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第五章
パワード・セブン 第十四話
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あるところに、とある少女がいた。
その少女は物静かでいかなる時も冷静沈着で乱れることなどなかった。
しかし、世界は残酷なモノでそうして過ごしていた少女は物事などあまり考えない小さな少年、少女たちのいじめの対象にされてしまう。
そうして、いじめを受けていた少女にとって、この今を生きる世界というのは別に自分にとってなくともいいものだと考えるようになった。
自分が生きていようとも死んでいようとも、誰もが何も思うことがない、つまらない世界である、と。
そうして少女が過ごしていると、何をどう思ったのか、いつもいじめに来る少年たちとは違う少年が彼女に声を掛けてきた。
『遊ばないの?』
彼女が普段どう思って過ごしているのかを分からない少年は当然のことの様に彼女に訊いてきた。
『・・・・・・・・・うん。・・・・・・・・つまらないから。』
『つまらない・・・・・・・・・?』
彼女がつまらないと言う言葉の意味を理解できない様に首を捻りながら、彼は彼女に訊いた。
いつもの様にいじめられる、と日々を過ごしている彼女からしてみれば、そう言うことしか出来ない。
そのため、彼が何をどう感じ、どの様に考えていたのか、彼女には分からなかった。
『面白いね。』
『・・・・・・・・・・・・・・えっ。』
彼が何をどう思い、なぜ面白いと言うのかを彼女は理解は出来なかった。
これほど、退屈でつまらないだけの世界のどこが面白いのか。
『相手がいないなら、相手になろうか?今、一人だし。』
『・・・・・・・・・・・でも。・・・・・・・・・・あなたには、相手が。』
『今、いないんだ。』
そう言いながら、彼は彼女に手を伸ばした。
彼女は彼の伸ばされた手を怯える様にフルフルと震える手を伸ばして、掴んだ。
それからか。
度々、少年と遊ぶようになり、彼の考え方がおおよそではあるが、理解できるようになってきたのは。
そのことが影響してか、世界に対する考え方が変わってきたのは。
もし。
もし、彼と共に笑顔でいられるのであれば。
私は・・・・・・・・・・・・・・。
翌日。
陽が昇った通学路を歩く六人の姿があった。
一人は男子生徒。
残る五人は女子生徒という羨ましい、いや、けしからん組み合わせの六人組だ。
世間一般的には、羨ましい、と思える光景だが、普通の、ただの高校生ではないと知られたならば、どうであろうか。
「・・・・・・・・絶対に殺されるな。」
今の現状を振り返り、勇一は両肩を抱いて、ブルブルッと身体を震わせた。
その勇一の様子を見て、彼の隣を歩く銀色の髪を風に揺らして歩く女子生徒、ルナは彼の顔を覗き込む。
「大丈夫ですか、マスター?」
「うん?ああ、大丈夫。何でもないさ。」
「まぁ、現状、普通に見たら、殺されそうではあるな。」
ケケッと勇一の言葉に笑う様に涼子は答えた。しかし、その言葉の真意はルナには理解できなかったようで、ただ、首を傾げるだけに終わっていたが。
「ま、たとえ、そう見えていて、勇一を殺そうとした時には私がいるから安心っすよ!」
フォローするようにそう明るく勇一に言う空の言葉に勇一は感謝していた。
「ありがとな、空。」
「いえいえ、お気になさらずっすよ。ヒーローって、助け合いが大事っすからね。」
勇一の言葉に空は気にするな、という様に返した。
ヒーローと言われて、誰が?と疑問に思った勇一ではあったが、言わない方がいいかと胸の内に疑問を押し込めた。そうでなくとも、空はこういう人間だから、気にしなくてもいいか、と思い、納得した部分もあったのだが。
「ま~、仮にそうなったとしても勇一君に手を出せるほどの人っていないと思うんだけどね~。」
ほら、鉄也さんの息子だし、と付け足すのどかの言葉に、それは言わないお約束っすよ、と空は反論していた。
「そうね。手を出せたとしても、鉄也叔父さんの教育を受けてる勇をそう簡単に手を出して無事でいられるはずはないという点は私も同感ね。」
しかし、空の言葉に同感はせず、のどかの意見に風音は同感だ、と賛成していた。
「ってか、そもそも手を出せるヤツとかいるのかよ?・・・・・・なぁ、勇一?」
「どうだろうな。世の中、どうなってるか、神様とかじゃねぇからよく知らねぇし。」
「ハハハ。ソイツは言えてるな。」
「ま、神様なんてモノはあんまり信じない方が良いんじゃないっすか?八百万の神とかいるわけですし。」
「それもそうだな。別に一人でなくとも、そこらにいるモノはいるもんな。」
空の意見に賛成するように勇一は言った。
この日本という国は他国から見たらものすごく奇妙な国だと思われることだろう。なんせ、どこにでもどんなものにでも神というモノは付いてるんだと思い、別にたった一つのモノを信じてはいなくとも、無数のどこにでも何にでも神様が宿るモノだと信じられるのだから。
そう言った意味合いでは、空の意見は実に的を得ているモノであると勇一には感じられた。
「でも、運命だとか宿命だとか、信じる人だっているよ~?そういった人は良いの~?」
のどかの疑問に勇一は軽く笑った。
確かに、世の中には、そういったモノを信じる人もいるにはいる。
だが、勇一はそういったモノをあまり信じようとは思わなかった。運命だからだとか、宿命だからだとか、そういったモノで簡単に物事を諦めたりは出来ないからだった。
運命だから?宿命だから?
