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皇帝に即位し、一晩明けた朝

膨大な仕事の山に頭痛がしていたイーサン

いつもの穏やかな澄んだ顔とは一変し、

眉間に皺を寄せ、大臣達との会議に参列していた


 「最近、マンチェスト領に盗賊が押し寄せたようで、民は不安がっております」

 「騎士団を派遣した方が良いのでは…」

 「新たに騎士団を構成するか、こちらのクラーク騎士団を派遣するか…」

 「クラーク騎士団を?帝国の剣を辺境の地へ派遣するのは些か不安も残るが…」


クラーク騎士団…彼女が所属する騎士団だ


黙って大臣達の話に耳を傾けていたが、聞き慣れた名前が飛び出た瞬間


イーサンの眉間の皺が消えた。




 「…今日か」


 「陛下?いかがなさいましたか…?」

その時、執務室の扉が鳴った。

コンコン…
 「失礼致します。皇帝陛下」

護衛の声

扉の向こうに、『いる』のか



 「入ってくれ」



騎士団の制服にはクラーク侯爵家の象徴である
鷲を象ったペンダントが左胸に飾られている

そのペンダントよりも輝くライラック色の髪の女性

高い位置で1つに結ったその髪は、彼女が動く度に緩やかに揺れ、

陽の光に照らされた湖の水面のように
キラキラとイーサンの目に映った。


胸に手を置き、イーサンに頭を垂れるエラ





大臣達に退室を申し出た。

各々、不満げな色を顔に出しながら渋々出ていった




 「まさか、本当に専属騎士としてやって来るなんて」

我ながら、わざとらしい反応をしたものだ。


しかし、気付く様子もないエラは
「約束を果たしに来た」
と言った。


微笑みながら、あの日のような強い眼差しで…



そんな彼女を見て、

つい本音が漏れ出てしまった

 

 「もう…君は僕と、結婚はしてくれないのだろうか?」



やってしまった…

彼女を困らせてしまっただろうか


目の前の彼女を見つめると、
みるみるうちに頬が色づくのに気づいた。

その反応は…ずるいな

自分の都合の良い方に捉えてしまう



彼女のオリーブ色の瞳

その瞳に自分が映っているのがわかる距離まで歩み寄り、

 「君に振り向いてもらえるように全力で口説かせてもらうよ」

赤面する彼女



なんてキザな発言をしてしまったんだ…

だが、彼女に想いを伝えることが出来た
これから正々堂々とアプローチをしよう




 「陛下、明日のご予定ですが、大臣達との会議の他隣国の皇帝との対談が…」

 「申し訳ないが、その予定は別日にまわして頂くよう丁重に頼んでくれ」
 

 「え!?」

 「明日は、この国の未来がかかった大事な仕事があるのだ」

 「なんと…!」

この国の未来の皇后となる女性とのデートだ

彼女を振り向かせることが出来なければ、この国の未来はない

…嘘はついてないだろう。




その日の夜は、一睡も出来なかった。

おかげで朝から仕事の処理を片付けることができたが


コンコン
 「!」

 「失礼致します。皇帝陛下」

鈴を転がすような、艶やかな声…

 「入ってくれ」

朝日に照らされる彼女を見て、疲れが吹き飛んだ



早速、昨日から繰り返し練習した言葉をつかい、

市場視察という名目でエラをデートに誘ったイーサン


侍女達に用意してもらった平民の服は、なかなか着心地がよかった

そして

豪華なドレスももちろん似合うが、

エラ本人の美しさをより一層引き立てるシンプルな平民の服に身を包む



 「やはり君は、どんな服装でも美しいな」

 「っ…恐れ入ります…」

恥ずかしいのか、赤面し顔を逸らすエラ

この人はどれほど僕の心をかき乱すのだろうか。




街でのデートは本当に幸せな時間だった。


お互いの地位も身分も忘れ、年相応の男女のように楽しんだ

屋台に並ぶ出来立ての料理に目を輝かせるエラ

それを1つ買い、半分に分けあうと嬉しそうに頬張る



そこにいたのは騎士や侯爵令嬢ではなく、
屋台に目を輝かせる可愛らしい18歳の少女と

皇帝ではなく、愛する人を愛おしそうに見つめる18歳の青年だった。


日も暮れかけた頃、エラがイーサンの手を離れそうになった

帰ろうとしている…?

咄嗟にグッと力を込め握るイーサン

 「陛下…?」

 「まだ、一緒にいてくれ」

 「帰ろうとした訳では…」

 「え?」

 「あちらのベンチで休もうと思って…」


またやってしまった…昨日から焦りすぎだ。

恥ずかしくエラから顔を逸らしたイーサン





2人でベンチに並び、同じ景色を見つめる、
ゆったりと過ぎる時間が心地よかった。


ずっとこうした日々を過ごしたい



でも、そうはさせてくれないのが貴族社会だ。


明日、父の昔馴染みであるロリエッタ公爵令嬢と会わねばならない

断る事も出来たが、父からのある言葉が脳裏を過る



『何か企みがあるかもしれない』

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