消さないといけないのか)
おれは前回と同じく、現在からみて一番遠い過去の思い出を選択した。
これでまた少し、自分が自分でなくなる。いや、『デリートマンに近づいていく』という表現が適切なのかもしれない。
「選択ありがとうございます。田坂さま。それでは、これで手続きはすべて終了となりますが、何かご質問はございますか?」
「いや、ないよ」
「承知しました。田坂さま。では、私も今日はこれで失礼致します」
デリートサイトが閉じられる。ベッドに体を投げ出し、天井を見つめる。
(これで、三人目か)
おれが消した人間は、これから消える金城麻里を含めて三人。消したのが正しかったのか、正しくなかったのか、おれにはわからなかった。消すことに躊躇いがなくなったくせに、『わからない』とはなんとも無責任な気がした。
(いや、『まだ』わからない…か)
いつか、あの研究員が教えてくれるだろう。自分がしたことの答えを。
今は考えても仕方ない。考えても答えなんて出ないのだ。
時計を見る。時間は午後11:45になっていた。あと15分だ。
(あしたはしげきちに飲みに行こう)
おれは時計を見ながら、しげさんがふるまってくれるであろう懐かしい料理を思い浮かべていた。
「田坂、悪いな。付き合ってもらって」
「いや、ええよ。確認することはもう終わってたし、もうあそこに用事ないから」
いつもの、中元がよく知る田坂に戻っていた。言葉使いも戻っている。
しかし、さっきのバーで見た田坂はまるで別人だった。田坂は大好きな親友だが、あのときは本気で怖いと思った。
「田坂…」
「うん?」
「もし、赤ちゃんがダメやったら、それは、オレの責任や。オレは、ほんまにアホや。オレは…彩美が、どんだけつらかったか…あいつは、何も悪くない」
涙が落ちる。泣いたって仕方ないのはわかっているが、自分がしてしまったことを悔やんでも悔やみきれない。
「中元、今は両方とも無事なことを祈って待とや」
「田坂、オレは人殺しも同然や。もし、赤ちゃんが無事に産まれてきたとしても、産まれてくる赤ちゃんは人殺しの子や。彩美かて、人殺しの妻になる。どうやったって、オレのしたことは消えへんし、オレに関わる人間に背負わせていくことになるやん。たとえ、オレが死んだとしてもや」
中元は右手で握りこぶしを作っていた。自分の言葉が進むにつれ強く握り込んでいったらしく、言い終わるころ、その拳からは血がしたたり落ちていた。
「今は何も考えるな」
田坂は友人の右手をゆっくり開き、ハンカチを持たせた。
「ご主人さまは?」
しばらく2人で沈黙したまま待っていたが、先生が出てきて声をかけられた。手術が終わったらしい。
「僕です!彩美は?子供は大丈夫でしょうか?」
「奥さまはご無事です。ただ、赤ちゃんは残念ながら…」
「そうですか…」
オレのせいだ。
(彩美…ごめん…)
「彩美と、妻と話せますか?」
「ええ。ただ、ショックを受けられていらっしゃいますので、、、あ、ちょっと!」
説明の途中で中元が先生を押しのけて部屋へ入っていく。
「すみません」
田坂が一言先生に告げて、中元の後に続いた。
「彩美!」
「いっぺい…」
中元の顔を見て、彩美は何かつっかえが取れたかのように泣き崩れた。
「い…っぺい…ごめ、、ごめんなさい…わたしが…もっとちゃんとしてれば…ちゃんと産めなくてごめ…ん…なさい」
「彩美!」
中元がかけより両手で彩美の手を握る。
「違う、オレが…オレがちゃんとしてれば…おれが、お前に…つらい思いをいっぱい…これは、オレのせいや、ごめん、ごめん…彩美」
そう言いながら、中元は彩美が寝ているベットに突っ伏した。
「…ねがい…おねがい。いっぺい。今度は、今度はちゃんと産むから。頑張って、ちゃんと産むから…どこにもいかんとって。どこ…にも…行かんとって…ほしい。そばに…いて…ほしい…」
「彩美!おるよ!おるけど、でも、おれは、あかんねん。オレは、とんでもないことを…」
「いっぺい…ええねん。いっぺい…が、、、何したとしても…今、これから…いてくれたら」
「彩美、違うねん…許されるようなことじゃない、おれがしたことは…」
ポン。と田坂が中元の肩に手を置いた。
「田坂」
「と…も?ともも、来てくれてたんや、とも、ありがとう…」
「中元、彩美。もう、大丈夫やから、元の夫婦に戻れるから」
「田坂、でも、おれは…」
「中元、何も言わんでええ。大丈夫やから」