それがなんだ。
諦めて手を引く?確かにそれも手だろう。そういった言葉で簡単に片づけられるには確かに出来なくもない。
だが。
だが、しかし、である。
手を伸ばしていないのに、ただそういったモノだと諦めてしまうのは、どうなのだろうか。
頑張って、頑張って、それでも手が届かなかったならまだしも、手を伸ばしてもいない段階で、諦めるというのは、勇一自身として認めることも許すことも出来ない。そのため、のどかの意見にくだらない、と勇一が言おうとしたのだが、そう言おうとしている勇一に対して見つめてくる誰かの視線を勇一は感じた。
「あ~・・・・・・・・・・・、信じる信じないは人それぞれじゃねぇかなぁ~・・・・・・・。」
勇一がそう言った途端に見つめていた誰かの圧が緩んだ、ような気がした。
「そうだねぇ~。信じる信じないかは人それぞれだもんねぇ~。・・・・・・・・・それで~、訊くんだけどさぁ~、星川さんは運命とか信じるの~?」
そう訊かれたルナは一瞬、間を置いて答えた。
「そうですね。私はあると思いますよ?信じるかは置いておくとして。」
それ、答えになってないよ~、とルナの答えに返事するのどかの声にクスリと笑う様に風音の笑い声が勇一の耳に届いた。
そんなことを話していると、目の前の方で見覚えがある姿を見つけた。
長い金色の髪を静かに揺らしながら、歩くその姿を見て、勇一はその人物に声を掛けた。
「よぉ、洋子。おはよう。」
「・・・・・・・・・・・・・勇一ですか。・・・・・・・・・・おはようございます。」
振り向きながら、どこか嫌そうに見える半眼の目で勇一を見て洋子は返事をした。
「テンション、低いな。なんかあったか?」
「・・・・・・・・・いえ。・・・・・・・・夢を。・・・・・・・・・そう、昔の夢を見まして。」
「昔?」
洋子の言葉に、勇一はそんな昔のことって、嫌な感じなのかね?と内心で首を傾げながら、誰に訊くまでもないように言った。
「洋子ちゃんだ~。おはよう~。」
「・・・・・・・・・・・のどか。・・・・・・・・・・・おはようございます。」
「うっす、洋子。いつものことだけど、低いぞ、お前。もうちょい上げていこうぜ?」
「・・・・・・・・・おはようございます。・・・・・・・・・・涼子、それは私には無理なモノです。」
洋子ちゃんはいつもこうだからいいんだよ~、とフォローなのかフォローではないのかよく分からないことをのどかは涼子に対して言った。
「おはようっす、洋子。」
「・・・・・・・・・・・・・・空ですか。・・・・・・・・・・おはようございます。」
「おはよう、洋子。」
「・・・・・・・・・・・・・・おはようございます、風音。」
と、風音が洋子に挨拶をしたときに、不意に疑問に思ったのか、洋子は勇一に訊いてきた。
「・・・・・・・・・・・・珍しい組み合わせですね?」
「俺に訊くな。あと、出来れば疑問に思うな。俺のせいじゃない。勝手に来たんだ。」
「・・・・・・・・・・ほぅ?」
そう言いながら、洋子は不審に言う勇一に対して、細い目をさらに細めた。
「そこのところ、詳しくお聞きしたいところですが、今はいいと思いますので、お聞きはしません。」
「今は?ってことは、あとで訊くのか?」
「おはようございます、東さん。」
「・・・・・・・・・・・・おはようございます、星川さん。」
「おい、流すなよ。」
何もなかったように普通に勇一の問いには答えずに会話をするルナたちに抗議するように勇一は言ったが、残念なことに、二人とも勇一の言葉を無視した。二人に反応に勇一は周りを助けを求める様に見た。しかし、他の四人は勇一から向けられた視線にサッと目を逸らした。涼子に至っては口笛を軽く吹く様に吹いているが、口笛になっていない音しか出ていない時点で流していますよという雰囲気でしかないわけだが。
「お前らな・・・・・・・・・。」
「あれ?勇一さんではないですか。おはようございます。」
そんなやり取りをしていると、通り掛かった様で翼が声を掛けてくる。
「翼か。ああ、おはよう。」
「皆さん、どうしたのですか?」
「いや、なんかうちに遊びに来てな。」
鉄也との訓練に至った経緯などを省いて、翼に五人が泊まり、現状に至る経緯などを大雑把に話す。
「楽しそうですね~。」
「楽しい・・・・・・・・・・のかなぁ?」
翼の呟いた感想に勇一は首を傾げた。
はたして、父とやり合ったお遊びを楽しいと表現できるのだろうか。
あの訓練はかなりきついし、身体がしんどい想いをしたのだが。
と思って、おや?と勇一は疑問に思った。
自分が気を失うほどの疲労が身体に蓄積されているはずなのに、それが一切感じられない。あれほどの疲労があるはずなのに、だ。
昔であれば、身体を動かすことなどできないはずであるのに、それが今、動かせている。
ということは、どういうことか。
体力が昔よりもついた。
それは確かにあるかもしれない。
しかし、そんなに感慨深く思うほど時は経ってはいないのだ。
すぐには体力など付くわけがない。
だとすれば、どういうことだろう。
勇一は内心首を捻りながら、皆と共に登校していくのであった。
「オ~ッホッホッホ!!おはようございますわ、皆さん!!」
「さぁ、道を早く開けるのですわ!!」
「どけぇ、どけぇ!!」
「開けろ、開けろ!!」
