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第一章

ぼくのかじおそわり(3)

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「……あんなに怒られるとは」
 ユウキが苦笑して呟くと、マリーは「当たり前です」と呆れたような苦笑で返す。
 5時間。ただ作業をしているだけにしては長すぎる時間だ。それも、同じ作業を延々とやっていたと言うのだから、心配を経由して一周回った上で呆れている状態だ。
「そんなに危険だとは知らなかったよ。水も飲んでたから大丈夫だと思ったんだ」
 ユウキは、持参した水を少しではあるが飲んでいた。
 というかあの暑い工房の中で水を飲まなければやってられなかったというのが本音だ。
 2度目か3度目で水を飲み、残りを頭にかけて作業を続けていたのだが、それでもマリーは「足りないですよ」と苦笑する。

「ヒトの汗というのは、そもそもただの水ではありません。舐めたことはありませんか?少し塩気もあるんですよ」

 そういえば、とユウキは前の世界での学校の授業を思い出す。
 熱中症対策として飲むのは、水だけでは足りないと確かに教師も言っていた気がする。できればスポーツドリンクのような飲料がいいらしい、と。
 この世界にそんなものはないし、そもそも講義自体をユウキは忘れていたので、あったとしても意味はないが。
 後で熱中症対策のドリンクレシピでも調べてみよう、などと考えているユウキは怒られたことの根本を理解していない。
「とにかく、無茶をせずちゃんと合間合間に食事と水分を採って下さい」
「え?スポーツドリンクじゃダメ?」
「すぽー……?その何とかドリンクが何かはわかりませんが、無茶をすべきでないことは確かです」
 思わず呟いたユウキの言葉は半分以上理解されず、マリーの苦笑で有耶無耶にされたのを見てユウキは再び苦笑する。

「無茶をしそうで怖いですね」
「無茶はしないけどさ」

 苦笑すると、マリーは少しだけ何かを言おうとして、思い止まったように言葉を止めた。
「いいよ、怒ったりはしないから言って」
「……あ、別に怒られるかなと思ったわけじゃないのですが」
 マリーは苦笑すると「お言葉に甘えて」と言葉を続けることにした。

「私も、ユウキ様に着いて行っても構いませんか」
「え?……そんなに信用ないかな僕」
「信用の話ではないのですが」

 単純にユウキの技術向上の様子を見たいという理由で口にしたのだが、ユウキにとってはあれだけ無茶をするなするなと言われた後だ。そう考えるのも仕方ない。
「これでもドワーフの端くれと言いますか……お手伝いくらいはできますよ」
「……やっぱり無茶すると思われてるんじゃん」
 苦笑しながらも、ユウキは「まぁそういう理由なら」と納得し、了承することにした。


 ユウキが作業する様子を見て、マリーは内心吃驚していた。顔はポーカーフェイスのつもりだが、それすら自身が持てないほどだ。絶句するしかない。
 何度かダガーを作っているようなのだが、未完ダガー――正式名称は<ダガー(未完成)>――を作る時に炉に行く程度しか、まともに鍛冶を行っているところを見ていない。それどころか、どうやら魔力すらほとんど消費していないようにすら見えるのは気のせいだろうか。
……というか、作ったダガーがユウキの手の中で勝手にインゴッドの形に戻るのは、ひょっとしてアレが噂に聞く「オート・リターン」という技術だろうか。
 熟達した者だけが使えるという技術で、インゴッドのオート・リターンは意外と初級者向けだと聞いたことはある。
 聞いたことはあるが、ユウキが鍛冶を始めたのは、確かマリーが買われた日にという話だったはずだ。だからその手伝いをしてやれ、とドワーフであるマリーが買われたと、買った当の本人が言っていたはずだ。
 それから何日経ったのか。マリーの記憶では、一ヶ月も経っていない。
 オート・リターンはそんな短期間で習得できる技術だったのか?……魔力を決まった手順で流せば出来るとは聞いたことがあるが、そもそもその「決まった手順」はそうそう簡単に習得できるものでもないはずだ。奴隷商館にいた時期、マリーは魔力見識と同時に必死になって覚えようとしたことがあるが、流れこそ覚えられても、そうそう簡単に真似できる技術ではなかった。

「よっし、15レベル」

 マリーの耳に届いたユウキの言葉は、意味がわからない単語を含んでいた。
 レベル、とは何か。何かの単位だろうか。聞いたことがない。後で聞いてみよう、と少し意識して記憶に刻む。
――だが、マリーはそれを瞬時に忘れてしまうほどの驚愕を、目にすることになった。


 ユウキは自分のステータスを表示させたまま、ダガーを打ち続けた。
 打ち続けたと言っても、スキルの知識に身を任せてやっているので、なかなかいい結果はでない。唯一出ている結果としては、

生産/鍛冶技術(未) Lv.14

 金属を使った鍛冶技術全般。
 習熟が少し進んだが、まだまだ作れるものの幅は狭い。

 このように、レベルが順調に上がっているという一点だけだ。

【作成可能】
 鉄のインゴッド(簡略化)
 銅のインゴッド(簡略化)
 ダガー
 ミゼリコルデ

 簡略作成可能なものも、鉄だけではなく銅にまで及んでいるが、とりあえず試すにしてもランスに許可をもらってからの方がいいだろうと判断し、ひたすらダガーを打ち続けている。
 10レベルで銅のインゴッドが簡略化されたところを見ると、次は15レベルで別の作成可能物が出るか、ダガーが簡略化されるかのどちらかだろう、とユウキは勝手に推測している。
 多分ランスが言っていた「自分の中で最高の出来のもの」というのは、多分だが創作の心得で「大成功」を収めた時が一番可能性が高いだろう……と踏んで何度も繰り返してダガーを作っているのだが、やはり6%の確率は低いらしく、今のところ大成功と思しきものを作り出すことは出来ていない。
 ふと生産/鍛冶技術(未)のレベルに意識を戻すと、今簡略化スキルで作った鉄のインゴッドで、ようやくレベルが上がっていた。

「よっし、15レベル」

 思わずにんまりしつつ独り言を呟く。どうやらマリーがいることも意識から外れてしまっているようで、マリーが不思議そうな顔を見せたことにも気付いてはいないようだ。

【作成可能】
 鉄のインゴッド(簡略化)
 銅のインゴッド(簡略化)
 ダガー(簡略化)
 ミゼリコルデ
 バゼラード

 作成可能が増え、さらにダガーの簡略化もされているのを見て、両方だったか、と嬉しい誤算に顔をさらににんまりさせてから、ユウキは鉄のインゴッドに意識を集中させる。そしてダガーの簡略化のやり方を考えると、鉄のインゴッドの簡略化同様、作り方を自然と理解する。

「……こうかな」

 理解した作り方をなぞるように鉄に魔力を流すと、インゴッドがどろりと手の中で溶け、ダガーへと姿を変えた。

<ダガー>
[ステータス]
 系列:短剣
 攻撃:20
 属性:無
 武器レベル:2
 質:優良
 耐久:100/100
[説明]
 一般的な短剣。
 ダガーとして最高級と呼んで差し支えない部類の逸品。
 これ以上の性能を望むのであれば、別の武器を選んだ方がいいだろう。

 説明欄を見て、「やった」と思わず口にするユウキ。
 今までは、「一般的な短剣」としか書かれていなかったものが、これだけの高評価で書かれているのだ。間違いなく大成功したのだろう、と判断する。ただそれでも、これが本当に「自分の中で最高の出来のもの」と評価していいのかどうかには疑問はある。
 とりあえずその一本は手元から離し、残りの鉄で再度ダガー作りを簡略化し、作る。全て大成功ではないのを確認して、もう一度インゴッドに戻し、さらにダガーを簡略化。インゴッド。簡略化。

<ダガー>
[ステータス]
 系列:短剣
 攻撃:19
 属性:無
 武器レベル:2
 質:優良
 耐久:98/98
[説明]
 一般的な短剣。
 ダガーとして最高級と呼んで差し支えない部類の逸品。
 これ以上の性能を望むのであれば、別の武器を選んだ方がいいだろう。

 30回ほど簡略化でインゴッドとダガーを交互に作り、2本目の大成功が出来た。
 さっきのものと比べると、少しだけ質は落ちてしまうが、……まぁ一応こっちも取っておこう、と大成功のダガーを並べる。
 そしてさらにインゴッド、ダガー、インゴッド、ダガー、と繰り返すうち、ぽん、と誰かが肩を叩いた。

「……ユウキ様、少し顔色が悪いです」

 振り返れば、呟くように言いつつ、マリーが水筒を差し出していた。
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