「とも…」
「彩美、大丈夫やから。今日は疲れたな。ゆっくり休み、中元も今日一日ついといてあげや」
田坂はもういちど、ポンポン。と中元の肩をたたき、出口へ向かって歩き出した。
「田坂、もう行くんか?まだ話したいことあってんけど…おれ…どうしたらええか」
「だから、今日は考えんと彩美のそばにおったり」
「いや、考えてまう。おれ、してもーたことを考えると、やっぱり元には戻られへん…」
「戻れるよ」
「田坂…」
「中元、彩美、戻れるよ。オレが戻したるから」
そう言い終えると、田坂は笑顔を見せて病室を出ていった。
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部屋へ帰るとデリートサイトが立ち上がっていた。
(久しぶりだな)
ログインが完了した状態だったので、さっそくメッセージを送る。
「今日は、久しぶりに消そうと思う。誰とは言わんでもわかってると思うけど」
「お久しぶりです、田坂さま。本日は削除依頼ですね。どなたを削除しましょうか?」
「データ取ってるからわかってるやろうに、やっぱりちゃんと言わなあかんねんな」
この、何をしているかよくわからない研究員の人は自分に関するデータを集めているので、自分の感情など、手に取るようにわかっているはずだ。
「はい。前にも言いましたが、察しはつきますよ。 ただ、田坂さまの最終的な決断が、われわれの予想と違うこともありますので、田坂さまのご決断は必要です」
そんなことあるのか。自分のこと何もかもわかってるのはずなのに。まあ、これはあらゆる人間のデータを取っているはずなので、自分に限ったことではないが。
「わかった。ほな、金城麻里でお願いします。写真のアップロードやんな?」
パソコンで金城麻里のSNSページを開き、そのプロフィール写真の画像ファイルを保存する。
「はい。それでは、金城麻里さんのファイルのアップロードをお願い致します。あと、田坂さま。確認なのですが、削除依頼は金城麻里さんお一人でよろしかったでしょうか?」
(一人でいい?)
そうか。あのとき、バーにいたとき、共犯の灰田と阿久沢も消してやろうと思ったんだ。しかし、今考えてみると、元凶は、金城麻里だ。今回のデリートで成し遂げたいことは、しげさんを死なせないこと。そして、中元、彩美夫婦の間にある問題をなくすこと。
この二つだ。
この実現だけを考えた場合、金城麻里を消すだけで十分だ。灰田、阿久沢、こいつらも悪人だろう。消した方がいいのかもしれないが、必要以上に消すことには、やはりためらいがあった。
「灰田と阿久沢は、やめとく。 それに、確かデリートサイトは1日1人しか消されへん仕様やろ?」
「よく覚えていらっしゃいますね。その通りですが、連続しての削除依頼の受け付けは可能ですよ。たとえば本日、金城さん、灰田さん、阿久沢さんの順に写真をアップロードいただきますと、明日の0時、明後日の0時、明々後日の0時にと、アップロードされた順に削除されます」
「そんな仕様になってたんや。でも、いいわ。消すのは、金城麻里だけでいい」
「承知しました。田坂さま。今回のケース、田坂さまの決断と我々の予想が違う形になりました。特にお伝えしなくてもよかったのですが、お気にされているようでしたので」
確かにさっき、
(データ取ってるのに、予想と違うとかあるのか?)
と疑ったが、ほんとうにそうなのか?
「あんたらの予想では?」
「金城さん、灰田さん、阿久沢さん、3人の削除です。でも、田坂さまはそうはされなかった。このあたりがね、面白いところなんです。田坂さまがバーにいらっしゃったときの感情等のデータを分析すると、3人とも消す予想となりました。しかし、今は別人のようだ。田坂さまご自身は気づかれていないかもしれませんが、削除を重ねるごとに、少しづつ田坂さまから収集しているデータに変化がおきてるんです。私どもが予想する方向へ、田坂さまは変わっていってます。これ自体は予想通りなのですが、その変化のスピードがね、こちらの予想より早いのか、遅いのか、まだ判断できないのです。だから、今回は見誤りました」
いや、気づいてないことはない。自分でもわかっている。たとえば、今回の金城麻里だ。この女は極悪人だ。消えても仕方のない人間だと思う。
しかし、だ。
(以前の自分なら、消すことをためらったのではないか?)