登校する生徒たちの後ろから道を開ける様に大声を上げる宮子たちの声を聞いて、やだねぇ、と呑気に考えながら、静かに道を開ける様に脇に退く。
その勇一の動きについていくようにルナが勇一の後ろから追従する。風音は勇一が道脇に退くのをフフッと柔らかく鼻で笑い、勇一たちと同じく道脇に動く。空は目を薄ら薄らと瞼を開けたり閉じたりと交互に器用にしながら歩くのどかを道脇に共に退く様に肩を抱いてのどかと一緒に道脇に退いた。翼は勇一たちの動きに一瞬どうするべきかを悩んだ様子だったが、空やのどか、風音の三人が道脇に退いた動きを見て、慌てて道脇に退いた。洋子も翼と似たような様子だったが、皆がとる動きに合わせる様にして、道脇に退いた。
勇一を含めて七人ともが道脇に退いて道を開ける動きに対して、道を開けない人物が一人だけいた。
「涼子?」
道を退こうとしない青い髪を風が吹くままに揺らす女子生徒、涼子の様子に不意に嫌な予感が勇一の脳内を横切る。
「・・・・・・・・・柊さん?」
勇一の反応にルナも同様に思ったのか、後ろを振り向いて涼子を見て、彼女の名を言った。
「・・・・・・・・・・・なんですか、貴女。早く道をお開けになりなさいな。宮子様がご登校するのに邪魔になってよ。」
「そうだ、そうだ!」
「早く道を開けろ!」
宮子のやっかいな取り巻きその一とその二、その三に道を開ける様に言われるが、涼子は不敵にただ鼻でそれを笑う様に吹いた。
「はっ。知らねぇな。それに、アタシが退こうが退きまいが、お前らに関係ねぇだろうが。違うか?」
「貴女が道を開ける様には言いましてよ!」
「だったら、お前じゃなくて、お前に後ろのヤツに言わせるんだなっ。ソイツから退けって言われてねぇ以上は退くわけにはいかねぇな。」
「綾子さんになんて口の利き方をっ!」
「綾子さん、コイツ、やっちまいましょう!」
「おっ?喧嘩か?だったら、やるか?」
ただならない雰囲気になり始めたことに勇一は、彼女を止めるべく動いた。
「はいはい、すみませんね。さぁ、涼子。一緒に退こうか。」
「あっ?おい、放せ勇一!アタシはやれるぞ!」
彼女の両脇から腕を入れて、涼子の動きを防ぎながら勇一はその場から涼子を脇に退かした。
その様子に、フンッと鼻で吐き捨てた取り巻きその一は後ろにいる宮子に頭を下げた。
「申し訳ありません、宮子様。」
「気にはしておりませんわ。こういうこともありますからね。オ~ッホッホッホ!」
開いた道を高笑いしながら歩く宮子に仰々しく頭を下げて言う取り巻きその一。
その様子に腹が立つのかペッと唾を地面に向けて吐き捨てる涼子。
「気に入らねぇ。おい、放せ勇一。自分で立って歩ける。」
「放した瞬間、喧嘩売らないって誓うなら放してやる。」
「へっ。分かった分かった。売らねぇよ。」
「よし、なら、放してやる。」
よしきた、と先程のやり取りを忘れたかのように勢いよく涼子は地面に降り立った。
そんな会話をしている二人を他所に宮子たちは歩いていく。
「そう言えば、今日はなんの授業がありましたかしら?」
「分かりました、宮子様。少々お待ちを。」
宮子の問いに取り巻きその一は答えると、懐から情報端末を取り出した。
「・・・・・・・・・・・・・・コンプリート。」
静かに放たれたその言葉に勇一は後ろを振り返った。
その瞬間、取り巻きその一は大声を上げた。
「ない!ない!馬鹿な!記録していた予定がありませんわ!」
そう言う取り巻きその一を他所に勇一は後ろで静かに歩きながら、口元を緩めている彼女に詰め寄って訊いた。
「なにしたんだ、洋子。」
「・・・・・・・・・・・・・・分かりますか?」
「いや、なにも。ただ、声が聞こえたんでな。何か知ってるのかって思ってな。」
「・・・・・・・・・・・流石、鉄也さんの一人息子、お耳が宜しいことで。・・・・・・・・と、褒めた方が良いですか?」
「皮肉をどうもありがとう、洋子。」
「・・・・・・・・どういたしまして。」
頭を下げようとする洋子に、それはいいから、と勇一は手で制した。
「・・・・・・・・・・クラッキングしただけです。」
「引っ掻き回した?」
「・・・・・・・・・・・正確に言えば、データを消したり、動かしたりとしただけです。・・・・・・・・・・簡単に言うと、ですが。」
勇一は洋子の言った言葉が理解できずに後ろを振り返って助けを求めた。
「知ってるか?」
勇一の質問に数名、分からない様子で首を傾げてはいるが、コクリと勇一のすぐ後ろにいたルナは頷いて答えた。
「クラッキングですね。インターネット経由で相手のPCに侵入し、文字通り潰すという電子空間での戦闘方法の一種です。」
「なんで知ってるの、お前?」
「マスターの付き人として、当然の知識だと思われますが?」
「・・・・・・・・・・・なるほど。・・・・・・・・・厄介ですね。」
「ほぅ?クラックしますか?得意分野ではありませんが、手痛くお返ししますよ?」
ルナがそう言うと、ルナと洋子の二人は数秒間、視線を外さずに睨み合うように互いの視線を外さずにいた。
すると、突然、ふぅ、と洋子が息を吐いた。
「・・・・・・・・・やめましょう。・・・・・・・・・・・私たちが互いにぶつかり合うのは得策ではありません。・・・・・・・・・・それに。」
洋子は一瞬、言葉を切ると、勇一の顔を見た。その突然の行動に勇一は理解が出来なかった。彼女は特に説明することなく、ルナに視線を戻すと言った。
「・・・・・・・・・・・・どこかの誰かが横から入って来るとも分かりませんし。」
「ですね。私たちが互いにぶつかり合っている間に誰かが横から邪魔に来られてしまうと何もできませんし。」
そう言うと、ルナは一間を開けて、頭を押さえると、身体を揺らした。
「ルナッ!?」
彼女の突然の変化に勇一は理解が出来なかったが、彼女の身体を支えるように肩を押さえる。
「ご無礼を、我が主。かなりの無茶をしました。」
「いや。・・・・・・・動けるか?」
「歩く程度は、どうにか。」
彼女はそう言うと、自分の身体から手をどかす様に勇一の身体を押した。だが、その押される力は非常に弱いように感じられた。
「おいおい、無理はするなよ。」
「・・・・・・・・・・無茶をする人が他人を心配しますか。」
「意地を張って、起き上がるってのが男って生き物さ。」
「・・・・・・・・・・バカですか。」
「へっ。何度でも言え。」
洋子と勇一の二人がそんなことを話している間に少しは良くなったのか、先ほどよりも強く感じられる力で勇一の手をルナが押してきた。勇一はその彼女の力を感じて、もう大丈夫そうだな、と推し量って抵抗することなく素直に彼女から手をどかした。
「もう大丈夫です、マスター。」
「了解よ。だけど、無理はするなよ?」
「はい。御心配をかけします。」
勇一の言葉にルナは礼をして返した。そうしている二人のやり取り羨ましがる様にして洋子は見ていた。
「・・・・・・・・・・私も。・・・・・・・・・以前は。」
そう言うと、洋子は自身が言ったその言葉を否定するように頭を振った。
「・・・・・・・・・・・あの場所は私の場所じゃない。」
「どうした、洋子?」
彼女を気遣った勇一は彼女にそう訊いたが、洋子は片手を上げることで彼の心配をさっと断った。
昼。
学校で一日を過ごすのもあと、半日といった昼休み。
いつものように昼休みを過ごしていた勇一であったが、教室の後ろのドアが開かれると同時にひょこっと顔をのぞかせた担任教師、友梨佳に外へと連れて行かれた。
「ここなら、大丈夫かな?」
「何がですか、佐藤先生。」
勇一の言葉に対して、片手を振って友梨佳は応えた。
「大したことじゃないよ。そう、大したことじゃ・・・・・・・・・ね?」
「はぁ。」
どういうことだよ、と友梨佳の態度に勇一はそれを言うことなく、友梨佳から続きの言葉が出るのを待った。
「この前にさ、星川さんのことについて少し調べてほしい、みたいなこと言ってたでしょ?」
「えっ?ええ。」
「三年前くらいかなぁ。彼女、ご家族と一緒に日本に来てたんだって。」
「ルナが・・・・・・・・ですか?それが今、ここにいるのと何が・・・・・・?」
「は~い、急がない急がない。その時は静かに、平和に帰って終わるはずだったみたいだったんだよねぇ。」
「だった・・・・・・・?」
「そう。帰りの便でしょね。飛行機に乗ろうとしたら、テロリストが来たってわけ。今と比べて昔だからね。対テロ訓練なんてまともにしてなかったからねぇ。」
困った困った、と困ってはいない様子で話す友梨佳の様子に、勇一は毒気を抜かれた。
「それが、どう繋がるんですか・・・・・・・・?」
「そこに柳宮一佐がいた、いや、君のお父上がいたって言ったら、どう思う?」
「父さんが・・・・・・・・?」
「そっ。厳密には違うみたいだけどねぇ。」
あの人にも困るけどね、とどこかそう不満げに言う友梨佳の顔にはそう言えるほどの苦労を勇一は感じられなかった。
「ってことは、テロリストを父さんが一応打尽に、ってことですか?」
「当時の資料はないから、分からないけど。大まかにはそう取ってもおかしくはないかもね。それしか分からなかったんだ。ごめんね?」
「いえ、調べてほしいと言ったのはこちらですから。」
「そう?ならいいんだけどさ。」
ありがとうございました、と腰を折って友梨佳に礼を言う勇一。そんな彼に向かって、いいっていいって、と片手を振りながら友梨佳が答えると、時を見計らってか、始業のチャイムが鳴った。
「やべっ。まだ準備してなかった。それじゃ、先生っ。」
「は~い、午後も頑張ってね~。」
ペコリと頭を下げた勇一に対して、お気楽な態度で友梨佳は応えると、勇一は教室に向かって走っていった。
「資料はない、ねぇ~。我ながら下手なこと言ったなぁ~。」
一佐に聞かれたら、説教もんだな、こりゃあ、と友梨佳は頭を抱えた。
資料がないと言ったのは、本当のことだ。それは嘘ではない。
だが、鉄也の他にもいたことは勇一には伝えなかった。
いや、伝えるわけにはいかなかったと言った方が良いだろうか。
「鬼よりも怖いで有名な柳宮一等陸佐に言われたらねぇ。」
つい先日現れた鉄也との会話を思い出しながら、友梨佳はもういない勇一が行った教室の方に向けて、謝る様に片手で礼をした。
『あれになんと言われたかは知らないが、あれには言うな。少なくとも、これはあいつの問題だ。少なくとも、な。』
「一佐もよく言うよ、全く。そのおかげで、首は繋がってるんだけどねぇ。」
あの人、本当に怖いからなぁ、と誰に言うわけもなく、友梨佳は言った。
鉄也がいかに相手の懐を知り、自分に見合った仕事をして、相手を打ち砕いて、無力化することから忍者と比喩されて言われるのかを理解した友梨佳なのであった。
その少女は物静かでいかなる時も冷静沈着で乱れることなどなかった。
しかし、世界は残酷なモノでそうして過ごしていた少女は物事などあまり考えない小さな少年、少女たちのいじめの対象にされてしまう。
そうして、いじめを受けていた少女にとって、この今を生きる世界というのは別に自分にとってなくともいいものだと考えるようになった。
自分が生きていようとも死んでいようとも、誰もが何も思うことがない、つまらない世界である、と。
そうして少女が過ごしていると、何をどう思ったのか、いつもいじめに来る少年たちとは違う少年が彼女に声を掛けてきた。
『遊ばないの?』
彼女が普段どう思って過ごしているのかを分からない少年は当然のことの様に彼女に訊いてきた。
『・・・・・・・・・うん。・・・・・・・・つまらないから。』
『つまらない・・・・・・・・・?』
彼女がつまらないと言う言葉の意味を理解できない様に首を捻りながら、彼は彼女に訊いた。
いつもの様にいじめられる、と日々を過ごしている彼女からしてみれば、そう言うことしか出来ない。
そのため、彼が何をどう感じ、どの様に考えていたのか、彼女には分からなかった。
『面白いね。』
『・・・・・・・・・・・・・・えっ。』
彼が何をどう思い、なぜ面白いと言うのかを彼女は理解は出来なかった。
これほど、退屈でつまらないだけの世界のどこが面白いのか。
『相手がいないなら、相手になろうか?今、一人だし。』
『・・・・・・・・・・・でも。・・・・・・・・・・あなたには、相手が。』
『今、いないんだ。』
そう言いながら、彼は彼女に手を伸ばした。
彼女は彼の伸ばされた手を怯える様にフルフルと震える手を伸ばして、掴んだ。
それからか。
度々、少年と遊ぶようになり、彼の考え方がおおよそではあるが、理解できるようになってきたのは。
そのことが影響してか、世界に対する考え方が変わってきたのは。
もし。
もし、彼と共に笑顔でいられるのであれば。
私は・・・・・・・・・・・・・・。
翌日。
陽が昇った通学路を歩く六人の姿があった。
一人は男子生徒。
残る五人は女子生徒という羨ましい、いや、けしからん組み合わせの六人組だ。
世間一般的には、羨ましい、と思える光景だが、普通の、ただの高校生ではないと知られたならば、どうであろうか。
「・・・・・・・・絶対に殺されるな。」
今の現状を振り返り、勇一は両肩を抱いて、ブルブルッと身体を震わせた。
その勇一の様子を見て、彼の隣を歩く銀色の髪を風に揺らして歩く女子生徒、ルナは彼の顔を覗き込む。
「大丈夫ですか、マスター?」
「うん?ああ、大丈夫。何でもないさ。」
「まぁ、現状、普通に見たら、殺されそうではあるな。」
ケケッと勇一の言葉に笑う様に涼子は答えた。しかし、その言葉の真意はルナには理解できなかったようで、ただ、首を傾げるだけに終わっていたが。
「ま、たとえ、そう見えていて、勇一を殺そうとした時には私がいるから安心っすよ!」
フォローするようにそう明るく勇一に言う空の言葉に勇一は感謝していた。
「ありがとな、空。」
「いえいえ、お気になさらずっすよ。ヒーローって、助け合いが大事っすからね。」
勇一の言葉に空は気にするな、という様に返した。
ヒーローと言われて、誰が?と疑問に思った勇一ではあったが、言わない方がいいかと胸の内に疑問を押し込めた。そうでなくとも、空はこういう人間だから、気にしなくてもいいか、と思い、納得した部分もあったのだが。
「ま~、仮にそうなったとしても勇一君に手を出せるほどの人っていないと思うんだけどね~。」
ほら、鉄也さんの息子だし、と付け足すのどかの言葉に、それは言わないお約束っすよ、と空は反論していた。
「そうね。手を出せたとしても、鉄也叔父さんの教育を受けてる勇をそう簡単に手を出して無事でいられるはずはないという点は私も同感ね。」
しかし、空の言葉に同感はせず、のどかの意見に風音は同感だ、と賛成していた。
「ってか、そもそも手を出せるヤツとかいるのかよ?・・・・・・なぁ、勇一?」
「どうだろうな。世の中、どうなってるか、神様とかじゃねぇからよく知らねぇし。」
「ハハハ。ソイツは言えてるな。」
「ま、神様なんてモノはあんまり信じない方が良いんじゃないっすか?八百万の神とかいるわけですし。」
「それもそうだな。別に一人でなくとも、そこらにいるモノはいるもんな。」
空の意見に賛成するように勇一は言った。
この日本という国は他国から見たらものすごく奇妙な国だと思われることだろう。なんせ、どこにでもどんなものにでも神というモノは付いてるんだと思い、別にたった一つのモノを信じてはいなくとも、無数のどこにでも何にでも神様が宿るモノだと信じられるのだから。
そう言った意味合いでは、空の意見は実に的を得ているモノであると勇一には感じられた。
「でも、運命だとか宿命だとか、信じる人だっているよ~?そういった人は良いの~?」
のどかの疑問に勇一は軽く笑った。
確かに、世の中には、そういったモノを信じる人もいるにはいる。
だが、勇一はそういったモノをあまり信じようとは思わなかった。運命だからだとか、宿命だからだとか、そういったモノで簡単に物事を諦めたりは出来ないからだった。
運命だから?宿命だから?
それがなんだ。
諦めて手を引く?確かにそれも手だろう。そういった言葉で簡単に片づけられるには確かに出来なくもない。
だが。
だが、しかし、である。
手を伸ばしていないのに、ただそういったモノだと諦めてしまうのは、どうなのだろうか。
頑張って、頑張って、それでも手が届かなかったならまだしも、手を伸ばしてもいない段階で、諦めるというのは、勇一自身として認めることも許すことも出来ない。そのため、のどかの意見にくだらない、と勇一が言おうとしたのだが、そう言おうとしている勇一に対して見つめてくる誰かの視線を勇一は感じた。
「あ~・・・・・・・・・・・、信じる信じないは人それぞれじゃねぇかなぁ~・・・・・・・。」
勇一がそう言った途端に見つめていた誰かの圧が緩んだ、ような気がした。
「そうだねぇ~。信じる信じないかは人それぞれだもんねぇ~。・・・・・・・・・それで~、訊くんだけどさぁ~、星川さんは運命とか信じるの~?」
そう訊かれたルナは一瞬、間を置いて答えた。
「そうですね。私はあると思いますよ?信じるかは置いておくとして。」
それ、答えになってないよ~、とルナの答えに返事するのどかの声にクスリと笑う様に風音の笑い声が勇一の耳に届いた。
そんなことを話していると、目の前の方で見覚えがある姿を見つけた。
長い金色の髪を静かに揺らしながら、歩くその姿を見て、勇一はその人物に声を掛けた。
「よぉ、洋子。おはよう。」
「・・・・・・・・・・・・・勇一ですか。・・・・・・・・・・おはようございます。」
振り向きながら、どこか嫌そうに見える半眼の目で勇一を見て洋子は返事をした。
「テンション、低いな。なんかあったか?」
「・・・・・・・・・いえ。・・・・・・・・夢を。・・・・・・・・・そう、昔の夢を見まして。」
「昔?」
洋子の言葉に、勇一はそんな昔のことって、嫌な感じなのかね?と内心で首を傾げながら、誰に訊くまでもないように言った。
「洋子ちゃんだ~。おはよう~。」
「・・・・・・・・・・・のどか。・・・・・・・・・・・おはようございます。」
「うっす、洋子。いつものことだけど、低いぞ、お前。もうちょい上げていこうぜ?」
「・・・・・・・・・おはようございます。・・・・・・・・・・涼子、それは私には無理なモノです。」
洋子ちゃんはいつもこうだからいいんだよ~、とフォローなのかフォローではないのかよく分からないことをのどかは涼子に対して言った。
「おはようっす、洋子。」
「・・・・・・・・・・・・・・空ですか。・・・・・・・・・・おはようございます。」
「おはよう、洋子。」
「・・・・・・・・・・・・・・おはようございます、風音。」
と、風音が洋子に挨拶をしたときに、不意に疑問に思ったのか、洋子は勇一に訊いてきた。
「・・・・・・・・・・・・珍しい組み合わせですね?」
「俺に訊くな。あと、出来れば疑問に思うな。俺のせいじゃない。勝手に来たんだ。」
「・・・・・・・・・・ほぅ?」
そう言いながら、洋子は不審に言う勇一に対して、細い目をさらに細めた。
「そこのところ、詳しくお聞きしたいところですが、今はいいと思いますので、お聞きはしません。」
「今は?ってことは、あとで訊くのか?」
「おはようございます、東さん。」
「・・・・・・・・・・・・おはようございます、星川さん。」
「おい、流すなよ。」
何もなかったように普通に勇一の問いには答えずに会話をするルナたちに抗議するように勇一は言ったが、残念なことに、二人とも勇一の言葉を無視した。二人に反応に勇一は周りを助けを求める様に見た。しかし、他の四人は勇一から向けられた視線にサッと目を逸らした。涼子に至っては口笛を軽く吹く様に吹いているが、口笛になっていない音しか出ていない時点で流していますよという雰囲気でしかないわけだが。
「お前らな・・・・・・・・・。」
「あれ?勇一さんではないですか。おはようございます。」
そんなやり取りをしていると、通り掛かった様で翼が声を掛けてくる。
「翼か。ああ、おはよう。」
「皆さん、どうしたのですか?」
「いや、なんかうちに遊びに来てな。」
鉄也との訓練に至った経緯などを省いて、翼に五人が泊まり、現状に至る経緯などを大雑把に話す。
「楽しそうですね~。」
「楽しい・・・・・・・・・・のかなぁ?」
翼の呟いた感想に勇一は首を傾げた。
はたして、父とやり合ったお遊びを楽しいと表現できるのだろうか。
あの訓練はかなりきついし、身体がしんどい想いをしたのだが。
と思って、おや?と勇一は疑問に思った。
自分が気を失うほどの疲労が身体に蓄積されているはずなのに、それが一切感じられない。あれほどの疲労があるはずなのに、だ。
昔であれば、身体を動かすことなどできないはずであるのに、それが今、動かせている。
ということは、どういうことか。
体力が昔よりもついた。
それは確かにあるかもしれない。
しかし、そんなに感慨深く思うほど時は経ってはいないのだ。
すぐには体力など付くわけがない。
だとすれば、どういうことだろう。
勇一は内心首を捻りながら、皆と共に登校していくのであった。
「オ~ッホッホッホ!!おはようございますわ、皆さん!!」
「さぁ、道を早く開けるのですわ!!」
「どけぇ、どけぇ!!」
「開けろ、開けろ!!」
