1 / 1
あなたらしい映画を作ってください
しおりを挟む
「は~い、カットっ」
ここは映画の撮影現場。そして一つの映画がクランクアップしようとしている。
そして無事、撮影は終了し―
「平カントク!今回もワンカット、ワンカットへのこだわり、素晴らしかったです」
すると平は、
「いやぁ、監督なんて指示しているだけだし、それこそ、君の様な撮影班、美術班、役者の皆さん、脚本家のいいホン、照明、演出係、素晴らしい音楽をいつも提供してくれる音楽班、これらの一流のみんながいてくれているおかげで僕は映画を撮れる。監督はそれらのピースを一つにする〝方向性〟を出しているに過ぎない。君らには本当に感謝しているよ。」
「カントクは謙虚だなあ~、ますます惚れ直しました。」
「いや、ホントの事を言ったに過ぎない。監督っていうのは確かに映画の重要な鍵は握っているが、大事なのはアイデアを伝達するための脳内の記憶力であって、監督自体は何もできない人間なんだ。無能と言えば語弊があるかもしれないが、本当に無能なんだよ。特別なスキルは無い。」
撮影係の男性はそれでもきらきらして目で、
「でも、平カントクの映画には、特徴、と言うか、スタイルがあるじゃないですか。平グリーン、平カントクの作品には必ずといっていい程、グリーンの緑がかった画面が映し出される、代名詞といってもいいほどのスタイルがある!だから海外の反応も良いし、映画評論家にもウケが良いんですよ。作家性、っていうんですかね、こういうのは…。そして、僕も一ファンのひとりです。」
平は困り顔で―
「別に意図して緑がかった画面を作り出そうとはしてないんだが、結果、自分のイメージを具現化しようとしていると、そうなる。狙ってやっているわけではないんだよ。まぁ、海外とか日本の映画祭でそこをピックアップして褒めてくれるのは悪い気はしないが、一人の映画監督として、最新作が最高傑作だと思って常に作っているし、毎回毎回、違う映画を撮ろうとはしている。だが、最近作家になりかけている自分を感じて、そこから脱皮しようとはもがいてはいるかな?芸術家なんて懲り懲りだ!海外で賞を取る専門の…」
撮影係はよく理解できない様子で、そうですか、とだけ言ってその場を去っていった。
そして、この時撮った映画『絶望に死す』が公開。平作品のいつものパターンで興行はダメダメ。評論家の評価だけがうなぎ上りしていた。まぁ、いつものパターンだ。
そして、平はクランクアップの時、撮影係と話していた内容を思い出した。
―海外で賞を取る専門の興行が着いてこない芸術監督からの脱却、か…―
そして、映画の公開も終わり、自称映画通等にネットで賛辞を受けながら、海外の映画祭で賞もいくつか受賞。そして、マニアによって作品のブルーレイ、DVDがペイされ、最終的に損はせずに済んだ。これもいつものことだ。
そんな時、有名な大手配給会社の重役から、こんな電話があった――
「あなたの作品は、どれも素晴らしい!ファンタスティックだ!そこで相談なんだが、我が社が大金をはたいて君の映画に投資する、というのはどうだ?今まで君は自社プロダクションで低予算の芸術映画ばかり撮っていたが、一度、大船に乗ったつもりで予算たっぷりで、君らしい映画を作ってくれないか?宣伝も大々的にする!君の事だ、きっと素晴らしい映画を作ってくれるはずだ!興行が当たるに越したことはないが、君の作風だ。おそらく、…失礼じゃが大当たりはせんじゃろう…。だが君の映画はソフト化でペイできるからな。そこは期待していないといったら嘘になるが…。どうじゃ?どうか、君らしい、あなたらしい映画を撮ってくれないか?条件は十分じゃろう?ワシは平君の映画がだいすきなんじゃっ
!」
「残念ですが、お断りします。」
重役は受話器越しに、目を真っ赤にして混乱していた。君の自由に撮っていい、予算も出す、興行が振るわなくてもいい、君らしい映画を撮ってくれ、自分の言葉に何かぬかりがあっただろうか?