そう思う。どんなにひどい人間でも、自分がその人間の存在を消すことを、以前なら躊躇ったはずだ。
(本当に消してもいいのか?)
と、自分に問うたはずだ。それが、今はそんなことを微塵も思わなくなっている。今、あらためて金城麻里の写真を見ても、罪悪感は一切ない。消えて当然だと思う。
「あんたから見て、オレは変わったか?データが変化してるなら、聞くまでもないか」
「はい。我々の選んだデリートマンに、間違いはなかったと確信しております」
確かに、人を消すことに迷いがなくなっている。それは、人を消すことに慣れてきたからなのか、思い出を消されて自分が壊れてきているのか、それとも、その両方か。わからないが、
『選んだデリートマンに間違いはなかった』
そう言われると、どこか不名誉な気持ちになる。この気持ちも、さらに時間がたてば無くなっていくのかもしれないが。
「わかった。でも、そう言われてもやっぱり嬉しくないな」
「そうですか。しかし、田坂さまは我々の実験に大きく貢献していただいてます。我々としては、ありがたい限りです」
「そう言われると、消すのが嫌になるな」
「すみません。今の私の発言はお気になさらず。田坂さまはご自身の意思で行動してください。結果、そうなっているだけですので、『私どもに協力する』という思いは、一切持っていただかなくて結構です」
もちろん、そんなつもりはない。自分の思い通りにやっている。
しかし、どれだけ自分の考えで行動しているといったところで、結局はこいつらの手のひらの上で踊らされているのだ。それはどうしようもない事実だ。考えてもどうにもならない事実なら、考えないでおいた方が良いのかもしれない。
「わかった。ほな、金城麻里の写真アップロードするな。あと、できれば教えてほしい。
灰田と阿久沢を消さなかったのは正解か?あいつらは、不要な人間か?」
気になっていた。悪人だと思う。消さなかったのは、この二人は金城麻里の協力しただけ。主犯じゃないから、まだ躊躇う気持ちがあった。
しかし、それは間違いではないのか?
悪人は悪人だ。こいつらも、やっぱり消すべきだったのか。いや、そもそも、金城麻里を消すことが正しいのか?消すことに躊躇いはないが、正しか?と問われると、それは、わからない。
「それは、わかりません。正確には、『今はまだ』わかりません。ですので、正しいか、正しくないか、それは田坂さまが判断してください。今はそれ以上のことは言えません」
「今はまだ?」
「はい」
「わかった。もう聞けへん」
この感じになると、この人はもう教えてくれないのだ。
「それでは、画像ファイルのアップロードお願い致します」
デリートサイトのアップロードボタンから、先ほど保存した金城麻里の画像ファイルを選択し、アップロードした。アップロードボタンを押すのに、何の躊躇いもなかった。
「ファイルアップロードありがとうございました。金城麻里さんの削除依頼を受け付けましたので、明日の0時に金城麻里さんを削除いたします。田坂さま、次は田坂さまから消える思い出の選択をお願いします」
(また、消さないといけないのか)
おれは前回と同じく、現在からみて一番遠い過去の思い出を選択した。
これでまた少し、自分が自分でなくなる。いや、『デリートマンに近づいていく』という表現が適切なのかもしれない。
「選択ありがとうございます。田坂さま。それでは、これで手続きはすべて終了となりますが、何かご質問はございますか?」
「いや、ないよ」
「承知しました。田坂さま。では、私も今日はこれで失礼致します」
デリートサイトが閉じられる。ベッドに体を投げ出し、天井を見つめる。
(これで、三人目か)
おれが消した人間は、これから消える金城麻里を含めて三人。消したのが正しかったのか、正しくなかったのか、おれにはわからなかった。消すことに躊躇いがなくなったくせに、『わからない』とはなんとも無責任な気がした。
(いや、『まだ』わからない…か)
いつか、あの研究員が教えてくれるだろう。自分がしたことの答えを。
今は考えても仕方ない。考えても答えなんて出ないのだ。
時計を見る。時間は午後11:45になっていた。あと15分だ。
(あしたはしげきちに飲みに行こう)
おれは時計を見ながら、しげさんがふるまってくれるであろう懐かしい料理を思い浮かべていた。
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