登校する生徒たちの後ろから道を開ける様に大声を上げる宮子たちの声を聞いて、やだねぇ、と呑気に考えながら、静かに道を開ける様に脇に退く。
その勇一の動きについていくようにルナが勇一の後ろから追従する。風音は勇一が道脇に退くのをフフッと柔らかく鼻で笑い、勇一たちと同じく道脇に動く。空は目を薄ら薄らと瞼を開けたり閉じたりと交互に器用にしながら歩くのどかを道脇に共に退く様に肩を抱いてのどかと一緒に道脇に退いた。翼は勇一たちの動きに一瞬どうするべきかを悩んだ様子だったが、空やのどか、風音の三人が道脇に退いた動きを見て、慌てて道脇に退いた。洋子も翼と似たような様子だったが、皆がとる動きに合わせる様にして、道脇に退いた。
勇一を含めて七人ともが道脇に退いて道を開ける動きに対して、道を開けない人物が一人だけいた。
「涼子?」
道を退こうとしない青い髪を風が吹くままに揺らす女子生徒、涼子の様子に不意に嫌な予感が勇一の脳内を横切る。
「・・・・・・・・・柊さん?」
勇一の反応にルナも同様に思ったのか、後ろを振り向いて涼子を見て、彼女の名を言った。
「・・・・・・・・・・・なんですか、貴女。早く道をお開けになりなさいな。宮子様がご登校するのに邪魔になってよ。」
「そうだ、そうだ!」
「早く道を開けろ!」
宮子のやっかいな取り巻きその一とその二、その三に道を開ける様に言われるが、涼子は不敵にただ鼻でそれを笑う様に吹いた。
「はっ。知らねぇな。それに、アタシが退こうが退きまいが、お前らに関係ねぇだろうが。違うか?」
「貴女が道を開ける様には言いましてよ!」
「だったら、お前じゃなくて、お前に後ろのヤツに言わせるんだなっ。ソイツから退けって言われてねぇ以上は退くわけにはいかねぇな。」
「綾子さんになんて口の利き方をっ!」
「綾子さん、コイツ、やっちまいましょう!」
「おっ?喧嘩か?だったら、やるか?」
ただならない雰囲気になり始めたことに勇一は、彼女を止めるべく動いた。
「はいはい、すみませんね。さぁ、涼子。一緒に退こうか。」
「あっ?おい、放せ勇一!アタシはやれるぞ!」
彼女の両脇から腕を入れて、涼子の動きを防ぎながら勇一はその場から涼子を脇に退かした。
その様子に、フンッと鼻で吐き捨てた取り巻きその一は後ろにいる宮子に頭を下げた。
「申し訳ありません、宮子様。」
「気にはしておりませんわ。こういうこともありますからね。オ~ッホッホッホ!」
開いた道を高笑いしながら歩く宮子に仰々しく頭を下げて言う取り巻きその一。
その様子に腹が立つのかペッと唾を地面に向けて吐き捨てる涼子。
「気に入らねぇ。おい、放せ勇一。自分で立って歩ける。」
「放した瞬間、喧嘩売らないって誓うなら放してやる。」
「へっ。分かった分かった。売らねぇよ。」
「よし、なら、放してやる。」
よしきた、と先程のやり取りを忘れたかのように勢いよく涼子は地面に降り立った。
そんな会話をしている二人を他所に宮子たちは歩いていく。
「そう言えば、今日はなんの授業がありましたかしら?」
「分かりました、宮子様。少々お待ちを。」
宮子の問いに取り巻きその一は答えると、懐から情報端末を取り出した。
「・・・・・・・・・・・・・・コンプリート。」
静かに放たれたその言葉に勇一は後ろを振り返った。
その瞬間、取り巻きその一は大声を上げた。
「ない!ない!馬鹿な!記録していた予定がありませんわ!」
そう言う取り巻きその一を他所に勇一は後ろで静かに歩きながら、口元を緩めている彼女に詰め寄って訊いた。
「なにしたんだ、洋子。」
「・・・・・・・・・・・・・・分かりますか?」
「いや、なにも。ただ、声が聞こえたんでな。何か知ってるのかって思ってな。」
「・・・・・・・・・・・流石、鉄也さんの一人息子、お耳が宜しいことで。・・・・・・・・と、褒めた方が良いですか?」
「皮肉をどうもありがとう、洋子。」
「・・・・・・・・どういたしまして。」
頭を下げようとする洋子に、それはいいから、と勇一は手で制した。
「・・・・・・・・・・クラッキングしただけです。」
「引っ掻き回した?」
「・・・・・・・・・・・正確に言えば、データを消したり、動かしたりとしただけです。・・・・・・・・・・簡単に言うと、ですが。」
勇一は洋子の言った言葉が理解できずに後ろを振り返って助けを求めた。
「知ってるか?」
勇一の質問に数名、分からない様子で首を傾げてはいるが、コクリと勇一のすぐ後ろにいたルナは頷いて答えた。
「クラッキングですね。インターネット経由で相手のPCに侵入し、文字通り潰すという電子空間での戦闘方法の一種です。」
「なんで知ってるの、お前?」
「マスターの付き人として、当然の知識だと思われますが?」
「・・・・・・・・・・・なるほど。・・・・・・・・・厄介ですね。」
「ほぅ?クラックしますか?得意分野ではありませんが、手痛くお返ししますよ?」
ルナがそう言うと、ルナと洋子の二人は数秒間、視線を外さずに睨み合うように互いの視線を外さずにいた。
すると、突然、ふぅ、と洋子が息を吐いた。
「・・・・・・・・・やめましょう。・・・・・・・・・・・私たちが互いにぶつかり合うのは得策ではありません。・・・・・・・・・・それに。」
洋子は一瞬、言葉を切ると、勇一の顔を見た。その突然の行動に勇一は理解が出来なかった。彼女は特に説明することなく、ルナに視線を戻すと言った。