「なぜじゃ?断る理由が無いじゃろう?」
「その、〝君らしい映画〟を撮ってくれ、っていうのが僕には無理です。映画なんてこれが自分の作風だ!と確信する程あぶないことはないと思っているからです。僕は、自分の作品が過去の自分の作品のコピーにだけにはならないようにと、そこだけは気を付けています。」
重役は驚きで言葉を失っていた―
「自分の作風は「こうである」と決めた段階で、映画監督としては負けだと思っています。「自分の作家性はこうだから、こういう風に撮る」っていうのは順番が逆だと感じます。何も考えないで撮った結果、そこに映っているものが、自分の「作風」です。つまり、『やったことが本質になる』だけなんですよ。そこを
勘違いしちゃいけない。だから、あなたの『君らしい映画を撮ってくれ』というのが一番困るんですよ。作家性なんてどんなに適当に撮ろうが、後からついてくるんです。ご理解頂けました?」
「ああ、なんとなく。じゃあ、君はこれからも、低予算の映画を細々と作っていくのだね?」
平は迷わず、
「はいッ」
その後、生涯にわたって平は映画を撮り続けたが、興行が大当たりすることはとうとうなかった。
しかし、平は幸せだった。
―完―
ここは映画の撮影現場。そして一つの映画がクランクアップしようとしている。
そして無事、撮影は終了し―
「平カントク!今回もワンカット、ワンカットへのこだわり、素晴らしかったです」
すると平は、
「いやぁ、監督なんて指示しているだけだし、それこそ、君の様な撮影班、美術班、役者の皆さん、脚本家のいいホン、照明、演出係、素晴らしい音楽をいつも提供してくれる音楽班、これらの一流のみんながいてくれているおかげで僕は映画を撮れる。監督はそれらのピースを一つにする〝方向性〟を出しているに過ぎない。君らには本当に感謝しているよ。」
「カントクは謙虚だなあ~、ますます惚れ直しました。」
「いや、ホントの事を言ったに過ぎない。監督っていうのは確かに映画の重要な鍵は握っているが、大事なのはアイデアを伝達するための脳内の記憶力であって、監督自体は何もできない人間なんだ。無能と言えば語弊があるかもしれないが、本当に無能なんだよ。特別なスキルは無い。」
撮影係の男性はそれでもきらきらして目で、
「でも、平カントクの映画には、特徴、と言うか、スタイルがあるじゃないですか。平グリーン、平カントクの作品には必ずといっていい程、グリーンの緑がかった画面が映し出される、代名詞といってもいいほどのスタイルがある!だから海外の反応も良いし、映画評論家にもウケが良いんですよ。作家性、っていうんですかね、こういうのは…。そして、僕も一ファンのひとりです。」
平は困り顔で―
「別に意図して緑がかった画面を作り出そうとはしてないんだが、結果、自分のイメージを具現化しようとしていると、そうなる。狙ってやっているわけではないんだよ。まぁ、海外とか日本の映画祭でそこをピックアップして褒めてくれるのは悪い気はしないが、一人の映画監督として、最新作が最高傑作だと思って常に作っているし、毎回毎回、違う映画を撮ろうとはしている。だが、最近作家になりかけている自分を感じて、そこから脱皮しようとはもがいてはいるかな?芸術家なんて懲り懲りだ!海外で賞を取る専門の…」
撮影係はよく理解できない様子で、そうですか、とだけ言ってその場を去っていった。
そして、この時撮った映画『絶望に死す』が公開。平作品のいつものパターンで興行はダメダメ。評論家の評価だけがうなぎ上りしていた。まぁ、いつものパターンだ。
そして、平はクランクアップの時、撮影係と話していた内容を思い出した。
―海外で賞を取る専門の興行が着いてこない芸術監督からの脱却、か…―
そして、映画の公開も終わり、自称映画通等にネットで賛辞を受けながら、海外の映画祭で賞もいくつか受賞。そして、マニアによって作品のブルーレイ、DVDがペイされ、最終的に損はせずに済んだ。これもいつものことだ。