「・・・・・・・・・・・・どこかの誰かが横から入って来るとも分かりませんし。」
「ですね。私たちが互いにぶつかり合っている間に誰かが横から邪魔に来られてしまうと何もできませんし。」
そう言うと、ルナは一間を開けて、頭を押さえると、身体を揺らした。
「ルナッ!?」
彼女の突然の変化に勇一は理解が出来なかったが、彼女の身体を支えるように肩を押さえる。
「ご無礼を、我が主。かなりの無茶をしました。」
「いや。・・・・・・・動けるか?」
「歩く程度は、どうにか。」
彼女はそう言うと、自分の身体から手をどかす様に勇一の身体を押した。だが、その押される力は非常に弱いように感じられた。
「おいおい、無理はするなよ。」
「・・・・・・・・・・無茶をする人が他人を心配しますか。」
「意地を張って、起き上がるってのが男って生き物さ。」
「・・・・・・・・・・バカですか。」
「へっ。何度でも言え。」
洋子と勇一の二人がそんなことを話している間に少しは良くなったのか、先ほどよりも強く感じられる力で勇一の手をルナが押してきた。勇一はその彼女の力を感じて、もう大丈夫そうだな、と推し量って抵抗することなく素直に彼女から手をどかした。
「もう大丈夫です、マスター。」
「了解よ。だけど、無理はするなよ?」
「はい。御心配をかけします。」
勇一の言葉にルナは礼をして返した。そうしている二人のやり取り羨ましがる様にして洋子は見ていた。
「・・・・・・・・・・私も。・・・・・・・・・以前は。」
そう言うと、洋子は自身が言ったその言葉を否定するように頭を振った。
「・・・・・・・・・・・あの場所は私の場所じゃない。」
「どうした、洋子?」
彼女を気遣った勇一は彼女にそう訊いたが、洋子は片手を上げることで彼の心配をさっと断った。
昼。
学校で一日を過ごすのもあと、半日といった昼休み。
いつものように昼休みを過ごしていた勇一であったが、教室の後ろのドアが開かれると同時にひょこっと顔をのぞかせた担任教師、友梨佳に外へと連れて行かれた。
「ここなら、大丈夫かな?」
「何がですか、佐藤先生。」
勇一の言葉に対して、片手を振って友梨佳は応えた。
「大したことじゃないよ。そう、大したことじゃ・・・・・・・・・ね?」
「はぁ。」
どういうことだよ、と友梨佳の態度に勇一はそれを言うことなく、友梨佳から続きの言葉が出るのを待った。
「この前にさ、星川さんのことについて少し調べてほしい、みたいなこと言ってたでしょ?」
「えっ?ええ。」
「三年前くらいかなぁ。彼女、ご家族と一緒に日本に来てたんだって。」
「ルナが・・・・・・・・ですか?それが今、ここにいるのと何が・・・・・・?」
「は~い、急がない急がない。その時は静かに、平和に帰って終わるはずだったみたいだったんだよねぇ。」
「だった・・・・・・・?」
「そう。帰りの便でしょね。飛行機に乗ろうとしたら、テロリストが来たってわけ。今と比べて昔だからね。対テロ訓練なんてまともにしてなかったからねぇ。」
困った困った、と困ってはいない様子で話す友梨佳の様子に、勇一は毒気を抜かれた。
「それが、どう繋がるんですか・・・・・・・・?」
「そこに柳宮一佐がいた、いや、君のお父上がいたって言ったら、どう思う?」
「父さんが・・・・・・・・?」
「そっ。厳密には違うみたいだけどねぇ。」
あの人にも困るけどね、とどこかそう不満げに言う友梨佳の顔にはそう言えるほどの苦労を勇一は感じられなかった。
「ってことは、テロリストを父さんが一応打尽に、ってことですか?」
「当時の資料はないから、分からないけど。大まかにはそう取ってもおかしくはないかもね。それしか分からなかったんだ。ごめんね?」
「いえ、調べてほしいと言ったのはこちらですから。」
「そう?ならいいんだけどさ。」
ありがとうございました、と腰を折って友梨佳に礼を言う勇一。そんな彼に向かって、いいっていいって、と片手を振りながら友梨佳が答えると、時を見計らってか、始業のチャイムが鳴った。
「やべっ。まだ準備してなかった。それじゃ、先生っ。」
「は~い、午後も頑張ってね~。」
ペコリと頭を下げた勇一に対して、お気楽な態度で友梨佳は応えると、勇一は教室に向かって走っていった。
「資料はない、ねぇ~。我ながら下手なこと言ったなぁ~。」
一佐に聞かれたら、説教もんだな、こりゃあ、と友梨佳は頭を抱えた。
資料がないと言ったのは、本当のことだ。それは嘘ではない。
だが、鉄也の他にもいたことは勇一には伝えなかった。
いや、伝えるわけにはいかなかったと言った方が良いだろうか。
「鬼よりも怖いで有名な柳宮一等陸佐に言われたらねぇ。」
つい先日現れた鉄也との会話を思い出しながら、友梨佳はもういない勇一が行った教室の方に向けて、謝る様に片手で礼をした。
『あれになんと言われたかは知らないが、あれには言うな。少なくとも、これはあいつの問題だ。少なくとも、な。』
「一佐もよく言うよ、全く。そのおかげで、首は繋がってるんだけどねぇ。」
あの人、本当に怖いからなぁ、と誰に言うわけもなく、友梨佳は言った。
鉄也がいかに相手の懐を知り、自分に見合った仕事をして、相手を打ち砕いて、無力化することから忍者と比喩されて言われるのかを理解した友梨佳なのであった。
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