そんな時、有名な大手配給会社の重役から、こんな電話があった――
「あなたの作品は、どれも素晴らしい!ファンタスティックだ!そこで相談なんだが、我が社が大金をはたいて君の映画に投資する、というのはどうだ?今まで君は自社プロダクションで低予算の芸術映画ばかり撮っていたが、一度、大船に乗ったつもりで予算たっぷりで、君らしい映画を作ってくれないか?宣伝も大々的にする!君の事だ、きっと素晴らしい映画を作ってくれるはずだ!興行が当たるに越したことはないが、君の作風だ。おそらく、…失礼じゃが大当たりはせんじゃろう…。だが君の映画はソフト化でペイできるからな。そこは期待していないといったら嘘になるが…。どうじゃ?どうか、君らしい、あなたらしい映画を撮ってくれないか?条件は十分じゃろう?ワシは平君の映画がだいすきなんじゃっ
!」
「残念ですが、お断りします。」
重役は受話器越しに、目を真っ赤にして混乱していた。君の自由に撮っていい、予算も出す、興行が振るわなくてもいい、君らしい映画を撮ってくれ、自分の言葉に何かぬかりがあっただろうか?
「なぜじゃ?断る理由が無いじゃろう?」
「その、〝君らしい映画〟を撮ってくれ、っていうのが僕には無理です。映画なんてこれが自分の作風だ!と確信する程あぶないことはないと思っているからです。僕は、自分の作品が過去の自分の作品のコピーにだけにはならないようにと、そこだけは気を付けています。」
重役は驚きで言葉を失っていた―
「自分の作風は「こうである」と決めた段階で、映画監督としては負けだと思っています。「自分の作家性はこうだから、こういう風に撮る」っていうのは順番が逆だと感じます。何も考えないで撮った結果、そこに映っているものが、自分の「作風」です。つまり、『やったことが本質になる』だけなんですよ。そこを
勘違いしちゃいけない。だから、あなたの『君らしい映画を撮ってくれ』というのが一番困るんですよ。作家性なんてどんなに適当に撮ろうが、後からついてくるんです。ご理解頂けました?」
「ああ、なんとなく。じゃあ、君はこれからも、低予算の映画を細々と作っていくのだね?」
平は迷わず、
「はいッ」
その後、生涯にわたって平は映画を撮り続けたが、興行が大当たりすることはとうとうなかった。
しかし、平は幸せだった。
―完―
0
お気に入りに追加
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
マキノのカフェ開業奮闘記 ~Café Le Repos~
Repos
ライト文芸
カフェ開業を夢見たマキノが、田舎の古民家を改装して開業する物語。
おいしいご飯がたくさん出てきます。
いろんな人に出会って、気づきがあったり、迷ったり、泣いたり。
助けられたり、恋をしたり。
愛とやさしさののあふれるお話です。
なろうにも投降中
Husband's secret (夫の秘密)
設樂理沙
ライト文芸
果たして・・
秘密などあったのだろうか!
むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ
10秒~30秒?
何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。
❦ イラストはAI生成画像 自作

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
熱い風の果てへ
朝陽ゆりね
ライト文芸
沙良は母が遺した絵を求めてエジプトにやってきた。
カルナック神殿で一服中に池に落ちてしまう。
必死で泳いで這い上がるが、なんだか周囲の様子がおかしい。
そこで出会った青年は自らの名をラムセスと名乗る。
まさか――
そのまさかは的中する。
ここは第18王朝末期の古代エジプトだった。
※本作はすでに販売終了した作品を改稿したものです。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる